ものぐさなきつね
小川未明
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星は、毎夜さびしい大空に輝いていました。そして下界を照らしていましたけれど、だれも星を見てなぐさめてくれるものとてなかったのです。星は、それを頼りないことに思っていました。
鶏が、朝早く起きて、そのりこうそうな黒い瞳の中に、星影を映して、勇んで鳴いてくれなかったならば、星は、毎夜毎夜、音もない野原や、黒い村や、白く霧のかかった林や、ものすごい水の上を照らしていることが、もう飽き飽きして、まったくいやになってしまったにちがいありません。
けれど、若々しい鶏の喜ばしそうな鳴き声を聞くと、星は、すべての長い夜の間の物憂かったことなどを忘れてしまいます。そうして、つい鶏の愛想のいいのに引き込まれて、いっしょに日の上らない朝の間を楽しく送るのでありました。
そのうちに太陽が東の空を上ると、もはや鶏に別れを告げなければなりません。星はさも名残惜しそうにして、西の空に没してゆくのでありました。すると鶏も、もう鳴くのをやめてしまいます。
こんなふうにして、星と鶏とはたいそう仲がよかったのです。星の黙って、ぴかぴかとしてお話をするのを、鶏は頭を傾けて聞いていました。そして鶏だけには、星のものをいうことがよくわかりました。また、鶏の鳴いていろいろなことを話すのも、星にはよくわかりました。
「まだ牛も馬も眠っています。私だけが起きたのです。」と、鶏は、大きな声を出して叫びます。またつぎに、
「いま、ようやく家の人たちは起きました。そして、勝手もとでガタガタ音をさせています。いま、ろうそくに火を点けて、裏口の方へ出てゆきます。きっと馬にまぐさをやるのでしょう。」と、鶏は告げていました。
かくして、毎朝、星は夜の間に見た不思議なことを鶏に知らせ、また鶏は、村の中のできごとを星に知らせて、たがいに春から秋になるまで、長い間、仲のいい友だちであったのです。星がしめやかな言葉つきで、
「いま、寒い風が、あちらの遠い森の中で騒いでいる。」と、鶏に告げますと、鶏は、うなだれて体じゅうを円くしてちぢむのでした。
「しかし、鶏さん、私はおまえさんを毎晩守ってあげますよ。」と、星はいったのです。
冬になって、雪が地の上に積もると、鶏は小舎の中に押し入れられてしまいました。そして外へ出ることを許されませんでした。
哀れな鶏は、小舎の中にいて、どんなに怠屈をしたでしょう。ただじっとしていて、耳に聞くものは闇の中に狂う風と雪の音ばかりでありました。
「ああ、早く春になって、土を踏みたいもんだ。そして、あの優しい黄金色に輝く星の光を見たいものだ。春、夏、秋、なんという長い間、私たちはまた星とお話することができるだろう。楽しいことだ。」と、鶏は思いました。
星はまた、毎夜限りない、しんとした雪の広野を照らしていました。ただ見るものは白い雪ばかりでした。そしてたまたま黒い森や、山や、流れが目に入りましても、なにひとつおもしろい話をするではありません。そのほか、怠けものの獣物や、いじ悪い動物はありましたが、自分に向かってやさしく話をする、あの鶏のような友だちはなかったのです。星は鶏のことを思い出していました。そして早く春になって、鶏が小舎から出て、空にくびを伸ばして話しかける日になるのを待っていました。
寒い夜のことでした。山にすんでいるきつねはもう山には餌がなかったので、里へ出てなにか探してこようと野原の上を歩いてきました。きつねは村へいって鶏の小舎を襲おうと思っていたのです。
「おお、寒い。」と、きつねはつぶやいて、空を向いて、太い息をしました。
「この寒いのに、どこへゆくのですか?」と、星はたずねました。
「山に食べるものがなかったから、里へいって鶏でも捕ってこようと思うのだ。」と、きつねはめんどうくさそうにいいました。
星は、びっくりしました。しかし、きつねは、なかなか年をとっていて狡猾でありましたから、星はちょっとだますことはできないと思いました。
「今夜あたり、狩人が寝ずに番をしているかもしれない。」と、星はささやきました。
きつねは、これを聞いてせせら笑いをしました。
「なんで狩人が、鶏の番などをしているものか。」といいました。
「おまえさんは、鶏小舎の在り場を知っているのですか。」と、星はきつねに問いました。
「なに、村の中をうろついてみればすぐわかることだ。」と、きつねは答えました。
星は、目もとに笑いをたたえて、
「そんなことをして、うろついていると、狩人に撃たれてしまいますよ。それよりここに、もうしばらく待っておいでなさい。やがて鶏が鳴く時分です。そうしたら、じきにその小舎を見つけることができます。辛棒が肝心です。」と、星は諭すようにいいました。
「そうしようか。」と、ものぐさなきつねは村の方を見て、そうすることにしました。そしてじっと耳を澄ましていました。その夜は雪こそ降らなかったが、いつにない寒い夜でありました。きつねはもう、なんとも我慢をすることができなくなりました。
「早く、鶏め鳴かないかなあ。」と思っていますうちに、間近の黒い森の方で、犬のなく声が聞こえました。きつねは、びっくりしました。
「そら、きつねさん、私のいわないことではありません。狩人の犬ですよ。」と、星はいいました。
きつねは、あわてて起とうとしましたが、尾が雪の上に凍えついてしまって、どうしても取れませんでした。やっとの思いで、痛いめをして引き離すと、きつねは空しく山の中へ駆け込んでゆきました。
底本:「定本小川未明童話全集 3」講談社
1977(昭和52)年1月10日第1刷
1981(昭和56)年1月6日第7刷
初出:「読売新聞」
1922(大正11)年1月23~25日
※初出時の表題は「ものぐさな狐」です。
入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正:江村秀之
2013年12月5日作成
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