赤土へくる子供たち
小川未明
|
釣りの道具を、しらべようとして、信一は、物置小舎の中へ入って、あちらこちら、かきまわしているうちに、あきかんの中に、紙につつんだものが、入っているのを見つけ出しました。
「なんだろうか。」
頭を、かしげながら、ほこりに、よごれた紙を、あけてみると、べいごまが、六つばかり入っていました。信一は、急になつかしいものを、見いだしたようにしばらくそれに見入っていました。そのはずです。一昨年の春あたりまで、べいごまが、はやって、これを持って原っぱへ、いったものです。それが、べいのやりとりをするのは、よくないというので、お父さんからも、先生からも、とめられて、ついみんなが、やめてしまったが、ただ記念にしようと思って、これだけすてずに、紙に包んで、しまっておいたことを、思い出しました。
「やはり、こまはおもしろいなあ。」
お天気はいいし、子供たちのあそんでいる声が、きこえるし、もう信一は、じっとして、家にいることが、できなかったのです。べいごまを、ふところへ入れると、赤土の原っぱをさして、出かけていきました。
原っぱには、武ちゃんや、善ちゃんや、勇ちゃんたちが、あそんでいました。
信一は、ふところから、べいを取り出して、土の上で、まわしてみました。これを見つけると、善吉が、遠くからかけてきました。
「信ちゃん、なにしてんだい。」と、さけびました。
「なんでもない、ただ、まわしてみたんだよ。」と信一は、べいをひろい上げて、また紙の中へ、入れました。
「君、べいごま?」
「うん、そうだよ。」
「いくつ、持っているの?」
「六つしかない。」
善吉は、あんなに、たくさん持っていたのに、どこへやったのかと、いわぬばかりの顔つきをして、信一を見ました。
「あんなにあったのを、どうしたんだい。」
「みんな川へすててしまった。」
「おしいことをしたね。」
「だって、お父さんが、すてろといったから。」
善吉は、自分も同じようなめに、あったことを、思い出していました。
「君は?」と、こんどは、信一がたずねました。
「ぼくは、いま十個持っているよ。あとは、ごみ箱へ、すててしまったのさ。」
善吉が、こう答えると、信一は、目をまるくして、
「いまなら、くず屋さんにやると、いいんだね。ごみ箱の中へ、すてたりして、おしいなあ。」と、いいました。
「ぼくも、十個かくしておいたのを、持ってこようか。」と、善吉は、いいました。
「あ、持っておいでよ。」
このとき、あちらから、勇二と武夫が、
「なにしているの。」と、口々に、わめきながら、やはり、かけてきました。
「べいごま。」
「ぼくも持っているよ。」
「いくつ?」
「ぼくは、十五個ばかり。」と、武夫が、いいました。
「おお、たくさんあるんだな。」と、みんなが、感心しました。
「勇ちゃんは、持っていないの。」
「僕は、十個ばかり。」と、勇二が答えました。
「なんだ、みんな、持っているんだな。じゃ、ここへ持ってきて、まわしっこしない?」と、善吉がいいました。
「しようよ。ただやるだけなら、いいんだろう。やったり、とったりして、かけなけりゃね。」と、勇二が、いいました。
「ほんとうは、それでは、おもしろくないんだがな。」と、武夫がいいました。
「だめ、見つかったら、しかられるから。」
「さあ、早くみんな、家へいって、持っておいでよ。」と、信一が、いいました。
「オーライ。」と、子供たちは、元気よく、いっさんに、原っぱから、かけ出して、きえてしまいました。
まっさきかけて、つっこめば
なんともろいぞ、敵の陣
馬よいななけ、かちどきだ
信一は、うたいながら、しきりに、べいをまわして、しばらく、しなかった、手ならしをしていました。
すると、このとき、ぴかりと、自分の顔を、あかるくてらしたものがあります。とんぼでも飛んできて、さわったのでないかと、顔をなでてみました。そして、べいのまわるのを見ていると、また、ぴかりとしました。
「なんだろう?」
信一は、頭が上げて、原っぱを見まわしました。はじめ、だれもいないと、思ったのに、あちらに、材木のつんである上で、女の子が、あそんでいました。
よく見ると、かね子さんと、光子ちゃんらしいのです。そして、ぴかりとしたのは、だれか、コンパクトに、ついているかがみで、日をてりかえして、自分に、いたずらを、したのです。
信一が、じっと見ていると、二人は、くすくす、笑っていました。
「知っているよ。」と、信一が、その方へ走っていきました。
「私たち、なんにもしないわ、おままごとしていたのよ。」と、かね子さんがいいました。
「コンパクトのかがみで、やったんだい。」
「ほほほ。」
「信ちゃん、そこにいるの。」と、まっ先にかけてきたのは、善吉でありました。つづいて、武夫に、勇二が、手にこまをにぎってかけてきました。
「ああ、ござが、ないなあ。」
「だれか、だいと、ござを、持ってくると、いいんだね。」
「だいは、いらないけれど、ござがなくては、できないよ。」
