ボールの行方
小川未明



 しょうちゃんは、いまに野球やきゅうのピッチャーになるといっています。それで、ボールをなげてあそぶのがだいすきですが、よくボールをなくしました。

「おかあさん、ボールをなくしたから、っておくれよ。」と、学校がっこうへいこうとしてランドセルをかたにかけながら、いいました。

「また、なくしたのですか。二、三日前にちまえったばかりじゃありませんか。」

ぼく、ボールがないとさびしいんだもの。」

「いいえ、そう毎日まいにち、ボールばかりってあげられません。」と、おかあさんはおっしゃいました。

「ねえ、おかあさん、もうなくなさないから。こんどから、きっとなくなさないから。」

「なくなさないと、なんどいいましたか。ものを粗末そまつにするからですよ。」

粗末そまつになんかしないよ。だって、どっかへいってしまうんだもの。」

「おとなりのまことさんなんか、おちついていらっしゃるから、おまえみたいに、そうものをおなくしになりませんよ。」と、おかあさんは、となりのまことくんのことをほめられました。

まことくんだって、なくすやい。昨日きのううわぐつをかたっぽおとしてきて、おかあさんにしかられていたから。」と、しょうちゃんはいいました。

「じゃ、今日きょうってあげますから、まえをいておきなさい。」といって、おかあさんはボールをうおかねをくださいました。

「ありがとう!」と、しょうちゃんはいただいて、元気げんきよくかけました。

「やさしいいいおかあさんだなあ。」と、しょうちゃんはこころなかおもったのです。


 しょうちゃんはあたらしいボールをって、それに「二ねんくみ 山本正治やまもとしょうじ」ときました。しょうちゃんの帽子ぼうしにもハンカチにも、けしゴムにも、みんなそういてありました。だから、学校がっこうなかでおとせば、ひろったひと先生せんせいにとどけてくれますので、また自分じぶんのところへもどってきました。たとえ学校がっこうそとでも、正直しょうじきひとなら、

「ああ、あの学校がっこう生徒せいとさんがおとしたのだな。」といって、学校がっこうへとどけてくれました。

 しょうちゃんはおうちへかえって、「ただいま」をすると、おかあさんのところへいって今日きょうったボールをおせしました。

「いいんですね。まえをきましたか。今年ことしから二年生ねんせいですよ。」と、おかあさんが注意ちゅういをなさいますと、しょうちゃんは、

「ほら、二ねんくみいてあるだろう。」と、いって、おかあさんにボールをもう一どせました。

しょうちゃんはぼんやりしているから、また一ねんきゃしないかとおもったのよ。」

 そのとき、おねえさんが、

「ね、しょうちゃん、ピッチャーは、どんなかっこうをしてボールをげるの。」と、いいました。

わらうから、やだあい。」

わらわないから、ようおしえてよ。」と、おねえさんはいいました。

 おかあさんもわらいだしそうなかおつきをむりにこらえてていらっしゃいますと、しょうちゃんはボールをった右手みぎてをぐるぐるっとあたまうえでまわして、片手かたてをあげてげるまねをしました。

「まあ、すてきね。」

ぼくたまは、それはカーブがあるんだから。」

「あまりありすぎて、たまをなくすんでしょ。」と、おかあさんがおっしゃったので、おねえさんは、こえをたててわらいました。


 はらっぱへいってすればいいのに、しょうちゃんはせまい往来おうらいで、ちいさい花子はなこさんを相手あいてにキャッチボールをやっていると、しょうちゃんのげたボールが、からたちの垣根かきねをこして、こうのにわにはいってしまいました。

こまったわね、しょうちゃん。」と、花子はなさんがいいました。

「どこへはいったんだろうな。」と、しょうちゃんは、からたちの垣根かきねのあいだから、にわなかていました。

 すると、ちょうどのよくあたるあちらのえんがわで、おばさんがあかちゃんのおしめをかえてやっているところでした。

 おにわには、かきがあかくうれておりました。あかちゃんは、なにがおかしいのか、けたけたこえしてわらっていました。

 しょうちゃんはボールのことなどわすれてしまって、かわいいあかちゃんのほうとれていました。

あかちゃん、かわいいな。」と、花子はなこさんのほういていいました。

「どれ、わたしにもせて。」といって、花子はなこさんも垣根かきねのあいだからのぞいてました。

ぼくんちにも、あんなあかちゃんあるといいのだがな。」と、しょうちゃんはまたのぞいてますと、あかちゃんは、おしめをかえてしまって、おばさんにだっこして、わらっていました。

