五百句
高浜虚子
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『ホトトギス』五百号の記念に出版するのであって、従って五百句に限った。
この頃の自分の好みから言えば、勢い近頃の句が多くならねばならぬのであるが、しかし古い時代の句にもそれぞれの時代に応じて捨てがたく思うものもあるので、先ず明治・大正・昭和三時代の句をほぼ等分に採ったことになった。
範囲は俳句を作り始めた明治二十四、五年頃から昭和十年まで、即昭和十一年十一月二十日に出版した『句日記』の句までとしたので、その後の句はこの集には洩れている。
明治時代
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春雨の衣桁に重し恋衣
明治二十七年
夕立やぬれて戻りて欄に倚る
明治二十八年 子規を神戸病院より、須磨保養院に送りて数日滞在。
風が吹く仏来給ふけはひあり
明治二十八年八月 下戸塚、古白旧廬に移る。一日、鳴雪、五城、碧梧桐、森々招集、運座を開く。
しぐれつつ留守守る神の銀杏かな
明治二十八年
もとよりも恋は曲者の懸想文
明治二十九年
怒濤岩を噛む我を神かと朧の夜
明治二十九年
海に入りて生れかはらう朧月
明治二十九年
大根の花紫野大徳寺
明治二十九年
山門も伽藍も花の雲の上
明治二十九年
縄朽ちて水鶏叩けばあく戸なり
明治二十九年
叩けども〳〵水鶏許されず
明治二十九年
先生が瓜盗人でおはせしか
明治二十九年
病む人の蚊遣見てゐる蚊帳の中
明治二十九年
蚊帳越しに薬煮る母をかなしみつ
明治二十九年
人病むやひたと来て鳴く壁の蝉
明治二十九年
鶏の空時つくる野分かな
明治二十九年
弟子僧にならせ給ひつ月の秋
明治二十九年
松虫に恋しき人の書斎かな
明治二十九年
盗んだる案山子の笠に雨急なり
明治二十九年
元朝の氷すてたり手水鉢
明治三十一年
石をきつて火食を知りぬ蛇穴を出る
蛇穴を出て見れば周の天下なり
穴を出る蛇を見て居る鴉かな
明治三十一年
間道の藤多き辺へ出でたりし
明治三十一年
逡巡として繭ごもらざる蚕かな
明治三十一年
橋涼み笛ふく人をとりまきぬ
明治三十一年七月二十二日 五月以来母病気のため松山にあり。八月に至る。
星落つる籬の中や砧うつ
明治三十一年
蒲団かたぐ人も乗せたり渡舟
明治三十一年
柴漬に見るもかなしき小魚かな
明治三十一年
耳とほき浮世の事や冬籠
明治三十一年
鶯や文字も知らずに歌心
明治三十二年
亀鳴くや皆愚なる村のもの
明治三十二年
薔薇呉れて聖書かしたる女かな
明治三十二年
五月雨や魚とる人の流るべう
明治三十二年
蓑虫の父よと鳴きて母もなし
明治三十二年九月十日 根岸庵例会。
稲塚にしばしもたれて旅悲し
明治三十二年九月二十五日 虚子庵例会。会者、鳴雪、碧梧桐、五城、墨水、麦人、潮音、紫人、三子、孤雁、燕洋、森堂、青嵐、三允、竹子、井村、芋村、坦々、耕雨。後れて肋骨、黄塔、把栗来る。
十月一日、松瀬青々上京、発行所に入る。
春の夜や机の上の肱まくら
明治三十三年
雨に濡れ日に乾きたる幟かな
明治三十三年
煙管のむ手品の下手や夕涼み
明治三十三年七月二十五日 虚子庵例会。
遠山に日の当りたる枯野かな
明治三十三年十一月二十五日 虚子庵例会。
美しき人や蚕飼の玉襷
明治三十四年
帷子に花の乳房やお乳の人
明治三十四年
山寺の宝物見るや花の雨
明治三十五年
肌脱いで髪すく庭や木瓜の花
明治三十五年
打水に暫く藤の雫かな
明治三十五年? 或は三十二年又は三十四年か。
危坐兀坐賓主いづれや簟
明治三十五年七月二十七日 虚子庵例会。
長き根に秋風を待つ鴨足草
明治三十五年 横浜俳句会。
此年九月十九日。子規歿。
花衣脱ぎもかへずに芝居かな
明治三十六年
老ぼれて人の後へに施米かな
明治三十六年五月二十五日 虚子庵例会。会者、碧梧桐、癖三酔、碧童、左衛門、酔仏、一転等。
葛水に松風塵を落すなり
明治三十六年
摂待の寺賑はしや松の奥
明治三十六年
秋風や眼中のもの皆俳句
明治三十六年
友は大官芋掘つてこれをもてなしぬ
明治三十六年
瓢箪の窓や人住まざるが如し
明治三十六年
書中古人に会す妻が炭ひく音すなり
明治三十六年
茶の花に暖き日のしまひかな
明治三十六年
坂の茶屋前ほとばしる春の水
明治三十七年
裏山に藤波かかるお寺かな
明治三十七年四月二十五日 徳上院例会。
ほろ〳〵と泣き合ふ尼や山葵漬
明治三十七年
御車に牛かくる空やほととぎす
明治三十七年五月二十五日 徳上院例会。
大海のうしほはあれど旱かな
明治三十七年六月二十五日 徳上院例会。
むづかしき禅門出れば葛の花
明治三十七年
或時は谷深く折る夏花かな
明治三十七年
発心の髻を吹く野分かな
秋風にふえてはへるや法師蝉
明治三十七年八月二十七日 芝田町海水浴場例会。会者、鳴雪、牛歩、碧童、井泉水、癖三酔、つゝじ等。
うき巣見て事足りぬれば漕ぎかへる
鎌とげば藜悲しむけしきかな
明治三十八年七月二十三日 浅草白泉寺例会。会者、鳴雪、碧童、癖三酔、不喚楼、雉子郎、碧梧桐、水巴、松浜、一転等。
蚊遣火や縁に腰かけ話し去る
