ある少年の正月の日記
小川未明
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一月一日
学校から帰ると、お父さんが、「今年から、おまえが、年始におまわりなさい。」といって、お父さんの名刺を四枚お渡しなさった。そうだ、僕は、十二になったのだ。十二になると、お父さんのお代わりをするのか、知らないけれど、急に、自分でも大人になったような気がする。お母さんから、あいさつのしかたをならって、まずお隣からはじめることにして、出かけた。
一月二日
たくさんの年賀状の中に、僕にきたのが二枚あった。川田と西山からだ。学校で、いちばん親しい二人なのだ。なぜ、僕も早く書いて出さなかったろう。もらってから、出すのでは、なんだか冷淡のような気がする。いっそ、二人のところへ訪ねてゆこうかしらんと考えたが、お正月は、めいわくだろうと思ってやめた。二枚とも、「遊びにきたまえ。」と、書いて出した。
一月三日
お隣の勇ちゃんがきて、寒ぶなを釣りにいかないかと誘った。勇ちゃんは、中学の三年生だ。去年の暮れ、釣り堀へいったときに、おじいさんが、「新年は、三が日の間懸賞つきで、寒ぶなをたくさんいれますよ。」と、いったからだろう。僕、新年早々、殺生するのはいやだといったら、勇ちゃんもゆくのをよして、二人で、ボールを投げて遊んだ。
一月四日
昼ごろ、カチ、カチ、という、ひょうし木の音がきこえる。今年から学校へゆく弟が、「あいつはせっかちだから、おもしろい! やあやあ、コテツが、泣きおるわ。いま血をすわせてやるぞ……。」と、紙芝居の、チャンバラの手まねをして駆けだす。僕は、悲観してしまった。
一月五日
姉さんが、カルメ焼きを造るといって、火を落として、新しい畳の上に、大きな焼け穴をあけた。そして、お母さんにしかられた。いつも、僕たちが、畳をよごすといって、しかられるので、ちょっと痛快に感じた。
一月六日
外で、たこのうなり声がする。窓を開けると、あかるく日が射し込む。絹糸よりも細いくもの糸が、へやの中にかかって光っている。へやがあたたかなので、目にはいらないが、冬もこうしてごく小さなくもが、活動しているのを知った。
一月七日
明日から、学校だ。また、予習もはじまる。大いにしっかりやろう。橋本先生は、僕たちのために、いつもおそくまで残っていてくださる。あ、先生に、年賀状をあげるのを忘れた。しかし僕は、ありがたく思っている。あした、お目にかかって、おめでとうをいおう。今夜、これから、なにをして遊ぼうかな。
底本:「定本小川未明童話全集 8」講談社
1977(昭和52)年6月10日第1刷発行
1982(昭和57)年9月10日第6刷発行
親本:「青空の下の原つぱ」六文館
1932(昭和7)年3月
初出:「朝日新聞」
1932(昭和7)年1月3日
※表題は底本では、「ある少年の正月の日記」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:飛竜
2017年12月26日作成
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