公孫樹
石川啄木
|
秋風死ぬる夕べの
入日の映のひと時、
ものみな息をひそめて、
さびしさ深く流るる。
心のうるみ切なき
ひと時、あはれ、仰ぐは
黄金の秋の雲をし
まとへる丘の公孫樹。
光栄の色よ、など、さは
深くも黙し立てるや。
さながら、遠き昔の
聖の墓とばかりに。
ま白き鴿のひと群、
天の羽々矢と降りきて、
黄金の雲にいりぬる。──
あはれ何にかたぐへむ。
樹の下馬を曳く子は
たはれに小さき足もて
幹をし踏みぬ。──あゝこれ
はた、また、何ににるらむ。
ましろき鴿のひと群
羽ばたき飛びぬ。黄金の
雲の葉、あはれ、法恵の
雨とし散りぞこぼるる。
今、日ぞ落つれ、夜ぞ来れ。──
真夜中時雨また来め。──
公孫樹よ、明日の裸身、
我、はた、何に儔へむ。
底本:「花の名随筆11 十一月の花」作品社
1999(平成11)年10月10日初版第1刷発行
底本の親本:「石川啄木全集 第二巻 詩集」筑摩書房
1979(昭和54)年6月
入力:岡村和彦
校正:阿部哲也
2012年10月31日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。