明治三十八年七月二十八日 癖三酔、松浜と共に。
行水の女にほれる烏かな
明治三十八年
客人に下れる蜘蛛や草の宿
明治三十八年
蜘蛛掃けば太鼓落して悲しけれ
明治三十八年
相慕ふ村の灯二つ虫の声
明治三十八年
もの知りの長き面輪に秋立ちぬ
明治三十八年八月十七日 王城、松浜と共に。
花提げて先生の墓や突当り
明治三十八年八月二十一日 鴨涯、松浜と共に。
村の名も法隆寺なり麦を蒔く
冬の山低きところや法隆寺
明治三十八年十一月二十六日 浅草白泉寺例会。
座を挙げて恋ほのめくや歌かるた
明治三十九年一月六日 新年会。三河島喜楽園。会者、癖三酔、松浜、一声、三允、鳴雪、碧梧桐、乙字等。
垣間見る好色者に草芳しき
芳草や黒き烏も濃紫
明治三十九年三月十九日 俳諧散心。第一回。小庵。会者、蝶衣、東洋城、癖三酔、松浜、浅茅。
尚この俳諧散心の会は翌明治四十年一月二十八日に至り四十一回に及ぶ。
草に置いて提灯ともす蛙かな
明治三十九年四月二日 俳諧散心。第三回。麻布竹谷町闇玉庵(癖三酔宅)。
山人の垣根づたひや桜狩
明治三十九年
藤の茶屋女房ほめ〳〵馬士つどふ
明治三十九年四月二十三日 俳諧散心。第六回。牛込赤城神社脇、清風亭。
卯の花や仏も願はず隠れ住む
明治三十九年五月七日 俳諧散心。第八回。小石川高田あかなすのや(浅茅庵)。
寂として残る土階や花茨
明治三十九年五月二十一日 俳諧散心。第十回。小庵。
門額の大字に点す蝸牛かな
主客閑話ででむし竹を上るなり
明治三十九年五月三十日 大谷句仏北海道巡錫の途次来訪を機とし、碧梧桐庵小集。会者、鳴雪、句仏、六花、碧梧桐、乙字、碧童、松浜。
麻の中月の白さに送りけり
麻の上稲妻赤くかかりけり
明治三十九年五月三十一日 星ヶ岡茶寮小集。
上人の俳諧の灯や灯取虫
明治三十九年六月十九日 碧梧桐送別句会。星ヶ岡茶寮。
稚児の手の墨ぞ涼しき松の寺
明治三十九年六月二十五日 俳諧散心。第十四回。芝浦海水浴。
すたれ行く町や蝙蝠人に飛ぶ
明治三十九年七月二日 俳諧散心。第十五回。芝浦海水浴。
夏痩の身をつとめけり婦人会
明治三十九年七月十六日 俳諧散心。第十七回。芝浦海水浴。
六十になりて母無き燈籠かな
明治三十九年
送火や母が心に幾仏
明治三十九年
桐一葉日当りながら落ちにけり
僧遠く一葉しにけり甃
明治三十九年八月二十七日 俳諧散心。第二十二回。小庵。
秋扇や淋しき顔の賢夫人
明治三十九年
君と我うそにほればや秋の暮
淋しさに小女郎なかすや秋の暮
明治三十九年九月十七日 俳諧散心。第二十五回。十二社、梅林亭。
後家がうつ艶な砧に惚れて過ぐ
明治三十九年九月二十四日 俳諧散心。第二十六回。小庵。
老の頬に紅潮すや濁り酒
明治三十九年十月八日 俳諧散心。第二十八回。山王社内、楠本亭。
秋空を二つに断てり椎大樹
明治三十九年十月十五日 俳諧散心。第二十九回。山王社内、楠本亭。
煮ゆる時蕪汁とぞ匂ひける
明治三十九年
老僧の骨刺しに来る藪蚊かな
明治四十年
酒旗高し高野の麓鮎の里
明治四十年 巣鴨、詩痩会。真宗大学内。
里内裏老木の花もほのめきぬ
明治四十一年
明易き第一峰のお寺かな
明治四十一年五月二十八日 蕪むし会。第四回。寒菊堂。会者、耕村、水巴、知白、東洋城、松浜、蝶衣。
葛水にかきもち添へて出されけり
明治四十一年
駒の鼻ふくれて動く泉かな
明治四十一年六月十二日 蕪むし会。第五回。寒菊堂。
岸に釣る人の欠伸や舟遊
明治四十一年七月三十日 蕪むし会。第六回。
曝書風強し赤本飛んで金平怒る
書函序あり天地玄黄と曝しけり
明治四十一年八月五日 日盛会。第五回。小庵。
尚この会は八月一日第一回を開き殆毎日会して八月三十一日に至る。此時の会者、東洋城、癖三酔、松浜、水巴、蛇笏、三允、香村、眉月、蝶衣等。
ぢぢと鳴く蝉草にある夕立かな
明治四十一年八月九日 日盛会。第九回。小庵。
羽抜鶏吃々として高音かな
明治四十一年八月十日 日盛会。第十回。
金亀子擲つ闇の深さかな
明治四十一年八月十一日 日盛会。第十一回。
新涼の驚き貌に来りけり
草市ややがて行くべき道の露
明治四十一年八月十四日 蕪むし会。第七回。寒菊堂。
冷かや湯治九旬の峰の月
明治四十一年八月十七日 日盛会。第十六回。
仲秋の其一峰は愛宕かな
仲秋や院宣をまつ湖のほとり
仲秋をつつむ一句の主かな
明治四十一年八月二十二日 日盛会。第二十回。
凡そ天下に去来程の小さき墓に参りけり
由公の墓に参るや供連れて
此墓に系図はじまるや拝みけり
明治四十一年八月二十三日 日盛会。第二十一回。
螽とぶ音杼に似て低きかな
明治四十一年八月二十五日 日盛会。第二十三回。
芋を掘る手をそのままに上京す
明治四十一年八月二十七日 日盛会。第二十五回。
園に聞く人語新し野分跡
明治四十一年 秋。村上霽月来小会。
藁寺に緑一団の芭蕉かな
明治四十一年 秋。蕪むし会。第九回。
大正時代
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三世の仏皆座にあれば寒からず
霜降れば霜を楯とす法の城
死神を蹶る力無き蒲団かな
その日〳〵死ぬる此身と蒲団かな
