空色の着物をきた子供
小川未明
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夏の昼過ぎでありました。三郎は友だちといっしょに往来の上で遊んでいました。するとそこへ、どこからやってきたものか、一人のじいさんのあめ売りが、天秤棒の両端に二つの箱を下げてチャルメラを吹いて通りかかりました。いままで遊びに気をとられていた子供らは、目を丸くしてそのじいさんの周囲に集まって、片方の箱の上に立てたいろいろの小旗や、不思議な人形などに見入ったのです。
なぜなら、それらは不思議な人形であって、いままでみなみなが見たことがないものばかりでした。人形は新しいものとは思われないほどに古びていましたけれど、額ぎわを斬られて血の流れたのや、また青い顔をして、口から赤い炎を吐いている女や、また、顔が六つもあるような人間の気味悪いものの外に、鳥やさるや、ねこなどの顔を造ったものが幾つもならんでいたからです。片方の中には、あめが入っていると思われました。みんなは、これまで村へたびたびやってきたあめ売りのじいさんを知っています。しかし、そのじいさんはどうしたか、このごろこなくなりました。そのじいさんの顔はよく覚えています。けれど、だれも今日この村にやってきたこのじいさんを知っているものはなかったのです。
じいさんはチャルメラを鳴らしながら、ずんずんと往来をあちらに歩いてゆきました。やがて村を出尽くすと野原になって、つぎの村へゆく道がついていました。
「なんだろうね、あの人形は? 口から血が出ていたよ。僕はあんなすごい人形を見たことがないよ。」と、三郎がいいました。
「僕だって見たことがないよ。あのあめ売りのじいさんは、はじめて見たのだよ。」と、友の一人がいいました。
「もっとそばへいってよく見ようか?」と、またほかの一人が、こわいもの見たさにいったのであります。
「ああ、いってみよう。」といって、三郎とその二人がじいさんの後を追いかけてゆきました。こわがってゆかずに往来に止まっていたものもあります。三人は、やがて野原の中をゆくじいさんに追いつきました。じいさんは赤い色の手ぬぐいでほおかむりをしていました。じいさんは知らぬ顔をしてさっさと歩いています。その後から三人は、ひそひそと話しながら、じいさんの前になっている箱の上をのぞいていますと、突然、
「このじいさんは人さらいだよ。」と、三人の後方から小声にいったものがありました。三人はびっくりして後ろの方を振り向くと、空色の着物をきた子供が、どこからかついてきました。みなはその子供をまったく知らなかったのです。
「このじいさんは、人さらいかもしれない。」と、その子供は同じことをいいました。これを聞くと三人は頭から水をかけられたように凄然として逃げ出しました。
三郎は野原の中を駈け出しました。ほかの二人ももときた道をもどりました。すると、だれやら、三郎の後を追っかけてきました。三郎は自分独り道のない、こんなさびしい野原の中へ逃げたのを後悔しながら、なおいっしょうけんめいになって逃げますと、
「君、もうだいじょうぶだよ。」と、後方から声をかけました。三郎は二度びっくりして振り返ってみますと、先刻の空色の着物をきた子供が、自分の後ろについてきたのであります。
「ああ君かい。僕は、またじいさんがおいかけてきたのかと思って、いっしょうけんめいに逃げたよ。」と、三郎ははじめて安心しました。けれど、三郎はかつて、こんなところへきたことがありませんでした。そして、二人の友だちがあちらへ逃げてしまって、自分独りでありましたから心細くなってきました。
「僕の家の方は、どっちかしらん。」と、四辺を見まわしますと、
「あの森が、君の家のあるところだよ。君はあの森を見て帰ればゆかれるよ。」と、空色の着物をきた少年は教えました。
三郎は、この少年をいままで一度も見たことがなかったから、
「君は、だれだい。」と聞きました。するとその少年は、ちょっと顔を赤らめて、
「僕は、君をとうから知っているんだよ。」と答えました。そして、
「君に、池を教えてあげよう。」といって、三郎をあちらにつれてゆきました。すると、そこに池がありました。三郎は、この野原の中にこんな池のあることをはじめて知りました。ちょうど日が暮れかかって夕焼けの赤い雲が静かな池の水の上に映っていました。池の周囲には美しい花が、白・黄・紫に咲いていました。
そのとき、少年は足もとにあった小石を拾って、水の上に映っていた夕焼けの紅い雲に向かって投げますと、静かな池の面にはたちまちさざなみが起こって、夕焼けの雲の影を乱しました。しかして、それが、静まったときに、その真っ青な水の面には、少年の白い顔がありありと映って、じっと三郎の顔を見つめて、音なく笑ったかと思うと、たちまち消えてしまいました。三郎は、怪しんで、四辺を見まわしましたけれど、空色の着物をきた少年の姿はどこにもなかったのです。三郎は、森影を目あてに、その日は家へ帰りました。
あくる日から、日暮れ方になって夕焼けが西の空を彩るころになると、三郎は野の方へと憧れて、友だちの群れから離れてゆきました。ある日のこと、彼はついに家へ帰ってきませんので、村じゅうのものが出て探しますと、三郎は野の中の池のすみに浮き上がって死んでいました。
底本:「定本小川未明童話全集 2」講談社
1976(昭和51)年12月10日第1刷
1982(昭和57)年9月10日第7刷
※表題は底本では、「空色の着物をきた子供」となっています。
入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正:富田倫生
2012年5月23日作成
2012年9月27日修正
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