こまは土の上では、よくまわらぬからです。勇二は、足に力をいれて、赤土の上をトン、トン、と、ふんでいました。かたくして、そこで、こまをまわそうというのです。
「土の上では、だめだよ、だれか、家にござを持っていない。」と、信一が、いいました。そこへ、また、あちらから一人の少年がかけてきました。
「小山が、きた。」
小山は、かね子さんの兄さんです。
「べいをするのかい。」と、小山が、ききました。
「ござがなくて、こまって、いるんだよ。だれか、ござを、さがしてこないかな。」と、勇二が、いいました。
「私、家へいって、持ってきてあげるわ。」と、かね子さんが、いいました。
「ばか、家にござなんか、ないじゃないか。」と、小山は、かね子さんをにらみました。
十日ばかり前のことでした。新緑がすがすがしいしいの木の下で、たたみやが、しごとをしているのを、かね子さんは、立って見ていました。いつか赤いインキをこぼして、お父さんにしかられてすぐインキけしでふいたけれど、どうしても、そのあとがとれなかった茶の間のたたみも、新しい青い草のかおりのする表にかえられました。
もうこれから、毎日あのよごれた、たたみを見なくてすむのであります。そんなことを思って見ていると、おもしろいように、ほうちょうの刃が入ります。するするとござが切れていきます。そのあとを太い針が、すいすいとぬって、じょうぶな糸を通していきます。半畳のところへくると、半分だけござが残りました。かね子さんは内へかけこんで、
「お母さん、新しい半分のござが残ったの、どうするの?」と、ききました。
「しまっておけば、入用のことがありますよ。」
「ねえお母さん、私にちょうだいよ。」
「なんにするんですか。」
「私、おままごとのとき、しくんですの。」
「そんなら、大きいのがいいでしょう。」
「私、古いのはいや、新しいのがいいの。」
「あげてもいいですよ。」
かね子さんは、喜んで、半分のござをもらって、物置の中へしまっておきました。
いま善ちゃんや、勇ちゃんや、信ちゃんたちが、べいごまをするのに、ござがなくなってこまっているのを見て、しまっておいたござを、思い出したのです。それでかしてあげましょうかと、いったのでした。
「ばか。」と、兄さんにしかられて、かね子さんは顔を赤くしました。けれど、自分のものを、かしてやって、しかられるわけはないので、
「物置にあるわよ。」と、かね子さんはいいました。
「あれは、ぼくんだい。」と、小山は、妹をにらみました。
「いいえ、あれは、私のよ。」
「ぼくが、手工をするのに、お母さんからもらったんだい。」
友だちは、二人の方を見ていましたが、
「小山くん、かしてね。」と、信一が、いいました。けれど、小山はだまっていました。
「ねえ、辰雄くん、いいだろう。」と、善吉がいいました。
「ぼく、べいを持っていないから、つまんないもの。」と、小山が答えました。
「ござをかしてくれれば、一つあげるよ。」と、勇二が、いいました。小山は、急に、たのしそうな顔色になりました。
「ほんとうかい。」と、小山は、かけだしました。
「だれが、うそをいうもんかね。」と、武夫と勇二は、顔を見あって、にっこり笑いました。
小山は、ござをかかえて、もどってきました。このとき、かね子さんは、
「光子さん、あっちへいって、じゅずだまを取りましょうよ。」と、いいました。草むらの中には、つゆくさがむらさきの花を咲かせていました。へびいちごの赤い実が、じゅくしていました。あちらでは男の子たちが、べいにむちゅうになっています。
「ござが新しいから、気持ちがいいね。」
「勇ちゃんの角は強いなあ、辰ちゃんの一つしかないべいがすっとんでしまった。」と、善ちゃんが笑いました。
小山は、しょげてしまいました。せっかく、勇ちゃんがくれたのに、また勇ちゃんに取られてしまったからです。
「ぼくが、一つあげよう。」と、こんどは、武夫が一つこまを小山にやりました。
「やりとりしっこなしなんだろう。」
「うそっこでは、つまんないや。」
「わかると、先生にしかられるよ。」
「ああ、いちばんあとで、みんなかえそうや。」
みんなで、そんなことをいっていると、
「ぼく、もうかえろう。」と、小山がいいました。
「かえるの? もっとあそんでおいでよ。」
「勉強しないと、お母さんにしかられるもの。」
小山は、しいてあるござを取りかかりました。
「辰ちゃん、かしておきよ。すんだら持っていくから。」と、武夫がいいました。
「よごすと、手工のとき、こまるもの。」
「そんな、いじわるをいうもんでないよ。」
「ほんとうだい。ござがなければ、べいができないじゃないか。」と、勇二が、おこり出しました。
小山は、こういわれると、ござにかけた手をひっこめました。
「辰ちゃん、べいを一つあげよう、これは、ほんとうに、君にあげるのだよ。」と、善吉が、こまをやって、小山のきげんを、なおそうとしました。