大正二年一月十九日 鎌倉虚子庵句会。病臥の儘。
先人も惜みし命二日灸
大正二年二月十日 大平山句会。栃木郊外大平山茶亭。
春風や闘志いだきて丘に立つ
大正二年二月十一日 三田俳句会。東京芝浦。
大寺を包みてわめく木の芽かな
菊根分剣気つつみて背丸し
大正二年二月二十六日 半美庵偶会。戸塚。
この後の古墳の月日椿かな
一つ根に離れ浮く葉や春の水
大正二年 春。虚子庵句会。
草摘みし今日の野いたみ夜雨来る
大正二年
舟岸につけば柳に星一つ
大正二年三月九日 ホトトギス発行所例会再興第一回。芝田町汐湯に於て。
濡縁にいづくとも無き落花かな
提灯に落花の風の見ゆるかな
大正二年 春。鎌倉、雨村庵にて。庵主、宗演老師等と共に。
田植すみて東海道雨の人馬かな
大正二年六月一日 虚子庵例会。
今日の日も衰へあほつ日除かな
古庭を魔になかへしそ蟇
蛍追ふ子ありて人家近きかな
寝し家を喜びとべる蛍かな
師僧遷化芭蕉玉巻く御寺かな
大正二年七月 第一日曜。虚子庵例会。
灯取虫燭を離れて主客あり
灯ともせば早そことべり灯取虫
大正二年七月 奉天の佐藤肋骨、京城の吉野左衛門、千葉の渡部非砂、東京の仙田木同の諸君、鎌倉に来遊せし時、小町園にて。
秋雨や身をちぢめたる傘の下
大正二年九月 第三日曜。子規忌句会。
此秋風のもて来る雪を思ひけり
大正二年十月五日 雨村、水巴と共に。信州柏原俳諧寺の縁に立ちて。
年を以て巨人としたり歩み去る
大正二年十二月 第三日曜。発行所例会。
我を迎ふ旧山河雪を装へり
大正三年一月 松山に帰省。同月十二日夜、松山公会堂に於て。
うき草のそぞろに生ふる古江かな
大正三年一月十四日 京都に至る。祇園左阿弥の晩句会に臨む。
時ものを解決するや春を待つ
大正三年一月十六日 大阪瓦斯倶楽部の俳句大会に列席。会者八、九十名。青々、墨水、一転、躑躅、巨口、月村、露石、素石、月斗、鬼史、王城等。
鎌倉を驚かしたる余寒あり
大正三年二月一日 虚子庵例会。
春雨やすこしもえたる手提灯
大正三年三月 第三日曜。発行所例会。
我心或時軽し罌粟の花
大正三年五月三日 虚子庵例会。
コレラ怖ぢて綺麗に住める女かな
コレラ船いつまで沖に繋り居る
コレラの家を出し人こちへ来りけり
大正三年七月五日 虚子庵例会。
清水のめば汗軽らかになりにけり
大正三年七月十九日 発行所例会。
一人の強者唯出よ秋の風
秋風や最善の力唯尽す
大正三年九月六日 虚子庵例会。
濡縁に雨の後なる一葉かな
大正三年
葡萄の種吐き出して事を決しけり
蜻蛉は亡くなり終んぬ鶏頭花
大正三年十月十八日 発行所例会。
雲静かに影落し過ぎし椄木かな
造化已に忙を極めたるに椄木かな
大正四年四月十八日 発行所例会。
太腹の垂れてもの食ふ裸かな
大正四年六月二十日 発行所例会。
烏飛んでそこに通草のありにけり
大正四年十月九日 京都三条小橋の万屋にあり。大和の浜人来る。王城、鱸江、秋蒼と共に句作。
これよりは恋や事業や水温む
大正五年二月十一日 高商俳句会。山王境内楠本亭。高商卒業生諸君を送る。
麦笛や四十の恋の合図吹く
恋はものの男甚平女紺しぼり
大正五年六月十一日 発行所例会。
露の幹静に蝉の歩き居り
大正五年九月十日 子規忌句会。
大空に又わき出でし小鳥かな
木曾川の今こそ光れ渡り鳥
大正五年十一月六日 恵那中津川に小鳥狩を見る。四時庵にて。島村久、富岡俊次郎、田中小太郎、清堂、零余子、はじめ、泊雲、楽堂同行。
破蕉龍を失して水仙玉をはらめり
大正五年十二月三日 帝大俳句会。九日、夏目漱石逝く。
闇汁の杓子を逃げしものや何
大正五年十二月二十八日 高商俳句会闇汁会。芙蓉居。
葛城の神臠はせ青き踏む
大正六年二月十日 帰省の途次堺に寄る。白鳥吟社主催堺俳句会に出席。泊雲、泊月、躑躅、浜人、はじめ、九品太、月斗、一転、梅史、桜坡子等と共に。
山吹の雨や双親堂にあり
大正六年四月十五日 国民俳句会。江戸川畔清風亭。
春水や矗々として菖蒲の芽
大正六年四月二十二日 春季吟行。太田妻沼に至る車中。
菖蒲葺いて元吉原のさびれやう
大正六年五月三日 帝大俳句会。根津権現境内娯楽園。
大蟇先に在り小蟇後へに高歩み
大正六年五月八日 婦人俳句会。
人間吏となるも風流胡瓜の曲るも亦
大正六年五月十二日 虚吼、吏青嵐、煙村、楚人冠等と小集。鶴見花月園みどり。
蛇逃げて我を見し眼の草に残る
大正六年五月十三日 発行所例会。十六日、阪本四方太、中川四明、日を同じうして逝く。
葭戸はめぬ絶えずこぼれ居る水の音
大正六年 某料亭にて。
簗見廻つて口笛吹くや高嶺晴
大正六年六月十日 発行所例会。
此松の下に佇めば露の我
大正六年十月十五日 帰省中風早柳原西の下に遊ぶ。風早西の下は、余が一歳より八歳迄郷居せし地なり。家空しく大川の堤の大師堂のみ存す。其堂の傍に老松あり。
天の川のもとに天智天皇と虚子と
大正六年十月十八日 筑前太宰府に至る。同夜都府楼址に佇む。懐古。
秋の灯に照らし出す仏皆観世音
大正六年十月十八日 観世音寺に詣づ。
何の木のもとともあらず栗拾ふ
大正六年十月十九日 福岡第二公会堂に於て。
今朝も亦焚火に耶蘇の話かな
大正七年? 或は大正六年か。
