深川淺景
泉鏡太郎
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雨霽の梅雨空、曇つてはゐるが大分蒸し暑い。──日和癖で、何時ぱら〳〵と來ようも知れないから、案内者の同伴も、私も、各自蝙蝠傘……いはゆる洋傘とは名のれないのを──色の黒いのに、日もさゝないし、誰に憚るともなく、すぼめて杖につき、足駄で泥濘をこねてゐる。……
いで、戰場に臨む時は、雜兵と雖も陣笠をいたゞく。峰入の山伏は貝を吹く。時節がら、槍、白馬といへば、モダンとかいふ女でも金剛杖がひと通り。……人生苟くも永代を渡つて、辰巳の風に吹かれようといふのに、足駄に蝙蝠傘は何事だ。
何うした事か、今年は夏帽子が格安だつたから、麥稈だけは新しいのをとゝのへたが、さつと降つたら、さそくにふところへねぢ込まうし、風に取られては事だと……ちよつと意氣にはかぶれない。「吹きますよ。ご用心。」「心得た。」で、耳へがつしりとはめた、シテ、ワキ兩人。
藍なり、紺なり、萬筋どころの單衣に、少々綿入の絽の羽織。紺と白たびで、ばしや〳〵とはねを上げながら、「それ又水たまりでござる。」「如何にも沼にて候。」と、鷺歩行に腰を捻つて行く。……といふのでは、深川見物も落着く處は大概知れてゐる。はま鍋、あをやぎの時節でなし、鰌汁は可恐しい、せい〴〵門前あたりの蕎麥屋か、境内の團子屋で、雜煮のぬきで罎ごと正宗の燗であらう。從つて、洲崎だの、仲町だの、諸入費の懸かる場所へは、強ひて御案内申さないから、讀者は安心をなすつてよい。
さて色氣拔きとなれば、何うだらう。(そばに置いてきぬことわりや夏羽織)と古俳句にもある。羽織をたゝんでふところへ突つ込んで、空ずねの尻端折が、一層薩張でよからうと思つたが、女房が産氣づいて産婆のとこへかけ出すのではない。今日は日日新聞社の社用で出て來た。お勤めがらに對しても、聊か取つくろはずばあるべからずと、胸のひもだけはきちんとしてゐて……暑いから時々だらける。……
「──旦那、どこへおいでなさるんで? は、ちよつとこたへたよ。」
と私がいふと、同伴は蝙蝠傘のさきで爪皮を突きながら、
「──そこを眞直が福島橋で、そのさきが、お不動樣ですよ、と圓タクのがいひましたね。」
今しがた、永代橋を渡つた處で、よしと扉を開けて、あの、人と車と梭を投げて織違ふ、さながら繁昌記の眞中へこぼれて出て、餘りその邊のかはりやうに、ぽかんとして立つた時であつた。「鯒や黒鯛のぴち〳〵はねる、夜店の立つ、……魚市の處は?」「あの、火の見の下、黒江町……」と同伴が指さしをする、その火の見が、下へ往來を泳がせて、すつと開いて、遠くなるやうに見えるまで、人あしは流れて、橋袂が廣い。
私は、實は震災のあと、永代橋を渡つたのは、その日がはじめてだつたのである。二人の風恰好亦如件……で、運轉手が前途を案じてくれたのに無理はない。「いや、たゞ、ぶらつくので。」とばかり申し合はせた如く、麥稈をゆり直して、そこで、左へ佐賀町の方へ入つたのであるが。
さて、かうたゝずむうちにも、ぐわら〳〵、ぐわらとすさまじい音を立てて、貨物車が道を打ちひしいで驅け通る。それあぶない、とよけるあとから、又ぐわら〳〵と鳴つて來る。どしん、づん〳〵づづんと響く。
燒け土がまだそれなりのもあるらしい、道惡を縫つて入ると、その癖、人通も少く、バラツク建は軒まばらに、隅を取つて、妙にさみしい。
休業のはり札して、ぴたりと扉をとざした、何とか銀行の窓々が、觀念の眼をふさいだやうに、灰色にねむつてゐるのを、近所の女房らしいのが、白いエプロンの薄よごれた服裝で、まだ二時半前だのに、青くあせた門柱に寄り添つて、然も夕暮らしく、曇り空を仰ぐも、ものあはれ。……鴎のかはりに烏が飛ばう。町筋を通して透いて見える、流れの水は皆黒い。……
