長ぐつの話
小川未明
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あるところに、かわいそうな乞食の子がありました。
さびしい村の方から、毎日、町の方へ、ものをもらいに追い出されました。けれど、小さな足には、なにもはくものがなかったのです。子供は跣足で、長い石ころの多い道を、とぼとぼと歩かなければならなかったのでした。
夏の暑い日のことであります。地の面は乾いて、石は、熱く焼けていました。しかし子供は、足になにもはくものがなかったので、その上を跣足で歩いていました。通りすがりの人たちは、このかわいそうな乞食の子を見ましても、やさしい声ひとつ、かけてくれるものはありませんでした。
乞食の子は、きたならしいふうをして、だれも通らない、日盛りごろを往来の上を歩いていたのです。すると、頭の上で、つばめが鳴いていました。電信柱が往来に沿って、あちらまで遠くつづいていました。そして、その先は、青い、青い、空の下に見えなくなっていました。
その柱と柱の間には、幾筋かの電線がつながっていました。そして、その細い電線は日にさらされて光っていました。
つばめは、幾羽となく並んで、電線に止まっています。そして、鳴いていました。乞食の子は、ふと思わず立ち止まって上を仰ぎますと、つばめは、みんな自分を見て鳴いていましたので、これは、鳥までが、自分をばかにするのかと腹をたてました。
子供は、足もとの小石を拾って、鳥らに向かって投げました。つばめは、驚いて、みんな一時に飛び立ちました。子供は、しばらくたたずんで、つばめの飛び立つ方をながめていました。
翌日も、また熱い日でありました。子供がちょうど、昨日石を拾って投げつけたところにきますと、またもつばめがたくさん電線の上に止まって、鳴いていました。今度は、すこし道から離れた田の上で鳴いていました。ちょうどその下には汽車の線路があって、土手がつづいていました。土手は、ここでは往来に接していましたが、やがて道から遠く離れて、あちらへいっていたのです。
子供は石を拾って、わざわざ線路の方まで、田のあぜ道を伝わってゆきました。そして、石をつばめに向かって投げようと思ったのです。
けれど、子供は、つばめの鳴いているのは、自分をばかにして鳴くのでないということを心に感じました。
その声は、なにかしきりに、自分に向かって、告げようとしているようです。子供は、つばめが止まっている、下の線路のそばを見ました。すると、そこには、はき古した、ぼろぼろに破れた長ぐつが一足捨ててありました。
子供は、「これだ! つばめが、俺に、くつの落ちていることを知らしてくれたのだ。」と、深く心に感謝しました。
子供は、さっそく、その長ぐつを拾ってはいたのであります。それは、多分、工夫かだれかがはいて、もう古くなって破れたので捨てたものと思われます。
大人の足にはいた、長ぐつでありましたから、乞食の子供がはくと、足の全部が、うずまってしまいそうにみえました。しかし、なにもはかずに、この焼けるような石塊の多い道を歩くよりは、どんなに子供にとって、くつをはくことがよかったかしれません。そればかりでなく、子供は、生まれてから、はじめてくつというものをはいたので、珍しくてしかたがありませんでした。
大きなくつを、ひきずるように、往来を町の方に向かって歩いてゆきました。
町の人々は、みんなこの子供のようすを見て振り返りました。しかし、笑うものは少なかったのです。
「どうせ、乞食の子だもの。」と思っていたので、かわいそうとも、おかしいとも問題にしなかったほど、冷淡でありました。
しかし、田舎道を通ると、村の子供らは手をたたいて笑いました。
「やあい、このお天気に、長ぐつなんかはいているやあい。」と叫びました。そして、ぞろぞろ後からついてきて、笑ったり、また石を投げたりしました。
乞食の子は、しくしく泣きだしました。町へいって、みんなに冷淡にされているほうが、まだよかったように思いました。
きたならしいふうをして、長ぐつをはいた子供は、やっと逃れて村の子供らのついてこない小川の辺までやってきて、そこに立ってしばらく泣いていました。
このいじらしい姿を見たものは、ほかにだれもありません。ただ、田の中に遊んでいたかえるらばかりでありました。
かえるらは、かわいそうな子供のために相談したのです。
「どうか、村の子供らが、子供を見ても笑わないようにしてやりたいものだ……。」
こういって、いろいろ話し合いましたが、ついに、雨を降らせるにかぎるということに考えつきました。
ほんとうに、よく空は晴れわたっていて、一片の雲すらなく、雨が降りそうなけはいはなかったのです。それをどうかして、雨を降らせようと、かえるらは思ったのであります。
たくさんなかえるは、田の中や、あぜの上で、空に向かって鳴きはじめました。また、あるものは、小さな木に上って、すこしでも大きく、太陽の耳に訴えがきこえるように、鳴きたてたのであります。
晩方まで、根気よくかえるらは鳴いていました。すると、いままで見えなかった雲の影が空に動きはじめました。そして、日の光が、だんだん蔭ってくると、その日の夜から翌日にかけて、大雨が降り続きました。
やがて、雨は晴れました。けれど、田舎道には、水がいっぱいたまっていました。その日、乞食の子は、長ぐつをはいてみんなの前を威張って通ることができました。
底本:「定本小川未明童話全集 3」講談社
1977(昭和52)年1月10日第1刷
1981(昭和56)年1月6日第7刷
初出:「時事新報」
1923(大正12)年8月26日
※表題は底本では、「長ぐつの話」となっています。
※初出時の表題は「長靴の話」です。
入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正:本読み小僧
2014年4月23日作成
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