風七題
小川未明




 どもは、つくえにむかって、勉強べんきょうをしていました。あきのうすぐらいでした。柱時計はしらどけいは、カッタ、コット、カッタ、コットと、たゆまずときをきざんでいましたが、きなれているので、かくべつみみにつきません。それより、たかまどの、やぶれしょうじが、かぜのふくたびに、かなしそうなうたをうたうので、どもは、じっとみみをすますのでした。

 かぜはときには、おきをとおる汽船きせんふえとも、調子ちょうしわせたし、また、そらがるたこのうなりとも、調子ちょうしわせました。

 どもは、これをいて、よろこんだり、うれしがったり、ものおもいにふけったりして、勉強べんきょうをわすれることがありました。

 どもには、さまざまな、かぜうたが、わかるのでした。



 東京とうきょうから、にいさんが、かえってくるというので、どもは、停車場ていしゃじょうへ、むかえにでました。

 一人ひとり、さくにもたれて、汽車きしゃのつくのをまっていると、そばに、きれいなおんなひとが、かばんをさげてっていました。

 そよかぜが、そのひとの、ながいたもとをかえし、ほつれをふいて、いいにおいをおくりました。どもは、やさしいすがたが、したわしくなりました。

 そのうち、汽車きしゃがつくと、おんなひとりました。けれども、にいさんは、かえってきませんでした。

 どもは、かなしみをこらえて、んぼの細道ほそみちを、わがほうへもどりました。

 青田あおたうえを、わたるかぜが、ひかりなみをつくり、さっきの、きれいなひとのまぼろしがうかぶとおもうと、はかなく、きえてしまいました。

 どもは、口笛くちぶえをならしました。



 三にんどもたちが、ひろで、あそんでいました。そこには、くるみの、くりの、かきの、ぐみのなどが、しげっていました。

 一人ひとりが、くるみのへのぼって、ハーモニカをふきました。一人ひとりは、くりのしたで、たけざおをもって、かぶとむしをとっていました。もう一人ひとりは、ぐみののえだをわけて、じゅくしたをさがしていました。

 このとき、ゴウッとおとをたて、かぜが、おそいました。すると、とんぼが、うすいはねをきらめかしながら、ふきとばされてきました。

「やんまだぞう。」と、さおをもった、どもが、さけびました。

 そらは、みどりいろれて、太陽たいようは、みごとにさいたはなのごとく、さんらんとかがやきました。

 また、ひとしきり、かぜがわたりました。そのたびに、木々きぎのえだが、なみのごとくゆれて、ハーモニカのおとも、きえたりこえたりしました。



 なつ晩方ばんがたのこと、いなかまちを、うまにからぐるまをひかせて、ほおかむりをした馬子まごたちが、それへって、たばこをすったり、うたをうたったりしながら、いくだいとなくつづきました。

 ガラッ、ガラッと、そのわだちのあとが、だんだん、とおざかった時分じぶん、こんどは、ドンコ、ドンコと、たいこをたたいて、まちなかを、旅芸人たびげいにんをのせた、人力車じんりきしゃが、れつをつくって、顔見世かおみせに、まわりました。

 あかねいろをした、夕空ゆうぞらには、やぐらが、たっていました。そのいただきに、ついているブリキのはたが、かぜ方向ほうこうへ、まわるたびに、おとをたてました。

 湯屋ゆやから、ぬぐいをぶらさげて、てきた、おじいさんが、うえをあおいで、

「ああ、北風きたかぜか、あすもお天気てんきだな。」と、ひとりごとをしました。

 また、往来おうらいでは、どもたちの、たのしそうにあそんでいるわめきごえがしていました。



 すこしのかぜもなく、も、じっとしてうごかず、まるでなかにひたったような、むしあついばんでありました。みんな、うちにいられぬとみえて、そとはなごえがしました。わたしもてみると、みんなが、あちらのすずみだいへあつまって、うちわをつかっていました。

 わたしも、そこへいって、こしかけました。だんだん、がふけると、どことなくしめっぽく、ひえびえとしてきました。はたけでは、つゆをしたって、うまおいが、ないていました。

「どれ、だいぶすずしくなったから、はいってねましょうか。」と、一人ひとりちました。

「みなさん、おやすみなさい。」と、また、一人ひとりちました。

 このとき、あちらの、くろもりあたまへ、ほんのりとしろく、ちちをながしたように、あまがわえました。



 ひるごろから、ふきはじめたかぜは、だんだん、れがたへかけて、おおきくなりました。

「いよいよ、台風たいふうが、やってきたかな。」

「なんだか、あたまのおもいですね。」

 みちをいくひとの、こんなはなごえが、みみへはいりました。

 ぼくは、おとなりのしょうちゃんと二人ふたりで、カチ、カチと、ひょうしをたたいて、近所きんじょを、用心ようじんにまわりました。

 もう、がくれたのだけれど、ふしぎに、そらあかるくて、けわしいくもゆきが、にとるように、えました。

「このかぜは、南洋なんようから、ふいてきたんだね。」と、ぼくが、いうと、しょうちゃんは、ちどまって、そらをながめ、

んだにいさんが、あのくもってこないかなあ。」と、いいました。

 かぜは、あいだをおいて、ふきました。なまあたたかく、しめっぽくて、ちょうど、おおきなうみのためいきのようでありました。



 どもは、とこなかで、ふとをさましました。すると、そとでは、こがらしがふいていました。

 その、かぜおとのたえまに、とおくのほうで、いぬのほえるのがこえました。

「どこで、ないているのだろう。」と、どもは、みみをすましていました。そのうちに、ねむって、ゆめをたのであります。自分じぶんは、いぬこえをたよりに、ひろ野原のはらあるいていました。つきひかりは、真昼まひるのように、くまなくてらしていました。いぬこえは、野原のはらのはてのむらから、こえるのでした。

 やがて、あかりが、ちら、ちら、えたので、そこまで、たどりつくと、まだ一けん、ねずにおきているいえがありました。自分じぶんは、まどへせのびをして、ガラスのうちをのぞくと、おかあさんらしいひとが、病気びょうきでねていました。そのまくらもとへ、ちいさなおんながすわって、看病かんびょうをしていました。

「ああ、感心かんしんなことだ。」と、おもって、自分じぶんは、なにかいおうとして、あせると、がさめてしまいました。

底本:「定本小川未明童話全集 14」講談社

   1977(昭和52)年1210日第1刷発行

   1983(昭和58)年119日第5刷発行

底本の親本:「みどり色の時計」新子供社

   1950(昭和25)年4

初出:「子どもの村」

   1948(昭和23)年7

※表題は底本では、「かぜだい」となっています。

※初出時の表題は「風と子ども」です。

入力:特定非営利活動法人はるかぜ

校正:酒井裕二

2017年1226日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。