「さあ、みんなでやろう。辰ちゃん、もうすこしあそんでいたって、いいだろう。」
こういいながら、信一は、ブーンとうなりをたて、こまをござの上へ投げ入れました。こまは元気よくまわりました。そこへ善吉も、勇二も、武夫もいっしょにこまを投げ入れました。
こまは、たがいにふれ合って、ぱっぱっと火花を散らしています。ややおくれて、辰雄ももらったこまを投げ入れました。辰雄のこまもすごいいきおいを出してまわっていたが、けっきょく武夫のこまが、どれもこれも、はじきとばして天下を取りました。また、小山は、こまを一つも持たなくなったのです。そのさびしそうなようすを見て、信一は、
「辰ちゃんに、一つあげよう。」と、いって、ひらたい、ぴかぴか光ったのをやりました。
「おお、そのべたをやるの。」と、勇二が、目をまるくしました。
「かしてあげたのさ。」と、信一は答えた。そうきくと、なんと思ったのか、
「いらない。」と、いって、辰夫は、そのこまを信一の手に返しました。
「どうして。」と、信一は小山の顔をふしぎそうにのぞきこみました。
「ぼく、もうかえるんだよ。」
「ほんとうに、これ、君にあげるよ。」
「ぼく、もうかえるんだ。」
小山は、こういって、また、ござを取りにかかりました。
このとき、じっと小山のすることを見ていた善吉が、
「いじわるのけちんぼめ。」と、いって、小山のござを、自分のはいていたくつで、ふみにじりました。
「何するんだ。」と、小山は、善吉を、おしたおそうとしました。ひょろひょろとなった善吉は、
「なにを。」と、小山に、とびついていきました。
「おい、けんかは、およしよ。」と、信一が、いいました。
「いじわるをするから、けんかになるんだ。」と、みんなが小山の顔を見ました。
「ぼくのござだもの、かってじゃないか。」と、小山は、顔を赤くしながらいいました。
「そのかわり、べいをやったろう。」
「こんなもの、ほしくはないよ。」と、小山は、一つの手に持っていたべいを、なげすてました。
「急に勉強するなんて、いわなくていいね。」と、武ちゃんが、いいました。
「勉強のことなんかいうのは、てんとり虫のいうことだ。」
「いらんおせわだよ、だれかみたいに、ランドセルなんか、もらわないからいいよ。」
「なんだと。」
武ちゃんは、はずかしめられたので、小山のござをめりめりと引きさきました。
「やあい、いいきみだ。」と、勇ちゃんが、手をたたきました。
小山は、しくしくと泣いて、かえりかけました。
「いいか、おぼえておれ。」と、小山は、泣きながら、こちらをふりかえりました。
「いいとも、あそんでなんかやらないから。」と、善ちゃんが、答えました。
「石をなげてやろうか。」と、武ちゃんが、足もとの石をひろいました。
「およしよ。」と、信ちゃんがとめました。
兄のいじめられたのを知ると、かね子さんが走ってきました。
「なんで、みんなして兄さんをいじめるの。」
「なまいきだからさ。」
「かしたござをかえしておくれ。」
「そこにあるの持っておゆきよ。」
「こんなやぶれたのでないのをかえしてよ。あす学校へいったら、先生にいうから。」
「いくらでもおいいよ。」と、武ちゃんが、おこって、たたきにかかると、かね子さんは、逃げていきました。
「けんかなんかして、つまらないなあ。」と、善ちゃんが、ポケットからボールをだして、空へ向かって投げ上げました。
「ボールをしようか。」
そんなことをいっているところへ、鳥打帽をかぶって、足にゲートルをまいた男が、ステッキをついて、原っぱをみんなのいる方へ、歩いてきました。
「あっ、いつかきた紙しばいのおじさんじゃあない?」
「そうだ、おじさんだ。」
「おじさあん。」と、みんなが、さけびました。
「おうい。」と、おじさんが、笑いました。
「どうしたの、おじさん、しばらくこなかったね。」
「ああ、商売がえをして、このごろは、お話をして学校をまわっているのだ。」と、おじさんは草のはえたところへ、こしをおろしました。
「なにか、おもしろいお話はないか。」と、おじさんが、みんなにききました。
「おもしろい話って、どんな話?」と、信ちゃんが、いいました。
「なんでも、君たちが見た話さ。」
「おじさん、してあげようか。」と、善ちゃんが、いいました。
友だちが、みんな善ちゃんの顔を見ました。
「きのう、ぼくプールへいったんだよ。そして、泳いでいると、どこかの子が、小さな弟と妹をつれてきたのさ。そして、うきぶくろにつかまって、泳ぎなさいといったのだよ。けれど、その小さな弟も妹も水にはいるのが、はじめてとみえて、おそろしがってはいらないのだ。
しかたがなく兄さんひとりプールへ入って泳いだのさ。そうすると、小さな弟と妹が、おせんべいをたべながら、兄さんの泳いでいく方へついて、プールの岸をぐるぐるまわっているのさ。ぼく、これを見て、おかしくてしようがなかった。だって、おせんべいをたべながらついて走るんだぜ。」
「は、は、は。」と、おじさんが、笑いました。おじさんが、おかしそうに笑ったので、みんなが、いっしょに笑いました。
