星の世界から
小川未明
|
良吉は貧しい家に生まれました。その村は寂しい、森のたくさんある村でありました。小鳥がきてさえずります。また春になると、白い花や、香りの高い、いろいろの花が咲きました。
良吉には仲のいい文雄という同じ年ごろの友だちがありました。二人はいつもいっしょに棒を持ったり、駆けっこをしたり、また、さおを持って河にいったりして、仲よく遊びました。
村はずれには河が流れていました。その水はたくさんできれいでありました。河のほとりには草が茂っていました。二人はその草の上に腰を下ろして、水を見つめながら釣りをいたしました。
また風の吹く日には、いっしょにくりの実を拾って歩きました。また枯れ枝などを拾ってきて、親の手助けなどをいたしたこともありました。こうして二人は、なんでも持っているものは、たがいに貸し合って仲よく遊びました。たまに両親が町へいって買ってきてくれた絵草紙や、おもちゃなどがあると、それを良吉は文雄にも見せてやったり、貸してやったりいたしました。また、文雄も同じことで、なにか珍しいものが手に入ると、きっとそれを良吉のところへ持ってきて見せました。二人の間では、なんでも差別なくして仲よく遊びました。だから、その村は町から遠くはなれていて、さびしい村でありましたけれど、二人はけっしてさびしいとは思いませんでした。二人はいつも、楽しく仲よくして遊んでいました。
しかし、不幸というものは、いつ人間の身の上にやってくるものだかわかりません。ある寒い、もう秋も老けてゆくころでありました。文雄は、ふとしたかぜをひきました。そして、それがだんだん重くなって床につきました。良吉は心配して、毎日のように文雄の家へいっては、病気をみまいました。文雄の両親もいっしょうけんめいで看病いたしました。けれど、ついに文雄はなおりませんでした。枕もとにすわって、心配そうに自分の顔を見つめている、友だちの良吉をじっと見て、
「早くなおって、また君といっしょに遊ぼうね。」
と、文雄はやつれた姿になりながら、にっこりと笑っていいました。
「ああ、遊ぼうよ、君、気分はちっとはいいかい。」
と、良吉は笑顔になって、そのやせた哀れな友だちの手を握りました。しかし、これが別れでありました。とうとう文雄はその晩死んでしまいました。
良吉は悲しさのあまり泣きあかしました。文雄は村のお寺の墓地に葬られました。良吉は文雄のお葬式のときにも泣いてついてゆきました。それからというものは、彼は毎日のように暇さえあればお寺の墓地へいって、文雄の墓の前にすわって、ちょうど生きている友だちに向かって話すと同じように語りました。
「君、さびしいだろうと思って僕は遊びにきたよ。」
と、良吉はいいました。木枯らしは、そのさびしいほかにはだれも人影のいない墓地に吹きすさんで、枯れた葉が、空や、地の上にわびしくまわっていました。そして、しばらくそこに良吉はいますと、やがて日がうす暗くなります。すると彼は名残惜しそうに帰ってゆくのでありました。
けれど、良吉の一家は事情があって、その明くる年にこの村からほかの村へ移らなければならなくなりました。良吉はまたしばらく文雄のお墓にもおまいりができなくなると思って、ある日のことお墓へおまいりに参りました。そして、そのわけをいってから、彼は名残惜しそうについにこの村を離れたのであります。
今度、良吉の一家の越してきたところは、ある金持ちの家の隣でありました。その金持ちの家にも、ちょうど良吉と同じ年ごろの力蔵という子供がありました。そして、二人はじきに友だちとなりました。
力蔵はほしいものは、なんでも買ってもらいました。流行のおもちゃも、きれいな本も、いろいろのものを持っていました。そして、それらのものを家の外に持ってきては、同じ年ごろの友だちにみせました。良吉にはまだはじめて見るような、名も知らない珍しいおもちゃがありました。けれど力蔵はだれにもそれを貸してくれません。たとえ貸してくれても、すぐにそれを取ってしまいました。
良吉も心の中で、自分もあんなおもちゃがほしいものだと思いました。彼は飛行機や、モーターボートや、オルゴールや、空気銃などは一つも持ってみたことがありません。どれでも力蔵が持っているようなおもちゃの一つでも自分が持つことができたなら、自分はどんなにうれしいかしれないと思いました。