銀行を横にして、片側は燒け原の正面に、野中の一軒家の如く、長方形に立つた假普請の洋館が一棟、軒へぶつつけがきの(川)の字が大きく見えた。
夜は(川)の字に並んだその屋號に、電燈がきら〳〵とかゞやくのであらうも知れない。あからさまにはいはないが、これは私の知つた𢌞米問屋である。──(大きく出たな。)──當今三等米、一升につき約四十三錢の値を論ずるものに、𢌞米問屋の知己があらう筈はない。……こゝの御新姐の、人形町の娘時代を預かつた、女學校の先生を通して、ほのかに樣子を知つてゐるので……以前、私が小さな作の中に、少し家造りだけ借用した事がある。
御存じの通り、佐賀町一廓は、殆ど軒ならび問屋といつてもよかつた。構へも略同じやうだと聞くから、昔をしのぶよすがに、その時分の家のさまを少しいはう。いま此のバラツク建の洋館に對して──こゝに見取圖がある。──斷るまでもないが、地續きだからといつて、吉良邸のでは決してない。米價はその頃も高値だつたが、敢て夜討ちを掛ける繪圖面ではないのであるが、町に向つて檜の木戸、右に忍返しの塀、向つて本磨きの千本格子が奧深く靜まつて、間の植込の緑の中に石燈籠に影が青い。藏庫は河岸に揃つて、荷の揚下しは船で直ぐに取引きが濟むから、店口はしもた屋も同じ事、煙草盆にほこりも置かぬ。……その玄關が六疊の、右へ𢌞り縁の庭に、物數寄を見せて六疊と十疊、次が八疊、續いて八疊が川へ張出しの欄干下を、茶船は浩々と漕ぎ、傳馬船は洋々として浮ぶ。中二階の六疊を中にはさんで、梯子段が分れて二階が二間、八疊と十疊──ざつとこの間取りで、なかんづくその中二階の青すだれに、紫の總のしつとりした岐阜提灯が淺葱にすくのに、湯上りの浴衣がうつる。姿は婀娜でもお妾ではないから、團扇で小間使を指圖するやうな行儀でない。「少し風過ぎる事」と、自分でらふそくに灯を入れる。この面影が、ぬれ色の圓髷の艷、櫛の照とともに、柳をすべつて、紫陽花の露とともに、流にしたゝらうといふ寸法であつたらしい。……
私は町のさまを見るために、この木戸を通過ぎた事がある。前庭の植込には、きり島がほんのりと咲き殘つて、折から人通りもなしに、眞日中の忍返しの下に、金魚賣が荷を下して、煙草を吹かして休んでゐた。
「それ、來ましたぜ。」
風鈴屋でも通る事か。──振返つた洋館をぐわさ〳〵とゆするが如く、貨物車が、然も二臺。私をかばはうとした同伴の方が水溜に踏みこんだ。
「あ、ばしやりとやツつけた。」
萬筋の裾を見て、苦りながら、
「しかし文句はいひますもののね、震災の時は、このくらゐな泥水を、かぶりついて飮みましたよ。」
特に震災の事はいふまい、と約束をしたものの、つい愚痴も出るのである。
このあたり裏道を掛けて、松村、小松、松賀町──松賀を何も、鶴賀と横なまるには及ばないが、町々の名もふさはしい、小揚連中の住居も揃ひ、それ、問屋向の番頭、手代、もうそれ不心得なのが、松村に小松を圍つて、松賀町で淨瑠璃をうならうといふ、藏と藏とは並んだり、中を白鼠黒鼠の俵を背負つてちよろ〳〵したのが、皆灰になつたか。御神燈の影一つ、松葉の紋も見當らないで、箱のやうな店頭に、煙草を賣るのもよぼ〳〵のおばあさん。
「變りましたなあ。」
「變りましたは尤もだが……この道は行留りぢやあないのかね。」
「案内者がついてゐます。御串戲ばかり。……洲崎の土手へ突き當つたつて、一つ船を押せば上總澪で、長崎、函館へ渡り放題。どんな拔け裏でも汐が通つてゐますから、深川に行留りといふのはありませんや。」
「えらいよ!」
どろ〳〵とした河岸へ出た。
「仙臺堀だ。」
「だから、それだから、行留りかなぞと外聞の惡い事をいふんです。──そも〳〵、大川からここへ流れ口が、下之橋で、こゝが即ち油堀……」
