蜜柑山散策
北原白秋
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蜜柑山でも見に行かうかと、日向ぼつこから私が立つと、夕暮君も、それはよからうと続いて立ち上つた。竹林の昼餐をやつと済ますと、私たちは裏の別荘の丘に席を移して、山と海との大観をそれまでほしいままに楽しんでゐたのである。いい冬晴の午後三時過ぎ、空には微塵の雲も無かつた。日は双子の山の上に、ちやうど「日光」の表紙画のやうに、十方に放射光を輝かしてゐた。
「では、後からお銭と籠を婢やに持たしてあげますから、そろそろのぼつていらつしやい。」と、妻が病後の子供をかかへあげた。
私たち二人はテニスコートを抜け、丘の青木の間を鉄条網の壊れを探して、その上の桑畑へ出た。桑畑の畝には蚕豆の列がもう子供の手に鳴らせるほどの葉の厚みに大きく伸びそろつてゐる。
「ほう、竜胆だ。見たまへ。」
私は柵の下へかがむ。紫竜胆が枯芝や落葉の間にすでにふくらみかけてゐる。「竜胆は二つづつ咲くものだよ。」と私が云ふ。
「や、やああ。」と夕暮は両手を半ば上へあげて、「どうだ、あの赤いのは。」と驚かせる。宮様の松山の櫨紅葉を見たのだ。
そこへ婢やが、竹籠と白いずつくの坊やの鞄を持つて息せき切つて来る。竹籠の中に封筒が入れてある。一円はひつて居りますと云ふ。よしと籠ぐるみ受取ると、途中までお伴してお藷を買ひにまゐりますと鞄をかかへて蹤いて来る。何処の藷畑だと訊くと、蜜柑山のそばでございませうと云ふ。
桑畑から水之尾道へ出ると爪先上りになる。左の崖はなほ肉桂の生垣の内側に石の門が倒れ、水道のセメントのタンクが酷たらしく壊れた儘で未だ手もつけてない。ひどくなつたなと夕暮がまた「や、やああ。」である。
右手の別荘なぞは倒れて来た上の赤松が洋館の屋根から床へ真つ二つにめり込んで母屋なぞは木つ葉微塵に崖下へ転落してゐたものである。この山岨だとて無論地辷りで埋つて了つてゐたのを、やつとどうにか道をあけたのだ。仰ぐと檀には実が青くついてゐる。臭木の実の紅と黒とはもはや何の潤ひもなく萎へて了つた。
藷畑は遠さうだし、何処の蜜柑山の傍だかわからないので、麦畑の左にうち展いたあたりから婢やを帰す。鞄は夕暮の持ちになる。
芽麦の浅緑色も美しい。初冬だといふに小田原の丘はもう早春の絵模様である。暖かいいい国だ。
箱根連山から聖ヶ嶽へかけて濃い薄い霞が山襞ごとに幾重にも引きはへて、そのところどころから野焼の煙が白く真直にのぼつてゐる西の方の展望は、閑かで匂はしくて、それももう冬のものではない。「や、やああ。」と夕暮が今度は鞄と片手とを上げる。
道のそばには野茨の赤い実が玉を綴ればからたちの黄色い実が刺の間にまんまろく挟まつてゐる。すがれ果てた木槿の風防垣が白く、薄紫に光を燻して続いてゐると、通草の殻や、蔓草の黒い光沢のする細かな実も蔓と絡んでゐる。火葬場の女松や枯櫟や、通り過ぎると、青い杉や小松の長い長いトンネルになる。肥桶積んだ赤馬が後ろから来る。そのトンネルはなにがしの富豪の別邸の前通りであるが、これがとても長いのでほどほどにして右の小径へ逸れるとやつと蜜柑畑の中道となるのだ。
どちらを見ても蜜柑の葉ばかりだが、目ざした金色の実はほとんど眼の中へ這入つて来ない。
「や、しまつた。おそかつたな。」
だが、声がする。若い娘どもの声だ。よく見ると向うの向うの蜜柑の木がゆらいでゐる。チヨキン〳〵と鋏が鳴る。この小径は、いつか東村と来た時に黒い矢車型のげんげの莢でいつぱいだつた。今は野菊に嫁菜、草もみぢ、秋のきりんさう。