老衲火燵に在り立春の禽獣裏山に
雨の中に立春大吉の光あり
大正七年二月十日 発行所例会。会者、京都の王城、所沢の俳小星、青峰、宵曲、一水、雨葉、しげる、湘海、岫雲、みづほ、霜山、今更、たけし、鉄鈴、としを、子瓢、夜牛、石鼎。
鞦韆に抱き乗せて沓に接吻す
大正七年四月十六日 婦人俳句会。柏木かな女居。
野を焼いて帰れば燈下母やさし
大正七年? 或は七年以前なるべし。
梅を探りて病める老尼に二三言
大正七年? 或は七年以前なるべし。
山吹に来り去りし鳥や青かつし
大正七年? 或は七年以前なるべし。
船にのせて湖をわたしたる牡丹かな
大正七年? 或は七年以前なるべし。
夏草を踏み行けば雨意人にあり
夏草に下りて蛇うつ烏二羽
大正七年? 或は七年以前なるべし。
夏の月皿の林檎の紅を失す
大正七年七月八日 虚子庵小集。芥川我鬼、久米三汀等来り共に句作。
船に乗れば陸情あり暮の秋
能すみし面の衰へ暮の秋
大正七年
秋天の下に野菊の花弁欠く
大正七年十月二十一日 神戸毎日俳句会。
二三子や時雨るる心親しめり
大正七年十月二十二日 堺俳句会。この日一転庵泊。
見失ひし秋の昼蚊のあとほのか
大正七年
菖蒲剪るや遠く浮きたる葉一つ
大正八年 婦人俳句会の連中、鎌倉に来る。はじめ邸にて。
夏痩の頬を流れたる冠紐
大正八年
蚰蜒を打てば屑々になりにけり
大正八年
昼寐せる妻も叱らず小商
大正八年
扇鳴らす汝の世辞も亦よろし
我を指す人の扇をにくみけり
大正八年
傾きて太し梅雨の手水鉢
大正八年
夕鰺を妻が値ぎりて瓜の花
大正八年
寝冷せし人不機嫌に我を見し
大正八年
やう〳〵に残る暑さも萩の露
大正八年
山のかひに砧の月を見出せし
大正八年
冬帝先づ日をなげかけて駒ヶ嶽
大正九年一月 小樽にあるとしを、丹毒のため小樽病院に入院せるを見舞ひ、三十一日帰路につく。青函連絡船にて。
藤の根に猫蛇相搏つ妖々と
大正九年五月十日 京大三高俳句会。京都円山公園、あけぼの楼。
どかと解く夏帯に句を書けとこそ
大正九年五月十六日 婦人俳句会。
人形まだ生きて動かず傀儡師
大正十年一月十一日 新年婦人俳句会。かな女庵。昨年十月、軽微なる脳溢血にかゝり、病後はじめて出席したる句会。
雪解の雫すれ〳〵に干蒲団
大正十年
厚板の錦の黴やつまはじき
新しき帽子かけたり黴の宿
大正十年
新涼の月こそかかれ槙柱
大正十一年八月三十一日 川崎俳句会主催新涼句会。大師内渉成園。会するもの、鳴雪、楽天、温亭、普羅、野鳥、風生、橙黄子等。
日覆に松の落葉の生れけり
大正十二年六月二十八日 風生渡欧送別東大俳句会。発行所。上京中の泊雲出席。
門前に蛍追ふ子や旅の宿
大正十二年六月末
早苗取る手許の水の小揺かな
笠の端早苗すり〳〵取り束ね
早苗籠負うて歩きぬ僧のあと
早苗籠負うて走りぬ雨の中
大正十二年 戸塚俳句会。
月の友三人を追ふ一人かな
大正十二年十月二十二日 丹波竹田の泊雲居を訪ふ。旧暦九月十三夜、晴れて霧深し。泊月、野風呂と共に出でゝ田圃道を歩く。白川遅れて来る。
天日のうつりて暗し蝌蚪の水
大正十三年
さしくれし春雨傘を受取りし
大正十三年
棕櫚の花こぼれて掃くも五六日
大正十三年五月十三日 発行所例会。
老禰宜の太鼓打居る祭かな
大正十三年五月十九日 発行所例会。
晩涼に池の萍皆動く
大正十三年
蚊の入りし声一筋や蚊帳の中
大正十三年六月
風鈴に大きな月のかかりけり
大正十三年七月二十七日 島村元一周忌(昨年八月二十六日歿)追悼句会。妙本寺の墓に詣で島村邸に至る。
炎帝の威の衰へに水を打つ
暑に堪へて双親あるや水を打つ
大正十三年七月二十八日 発行所例会。
月浴びて玉崩れをる噴井かな
大正十三年八月
秋の蚊の居りてけはしき寺法かな
大正十三年 鮮満旅行の途次、十月十四日平壌にあり。華頂女学院に於ける俳句会に臨む。正蟀、帆影郎、沼蘋女等来る。韮城、橙黄子、雨意等同行。
ひらひらと深きが上の落葉かな
大正十三年十月三十一日 鮮満旅行の帰路、旅順に至る。新市街千歳倶楽部に於て。
水鳥の夜半の羽音やあまたたび
大正十三年十一月 清原枴童上京偶会。発行所。
北風や石を敷きたるロシア町
大正十三年十一月三十日 鮮満旅行より帰京歓迎句会。上野花山亭。集るもの温亭、石鼎、雉子郎、花蓑、秋桜子、青邨、たけし等。
酒井野梅其児の手にかゝりて横死するを悼む
弥陀の手に親子諸共返り花
大正十三年
行年やかたみに留守の妻と我
大正十三年十二月二十九日 同人、選者と共に。発行所に於て。会するもの、肋骨、楽堂、鼠骨、石鼎、温亭、宵曲、菫雨、野鳥、青峰、為山、たけし、花蓑、秋桜子、一水。
ばばばかと書かれし壁の干菜かな
灯のともる干菜の窓やつむぐらん
庫裡を出て納屋の後ろの冬の山
大正十四年一月十六日 発行所例会。大阪の木国、新潟の今夜、みづほ、他に鳴雪、温亭等。
麦踏んで若き我あり人や知る
大正十四年一月二十七日 中田みづほ渡欧送別句会。発行所。偶々より江来会。
春寒のよりそひ行けば人目ある
大正十四年二月
草摘に出し万葉の男かな
草を摘む子の野を渡る巨人かな
大正十四年三月
春宵や柱のかげの少納言
大正十四年三月
白牡丹といふといへども紅ほのか