「あゝ、然うか。」
「間に中之橋があつて、一つ上に、上之橋を流れるのが仙臺堀川ぢやあありませんか。……斷つて置きますが、その川筋に松永橋、相生橋、海邊橋と段々に架つてゐます。……あゝ、家らしい家が皆取拂はれましたから、見通しに仙臺堀も見えさうです。すぐ向うに、煙だか、雲だか、灰汁のやうな空にたゞ一ヶ處、樹がこんもりと、青々して見えませう──岩崎公園。大川の方へその出つ端に、お湯屋の煙突が見えませう、何ういたして、あれが、霧もやの深い夜は、人をおびえさせたセメント會社の大煙突だから驚きますな。中洲と、箱崎を向うに見て、隅田川も漫々渺々たる處だから、あなた驚いてはいけません。」
「驚きません。わかつたよ。」
「いや念のために──はゝゝ。も一つ上が萬年橋、即ち小名木川、千筋萬筋の鰻が勢揃をしたやうに流れてゐます。あの利根川圖志の中に、……えゝと──安政二年乙卯十月、江戸には地震の騷ぎありて心靜かならず、訪來る人も稀なれば、なか〳〵に暇ある心地して云々と……吾が本所の崩れたる家を後に見て、深川高橋の東、海邊大工町なるサイカチといふ處より小名木川に舟うけて……」
「また、地震かい。」
「あゝ、默り默り。──あの高橋を出る汽船は大變な混雜ですとさ。──この四五年浦安の釣がさかつて、沙魚がわいた、鰈が入つたと、乘出すのが、押合、へし合。朝の一番なんぞは、汽船の屋根まで、眞黒に人で埋まつて、川筋を次第に下ると、下の大富橋、新高橋には、欄干外から、足を宙に、水の上へぶら下つて待つてゐて、それ、尋常ぢや乘切れないもんですから、そのまんま……そツとでせうと思ひますがね、──それとも下敷は潰れても構はない、どかりとだか何うですか、汽船の屋根へ、頭をまたいで、肩を踏んで落ちて來ますツて。……こ奴が踏みはづして川へはまると、(浦安へ行かう、浦安へ行かう)と鳴きます。」
「串戲ぢやあない。」
「お船藏がつい近くつて、安宅丸の古跡ですからな。いや、然ういへば、遠目鏡を持つた氣で……あれ、ご覽じろ──と、河童の兒が囘向院の墓原で惡戲をしてゐます。」
「これ、芥川さんに聞こえるよ。」
私は眞面目にたしなめた。
「口ぢやあ兩國まで飛んだやうだが、向うへ何うして渡るのさ、橋といふものがないぢやあないか。」
「ありません。」
と、きつぱりとしたもので、蝙蝠傘で、踞込んで、
「確にこゝにあつたんですが、町内持の分だから、まだ、架からないでゐるんでせうな。尤もかうどろ〳〵に埋まつては、油堀とはいへませんや、鬢付堀も、黒鬢つけです。」
「塗りたくはありませんかな。」
「私はもう歸ります。」
と、麥稈をぬいで風を入れた、頭の禿を憤る。
「いま見棄てられて成るものか、待ちたまへ、あやまるよ。しかしね、仙臺堀にしろ、こゝにしろ、殘らず、川といふ名がついてゐるのに、何しろひどくなつたね。大分以前には以前だが……やつぱり今頃の時候に此の川筋をぶらついた事がある。八幡樣の裏の渡し場へ出ようと思つて、見當を取違へて、あちらこちら拔け裏を通るうちに、ざんざ降りに降つて來た、ところがね、格子さきへ立つて、雨宿りをして、出窓から、紫ぎれのてんじんに聲をかけられようといふ柄ぢやあなし……」
「勿論。」
「たゝつたな──裏川岸の土藏の腰にくつ付いて、しよんぼりと立つたつけ。晩方ぢやああつたが、あたりがもう〳〵として、向う岸も、ぼつと暗い。折から一杯の上汐さ。……近い處に、柳の枝はじやぶ〳〵と浸つてゐながら、渡し船は影もない。何も、油堀だつて、そこにづらりと並んだ藏が──中には破壁に草の生えたのも交つて──油藏とも限るまいが、妙に油壺、油瓶でも積んであるやうで、一倍陰氣で、……穴から燈心が出さうな氣がする。手長蝦だか、足長蟲だか、びちや〳〵と川面ではねたと思ふと、岸へすれ〳〵の濁つた中から、尖つた、黒い面をヌイと出した……」
