こいのぼりと鶏
小川未明
|
泉水の中に、こいと金魚が、たのしそうに泳いでいました。しかし、黒いねこが、よくねらっていますので、ゆだんができませんでした。いつ、つかまえられて、食べられてしまうかしれないからです。
「私が、見張りをしてあげましょう。」と、毎日、泉水のほとりで遊んでいる鶏がいいました。鶏は、すばしこかったから、けっして、ねこにとらえられるようなことはありませんでした。
「どうぞ、おたのみいたします。」と、こいと、金魚はいいました。
鶏は、毎朝小舎の屋根に飛び上がって、いい声で、ときをつくりました。そして、黒いねこが泉水の近くを歩いていると、コケッコ、コケッコといって、泉水の中の金魚や、こいにも、注意をしたのであります。
すると、金魚も、こいも、水の中に深く、くぐってしまいました。
「なんと羽のあるものは、自由じゃないか。」と、鶏はいって、金魚や、こいに対して、威張りました。金魚や、こいは、なんといわれてもしかたがなかったのです。
「あなたは、ほんとうにえらい。」といっていました。
ある朝、金魚や、こいが目をさまして、上を見ますと、小舎より、もっと高く、空に大きなこいのぼりが、ひらひらとしていました。こいは、これを見ると、喜びました。
「あんなに、大きな仲間が、あすこへやってきた。もう、鶏のお世話にならなくても、あの仲間が、黒ねこのきたのを知らせてくれるだろう。」と、こういいました。
「鶏さん、長い間、ありがとうございました。しかし、私らの仲間が、あんなに高いところへきたから、もうだいじょうぶです。」と、こいが、鶏に向かっていいますと、鶏も、これからは威張られなくなったと、元気がありませんでした。
太郎さんは、その晩、こいのぼりを家へいれるのを忘れました。そして、夜中から、ひどい雨になったのであります。
夜が明けてから、金魚や、こいが上を見ますと、大きなこいのぼりは、雨にぬれて破れて見る影もありませんでした。
「おまえの仲間というのは、あれは、なんだい。」と、鶏はいって笑いました。そして、勝ちほこったように、小舎の屋根へ上がって、ときをつくりました。
底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社
1977(昭和52)年2月10日第1刷発行
1977(昭和52)年C第2刷発行
底本の親本:「ある夜の星だち」イデア書院
1924(大正13)年11月20日
初出:「コドモアサヒ」
1924(大正13)年5月
※表題は底本では、「こいのぼりと鶏」となっています。
※初出時の表題は「鯉幟と鶏」です。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:栗田美恵子
2019年4月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。