お母さんはえらいな
小川未明
|
いちばん下の勇ちゃんには、よくおなかをいためるので、なるべく果物はたべさせないようにしてありましたから、ほかの兄さんや、姉さんたちが、果物をたべるときには、勇ちゃんの遊びに出て、いないときとか、また夜になって、勇ちゃんが寝てしまってから、こっそりとたべることにしていました。
「僕、びわがたべたいのだけど。」
「私は、水蜜がたべたいわ。」
兄さんや、姉さんたちは、果物の季節になると、いろいろおいしそうな、果物が、店頭に並ぶのを見てきて話をしました。
「晩に、勇ちゃんが休んでから、買ってきておたべなさい。」と、お母さんは、おっしゃったのであります。
ところが、ある日のこと、お土産に、みごとなパイをもらったのでした。
「まあ、おいしそうね。」と、お姉さんが、いいました。
「お母さん、すぐに、切っておくれよ。」と、太郎さんが、いいました。
「果物がはいっているから、勇ちゃんは、たべていけないのですね。」と、二郎さんが、パイをながめながらいいました。
さっきから、やはりだまって、おいしそうな大きなパイをながめていた、勇ちゃんは、これをきくと真っ赤な顔をして、二郎さんにとびつきました。
「そんなこと、あるもんか、僕、みんなたべるんだい。」と、けんかがはじまったのでした。
「ああ、これは、勇ちゃんもたべていいんですよ。」と、お母さんが、おっしゃったので、やっと勇ちゃんの怒りは解けましたが、
「僕、たくさんもらうんだ。」と、勇ちゃんが、がんばると、
「ずるいや、お母さん、公平に分配してくださいね。」と、二郎さんが、叫びました。
「お母さんは、いつも、公平に分配するじゃありませんか。」
このとき、二郎さんが、メートル尺を持ってきたので、みんなは、笑い出しました。
パイをたべた後で、お母さんは、たなからゼリビンズのはいった袋をおろして、四人の子供たちに、分けてくださいました。色とりどりな曲玉形のお菓子は、めいめいの前にあったさらの中でかがやいて見えました。
「僕のは、これんばかし。」と、太郎さんがいいました。
「姉ちゃんが、いちばんたくさんだ。」と、二郎さんがいいました。
「いいえ、みんなおんなじですよ。かんじょうをしてごらんなさい。」と、お母さんがいわれました。四人はかんじょうすると、いちばん小さい勇ちゃんのが、一つ多かっただけで、三人のゼリビンズの数はまったくおんなじだったのです。
「それごらんなさい。お母さんは、かんじょうしなくても公平でしょう。」
「お母さんは、えらいな。」と、子供たちは感心して目をみはりました。
底本:「定本小川未明童話全集 10」講談社
1977(昭和52)年8月10日第1刷発行
1983(昭和58)年1月19日第6刷発行
※表題は底本では、「お母さんはえらいな」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:仙酔ゑびす
2012年2月19日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。