(七銭でバットを買つて)
中原中也
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七銭でバットを買つて、
一銭でマッチを買つて、
──ウレシイネ、
僕は次の峠を越えるまでに、
バットは一と箱で足りると思つた。
山の中は暗くつて、
顔には蜘蛛の巣が一杯かかつた。
小さな月が出てゐるにはゐたが、
それでも木の繁つた所は暗かつた。
ア、バアバアバアバ、
僕は赤ン坊の時したことを繰返した。
誰も通るものはなかつた。
暫くゆくと自転車を坂の下に落として、
自分一人は草を掴めば上れるが、自転車を置いとくわけにもいかず
といふ災難者にあつた。
自転車に紐か何か付いてるでせう、と僕は云つた。
へい、──それには全く気が付きませんでした、
自転車は月の光を浴びながら、
ガタ〳〵といつて引揚げられた。
──いつたい何処までゆきなさる、
──いえ、兄の嫁の危篤を知らせに、此の下の村まで一寸。
自転車の前の、ランプが灯つた。──おとなしさうな男である。
僕は煙草に火を点けて、去りゆく光を眺めてゐた。
アババババ、アババババ、
底本:「中原中也詩集」角川文庫、角川書店
1968(昭和43)年12月10日改版初版発行
1973(昭和48)年8月30日改版13版発行
※題名を一行目の文言から取った扱いは、底本が採用しているスタイルにならいました。
入力:ゆうき
校正:木浦
2013年1月23日作成
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