雨風に任せて悼む牡丹かな
大正十四年五月十七日 大阪にあり。毎日俳句大会。会衆八百。
競べ馬一騎遊びてはじまらず
大正十四年五月二十二日 道後に宿泊。松山三番町横丁の某クラブに於て。
墓生きて我を迎へぬ久しぶり
大正十四年五月二十六日 松山滞在。老兄と共に墓参。
老僧の蛇を叱りて追ひにけり
大正十四年六(七?)月
紅さして寝冷の顔をつくろひぬ
大正十四年六(七?)月
美人絵の団扇持ちたる老師かな
大正十四年六(七?)月
我声の吹き飛び聞ゆ野分かな
大正十四年十月
父母の夜長くおはし給ふらん
大正十四年十月
佇めば落葉ささやく日向かな
大正十四年十一月
かりに著る女の羽織玉子酒
大正十五年一月
夙くくれし志やな蕗の薹
大正十五年二月 元未亡人蕗の薹を齎す。
古椿ここだく落ちて齢かな
大正十五年二月十三日 田村木国上京歓迎小集。発行所。二十日、内藤鳴雪逝く。
鶯や洞然として昼霞
大正十五年二(三?)月
芽ぐむなる大樹の幹に耳を寄せ
大正十五年三月十六日 発行所例会。
唯一人船繋ぐ人や月見草
大正十五年六月二十三日 発行所例会。
古蚊帳の月おもしろく寝まりけり
大正十五年六月
今一つ奥なる滝に九十九折
大正十五年七月十二日 発行所例会。
橋裏を皆打仰ぐ涼舟
大正十五年七月
古書の文字生きて這ふかや灯取虫
威儀の僧扇で払ふ灯取虫
大正十五年七月
草がくれ麗玉秘めし清水かな
大正十五年八月五日 発行所例会。
庭の石ほと動き湧く清水かな
大正十五年八月
棚ふくべ現れ出でぬ初嵐
大正十五年九月七日 東大俳句会。発行所。
雨風や最も萩をいたましむ
大正十五年九月
自らの老好もしや菊に立つ
大正十五年十(十一?)月
たまるに任せ落つるに任す屋根落葉
徐々と掃く落葉帚に従へる
大正十五年十一月
掃初の帚や土になれ始む
大正十五年十二月
大空に伸び傾ける冬木かな
大正十五年十二月二十一日 東大俳句会。発行所。
昭和時代
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藪の穂に村火事を見る渡舟かな
昭和二年一月
藪の池寒鮒釣のはやあらず
昭和二年一月二十日 発行所例会。三十一日、次男池内友次郎、横浜出帆の筥崎丸にて仏蘭西遊学の途に就く。
うち笑める老を助けて青き踏む
踏青や古き石階あるばかり
昭和二年二月二十八日 発行所例会。
木々の芽のわれに迫るや法の山
昭和二年三月
巣の中に蜂のかぶとの動く見ゆ
うなり落つ蜂や大地を怒り這ふ
昭和二年三月十七日 肋骨、為王、楽堂と雑談句作。発行所。
ものの芽のあらはれ出でし大事かな
昭和二年三月
斯く翳す春雨傘か昔人
春山の名もをかしさや鷹ヶ峰
一片の落花見送る静かな
槶原ささやく如く木の芽かな
昭和二年四月 京都滞在。光悦寺にて。
濃き日影ひいて遊べる蜥蜴かな
昭和二年五月十五日 みづほ帰朝歓迎句会。発行所。
百官の衣更へにし奈良の朝
昭和二年五月
セルを著て病ありとも見えぬかな
昭和二年五月
鵜飼見の船よそほひや夕かげり
昭和二年六月 大阪毎日、東京日日新聞社募集の日本八景の選抜委員を委嘱され、その候補地を視察する為岐阜に至り、長良川の鵜飼を見る。
くづをれて団扇づかひの老尼かな
昭和二年 老人会。
松風に騒ぎとぶなり水馬
昭和二年七月
なつかしきあやめの水の行方かな
よりそひて静なるかなかきつばた
昭和二年七月
大夕立来るらし由布のかきくもり
昭和二年七月 大毎、東日委嘱により別府に至る、日本八景の一に当選したる別府の記事を書く為。
わだつみに物の命のくらげかな
昭和二年八月四日 清三郎福岡転任送別東大俳句会。丸の内、竹葉亭。
俳諧の旅に日焼し汝かな
昭和二年八月八日 枴童上京の為、発行所小集。
此方へと法の御山のみちをしへ
昭和二年八月十一日 改造社主催講演会に出席のため高野山に赴く。
遅月の山を出でたる暗さかな
昭和二年八月十六日 夕。京都に至り、加茂堤に大文字を見る。
清閑にあれば月出づおのづから
昭和二年九月 退官せし前の横田大審院長招宴。
秋天の下に浪あり墳墓あり
昭和二年九月十九日 子規忌句会。田端大龍寺。
仲秋や月明かに人老いし
昭和二年九月
はじまらん踊の場の人ゆきき
昭和二年十月
朝寒の老を追ひぬく朝な〳〵
昭和二年十月二十三日 発行所例会。泊雲来会。会者百名。
やり羽子や油のやうな京言葉
東山静に羽子の舞ひ落ちぬ
昭和二年十二月
柊をさす母によりそひにけり
昭和三年二月
草間に光りつづける春の水
昭和三年四月七日 婦人俳句会。
両の掌にすくひてこぼす蝌蚪の水
昭和三年四月 七宝会。植物園。
行人の落花の風を顧し
昭和三年四月十五日 発行所例会。
遅桜なほもたづねて奥の宮
おもひ川渡れば又も花の雨
昭和三年四月二十三日 泊雲、泊月、王城、比古、三千女と共に鞍馬貴船に遊ぶ。
川船のぎいとまがるやよし雀
昭和三年六月
姉妹や麦藁籠にゆすらうめ
昭和三年七月十四日 婦人俳句会。
新涼や仏にともし奉る
昭和三年九月十六日 子規忌句会。大龍寺。十八日、石井露月逝く。
ふるさとの月の港をよぎるのみ
はなやぎて月の面にかかる雲
われが来し南の国のザボンかな