「なるほどな。」と、おじさんがいいました。
「さあ、こんど、おじさんの番だ。」
「おれは、こないだ、北の方へ旅行をしてきたが、いなかの子は、みんな非常時なのでよくはたらいているぞ。学校からかえると、山へいって、たき木をせおってくるものや、畠へ出てくわつみの手だすけをするものや、また、くわの葉のはいったざるをかかえたり、せおったりして、家へはこんだりする。そうかと思うと子守をしながら本を読んでいるものもいる。町の子供たちのように、あそんでばかりいないよ。」
「ひどいな、おじさん、ぼくたちだって親のおてつだいをしているものが、いるんだぜ。」
「そうか、それは、感心なこった。」
「まだ、おもしろい話はないの。」
「それから樺太までいったよ。」
「樺太? たいへん寒いところまでいったんだね。」と、子供たちは、あの北のはしにつき出て、青い海の色にとりまかれた、ほそ長い島を思い出しました。
「ツンドラ地帯って、沼地みたいな、こけばかりはえているところがある。そこへ火がつくと、なかなかきえない。何年ということなく、燐の火のようなのが下からもえ上がる。
また、樺太には、人間の手のはいらない大きな森や林がある。それに火がつくと、それこそたいへんだ。どこまでもえるか、わからないからな。そんなとき、どうするかというに、火のもえていく何十メートルか先の林を切りはらって、あきちをつくるのだ。そして、火事のある森の片方のはしへ火をつけるのだ。すると、あちらからもえてくる火と、こちらからもえていく火とだんだん近づいて、どこかで出あうだろう。そのときは、どうだと思う。ドーンという大きな音がして、火のはしらが空へ立つのだ。そして、それで火がきえてしまうのだ。なぜって、両方からの火で、空気があつくなって、まん中の空気がなくなるからだ。」
「ほんとにおもしろい話だな。おじさんは、その火事を見たの?」
「いや、きいた話さ。おじさんが見たのは、ある村で、馬が出征するので、駅にりっぱなアーチが立ち、小学生が、手に、手に、はたをふりながら、見送りにいくのだった。どこも、非常時で、緊張しているぞ。」
原っぱのはしの方に、小さな森がありました。いろいろの木がしげっていて、風が吹くと、葉がきらきらと波のように、かがやきました。ひるすこしすぎる時分、「カチ、カチ。」という拍子木の音が、その方からきこえました。紙芝居のおじさんが、子供たちを呼んでいるのです。原っぱで、ボールをなげているもの、とんぼを追いかけているものが、一人、二人と、その方へかけていって、森の中へ集まりました。
森の中には、小さなお稲荷さまのほこらがたっています。そのほこらのとりいの前は、あちらの町へつづく、ひろい道になっていました。おじさんは、とりいのところへ自転車をおいて、みんなのくるのをまっていました。光ちゃんととみ子さんは、石のさくによりかかっていました。信一も、勇二も、ほかの子供たちの中へまじって、ぼんやりと立っていました。
ちょうど、そこは、すずしい日かげになっていて、頭の上では、せみがジイジイとないています。やがて、「突撃兵」という、おじさんのお話が、はじまりました。
「ある日、召集令が、忠一のもとへまいりました。彼は、手に持つ仕事道具をなげすててすぐに立ちあがった。
『妹よ、あとをよろしくたのんだ。』
『お父さん、きょうは、ご気分は、いかがですか?』
兄のいなくなった後は、かよわい女の身ながら、妹は、はたらいて、よく父親の看護をしていました。
『長い間、よくめんどうをみてくれたぞ。しかし、もう私もいくときがきたんだ。ただ生きているうちに、せがれのてがらをきかずにいくのが、ざんねんだ。』
『お父さん、そんな心ぼそいことをおっしゃっては、いけません。』
『いや、それよりかおまえは、お父さんがなくなったら一人になってしまう。おまえも日本の女だ。なんなりと、自分の力でできることをして日本のためにつくすんだぞ。』
『お父さん、よくわかりました。いま日本の人は、男でも女でも、年よりでも子供でも、一人のこらず、力をあわせて、立ちあがらなければならぬときがきたんです。私は、女ながら、つねにその覚悟を持っています。』
『ああ、それで安心した。』
これが、父親のわかれのことばでした。
話かわって、こちらは、戦場であります。敵は、手ごわくわが軍の前進をさまたげている。忠一の部隊は、クリークをへだてて、その敵と向かいあっていました。
あすの夜明けに、敵のトーチカをくだいてしまえという命令がくだった。忠一をはじめ一命を、天皇陛下にささげた勇士たちは、故郷へ、これがさいごの手紙を書いてねむりにつきました。
その夜中のこと、忠一一等兵は目をひらくと、国防婦人会の白い服をきた妹が立っている。おお、どうしてこんなところへきたかと、おどろいた。
『お兄さんに、知らせにまいりました。』
『なにっ、お父さんが、なくなられたか。それで、おわかれに、なんとおっしゃられた?』