 しょうちゃんはボールのことをやっとおもいだして、

花子はなこさん、ひろっておいでよ。」と、いいました。

わたし、いやよ。しょうちゃんがいいわ。」

花子はなこさん、はやくいっておいでよ。」

「おばさん、まりがはいったの。」と、花子はなこさんがいいました。

 すると、おとここえで、

「いま、ひろってあげますよ。」といって、おじさんがひろって、こちらへげてくださいました。


 あちらから、太郎たろうさんとまことさんがやってきました。

はらっぱへいって、キャッチボールをしない?」と、いいました。

「ああ、しよう。」

 しょうちゃんはいきかけて、花子はなこさんに、

花子はなこさんもおいでよ。」と、いいました。

わたし、おうちへかえるわ。」

「また、あしたあそぼうね。」

 三にんは、はらっぱへきました。太郎たろうさんのたまは、いちばんつよいのです。つぎが、しょうちゃんのたまです。まことさんのはよわくてそれたりするので、

「もっといいたまをおしよ。」と、太郎たろうさんがいいました。

 このとき、こうで三にんのまりげをていた少年しょうねんが、

ぼくもなかまにれてくれない?」と、いいました。

 しょうちゃんは、太郎たろうさんとまことさんに、

「いいだろう?」と、ききました。

「ああ、いいよ。」

 そこで、四にんはかわるがわるキャッチボールをしました。少年しょうねんのたまはなかなかつよいので、しょうちゃんやまことさんは、たびたびけそこないました。

きみのたまは、すごいんだね。」と、しょうちゃんが感心かんしんすると、少年しょうねんはもっともっとつよいたまをそうとしました。

 そのうちにわるいたまをしたので、ボールはとおくへころがっていって、みんながそのあとをいかけてさがしたけれど、わからなくなりました。

「あんなわるいたまをすんだもの。」と、太郎たろうさんがいいました。

 少年しょうねんかおあかくして、

ぼく弁償べんしょうしてあげるよ。」と、いいました。


きみ、あやまったらいいだろう。」と、まことさんがいいました。

ぼく、なくしてすまないとおもうよ。だけど、おかねっているから、ってかえすよ。」と、その少年しょうねんはいいました。

 しょうちゃんは、またボールをなくしてしかられるとおもったけれど、

「みんなであそんだのだもの、そんなことしなくてもいいよ。おかあさんにってもらうから。」と、いいました。

ぼく、たのんでれてもらったのだから。」と、いいますので、太郎たろうさんが、

「じゃ、しょうちゃん、それでいいじゃないか。」と、いいました。

 四にん学校がっこうまえへいって、おみせでボールをいました。しょうちゃんが、

「また、ボールをやらない?」というと、まことさんも太郎たろうさんも賛成さんせいしましたが、少年しょうねんはお使つかいにきたのでもうかえらなければならないといいました。

「さようなら!」

「また、おいでよ。」

 少年しょうねんは三にんとわかれて、さっさといってしまいました。しょうちゃんは、少年しょうねんってくれたあたらしいボールをて、なんだかいい気持きもちはしなかったのです。

のどくなことをしたな。どうしてもってもらわなければよかったのに。」と、こころのうちでおもいました。

 しょうちゃんはうちにかえると、おかあさんにそのボールをせて今日きょうはなしをしました。

「どこのぼっちゃんですか?」と、おかあさんはおききになりました。

ぼくらない。」と、しょうちゃんがこたえると、

「これから、そんなときは、いいと、ことわるものですよ。」と、おかあさんはおっしゃいました。


 あくるしょうちゃんは花子はなこさんとはらっぱであそんでいました。

しょうちゃん、ここへきてごらんなさい。ありがなにかはこんでてよ。」と、花子はなこさんがよびました。

 しょうちゃんがはしっていくと、かわいらしいちいちゃなありのむれが、なにかくわえて、れつをつくってはしっているのです。

花子はなこさん、もうふゆのおしたくで、いっしょうけんめいなんだよ。」

 だんだんとつながりすすんでいくありのむれを、二人ふたりあしずりしてっていくうちに、しょうちゃんは昨日きのうなくしたボールが、くさなかにかくれているのをつけました。

「ボールがあった!」

 しょうちゃんはよろこびのこえを、あげました。そして、なつかしい自分じぶんのボールをにぎって、しばらくぼんやりとしていました。

「どうしたの、しょうちゃん? なくしたボールがつかったの?」

ぼく、なくなったとおもっていたら、あったのだよ。あの弁償べんしょうしてもらって、どうしようかなあ。」と、しょうちゃんはポケットからもう一つのボールをしてかんがえていました。

まことさん? 太郎たろうさん?」

らない、あっちのだよ。」

「きのう? 太郎たろうさんくらいのでしょ?」

「そうだよ。」

牛込うしごめにいさんだわ。しょうちゃんたちがボールをしているとわたしがいったら、にいさんはとんでいったわ。」と、花子はなこさんがいいました。

「じゃ、このボール、にいさんにかえしておくれ。」

「こんどきたら、かえしてあげるわ。」

 しょうちゃんは花子はなこさんに、少年しょうねんってくれたボールをわたすと、もちがらくらくとしました。

 そして、自分じぶんのボールをちからいっぱいそらかってたかげあげたり、けたりして、あそんだのであります。

底本:「定本小川未明童話全集 10」講談社

   1977(昭和52)年810日第1

   1983(昭和58)年119日第6

※表題は底本では、「ボールの行方ゆくえ」となっています。

入力:特定非営利活動法人はるかぜ

校正:酒井裕二

2015年524日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。