力蔵が持っている、いろいろなおもちゃの中でも、彼のいちばんほしいと思ったものは飛行機と、オルゴールでありました。そのオルゴールは、なんともいえないいい音色がするのでありました。
「力蔵さん、私にすこしその鳴るおもちゃを貸してくれない?」
と、良吉はある日、外で力蔵がオルゴールを鳴らしているそばへいって頼みました。すると、力蔵は頭を左右に振って、
「いやだ。これを貸すと、君はすぐに、壊してしまうもの。」
といいました。
「大事にして持っているから、ちっとばかり貸してくれない?」
と、良吉は目に涙をたたえて頼みました。
「僕は、人に貸すのはいやだ。」
といって、力蔵は貸してくれませんでした。
良吉はしかたがないから、林の中に入って竹を切ってきて、自分でそれに小さな穴をあけて笛を造って吹いていました。すると、四方から小鳥がそれを聞きつけ集まってきて、近間の木の枝に止まってその笛を自分らの友だちだと思っていっしょになってさえずっていました。この有り様を見ると力蔵はすぐに良吉の持っている笛が欲しくなりました。
「君にオルゴールを貸してあげるから、その笛を僕にくれないか。」
と、今度力蔵は良吉に向かって頼みました。良吉は快く承諾して、その笛を力蔵に与えました。そして、自分ははじめてオルゴールを手に持つことができて大事そうにして、この不思議な音色のする機械をながめていました。すると力蔵はすこしばかりたつと彼のそばにやってきて、
「僕はもう家へ帰るんだから、オルゴールを返しておくれ。」
といって、良吉からそれを取り返して持ってゆきました。その後で、良吉はさも名残惜しそうにして、力蔵の後ろ姿を見送っていました。
良吉の住んでいる家はあばら屋でありました。そして、良吉は床の中に入ってから、昼間見たオルゴールや、飛行機のことなどが心の目からとれないで、それを思い出して天じょうを仰いでいますと、窓から、はるか高い青空に輝いている星の光がもれてきて、ちょうど良吉の顔の上を照らしているのでありました。
その星の光はなんともいえない美しい光を放っていました。金色のもあれば、銀色のもある。また緑色のもあれば、紫色のも、青色のもありました。良吉は、自分はなんのおもちゃも、また珍しいものも持たないけれど、この空の星だけは自分のものにきめておこうと思いました。そして毎晩、あの星の光をみつめて寝ようと思いました。
良吉は、毎晩、寝床の中に入ると、窓からもれる星の光を見ていろいろのことを考えていました。──すると、ある晩のこと、不思議にも窓から、彼を手招ぐものがあります。良吉は起きていってみますと、それは文雄でありました。良吉はあまりのなつかしさに文雄の手を堅く握りしめました。
「僕はあの星の世界へいっているんだよ、星の世界にはもっと速い、いい飛行機もあれば、もっといい音色のする楽器もあるよ。今度くるときに僕は持ってきて君にあげるよ。僕は、いまその飛行機に乗ってきたのだ。これから僕は毎晩、ここへたずねてくるよ。だから君はもうさびしがらなくていいよ。」
と、文雄はいいました。
「ああ、ほんとうに君は毎晩遊びにきておくれよ。僕はさびしくてたまらないのだから。」
と、良吉は目から熱い涙を流して、友の手にすがりました。しかし友の手は氷のように冷たかったのです。そして、顔の色は、ろうのようにすきとおって見えました。良吉は変わり果てた友の姿が悲しくて、また泣いたのであります。
底本:「定本小川未明童話全集 1」講談社
1976(昭和51)年11月10日第1刷発行
1982(昭和57)年9月10日第7刷発行
初出:「少年倶楽部」
1917(大正6)年9月
※表題は底本では、「星の世界から」となっています。
入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正:ぷろぼの青空工作員チーム校正班
2011年11月2日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。