『はい。』と、妹がなみだぐみながら、
『せがれのてがらを、この世できかずにいくのがざんねんだと、おっしゃいました。』
忠一一等兵は、がばとはね起きました。同時に目がさめたのであります。
『お父さん、ゆるしてください。じきに私もおそばへまいります。』」
おじさんが、ここまで話したときに善吉と武夫が、走ってきて、
「信ちゃん、吉川先生がきたから、早くおいでよ。」と、いって、ほこらのうしろの方へかくれようとしました。おどろいて、信一と勇二は、その後を追ったのです。紙芝居のおじさんは、何ごとがおこったのかと、思ったのでしょう。
「どうしたのだ、どうしたのだ。」と、ききました。
「学校の先生が、きたんだよ。」
「なに、先生が。ちっともわるいことは、ないじゃないか。」と、おじさんはいばりました。
学校の先生が、七、八人、上級の生徒をつれて交通整理の見学にとおったのです。先生たちが、いってしまうと、信一も勇二も善吉も武夫も顔を見せました。
「みんな、どうしたの?」と、おじさんがいいました。
「ぼくたち、いまとりいの前で、べいをしているのを見つかったんだよ。」
「なぜここへきて、話をきかなかったの? そんなことをするから、先生が、こわいのだよ。」と、おじさんは笑いました。
「小山くんが、先生に、ぼくたちのことをいいつけたんだ。だから、先生が、ぼくたちのそばまできて、のぞこうとしたんだ。」
「あした、学校へいくとしかられるよ。」と、善吉はしょげてしまいました。
「小山くん、ひきょうだね。こないだのしかえしをしたんだ。」と、信一は、いいました。
「ほんとうに、ひきょうだな。」
「おじさん、このお話、後はどうなったの?」と、ほかの小さな子供が、ききました。
「このあとのお話は、またあす。これで、きょうはおしまい。」
子供たちは、思い思いに、ちってしまいました。
「おじさんは、前にきた、紙芝居のおじさんと、お友だちだってね。」と、信一がいいました。
「ああ、友だちさ、ぼくらは、みなが、いい人になって、日本の国が、ますます強くなるようにと、紙芝居をして歩いているんだ。」と、おじさんが答えました。
「じゃ、おじさんは、ほんとうのあめ屋さんじゃないんだね。」と、善吉は、おじさんの顔を、ふしぎそうに見ました。
「あめも売るから、ほんとうのあめ屋さ。だってお話ばかりでは、きいてくれないだろう。」
「ぼく、お話だけでも、きくよ。」
「じゃ、あしたから、あめを持ってくるのをよそうかな。」
「そして、お金をとらないの。」
「ほら、ごらん。みなは、お話より、あめのほうがいいのだ。」
「お話もきいて、あめも、もらいたいのだよ。」
「ぼく、お話だけでもいいな。」
「だれだ、えらいぞ。は、は、は。」と、おじさんは笑いました。
翌日、学校のかえりに、善吉と武夫の二人は、吉川先生からのこされました。
「きっと、善ちゃん、べいごまのことだよ。」と、武夫がいいました。
「ああ、それにきまっているさ。だが、なんで、べいをしていけないんだろうね。」と、善吉は、まどの外のかきの木を見上げていました。秋になってから、日の光が、夏よりもかえって強いようです。一つ、一つ、さすように葉の上にかがやいていました。
「かきがなっているね、武ちゃん、これはしぶいのだろう。」
「あまいのかもしれない。ここから、あの枝へは、うつれないかね。」
「とびつけば、とどくけど、落ちたらたいへんだ。」
二人は、二階のまどから、かきの木を見ながらいろいろ考えつづけていました。そして、早く家へかえって、あそびたいなと思ったのです。それだけでなく、お母さんや、お姉さんが、しんぱいしていられるだろうと思うと、こうしていることが、くるしかったのです。
「先生、早くこないかな。」
「忘れたんだろう。かえろうか、武ちゃん。」
このとき、ろうかを歩いてくる、くつ音がしたのでした。二人は、急におぎょうぎをよくしていました。
先生は、教壇のいすにこしを下ろして、
「こっちへおいで。」と、善吉と武夫の二人は前へ呼ばれました。
「きのうは、家へかえってから、なにをしてあそんでいたね。」と、先生は二人の顔をごらんになりました。
善吉は、顔を上げて、
「まりをなげたり、べいをしていました。」と、すなおに答えました。
「べいをしては、いけないというのでなかったかな。」
善吉は、先生にそういわれると、だまってうつむきました。
「君は、どう思うね。」と、先生は、こんどは武夫に向かって、おききになりました。
「よくないと思います。」と、武夫は答えました。
「わるいと思うものを、なぜやったのだ。」
先生の顔は、しだいにおそろしくなりました。
「しまいに勝ったべいを、みんな返せばいいと思いました。」と、善吉が、いいました。
先生は、しばらくだまって、善吉のいうことをきいていられましたが、
「君たちは、わるいことをして、後でそれを返せばいいと思うのかね。」と、おっしゃいました。
