草みち
序
田山録弥
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私は童話でも書くやうな、または刺繍でも見るやうな気持で、昔の恋愛の心の光景を眺め返して見たのでした。私は不思議な気がしました。それは再びその時分の心持に戻つたとは言へないまでにも、何だか非常に若い心を掘返したやうに思はれたのでした。若い人達の読物にしては或は熱に乏し過ぎるかも知れません。熟し過ぎたといふよりは、古くなつた果物といふ気がするかも知れません。しかし腐れかけた果実は甘いものです。またその熱の乏しいところに、却つて刺繍された糸の色彩がはつきりと出てゐるかも知れないと思つてゐます。兎に角、近年生んだ私の作の中では、一番愛着の多い短篇集のやうな気がして居ります。
底本:「定本 花袋全集 第二十二巻」臨川書店
1995(平成7)年2月10日発行
底本の親本:「草みち」宝文館
1926(大正15)年5月10日発行
初出:「草みち」宝文館
1926(大正15)年5月10日発行
入力:tatsuki
校正:小田代歩美
2013年1月16日作成
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