いろいろな花
小川未明
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さまざまの草が、いろいろな運命をもってこの世に生まれてきました。それは、ちょうど人間の身の上と変わりがなかったのです。
広い野原の中に、紫色のすみれの花が咲きかけましたときは、まだ山の端に雪が白くかかっていました。春といっても、ほんの名ばかりであって、どこを見ても冬枯れのままの景色でありました。
すみれは、小鳥があちらの林の中で、さびしそうにないているのをききました。すみれは、おりおり寒い風に吹かれて、小さな体が凍えるようでありましたが、一日一日と、それでも雲の色が、だんだん明るくなって、その雲間からもれる日の光が野の上を暖かそうに照らすのを見ますと、うれしい気持ちがしました。
すみれは、毎朝、太陽が上るころから、日の暮れるころまで、そのいい小鳥のなき声をききました。
「どんな鳥だろうか、どうか見たいものだ。」と、すみれは思いました。
けれど、すみれは、ついにその鳥の姿を見ずして、いつしか散る日がきたのであります。そのとき、ちょうどかたわらに生えていた、ぼけの花が咲きかけていました。ぼけの花は、すみれが独り言をしてさびしく散ってゆく、はかない影を見たのであります。
ぼけの花は、真紅にみごとに咲きました。そして日の光に照らされて、それは美しかったのであります。
ある朝、ぼけの枝に、きれいな小鳥が飛んできて、いい声でなきました。そのとき、ぼけの花は、その小鳥に向かって、
「ああ、なんといういい声なんですか。あなたの声に、どんなに、すみれさんは憧れていましたか。どうか一目あなたの姿を見たいものだといっていましたが、かわいそうに、二日ばかり前にさびしく散ってしまいました。」と、ぼけの花は、小鳥に向かっていいました。
小鳥は、くびをかしげて聞いていましたが、
「それは、私でない。こちょうのことではありませんか。私みたいな醜い姿を見たとて、なんで目を楽しませることがあるもんですか。」と、小鳥は答えた。
「こちょうの姿は、そんなにきれいなんですか。あなたの姿よりも、もっときれいなんですか。」と、ぼけの花は驚いてききました。
「私はいい声で唄をうたいますが、こちょうは黙っています。そのかわり私よりも幾倍となくきれいなんです。」と、小鳥は答えて、やがてどこにか飛び去ってしまいました。
ぼけの花は、そのときから一目こちょうを見たいものだと、その姿に憧れました。けれど、まだ野原の上は寒くて、弱いこちょうは飛んでいませんでした。
ある風の強い日の暮れ方に、そのぼけの花は音もなく散って、土に帰らなければなりませんでした。ついに、ぼけの花は、こちょうを見ずにしまったのです。
それから、幾日かたつと、野の上は暖かで、そこには、いろいろな花が咲き誇っていました。はねの美しいこちょうは、黄色く炎の燃えるように咲き誇ったたんぽぽの花の上に止まっていました。
ほかのいろいろの多くの花は、みんなそのたんぽぽの花をうらやましく思っていたのです。その時分には、いつか小鳥の声をきいて、その姿を見たいといっていたすみれの花も、また、小鳥からこちょうの姿をきいて、一目見たいといっていたぼけの花も、朽ちて土となって、まったくその影をとどめなかったのでありました。
たんぽぽの花は、こちょうと楽しく話をしていました。それは静かな、いい日でありました。たちまち、カッポ、カッポという地に響く音が聞こえました。
「なんだろう。」と、たんぽぽの花はいいました。
「なにか、怖ろしいものが、こちらへやってくるようだ。」と、こちょうはいいました。
「どうかこちょうさん、私のそばにいてください。私は怖ろしくてしかたがない。」と、たんぽぽの花は震えながらいいました。
「私は、こうしてはいられませんよ。」と、こちょうはいって、花の上から飛びたちました。
そのとき、カッポ、カッポの音は近づきました。百姓にひかれて、大きな馬がその路を通ったのです。そして、路傍に咲いているたんぽぽの花は馬に踏まれて砕かれてしまいました。
野原の上は静かになりました。あくる日もあくる日もいい天気で、もう馬は通らなかった。
底本:「定本小川未明童話全集 2」講談社
1976(昭和51)年12月10日第1刷
1982(昭和57)年9月10日第7刷
※表題は底本では、「いろいろな花」となっています。
入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正:富田倫生
2012年5月23日作成
2012年9月27日修正
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