すずめ
小川未明
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冬の日は、昼過ぎになると、急に光がうすくなるのでした。枯れ残ったすすきの葉が黄色くなって、こんもりと田の中に一所茂っていました。そこは低地で、野菜を作ることができないので、そうなっているのかもしれません。往来からだいぶ離れていましたが、道の方が高いので、よくそのあたりの景色は見下ろされるのでした。晩方になると、すずめたちは、群れをなして、森の中の巣へ帰っていくのでしょう。チュン、チュン、鳴き交わしながら、空を飛んでいきました。彼らが、ちょうど、そのすすきのやぶの上へさしかかろうとすると、ぱっとして、驚いたように、急に群れが乱れたのです。なぜなら、下のすすきの中で、声をかぎりに自分たちを呼ぶ友の声をきいたからでした。
「どうしよう、だれか呼んでいるじゃないか。」と、先頭に立って、飛んでいた一羽が、仲間を見まわしていいました。
「いいえ、いってしまおう。」といったものもあります。
「きっと、餌があるから、降りろというのだ。」というものもありました。
すると、中には、
「いや、そうじゃない。どうかしたんだ、助けてくれといっているのだ。」と、いったものもあります。
こうして意見がまちまちであったので、彼らは、そのまま先へ飛んでいくこともできずに、すすきの生えている上の空を、二、三べんもぐるぐるまわって、話し合っていましたが、こんなことに、かかりあっていてはろくなことがないと考える連中は、
「じゃ、僕たちは、先へいくから。」といって、その群れは二つに別れてしまいました。
「まあ、ああいって呼んでいるのだ、いってみよう。」と、残った群れは、それから注意深く下のようすを探りながら、ぐるぐると空をまわってだんだん下へ降りてきました。そのうちに勇敢な一羽は、勢いよく、つういと、その声のする方へ走っていきました。つづいて、二羽、三羽と、後についてやぶの中へ降りたのです。
このとき、どこからか、さっと雲のような灰色の影が、眼前をさえぎったかと思うと、たちまち網が頭からかかってしまいました。
「あっ、やられた!」と、思ったときは、もう遅かったのです。網の中に入ったすずめたちは、隠れ場所から出てきた大男の手にかかって、殺されてしまったのです。
「いま、五羽かかったね。」と、いう声が、往来の方から、きこえてきました。
男は、また最初のように、かすみ網をひろげて、落としの口を開けました。そして、自分はあちらのやぶの中に隠れて、おとりのすずめを鳴かすように糸を引きました。こうして、鳴くことに馴らされたすずめは、しきりに声をたてて鳴きました。
また、前のように、どこからか、新しくすずめの群れが飛んできました。
「おい、どこかで、呼んでいるものがあるじゃないか。」
「どこだろう。」
「あのくさむらのようだ、早くいってみよう。」
しかしながら、彼らは、注意を怠りませんでした。そして、彼らの中でも、ほかへ気を取られずに、まっすぐにいくものもあったが、どうしても先へいきかねて、声のする方へ引き寄せられるものもありました。やはり、一、二へんすすきの上の空をまわってようすをうかがっていたが、男が隠れているのに気づかなかったと見えて、六羽ばかり、一度にさっとすすきの中へ降りました。
男は、あわてたのです。大急ぎで、網の口を閉じにかかったが、すすきの葉にじゃまされて、手ぎわよくできず、ちょっとまごまごするうちに、二羽、三羽、下をくぐって逃げ出してしまいました。しかし、三羽ばかりは、ついに捕らえられてしまいました。
「あいつ、また三羽捕ったよ。」と、往来で見ているものが、いいました。
「ばかなすずめだな、さっさと飛んでいけばいいに。」と、いったものもあります。
このとき、男は、どんな人たちが、見ているのかと、支度をすませてから、道の上をながめました。
そこには、会社員らしい人がいました。小僧さんがいました。また、郵便配達がいました。それらの人たちは、いずれも自転車を止めて、わざわざ降りて、すずめをとるのを見ているのです。
「どうだ。うまいものだろう。」と、男は、網を張るたびに、かならず獲物がかかるのを、心の中で自慢していました。
「そうさ、これほど、おとりを馴らすのは、容易のことじゃないのだ。まだ暗くなるまでに、幾十羽ばかり捕れるかな。」と、男は、思いました。
見物人の中に、学校帰りの少年が二人いました。
「あのすすきの中のすずめが、鳴かなければいいんだね。」
「助けてくれと鳴いているんだろう。」