昭和三年十月七日 福岡市公会堂に於ける、第二回関西俳句大会に出席。会衆四百。清三郎、禅寺洞、より江、久女、しづの女、泊月、王城、野風呂、橙黄子等。
熔岩の上を跣足の島男
昭和三年十月十日 薩摩に赴き、桜島に遊ぶ。
七盛の墓包み降る椎の露
昭和三年十月 赤間宮参拝。
手をかざし祇園詣や秋日和
昭和三年十月十六日 泊月と知恩院境内漫歩。吉田町楽友会館に於ける京大三高俳句会に臨む。
枝豆を喰へば雨月の情あり
昭和三年十月十九日 木槿会。大阪倶楽部。
旅笠に落ちつづきたる木の実かな
昭和三年十月二十日 泊月、王城と八幡の男山に遊びまた大阪に至る。住友倶楽部に於ける無名会に出席。
御室田に法師姿の案山子かな
昭和三年十月二十三日 洛西、岡康之の岳父石井氏邸にて。
ふみはづす蝗の顔の見ゆるかな
昭和三年十月
秋風に草の一葉のうちふるふ
流れ行く大根の葉の早さかな
昭和三年十一月十日 九品仏吟行。
寒き風人持ち来る煖炉かな
昭和三年十二月
ゆるやかに水鳥すすむ岸の松
昭和四年一月
此村を出でばやと思ふ畦を焼く
昭和四年二月
虻落ちてもがけば丁字香るなり
昭和四年三月十八日 発行所例会。
後手に人渉る春の水
昭和四年四月一日 立子同伴、京都にあり、泊月、王城、桐一、播水、桂樹楼、波川、ながしと共に光悦寺に遊ぶ。秋桜子も亦来る。
眼つむれば若き我あり春の宵
昭和四年四月
漕ぎ乱す大堰の水や花見船
昭和四年四月八日 渡月橋の上手より舟を傭ひて遡上。
旧城市柳絮とぶことしきりなり
昭和四年 五月十四日発、満州旅行の途につく。江川三昧東道。五月二十七日、遼陽に至る。
夕立や森を出て来る馬車一つ
昭和四年六月三日 一日ハルビンに至る。八日迄滞在。
止りたる蠅追ふことも只ねむし
昭和四年六月十一日 平壌、お牧の茶屋。
短夜や露領に近き旅の宿
昭和四年六月二十七日 老人会。肋骨、峰青嵐、楽天、落魄居、楽堂、為王等来会。
病身をもてあつかひつ門涼み
昭和四年七月十六日 安田句会。
石ころも露けきものの一つかな
昭和四年八月十九日 風生電気局長就任、京童帰朝、祝賀会。折柄ツエツペリン伯号来る。
藪の穂の動く秋風見てゐるか
昭和四年十月十日 七宝会。鎌倉浄明寺、たかし庵に於て。
子供等に双六まけて老の春
昭和五年一月五日 鎌倉俳句会。極楽寺、寿水庵。
ほつかりと梢に日あり霜の朝
昭和五年一月十九日 発行所例会。
栞して山家集あり西行忌
昭和五年三月十三日 七宝会。発行所。
春潮といへば必ず門司を思ふ
昭和五年三月
ふるひ居る小さき蜘蛛や立葵
昭和五年六月二十七日 鎌倉俳句会。鴻乙居。夜、正福寺谷戸蛍狩。
落書の顔の大きく梅雨の塀
昭和五年六月二十九日 玉藻句会。真下邸。
這入りたる虻にふくるる花擬宝珠
炎天の空美しや高野山
昭和五年七月十三日 旭川、鍋平朝臣等と高野山に遊ぶ。
闇なれば衣まとふ間の裸かな
昭和五年七月二十四日 東大俳句会。
蜘蛛打つて暫心静まらず
昭和五年八月一日 家庭俳句会。
もの言ひて露けき夜と覚えたり
昭和五年八月二十六日 鎌倉俳句会。たかし庵。
秋山や槶をはじき笹を分け
昭和五年九月三十日 第二回武蔵野探勝会。多摩の横山。
鉛筆で助炭に書きし覚え書
昭和五年十二月八日 笹鳴会。
東より春は来ると植ゑし梅
昭和六年一月十七日 椎花庵招宴。
菅の火は蘆の火よりもなほ弱し
昭和六年一月十八日 武蔵野探勝会。江戸川。
せはしげに叩く木魚や雪の寺
昭和六年二月十二日 七宝会。鎌倉、たかし庵。
大試験山の如くに控へたり
昭和六年二月十三日 東大俳句会。丸ビル集会室。
蕗の薹の舌を逃げゆくにがさかな
昭和六年二月二十日 家庭俳句会。発行所。
紅梅の紅の通へる幹ならん
昭和六年三月十二日 七宝会。葉山、水竹居別邸。
蜥蜴以下啓蟄の虫くさ〴〵なり
昭和六年三月十三日 東大俳句会。
土佐日記懐にあり散る桜
昭和六年四月二日 土佐国高知に著船。国分村に紀貫之の邸址を訪ふ。
植木屋の掘りかけてある梅一樹
昭和六年四月十七日 家庭俳句会。矢口村、新田神社。
川波に山吹映り澄まんとす
昭和六年四月二十二日 丸之内会館。金春惣右衛門にはじめて句を教ふ。
早苗とる水うら〳〵と笠のうち
昭和六年五月十六日 丸之内倶楽部俳句会。第一回。
つくばひのよく濡れてをる端居かな
昭和六年六月十六日 水無月会大会。安田銀行。
草抜けばよるべなき蚊のさしにけり
昭和六年六月十八日 丸之内倶楽部俳句会。
飛騨の生れ名はとうといふほととぎす
昭和六年六月二十四日 上高地温泉ホテルにあり。少婢の名を聞けばとうといふ。
火の山の裾に夏帽振る別れ
昭和六年六月二十四日 下山。とう等焼岳の麓まで送り来る。
夕影は流るる藻にも濃かりけり
昭和六年七月十九日 武蔵野探勝会。古利根。
大蛾来て動乱したる灯虫かな
昭和六年八月十四日 東大俳句会。
蜘蛛の糸がんぴの花をしぼりたる
昭和六年九月六日 武蔵野探勝会。忍、川島奇北邸に赴き、大利根に遊ぶ。
われの星燃えてをるなり星月夜
昭和六年九月十七日 丸之内倶楽部俳句会。
秋風のだん〳〵荒し蘆の原
昭和六年九月十八日 家庭俳句会。羽田穴守海岸吟行。
仲秋や大陸に又遊ぶべく
昭和六年十月九日 東大俳句会。丸ビル集会室。
