子うぐいすと母うぐいす
小川未明
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毎朝きまって、二羽のうぐいすが庭へやってきました。
「お母さん、きょうもまた、うぐいすがきましたよ。」
正ちゃんは、ガラス戸から、こちらをのぞいていいました。
「餌をさがしにくるのです。」と、お母さんは、おっしゃいました。
「母うぐいすと、子うぐいすですね。」
「きっとそうでしょう。お山で生まれた子供をつれて、冬になったから里へきたのです。」
「かわいいな。」と正ちゃんは、見ていました。
うぐいすは、赤い実のなった枝に止まったり、また常磐木の間をくぐったりして虫をさがしながら、チャッ、チャッと、いって鳴いていました。
「ああ、もういってしまった。」と、正ちゃんがいいました。そのうちに、兄さんや、姉さんが、学校から帰ってきました。うぐいすの話が出ると、
「明日、うぐいすをとってやろう。」と、兄さんがいいました。
「そんなことをするもので、なくってよ。」と、姉さんが、いいました。
「上手に飼うと、三月ごろいい声で鳴くぜ。」と、兄さんが、いいました。
だまって、兄さんの話をきいていた正ちゃんは、うぐいすをかごの中に入れて、自分でかわいがって、飼ってみたくなりました。
「お兄さん、うぐいすをとっておくれよ。」と、正ちゃんは、頼みました。
「かわいそうだから、そんなことをしてはいけません。」と、お母さんが、おっしゃいました。
「じゃ、僕、はとを飼ってもらうよ。」
「いけません。」
「じゃ、犬を飼ってくれる?」
正ちゃんは、なんといっても、いうことをききません。
「よし、明日、うぐいすをとってやろう。」と、兄さんが、いいました。
「そんな約束をして、もしとれなかったら、また大騒ぎですよ。」と、お母さんは、心配なさいました。
「なに、僕、うまくとってみせます。」と、兄さんは、正ちゃんに、約束をしました。
いよいよ翌日のことでした。兄さんは、虫をかごの中へ入れて、うぐいすが、それを食べに止まると、上からふたの被さるような仕掛けにして、これをつばきの木の下に置きました。
みんなが、忘れていた時分、
「うぐいすがかかっている!」と、正ちゃんが、叫びました。兄さんはすぐに飛んでいって、とったうぐいすを別のかごの中に移しました。
「まだ、子供だな。」と、小さいうぐいすを見ながら、兄さんがいいました。
「かわいそうだから、逃がしてやってよ。」と、姉さんが、いいました。
「逃がしちゃいけない。」と、正ちゃんが、ききません。
「おもしろいな、まだとれるぜ。」と、兄さんは、いまとったうぐいすに餌を造ってやってから、またつばきの下へ、捕りかごを出しておいたのでした。
「なんで、そんなにとれるものですか。」と、お姉さんが、いいました。そしてみんなが、ふろしきをかけた鳥かごを見ながら、かわいらしいなどと話をしていると、また、ばたばたといって、ほかのうぐいすがかかったのであります。
捕りかごのところへ走っていった、兄さんが、
「大きい、母うぐいすだ。」と、いったときは、みんな、顔を見合わせて「まあ。」といって、ほかに言葉が出なかったのであります。独り、正ちゃんだけは、うれしがって、
「二羽、いっしょにしておくといいね。」と、いっていました。
「ねえ、正ちゃん、子供をさがしにきて、お母さんもかかったのですよ。もし正ちゃんが人さらいにつれてゆかれて、それをさがしにいったお母さんもつかまったらどうしますか。」と、お母さんが、おっしゃいました。
「かわいそうだから、逃がしてやろう。」と、すぐに、兄さんが、いいました。そして、正ちゃんも、また、お母さんの話が、わかったとみえて、
「こんど、ほかのをとったら飼ってね。」と、いいました。
「さあ逃がしてやりますよ。」
兄さんは、みんなの前で、二羽のうぐいすの入っている、かごのふたを開けました。すると、みなさん、どちらが先に口から出たと思いますか? 先に子うぐいすが出ました。母うぐいすがその後から逃げてゆきました。
「みんな、よく、いまのを見て?」と、そのとき、お母さんが、感心しながら、子供たちを見ておっしゃいました。
底本:「定本小川未明童話全集 10」講談社
1977(昭和52)年8月10日第1刷
1983(昭和58)年1月19日第6刷
※表題は底本では、「子うぐいすと母うぐいす」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:酒井裕二
2015年5月24日作成
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