つじうら売りのおばあさん
小川未明
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ある日、雪のはれた晩がたでした。
「きょうは、義雄さんの家のカルタ会だ。」というので、みんなは喜んでいました。
達夫くんは、おとなりのかね子さんをさそって、いくことになっていました。
入り日が、赤く雲をそめて西にしずみますと、雪のつもった山のかげがまっ黒になって見えました。いよいよ出かける時分には、雪の上がこおって、歩くとさらさらと音がしたのです。
「このあいだ、僕の家のカルタ会でお顔に、すみをぬられなかったのは、かね子さん一人だけだろう。かね子さんは、えらいなあ。」と、達夫くんは今夜また負けて、おしろいやすみをぬられるのかと思うと、なんだか自分はいつも負けて、はずかしい気もちがしました。
「達夫さん、私と組みになりましょうね。私ひとりでたくさん取るからいいわ。あんたは自分の前だけよく見ていらっしゃいね。」と、かね子さんはいいました。
しかし、達夫くんは女なんかからかばわれるのを、名誉とは思わなかったのです。
「僕、カルタには負けるけど、すもうを取ればいちばん強いんだがなあ。」と、歩きながら達夫くんは力みました。
その晩のカルタ会は、なかなかにぎやかだったのです。カルタにつかれた時分、おすしや、あまざけや、みかんや、お菓子などが出ました。それを食べてからあとは、火鉢をかこんでお話に花がさいたのでありました。
「つじうら売りのおばあさんの顔を見た人がある?」と、だれやらがいうと、たちまちその話でもちきりになりました。
このごろ、町の方から毎晩、雪のふるときも、風のふくときも、かかさずに村へはいってくるつじうら売りがあります。その声を聞いただけでは、女らしいが、なかには男だというものもあり、またおばあさんだというものもあれば、まだ若い女だというものもあって、うわさがとりどりでありました。まれにつじうらを買ったものも、ちょうちんの火でははっきりすがたさえわからないのに、頭から布をかぶって顔をかくしているというのでした。
「まだ、今夜はやってこないね。」と、一人がいうと、
「どうして今夜はこないのだろう?」
「いや、もうじきにくるだろう。」と、おばけかなんかのように、そのつじうら売りの正体がわからないので、気味わるがっていたのです。
「きたら、だれか出て買わないかな。」と、義雄くんがいいました。
「いちばんカルタに負けた人が、出て買うことにしよう。」と、勇二くんがいいました。
「だれだろう?」と、みんなはおたがいの顔を見まわしました。
そして、いちばん、すみやおしろいの多くついている顔を、さがし出そうとしました。
「ああ、達夫さんだ。」と、女の子の一人がさけぶと、
「達夫さんだ!」
「達夫くんだ!」と、口々にいって、いちばんすみやおしろいのたくさんついているのは、達夫くんにきまったのでした。
「ただ、つじうらを買ったばかりではおもしろくないから、女か男かよく見とどけることにしようじゃないか?」と、まただれかが難問を出したのであります。
「さあ、たいへんだ。達夫さん、できて?」と、義雄くんのお姉さんが美しい顔で笑いながらおっしゃいました。
そういわれたので、達夫くんは顔が赤くなりました。なぜなら、日ごろから自分は強いのだと自信しているだけに、いまさらはずかしくもできないなどと、弱音をはきたくはなかったからでした。
「達夫さん一人では、かわいそうだわ。」と、かね子さんがいいました。
「じゃ、かね子さんもいっしょにおいきよ。」と、だれかがからかいました。
「私、こわいわ。」と、かね子さんは身ぶるいしました。
ちょうど、このとき、風の音がして、そのあいまにとおくの方で、「つじうら、つじうら。」という声がしました。
「ほら、きた!」と、みんなは恐しさ半分、おもしろさ半分に、おどりあがりました。
「僕、いこうか?」と、達夫くんは小さい声で、かね子さんにいうと、
「私もいっしょにいくわ。」と、かね子さんは、小さい声で答えました。
「いいよ、僕ひとりで。」と、達夫くんは強くいいました。
「つじうら──つじうら。」
だんだんその声は近くなって、もうまもなく、この家の前にきかかっていました。
「僕、つじうらを買ってくる!」と、ふいに達夫くんは立ちあがりました。
「えらいなあ!」と、なかにはびっくりして、声をたてるものもあります。
達夫くんは、さむい星ばれのした外に出て、戸口に立っていました。やがて、あわれな黒いかげがとぼとぼと雪道をちょうちんの火でたどってくると、もう恐ろしいなどということを忘れて、
「おじいさん、つじうら……。」といって、おあしを出しました。
あわれなかげは、立ちどまりました。暗いちょうちんの火は、わずかに、しなびた手をてらしだしました。
「おじいさんではありません、おばあさんですよ。坊ちゃん、さむいからかぜをひかぬようになさい。」
そういって、そのあわれなかげは、またとぼとぼといってしまいました。
達夫くんは、目の中にあついなみだのわくのをおぼえました。そしてしばらくそのうしろすがたを見おくっていると、
「つじうら──つじうら。」と、そのおばあさんの声がたよりなく風に消えていきました。
このとき、にぎやかな家の中から、
「達夫さん。」「達夫さん。」と、みんなが自分の名をよんでいるのがきこえました。
底本:「定本小川未明童話全集 10」講談社
1977(昭和52)年8月10日第1刷
1983(昭和58)年1月19日第6刷
※表題は底本では、「つじうら売りのおばあさん」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:酒井裕二
2015年5月24日作成
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