枯木の一本二本、寒むざむとも光らないで、柔かな色と緑の細かな白い枝のすべてを梢にまとめて、ほうとしてつつ立つてゐる。その向うに暮れがたの丹沢山がほのかな赤みを薄い薄い藤紫の空の霞に香気そのもののやうに一連に波立てて匂はしてゐる。大山の光りも何か白つぽい葡萄いろだ。
「やああ、無限の世界だ。」
と、夕暮の突つ拍子もない声が後ろでする。
ハアモニカの声がきこえて来た。
蜜柑がぽつぽつ眼について来る。
小径は下りになる。
と、ハアモニカがいよいよ調子づいて、甘い甘いセンチメントを顫はして来る。まるで五月頃の都会の子供の浮足でやつて来るなと思つて行くうちに、ふいと蜜柑の葉蔭から、青いソフトに鼠の釣鐘マントと、茶の中折に大柄な縞の羽織に白縮緬の幅広帯とが曲つて来た。どちらも村の青年団といふ風采である。釣鐘マントが、そつとハアモニカを引つ込めて、さてやや鼻白んですれちがつた。大供も大供だ。引きちがへにこぼれるやうな金色の蜜柑、それはすばらしい蜜柑の眺めがあちらこちらに黄に明つて来た。
だが、そこらあたりにはもう一つの日だまりも無かつた。なにかしら薄ら寒い影ばかりが空にも地面にも感じられて来た。日が双子の山に沈んで了つたのである。
チヨキン〳〵と鋏が鳴る。
私たちの行く途は平らかな、やや湿りをもつた黒土の、坦坦たる弓なりの丘道である。ちやうど野外劇場式の後ろ高に蜜柑の段畑が円形に繞つてゐる。その中ほどに私たちは立つて、さうして耳を澄ます。
チヨキン〳〵。
紅い帯こそ見えぬが、何かまた娘どもの声らしい。騒いで、また静かになつて、チヨキン〳〵である。
と、見ると、つひ足下の蜜柑の根に、大きな籠が放ふり出されてある。それには大きな蜜柑ばかりがぎつしりとつまつてゐる。
蓆にも地べたにも、残りは投げ散らしたままになつてゐる。
「蜜柑をゆづつてくれませんか。」と呼びかける。が、ふふふと娘の声で笑つて、逃げるやうにチヨキン〳〵である。
やつと、爺さんが出て来る。そこで分けて貰ふ。尤も、初めは蜜柑を金のありつたけで買ふつもりだつたが、重い思をするよりか、身軽るい散策気分になつて了つたので、ただ渇を医やすだけのことでよからうとなつた。で、少少づつ籠と鞄とに入れて、今度は上の畑を抜けて丘の頂上を通つてゐる水之尾道の方へ、道もないので、蜜柑の間をがむしやらに上つてゆかうとなる。
其処に頬かぶりの手甲脚絆で、チヨキン〳〵とやつてゐる七十ばかりの白髪のお婆さんがゐたといふわけである。伸び上つてはチヨキン、かがんではチヨキン、腰を叩いてはチヨキン。
蜜柑の木と木との間の大根畑の青さ。黄の勝つたのは白菜である。それらの新鮮さは到る処に段段を成してゐる。地震前の小径かと思はれる崩え崖のそこらには、土まじりの枯草に竜胆が蕾んでゐる。薊の咲き出したばかりの紅紫と白の光沢、それらをまた驚き乍ら、時時には籠に入れて、蜜柑を吸ひ吸ひあるいて行く。と、また地べたに毮ぎつ放しの蜜柑が幾山も積んだままになつて、人影ひとつ見えぬ窪畑にもぶつかる、その傍を行くのだから何だかこそばゆい。買つた蜜柑だが盗んだと思はれはせぬとかと、冷いやりしないでもなくなる。竜胆などが混つてる籠だ。言訣は一寸立ちさうにもないなとをかしくもなる。
棕梠がある。枯れつ葉の笹原がある。がさがさの櫟林がある。道祖神がある。やつと抜けると水之尾道の高圧線の鉄塔の下に出る。春は赤い櫨子の高畦である。松虫草がちらほらと咲いてゐる。蜜柑畑もある。