小さな聲で、
「河、河、河童ですか。」
「はげてる癖に、いやに臆病だね──何、泥龜だつたがね、のさ〳〵と岸へ上つて來ると、雨と一所に、どつと足もとが川になつたから、泳ぐ形で獨りでにげたつけ。夢のやうだ。このびんつけに日が當つちやあ船蟲もはへまいよ。──おんなじ川に行當つても大した違ひだ。」
「眞個ですな、いまお話のその邊らしい。……私の友だちは泥龜のお化どころか、紺蛇目傘をさした女郎の幽靈に逢ひました。……おなじく雨の夜で、水だか路だか分らなく成りましてね。手をひかれたさうですが、よく川へ陷らないで、橋へ出て助かりましたよ。」
「それが、自分だといふのだらう。……幽靈でもいゝ、橋へ連出してくれないか。」
「──娑婆へ引返す事にいたしませうかね。」
もう一度、念入りに川端へ突き當つて、やがて出たのが黒龜橋。──こゝは阪地で自慢する(……四ツ橋を四つわたりけり)の趣があるのであるが、講釋と芝居で、いづれも御存じの閻魔堂橋から、娑婆へ引返すのが三途に迷つた事になつて──面白い……いや、面白くない。
が、無事であつた。
──私たちは、蝙蝠傘を、階段に預けて、──如何に梅雨時とはいへ……本來は小舟でぬれても、雨のなゝめな繪に成るべき土地柄に對して、かう番ごと、繻子張を持出したのでは、をかしく蜴蟷傘の術でも使ひさうで眞に氣になる、以下この小道具を節略する。──時に扇子使ひの手を留めて、默拜した、常光院の閻王は、震災後、本山長谷寺からの入座だと承はつた。忿怒の面相、しかし威あつて猛からず、大閻魔と申すより、口をくわつと、唐辛子の利いた關羽に肖てゐる。從つて古色蒼然たる脇立の青鬼赤鬼も、蛇矛、長槍、張飛、趙雲の概のない事はない。いつか四谷の堂の扉をのぞいて、眞暗な中に閻王の眼の輝くとともに、本所の足洗屋敷を思はせる、天井から奪衣の大婆の組違へた脚と、眞俯向けに睨んだ逆白髮に恐怖をなした、陰慘たる修羅の孤屋に比べると、こゝは却つて、唐土桃園の風が吹く。まして、大王の膝がくれに、婆は遣手の木乃伊の如くひそんで、あまつさへ脇立の座の正面に、赫耀として觀世晉立たせ給ふ。小兒衆も、娘たちも、心やすく賽してよからう。但し浮氣だつたり、おいたをすると、それは〳〵本當に可恐いのである。
小父さんたちは、おとなしいし、第一品行が方正だから……言つた如く無事であつた。……はいゝとして、隣地心行寺の假門にかゝると、電車の行違ふすきを、同伴が、をかしなことをいふ。
「えゝ、一寸懺悔を。……」
「何だい、いま時分。」
「ですが、閻魔樣の前では、氣が怯けたものですから。──實は此寺の墓地に、洲崎の女郎が埋まつてるんです。へ、へ、へ。長い突通しの笄で、薄化粧だつた時分の、えゝ、何にもかにも、未の刻の傾きて、──元服をしたんですがね──富川町うまれの深川ツ娘だからでもありますまいが、年のあるうちから、流れ出して、途に泡沫の儚さです。人づてに聞いたばかりですけれども、野に、山に、雨となり、露となり、雪や、氷で、もとの水へ返つた果は、妓夫上りと世帶を持つて、土手で、おでん屋をしてゐたのが、氣が變になつてなくなつたといひます──上州安中で旅藝者をしてゐた時、親知らずでもらつた女の子が方便ぢやありませんか、もう妙齡で……抱へぢやあありましたが、仲で藝者をしてゐて、何うにかそれが見送つたんです。……心行寺と確いひましたつけ。おまゐりをして下さいなと、何かの時に、不思議にめぐり合つて、その養女からいはれたんですが、ついそれなりに不沙汰でゐますうちに、あの震災で……養女の方も、まるきし行衞が分りません。いづれ迷つてゐると思ひますとね、閻魔堂で、羽目の影がちらり〳〵と青鬼赤鬼のまはりへうつるのが、何ですか、ひよろ〳〵と白い女が。……」
いやな事をいふ。