初潮に沈みて深き四ツ手かな
昭和六年十月二十二日 丸之内倶楽部俳句会。
秋風や生徒の中の島女
昭和六年十月二十三日 鎌倉俳句会。江の島金亀楼。
浦安の子は裸なり蘆の花
昭和六年十一月一日 武蔵野探勝会。浦安吟行。
たてかけてあたりものなき破魔矢かな
昭和六年十一月六日 『週刊朝日』新年号のために。
酒うすしせめては燗を熱うせよ
慟哭せしは昔となりむ明治節
昭和六年十一月十三日 東大俳句会。丸ビル集会室。
初鶏や動きそめたる山かづら
昭和六年十一月十四日 新聞聯合特信部の依頼。
たら〳〵と藤の落葉の続くなり
昭和六年十一月十五日 二子多摩川吟行。柳家休憩。
寺の傘茶店にありし時雨かな
昭和六年十一月十九日 丸之内倶楽部俳句会。
羽抜鳥身を細うしてかけりけり
昭和六年十二月二日
鷹の目の佇む人に向はざる
昭和六年十二月十一日 東大俳句会。丸ビル集会室。
炭斗は所定めず坐右にあり
昭和六年十二月十四日 笹鳴会。丸ビル集会室。
水仙や表紙とれたる古言海
昭和七年一月二十八日 丸之内倶楽部俳句会。
春の水流れ〳〵て又ここに
昭和七年二月七日 武蔵野探勝会。砧村大字岡本字下山、岩崎別邸。
草萌や大地総じてものものし
昭和七年二月八日 笹鳴会。丸ビル集会室。
風の日の麦踏遂にをらずなりぬ
昭和七年二月十三日 荻窪、女子大学句会。
学僧に梅の月あり猫の恋
昭和七年二月二十二日 薺会句会。
ぱつと火になりたる蜘蛛や草を焼く
我心漸く楽し草を焼く
昭和七年三月二十四日 丸之内倶楽部俳句会。
花の雨降りこめられて謡かな
昭和七年四月十二日 京都石田旅館にあり。安倍、和辻両君来り、謡二番。
山寺の古文書も無く長閑なり
昭和七年四月十六日 蜻蛉会。西山十輪寺吟行。
結縁は疑もなき花盛り
聾青畝ひとり離れて花下に笑む
昭和七年四月十九日 木槿会。大阪倶楽部。
燕のゆるく飛び居る何の意ぞ
昭和七年五月七日 水竹居祝賀会。四ツ木吉野園。
春の浜大いなる輪が画いてある
昭和七年五月九日 笹鳴会。片瀬西浜、保岡別邸。
夏草に黄色き魚を釣り上げし
昭和七年六月五日 武蔵野探勝会。石神井、三宝寺池。
自ら其頃となる釣荵
昭和七年六月二十一日 水無月会。丸ノ内、安田銀行。
榛名湖のふちのあやめに床几かな
昭和七年七月三十一日 伊香保に遊び、榛名湖にいたる。
落花のむ鯉はしやれもの髭長し
昭和七年九月四日 武蔵野探勝会。南拝島、日吉神社社前。
夜学すすむ教師の声の低きまま
昭和七年九月十日 『山茶花』十週年記念大会兼題。
くはれもす八雲旧居の秋の蚊に
昭和七年十月八日 出雲松江。八雲旧居を訪ふ。
秋風の急に寒しや分の茶屋
昭和七年十月九日 松江を発ち大山に向ふ。大山登山。
遅月の上りて暇申しけり
昭和七年十月十九日 嵯峨野吟行。二条、巨陶居。
山間の霧の小村に人と成る
顔よせて人話し居る夜霧かな
昭和七年十月二十日 木槿会。大阪倶楽部。
大小の木の実を人にたとへたり
昭和七年十一月十四日 笹鳴会。丸ビル集会室。
描初の壺に仲秋の句を題す
昭和八年一月一日 鎌倉宅病臥。皿井旭川来、枕頭に壺の図を描く。
つく羽子の静に高し誰やらん
昭和八年一月九日 笹鳴会。丸ビル集会室。
襟巻の狐の顔は別に在り
昭和八年一月十二日 七宝会。松韻社にて。日比谷公園。
つづけさまに嚔して威儀くづれけり
昭和八年一月二十一日 家庭俳句会。
凍蝶の己が魂追うて飛ぶ
昭和八年一月二十六日 丸之内倶楽部俳句会。
雪解くるささやき滋し小笹原
昭和八年一月二十七日 鎌倉俳句会。
紅梅の莟は固し言はず
昭和八年二月二十二日 臨時句会。発行所。
鴨の嘴よりたら〳〵と春の泥
昭和八年三月三日 家庭俳句会。横浜、三渓園。
立ちならぶ辛夷の莟行く如し
昭和八年三月三十日 七宝会。あふひ邸。
神にませばまこと美はし那智の滝
鬢に手を花に御詠歌あげて居り
昭和八年四月十日 南紀に遊ぶ。橙黄子東道。那智の滝。青岸渡寺。
鶯や御幸の輿もゆるめけん
昭和八年四月十二日 中辺路を経て田辺に至る。中辺路懐古。
子の日する昔の人のあらまほし
昭和八年四月十九日 大磯一本松、中村吉右衛門別邸に行く。安田靫彦の意匠になるといふ庭に昔絵を見るが如き稚松多し。
虹立ちて雨逃げて行く広野かな
昭和八年五月二十五日 丸之内倶楽部俳句会。
囀や絶えず二三羽こぼれ飛び
昭和八年六月十三日 北海道旭川俳句大会兼題。
浴衣著て少女の乳房高からず
昭和八年七月十二日 おほさき会。発行所。
風鈴の音に住ひをる女かな
昭和八年七月二十四日 玉藻句会。丸ビル集会室。
船涼し己が煙に包まれて
昭和八年 八月十六日発、北海道行。あふひ、立子、友次郎、草田男、夢香、桜坡子、木国同行。八月十七日、青函連絡船松前丸船中。
皆降りて北見富士見る旅の秋
昭和八年八月二十一日 るべしべ駅。此夜、阿寒湖、山浦旅館泊。
バス来るや虹の立ちたる湖畔村
火の山の麓の湖に舟遊
昭和八年八月二十二日 阿寒湖。此夜、弟子屈、青木旅館泊。
燈台は低く霧笛は峙てり
昭和八年八月二十三日 釧路港。此夜、釧路港、近江屋泊。
一筋の煙草のけむり夜学かな
昭和八年九月二十九日 草樹会。学士会館。
加藤洲の大百姓の夜長かな