「そうかしらん。鳴いているので餌があると思って降りるんじゃない。」
二人の少年が、そんなことを話していました。すると、先刻網の中から逃げ出したすずめは、そのまま遠くへいったかと思うと、またもどってきて、田のあぜに立っているならの木の枝に止まりました。そして、しきりに、チュン、チュン、と鳴いていました。
この時分になると、東の方から、西の方の森を目がけて、帰っていくすずめの群れが後から、後からときました。
「ほら、またきたよ。きっと網にかかるから。」と、見物人が、いっていますと、すずめの群れは果たして、すすきのやぶの頭にくると、ぐるぐるとまわりはじめました。
枝に止まって、鳴いている二羽のすずめは、
「あぶない! あぶない!」と、いうように鳴きつづけていました。
「おいしい餌があると思っているんだね。」
「そうかしらん。」
二人が、こんなことをいっていると、舞っていたすずめたちは、勢いよくすすきの中へ降りていきました。それよりも、驚いたことは、枝に止まっていた、先刻やっと網の中から逃げ出した二羽のすずめが、これも先を争って、ふたたびすすきの中へ飛んでいったのを見たことです。
「あっ、みんな網にかかってしまった。」
これを見ていた二人の小学生は、なんだか息詰まるような気がして、目をみはりました。男は、大急ぎで獲物を片っ端から殺して、袋の中へ入れていました。
「ばか!」と、このとき、大きな声で、どなったものがあります。それは、道の上で見ていた小僧さんでした。
「いいかげんに殺生やめろ!」
こういって、憤慨した、職人ふうの男もいました。すずめをかわいそうに思ったのは、二人の少年だけではありません。ここに立って見ているものが、みんな心にそう思ったのです。
「やはり仲間が捕まって、苦しんでいるのを助けようとして降りるのだな。」と、配達夫がいいました。
「まったくそうらしいですね。」
こんな話を、見ているものがしていました。これを聞いた二人の少年は、
「それごらん、餌を食べたいと思って、降りるんでないよ。」
「仲間を助けようと思って降りるんだね。」
こういうことを、二人が知ると、だまされて網にかかるすずめたちが、ほんとうにかわいそうになりました。
「こんな、罪になるものを見ていられん。」と、小僧さんが、急に自転車に飛び乗ってチリン、チリンと走り出しました。
「さあ、時間がおくれてしまって、たいへんだ。」と、配達夫も、また自転車を飛ばしていきました。
新しい見物人が、また足を止めていました。はじめのうちは、すずめのかかるのをおもしろがって見ているが、しまいには、後から、後から飛んでくるすずめが、だまされて、友だちを助けようとして、すすきの中へ降りて、網にかかるのがかわいそうになりました。
「はやく、日が暮れてしまえ!」と、腹立ちまぎれに、いったものもあります。すずめを捕っている男は、これで生活をするのか、根気よく、いつまでも仕事をつづけていました。見物人から、なんとののしられても、さも聞こえぬようなふうをして、すすきの中に隠れて、おとりのすずめを鳴かすのに、苦心していました。糸を引くと、すずめは、ほんとうに苦しそうに、鳴いていました。
このとき、二人の少年も、そこを去って帰りかけました。
「お友だちが呼んでいると、知らぬ顔をして、先へ飛んでいけないのだね。」と、一人は先刻、一度逃げ出したすずめが、ふたたび友だちを救おうとして、飛び込んで網にかかった光景を思い出して、いいました。
「すずめって、感心な鳥だね。」と、一人が感心しました。
「僕たちだって、泣いているお友だちを残しておいていけないだろう。」
「いけないな。」
「神さまから、すずめも仲間は、助け合っていくようにと教えられたのだね。」
二人の心は悲しかったのです。西の空は、灰色にだんだん暮れかかりました。すずめのそうした性質を知って、落としにかける男が、憎く思われたのでした。それにもまして、二人は、すずめたちの相互に助け合う心を美しく、貴く感じたのでありました。
底本:「定本小川未明童話全集 13」講談社
1977(昭和52)年11月10日第1刷発行
1983(昭和58)年1月19日第5刷発行
底本の親本:「僕はこれからだ」フタバ書院成光館
1942(昭和17)年11月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:酒井裕二
2019年6月28日作成
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