疲れやつれた美しい顔
中原中也



疲れやつれた美しい顔よ、

私はおまへを愛す。

さうあるべきがよかつたかも知れない多くの元気な顔たちの中に、

私は容易におまへを見付ける。


それはもう、疲れしぼみ、

悔とさびしい微笑としか持つてはをらぬけれど、

それは此の世の親しみのかずかずが、

もつれ合ひ、香となつて籠る壺なんだ。


そこに此の世の喜びの話や悲しみの話は、

彼のためには大きすぎる声で語られ、

彼の瞳はうるみ、

語り手は去つてゆく。


彼が残るのは、十分諦めてだ。

だが諦めとは思はないでだ。

その時だ、その壺が花を開く、

その花は、夜の部屋にみる、三色菫さんしきすみれだ。

底本:「中原中也詩集」角川文庫、角川書店

   1968(昭和43)年1210日改版初版発行

   1973(昭和48)年830日改版13版発行

入力:ゆうき

校正:木浦

2013年123日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。