「先生こまをまわすことは、わるいことですか。」と、武夫が、こんど先生の顔を見ながら、ふしぎそうにたずねたのです。先生は、ちょっと頭をかしげて、すぐには、返答をなさいませんでしたが、しばらくしてから、
「こまをまわすことを、いけないというのではない。勝ったり、負けたりするのに、品物をかけてやることを、いけないというのだ。べいなら、その負けたこまを、勝ったものが取るというふうに、勝負の後が、品物のやりとりになるからいけないというのだ。」
「先生そんなら、ただ、おたがいがこまをまわして、勝負をするぶんなら、いいのですか。」
「ものをかけたりしなければ、わるいことはない、みんなが、ただ一つぎりでな。ぼくも、子供の時分は、こまをまわすのが大すきだった。」
「先生も、べいをなさったのですか?」と、二人の子供は、おどろいた顔をしました。
「いや、ぼくの子供の時分には、べいごまなどというようなものは見なかった。もっと大形の木ごまか、鉄胴のはまったこまだった。鉄胴のこまには、木ごまは、どうしてもかなわなかったものだ。そして、こまの合戦は、それは、さかんなものだった。」
吉川先生は、自分の子供の時分を思い出して、いまのようにものをかけずに、ただ勝負をしただけで、それでもみんなが、満足したという話をなさいました。
「木ごまは、鉄胴にかかると、よく真二つにわれたものだ。そのわれるのが、またゆかいだった。しかし、つばきの木でつくった木ごまは、たいへんかたくて、なかなかわれぬばかりでなく、うまく火花をちらして、ぶつかって、どぶの中へ鉄胴をはねとばしてしまうことが、あったものだ。」
「先生、おもしろいですね。」
「おもしろいが、べいなんか、もうよしたまえ。このごろは、みんなでいっしょにたのしんで、そして、勝ち負けをきめるようなおもしろいあそびが、たくさんあるじゃないか。」と、先生は、おっしゃいました。この時分には、先生のお顔は、いつものやさしいお顔になっていました。
「先生よくわかりました。」と、善吉が、いいました。
「わかったか。」
「わかりました。けれど先生につげ口するものなんか、もっとひきょうだと思います。」と、武夫が、いいました。
「つげ口されるようなことをしなければいいのだ。では、もうかえるがいい。」
吉川先生は、立ち上がると、さっさと、ろうかの方へ歩いていかれました。
「黒めがねの紙しばいのおじさんは、ぼく、この話をしたら、辰ちゃんは、自分がけんかができないので、先生にいうなんてひきょうだといったよ。」と、善吉がいいました。
「おじさんは、先生をよく知っているといったね。」
「ああ、おじさんも、日本の子供は、そんとか、とくとかいうことなんか、考えてはいけない。正しいことをしなければならぬといった。」
二人は、階段を下りて、話しながら校門の外へ出たのでありました。
「善ちゃん、あの犬をごらんよ。」
武夫のゆびさした方を見ると、白い色の犬が、まりをくわえて主人の後についていきました。ある家の門のところに、茶色の犬がはらばいになっていたが、この犬を見つけると、急におきあがって、ほえはじめました。二ひきの犬のあいだが、だんだん近づきました。しかし、まりをくわえた犬は、知らぬ顔をして、わき見もせずに主人についていくと、茶色の犬はいまにもとびつこうとしたのでありました。
赤土の原には、だれもあそんでいませんでした。茶色の犬をつれた男の人は、ボールを出すと、力いっぱい、これを遠くへ向かって投げました。ボールは、青い空へ上がって、それから下へ落ちました。
「よし。」と、いうと、犬は、かけ出していきました。
「おじさん、犬の名は、なんというの。」と、武夫が聞きました。
「ジョンです。あれで、まじりけのないシェパードではありませんよ。」と、おじさんは、答えました。
「いい犬ですね。」と、善吉が、感心しました。ジョンは、ボールをくわえてきました。
「訓練ひとつですね、いい犬にするには、なかなかほねがおれます。」
ジョンは、ボールを主人の前へおこうとすると、
「こら!」と、おじさんはしかって、手に持っているむちでジョンをたたこうとしました。ジョンは、すぐ気がついて、右から左へぐるりと、おじさんの足もとをまわって、ボールをおきました。「よし。」と、おじさんは、犬の頭をなでてやりました。それから、おじさんは、犬をそこに待たしておいて、自分だけ、あちらへかけていきました。やがて、おじさんの姿は、草むらのしげった中へ、かくれてしまいました。じっと、そっちを見ながら、すわっていたジョンは、主人の姿を見えなくなると、さびしくなったのか、クン、クン、といって、おじさんをこいしがりました。善吉も、武夫も、忠実な犬が、かわいくなりました。
おじさんは、ちがった方角から、姿をあらわして、もどってきました。
「よし。」と、命令すると、ジョンは、すぐに主人のいった足あとをさがして、ボールを取りにいきました。
「おじさん、まりをかくしてきたの?」
