からすとうさぎ
小川未明
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お正月でも、山の中は、毎日寒い風が吹いて、木の枝を鳴らし、雪がちらちらと降って、それはそれはさびしかったのです。
「ほんとうに、お正月がきてもつまらないなあ。」と、からすは、ため息をつきました。
「町の方はにぎやかなのだろう。ひとつ出かけてみようかなあ。」と、しばらく木の枝に止まって、考えていましたが、そのうちに、そう心にきめて、遠い町の方をさして飛んでゆきました。
どこを見ても、雪の野原で真っ白でした。だんだん町が近づくにつれて、道の上に人通りが多くなりました。雪道の上を歩いていくものもあれば、そりに乗っていくものもあります。
また、お正月のご馳走を造るために、魚を運ぶそりもあれば、みんなの喜ぶみかんや、あるいは炭や、薪のようなものや、塩ざけなどを積んでいくそりも見受けられたのでありました。
欲深なからすは、なにを見てもほしいものばかりなので、もしや、このあたりになにか落ちていはしないかと、あたりを見まわしながら、あっちの木、こっちの木とうろうろ飛びまわっていました。
すると、町からすこし離れたところに森があって、そこに一軒のりっぱな家があり、煙突から煙が上っていました。からすは、その森にきて止まると、家の中からは、おいしそうな香いが流れていましたので、からすは、とうとういちばん低い小舎の屋根まで降りてきました。
それは、この家の犬小屋でありました。中には、一ぴきの犬が、わらの上にはらばいになっていましたが、その白と黒のぶち犬を、どこかで見覚えがありましたので、からすは、じろじろと犬の方をながめていました。犬は、みょうなからすと思ったのでしょう。ふいに、「ワン。」といって、からすをおびやかしました。からすは、この瞬間に、犬のことを思い出したのです。
「やあ、犬さん、あなたのお家はここですか?」と、声をかけました。犬は、不思議そうにからすを見ていましたが、
「からすくん、いつ君にお目にかかったことがあったかね。思い出せないが?」と、犬は、たずねたのです。からすは、ずるそうな目つきをして、犬を見ていましたが、
「あなたは、先だって、山でうさぎを追いかけて、とうとう逃がしてしまいなされたのを、私は、木に止まって見ていました。あなたは、たいそう残念そうでありましたね。」と、からすは、いいました。
「ああ、あのとき、君は、どこかで見ていたのですか。僕は、主人に対して、ほんとうに面目なかったのだ。」と、犬は、急に、恥ずかしそうにして答えました。
「なに、あのうさぎなら、また捕らえることができないともかぎりませんよ、私が、うまくいって、この野原へつれ出してくることもできるのです。」と、からすはいいました。
犬は、このあいだ、主人のお伴をして、猟に出かけて、主人が打ち損なったうさぎを追いつめて、もうすこしで捕らえるところを逃がしてしまったので、残念に思っていた際ですから、からすのいったことをきいてどんなに喜んだでしょう。
「君の智慧で、この野原まで、あのうさぎを誘い出してくれたら、僕のできることなら、どんなお礼でもするよ。まあここへ下りてきたまえ。お正月のご馳走があるから、食べてくれたまえ」と、犬はいいました。
からすは、そういわれるのを待っていました。さっきから、犬のそばにあった、コンビーフのかかったご飯や、餅の残りなどがほしかったのです。からすはさっそく下りてきて、たくさん食べました。そして、明日の晩方、裏の広い雪の野原へ、うさぎを連れてくることを約束して帰りました。犬は、今度こそ、うさぎを見つけたら、逃がすまいと考えました。そして、わらの上に臥ながら、
「うさぎは、山に餌がなくなったから、からすの口車に乗って、原へ大根の残りや、桑の枝を食べにくる気になるかもしれない。だが、りこうなうさぎだ、あのからすめ、うまく誘い出せるかなあ。」と、犬は、考えていました。
からすは、山へ帰ると、すぐに、うさぎのいる場所へやってきました。そこは、林の中の大きな木の根で、そこだけは雪が薄かったのでした。うさぎは、根の洞穴の中で、子供とむつまじく暮らしていました。
「うさぎさん、こんにちは。」と、からすが、穴からのぞいて、声をかけました。
「なんですか、からすさん。」と、うさぎは顔を出していいました。
「お正月で、町の方がにぎやかですから、見物にお出かけなさるよう、おすすめにきたのです。」
「まあ、ごしんせつにありがとうぞんじます。どんなににぎやかですか?」
「ちょっと、あちらの野原まで出てごらんなさい。みかんをたくさん積んだそりが通るし、大根や、ごぼうや、お魚などを載せたそりが通りますよ。まあ、そのご馳走を見るだけでも目の楽しみになります。明日の晩方、暗くならないうちに、私が、いいところへご案内しますよ。」と、からすは、いいました。
「町に住む人たちは、ぜいたくですね。」
「ええ、ぜいたくですとも。そうそう、いつかあなたを追いかけた犬までが、コンビーフのかかったご飯を食べていましたよ。」と、おしゃべりのからすは、いいました。りこうなうさぎは黙ってきいていましたが、からすが帰ると、穴の中に入って、子うさぎに向かい、
「もう私たちは、ここに安心していることができないのだよ。さあ今夜のうちに引っ越しをしましょう。」といって、からすの気のつかない、山の奥へ入ってしまいました。明くる日、からすがきたときには、木の根の洞穴の中は、まったく空っぽになっていました。
底本:「定本小川未明童話全集 11」講談社
1977(昭和52)年9月10日第1刷発行
1983(昭和58)年1月19日第5刷発行
底本の親本:「小学文学童話」竹村書房
1937(昭和12)年5月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:酒井裕二
2016年10月28日作成
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