下手を見ると小径がある。竹藪がある。小径を、誰かの背負つた藁束が、すでに暮色の立ちこめた竹藪の暗みへ、ひつそりひつそりはひつてゆく。
竹藪と小径の下の窪には、物寂びた古い萱屋根の農家の二三が見え、そのどれもが緑と白との露の滴りさうな大根を一列二列吊り下げてゐる。
よく見ると破りちらした障子が見える。子供らしい青いものが、横から出て縁側の青いものを、ほのかにほのかに引いてはひる。蒼茫とした幻灯画のやうに。
と、隣の外庭には子供がぽつりぽつりと歩るいて出る。女の子もゐるらしい。あ、鶏が出て来た。犬が駈けた。
と、その奥の家では廐らしいのに何か黒いものが面を出してゐる。紅いのは山茶花らしい。
と、窪地を隔て畑を隔てた模糊とした向うの丘裾を、担いでる人影は見えないで、蜜柑の籠らしいのが二つ、動くともなしに動いてゐるやうだと見てゐると、停まつた。と、上の道から女らしい白い影が来て、これも停つた。話してるなと見てゐるうちに、そのどちらもがほうとして紫の靄になつて了つた。
そこで私たちも、もう帰らう、急がうとなる。空には半月が蜜柑色の光を帯びて来る。崖くづれのした下の茂みでははぐれ小鳥がちちちちとやつてゐる。
帰りは早い。ついさつきの檀の下あたりに来る頃には、麓の板橋から早川の漁村へかけて、灯がちかちかと輝き出す。沖の鰤船にも灯が点る。かうして目が喜ぶ、目が喜ぶ。
幸福な、閑かな、それでゐて匂やかないい夜が、もう私たちの足もとまで迎へに来た。
ところで海蔵寺の晩鐘が鳴る。「お誂へ向き」過ぎるとは思つても、向うの山で鳴る鐘をこちらの山できくのはいい。
家へ帰ると、ここもまた華やかであつた。
「矢代さんが来ていらつしやいます。」と家のものが飛んで出る。
「やあ、よかつたな。」
「や、やああ。」
「ああ、わああ。」
蜜柑の籠と鞄が飛ぶ。
握手々々。
「パパ、パパ。」
「うむうむ、竜胆々々。おい、素敵だぜ、そら薊だ。蜜柑だ。や、矢代君。おおい、矢代君はいつ見えたんだ。おおい。」
「や、僕はもう山へ行つて来たんですよ。」
「もうさつきですよ。」
「ほう。」
「やあ。これは。」
そこで、
「どうして逢はなかつたんだらう。いつかのあの道だよ。」
「僕も其処へ行つたんですがね。ちやうど蜜柑を摘んでゐたお婆さんがゐたから、訊いて見たんだ。するとお婆さんがね、あの若造どもづら、へえ、さつき帰つちまつただと云つたんだ。」
「ほう、若造とはよかつたね。」
「やあ、さうだ、なるほど、あの婆さんから見りや若造かな。」
と、みんなが引つ繰り反つて笑ひころげて了つた。が、よく訊いて見ると、どうにもお婆さんのゐたところがちがつてゐるし、道が上と下とになるし、時間もしつくりと合はないし、こりや変だなとなつた。と、夕暮が「あ、さうだ。」と云つた。
「あのハアモニカだよ、若造つて云ふのは。」
「ほう。さうか。ハアモニカか。」
「へえ、ハモニカと云ふと。」 「十二月七日未明」
底本:「花の名随筆11 十一月の花」作品社
1999(平成11)年10月10日初版第1刷発行
底本の親本:「白秋全集 17」岩波書店
1985(昭和60)年9月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:岡村和彦
校正:noriko saito
2011年1月9日作成
2012年8月30日修正
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