「土へうめてきたが、ちょっと見つからないでしょう。」と、いって、おじさんは、笑っていました。
いつまでたっても、ジョンは、かえってきませんでした。見つからないのです。そのうちに、ジョンは、しおしおとして、なにもくわえずにもどってきました。これを見ると、おじさんは、こわい顔をして、犬をにらみました。そして、手を上げて、
「だめ!」と、どなりました。ジョンは、また、さがしに、あちらへ走っていきました。
「かわいそうだな、見つからないんだよ。」と、武夫は、犬に同情しました。
そのとき、少年が、きっきの白い犬をつれてさんぽにやってきました。そして、みんなのいるところへきました。
「ポインターのかわりですね。」と、おじさんは、白い犬の頭をなでました。犬は、おとなしくしていました。おじさんは、よく犬の種類を知っています。また、どの犬もかわいがりました。犬もまた、かわいがる人をよく知っているようです。
ジョンは、やっとボールを見つけて、うれしそうに、くわえて走ってきました。おじさんも、喜んで、ジョンのそばへくるのを待って、犬が、ぐるりとまわって、前へボールをおくと、だくようにして頭をなでてやりました。
「おりこうですね。」と少年が、これを見て、いいました。
「ふせ!」と、おじさんが、いうと、ジョンは、地の上へはらばいになりました。
「伏進!」
ジョンは、はらばいになりながら進みました。これを見ていた武夫は、善吉に向かって、
「戦争にいって、敵に見つからないようにして、進むんだね。」と、ささやきました。
白い犬も、おとなしくして、ジョンのするのを見ていました。すると、少年は、
「ごらんよ、おまえも、あんなことできるかい。」と、自分のほおを、犬の顔におしつけました。おじさんは、見て、笑っていました。
「なにもおしえないのですか。」
「この犬は、ぼうきれを投げると、くわえてくるぐらいのものです。」
「その犬は、猟犬ですね。」
「だから、にわとりや、ねこを見ると、追いかけて、しかたがないんですよ。」と、少年は、いいました。そのうちに、少年は、犬をつれて、あちらへいってしまいました。
おじさんも、一とおりの茶色の犬の訓練がすむと、善吉と武夫に向かって、
「さようなら。」と、いって、ジョンをつれて、お家へかえっていきました。
「ああ、きょうは、かえりがおそくなったね。ぼくお家へかえって、きっと、おかあさんにしかられるだろう。」と、武夫は、しんぱいしました。
「復習があったと、いえばいいだろう。」
善吉は、うそをいって、わるいと思ったが、そういうことに、きめていました。
「ぼくは、原っぱで、犬のおけいこを見てきたと、いおうかしら。」と、善吉が、いいました。
「残されたといわなけりゃ、どっちだっておんなじじゃないか。」
日にまし涼しくなりました。原っぱに立って、だまって空をみあげながら、鳴き声のした方に目をそらすと、黒く小さく、群れをなして、渡り鳥の飛んでいくのが見られました。
ワン、ワン、犬が、ほえています。その方を見ると、いつかおじさんのつれてきた、ジョンでした。
「ジョン、ジョン。」と、善吉が、呼びました。ジョンはかけてきました。そばには、武夫のほかに信一もいました。
「どこの犬なの?」
信一が、ききました。
「いつかどこかのおじさんがつれてきた犬だよ。」と、武夫は、あたりにおじさんがいないかと見まわしました。どうしたのか、おじさんの姿が見えません。
「ジョン、どうしたんだい? ひとりかい。」と、善吉が、いうと、ジョンは、喜んでとびつきました。
「きっと、道をまぐれたんだよ。」
「ぼくたち、どっかへかくれよう、そうしたら、ジョンは、どうするだろうか。」と、武夫が、いいました。
「そうだ、いいことがわかった。」
「どんなこと。」
武夫と信一は、善吉の顔を見ました。
「ジョンが、まりをさがしている間に、僕たちはどこかへかくれるのだよ。そうしたらジョンは、どうするだろうかね。」と、善吉は、いいました。
「どうするだろう? おもしろいな。」と、信一がいいました。
「お家へ帰っていくかもしれないよ。」
「いや、きっと、僕たちをさがすだろう……。」
「よし、やってみようよ。」
武夫はジョンにまりを見せてから、自分は、向こうのくさむらの方へ走っていきました。そして、わからないように、草の中へかくしてきました。
武夫は、息を切らしてもどると、
「ジョン、まりをさがしておいで。」と、すぐ命令をしました。ジョンは、かけていきました。
「さあ、この間にかくれよう、どこがいいかな。」
先に立って、走っている善吉が叫びました。
「僕の家の物置へいこうよ。」
三人は、原っぱを犬のいった、反対の方に向かって走りました。
広い道路のあちらは、すぐ町になっています。そして、いちばん近いところに、善吉の家がありました。土管や、じゃりや、セメントなどを、あきなっていました。物置の中には、これらの品物がつまれていました。三人は、きゅうくつそうに、体をおしあって、片すみにかくれて、かわるがわるふし穴から原っぱの方をながめていました。