昭和八年十月一日 武蔵野探勝会。常陸鹿島神社行。
倏忽に時は過ぎ行く秋の雨
昭和八年十月八日 田園調布、橙黄子新居句会。
秋の蝶黄色が白にさめけらし
昭和八年十月二十三日 玉藻句会。丸ビル集会室。
顔抱いて犬が寝てをり菊の宿
昭和八年十一月三日 家庭俳句会。鎌倉、虚子庵。
物指で脊かくことも日短
来るとはや帰り支度や日短
昭和八年十一月十九日 発行所例会。丸ビル集会室。
来る人に我は行く人慈善鍋
昭和八年十一月二十七日 丸之内倶楽部俳句会。
雑炊に非力ながらも笑ひけり
昭和八年十二月八日 草樹会。丸ビル集会室。
焼芋がこぼれて田舎源氏かな
昭和八年十二月十日 笹鳴会。丸ビル集会室。
白雲と冬木と終にかかはらず
昭和八年十二月十五日 家庭俳句会。渋谷、あふひ邸。
かくれ家をかいま見すれば雛飾る
昭和九年二月二十六日 玉藻句会。丸ビル集会室。
白雲のほとおこり消ゆ花の雨
昭和九年四月十三日 大阪に在りしが野風呂の招きにて昨夜遅く嵐山、花の家に著。大堰舟遊。此夜石田旅館泊。
四畳半三間の幽居や小米花
昭和九年四月十四日 蜻蛉会。岩倉実相寺に至る。岩倉公遺跡。
事務多忙頭を上げて春惜む
昭和九年四月二十九日 発行所例会。丸ビル集会室。
つくり雨降らせふきあげ噴き上げぬ
昭和九年六月九日 水竹居招宴。田中家。
酌婦来る灯取虫より汚きが
昭和九年六月十一日 おほさき会。丸ビル集会室。
一々の芥子に嚢や雲の峰
昭和九年六月十五日 家庭俳句会。小石川植物園。
玉虫の光残して飛びにけり
昭和九年七月二十三日 玉藻句会。丸ビル集会室。
水飯に味噌を落して濁しけり
昭和九年七月二十六日 丸之内倶楽部俳句会。
黒揚羽花魁草にかけり来る
昭和九年七月二十七日 鎌倉俳句会。稲村ヶ崎、稲村居。
何となく人に親しや初嵐
昭和九年八月二十三日 丸之内倶楽部俳句会。
よべの時化最も萩をいためしか
昭和九年九月十一日 箱根、見南山荘。
大いなるものが過ぎ行く野分かな
古の月あり舞の静なし
昭和九年九月二十一日 家庭俳句会。鎌倉、鶴ヶ岡八幡楼門。野分吹く。号外に颱風京阪地方を襲ひ大阪天王寺の塔倒ると。
並べある木の実に吾子の心思ふ
昭和九年十月二十二日 玉藻句会。丸ビル集会室。
秋風や何の煙か藪にしむ
昭和九年十月二十七日 鎌倉俳句会。たかし庵。
川を見るバナナの皮は手より落ち
昭和九年十一月四日 武蔵野探勝会。浜町、日本橋倶楽部。
焚火のみして朽ち果つる徒に非ず
昭和九年十一月十二日 おほさき会。丸ビル集会室。
神近き大提灯や初詣
昭和十年一月一日 未明。明治神宮初詣。
巫女舞をすかせ給ひて神の春
神慮今鳩をたたしむ初詣
昭和十年一月一日 午後。鶴ヶ岡八幡宮初詣。
藪入の田舎の月の明るさよ
昭和十年一月十日 第二回同人会。赤羽橋、春岱寮。
里方の葵の紋や雛の幕
昭和十年三月三日 武蔵野探勝会。麻布広尾、近藤男爵邸雛祭。
一を知つて二を知らぬなり卒業す
昭和十年三月十二日 笹鳴会。丸ビル集会室。
園丁の指に従ふ春の土
昭和十年四月四日 みづほ歓迎会。百花園。
椿先づ揺れて見せたる春の風
昭和十年四月二十日 あふひ還暦祝。百花園。
船の出るまで花隈の朧月
昭和十年四月二十四日 播水招宴。神戸花隈、吟松亭。
道のべに阿波の遍路の墓あはれ
昭和十年四月二十五日 風早西の下の句碑を見、鹿島に遊ぶ。松山、黙禅邸。松山ホトトギス会。
藤垂れて今宵の船も波なけん
昭和十年四月二十六日 石手寺、湧ヶ淵吟行。豊阪町亀の井。此夜神戸舟行。
旅荷物しまひ終りて花にひま
昭和十年四月二十九日 舞子、万亀楼。
秋篠はげんげの畦に仏かな
奈良茶飯出来るに間あり藤の花
昭和十年五月一日 立子と共に大阪玉藻句会出席。奈良東大寺裏、宝厳院。
燕のしば鳴き飛ぶや大堰川
昭和十年五月二日 京都嵐山、花の家。立子と共に。
緑蔭を出れば明るし芥子は実に
昭和十年六月十三日 七宝会。小石川植物園。
檝の音ゆるく太しや行々子
昭和十年六月二十四日 玉藻句会。丸ビル集会室。
吹きつけて痩せたる人や夏羽織
昭和十年六月二十八日 鎌倉俳句会。鎌倉山。
魚鼈居る水を踏まへて水馬
昭和十年七月十一日 七宝会。井ノ頭公園茶店。
山の蝶飛んで乾くや宿浴衣
昭和十年八月五日 箱根、松坂屋。一行十三人。
かわ〳〵と大きくゆるく寒鴉
昭和十年十二月十二日 七宝会。松本長氏追善。不忍池畔雨月荘。
大空に羽子の白妙とどまれり
昭和十年十二月十三日 草樹会。丸ビル集会室。
観音は近づきやすし除夜詣
昭和十年十二月三十一日 浅草観音。
底本:「虚子五句集(上)〔全2冊〕」岩波文庫、岩波書店
1996(平成8)年9月17日第1刷発行
底本の親本:「五百句」改造社
1937(昭和12)年6月17日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※新仮名によると思われるルビの拗音、促音は、小書きしました
※「丸の内」と「丸之内」と「丸ノ内」の混在は底本通りです
入力:岡村和彦
校正:酒井和郎
2016年6月26日作成
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