「どうしたんだろう、こないよ。」
「お家へかえったんじゃないか?」
とつぜん、のぞいていた信一が、
「きた、きた、ジョンが、きちがいのようになって、さがしているよ。」
「こっちへこない。」
「足あとをさがしているから。」
「まりは、どうした?」
「くわえている。」
「かわいそうだから、出てやろうか。」と、善吉がいいました。
しかし、まもなくジョンは、小舎のところまでやってきました。そして、まりを下へおいてさも悲しげに、鳴き出しました。
「ジョン。」と、このとき、三人は、先をあらそって、物置からとび出しました。
「ふだに番地が書いてあるから、これからつれていってやろう。」と、信一は、ジョンの頭をなでました。
庭に、梅もどきの実が赤くなって、その下に、さざんかの咲いている家がありました。そこが、ジョンのお家でした。
三人は、げんかんに立つと、ジョンが尾をふって、ワン、ワンと喜んで鳴きだしました。しょうじ戸をあけて出てきた、おばさんは、犬と子供がいるので、見てびっくりしました。三人が、まよい子になった、ジョンをつれてきたことを話すと、
「まあ、まあ、それは、ありがとうございます。じつは、いなくなったのでしんぱいして、みんなが、さがしに出ているのですよ。いつもつないでおくのですが、朝、くさりをといてやったら、いなくなってしまったのです。」と、おばさんは、おれいをいいました。
武夫は、ジョンをくさりにつないでから、
「さようなら。」と、いいました。
三人は、いいあわしたようにジョンの方をふり向きながら、門を出ようとすると、ジョンは、ついていこうとして、くさりを鳴らしてほえました。
「ぼっちゃん。待っていてください。」と、おばさんが、あわてて奥から出てきました。そして、げたをはいて、紙に包んだものをみんなのところへ持ってきました。
「これは、ほんのおだちんですよ。あめか、おかしでも買って、わけてください。」と、おばさんは、信一の手に渡そうとしました。
「いいえ、そんなものいりません。」と、信一は、手を引っこめました。
「そんなこというものでありません、さあ取ってください。」と、こんどおばさんは、善吉に渡そうとしました。
「おかしなんか買うとしかられます。」と、善吉も、手を引っこめました。
「じゃ、えんぴつを買ってわけてください。」と、おばさんは、むりに武夫の手ににぎらせました。武夫は、どうしたらいいかと思ったが、おばさんが、これほどいってくれるのを、ことわるのはわるいと思って、いただいて外へ出ました。
「困ったなあ、これどうしたらいいだろう。」と、武夫は二人にそうだんしました。
「じゃ、えんぴつを買ってわけようよ。」と信一が、答えました。
「武ちゃん、君、あずかっておいでよ。」と、善吉がいって、三人は、原っぱへもどってきました。もう西の方の空が、赤くなりかけていました。
「あっ、紙しばいのおじさんがきている。」
三人は、子供たちの集まっている方へかけ出しました。そこには、小山も、かね子も、光子も、とみ子もきていました。
「ね、黒めがねのおじさんが、支那へいくんだって。」と、三人の顔を見ると、小山はいいました。
「ほんとう? 黒めがねのおじさんが、支那へいくの。」と、武夫が、おじさんにききました。
「ほんとうだとも、こんど宣撫班になって支那へいくのだ。」と、紙しばいのおじさんは、答えました。黒めがねのおじさんは、いつかこの原で、樺太へ旅行をしたときの話をしてくれました。
「宣撫班って、支那人のせわをしてあげるの。」と、とみ子さんがたずねました。
「ああ、そうだ。そして、支那の子供におもしろいお話をきかせてやるのさ。どんなに喜ぶだろうな。」
「どんなお話?」
「そのお話が、あのおじさんのことだから、日本の子供のことさ。きっと君たちのお話をして、日本の子供は、みんなしょうじきで、やさしくて、いい子ばかりだということだろう。」と、おじさんは、笑いました。
「そうかなあ、僕たち、あのおじさんに、旗を送ろうか。」
「そうだ。ジョンのお家からもらったお金で、旗を買おう。」
「僕も、お金を出すよ。」と、小山が、いいました。赤土の原っぱには、赤々として、夕日がうつっていました。
底本:「定本小川未明童話全集 12」講談社
1977(昭和52)年10月10日第1刷発行
1982(昭和57)年9月10日第5刷発行
底本の親本:「赤土へ来る子供たち」文昭社
1940(昭和15)年8月
初出:「せうがく三年生」
1939(昭和14)年6~12月
※表題は底本では、「赤土へくる子供たち」となっています。
※初出時の表題は「赤土へ来る子供たち」です。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:酒井裕二
2016年10月28日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。