「……又地獄の繪といふと、意固地に女が裸體ですから、氣に成りましたよ、ははは。……電車通りへ突つ立つて、こんなお話をしたんぢあ、あはれも、不氣味も通り越して、お不動樣の縁日にカンカンカンカンカン──と小屋掛で鉦をたゝくのも同然ですがね。」
お參りをするやうに、私がいふと、
「何だか陰氣に成りました。こんな時、むかし一つ夜具を被つた女の墓へ行くと、かぜを引きさうに思ひますから。」
ぞつとする、といふのである。なぜか、私も濕つぽく歩行き出した。
「その癖をかしいぢやありませんか。名所圖繪なぞ見ます度に、妙にあの寺が氣に成りますから、知つてゐますが、寶物に(文幅茶釜)──一名(泣き茶釜)ありは何うです。」
といつて、涙だか汗だか、帽子を取つて顏をふいた。頭の皿がはげてゐる。……思はず私が顏を見ると、同伴も苦笑ひをしたのである。
「あ、あぶない。」
笑事ではない。──工事中土瓦のもり上つた海邊橋を、小山の如く乘り來る電車は、なだれを急に、胴腹を欄干に、殆ど横倒しに傾いて、橋詰の右に立つた私たちの横面をはね飛ばしさうに、ぐわんと行く時、運轉臺上の人の體も傾く澪の如く黒く曲つた。
二人は同時に、川岸へドンと怪し飛んだ。曲角に(危險につき注意)と札が建つてゐる。
「こつちが間拔けなんです。──番ごとこれぢや案内者申し譯がありません。」
片側のまばら垣、一重に、ごしや〳〵と立亂れ、或は缺け、或は傾き、或は崩れた石塔の、横鬢と思ふ處へ、胡粉で白く、さま〴〵な符號がつけてある。卵塔場の移轉の準備らしい。……同伴のなじみの墓も、參つて見れば、雜とこの體であらうと思ふと、生々と白い三角を額につけて、鼠色の雲の影に、もうろうと立つてゐさうでならぬ。
──時間の都合で、今日はこちらへは御不沙汰らしい。が、この川を向うへ渡つて、大な材木堀を一つ越せば、淨心寺──靈巖寺の巨刹名山がある。いまは東に岩崎公園の森のほかに、樹の影もないが、西は兩寺の下寺つゞきに、凡そ墓ばかりの野である。その夥多しい石塔を、一つ一つうなづく石の如く從へて、のほり、のほりと、巨佛、濡佛が錫杖に肩をもたせ、蓮の笠にうつ向き、圓光に仰いで、尾花の中に、鷄頭の上に、はた袈裟に蔦かづらを掛けて、鉢に月影の粥を受け、掌に霧を結んで、寂然として起ち、また趺坐なされた。
櫻、山吹、寺内の蓮の華の頃も知らない。そこで蛙を聞き、時鳥を待つ度胸もない。暗夜は可恐く、月夜は物すごい。……知つてゐるのは、秋また冬のはじめだが、二度三度、私の通つた數よりも、さつとむら雨の數多く、雲は人よりも繁く往來した。尾花は斜に戰ぎ、木の葉はかさなつて落ちた。その尾花、嫁菜、水引草、雁來紅をそのまゝ、一結びして、處々にその木の葉を屋根に葺いた店小屋に、翁も、媼も、ふと見れば若い娘も、あちこちに線香を賣つてゐた。狐の豆府屋、狸の酒屋、獺の鰯賣も、薄日にその中を通つたのである。
……思へばそれも可懷しい……
見てすぎつ。いまの墓地の樣子で考へると、ぬれ佛の彌陀、地藏菩薩が、大きな笠に胡粉で同行二人とかいて、足のない蟹の如く、おびたゞしい石塔をいざなひつゝ、あの靈巖寺の、三途離苦生安養──一切衆生成正覺──大釣鐘を、灯さぬ提灯の道しるべに、そことも分かず、さまよはせ給ふのであらうも存ぜぬ。
「やあ、極樂。おいらんは成佛しました。」
だしぬけに。……
「納屋に立掛けた、四分板をご覽下さい、極……」といひ掛けて、
「何だ、極選か──松割だ。……變な事を考へてゐたものですからうつかり見違へました。先達またへこみ。……」
次々に──特選、精選、改良、別改、また稀……がある。
「こんな婦なら、きみはさぞ喜ぶだらう。」
さもあらばあれ、極樂の蓮の香よりたのもしい、松檜の香のぷんとする河岸の木小屋に氣丈夫に成つた、と思ふと、つい目の前の、軒先に、眞つかな旗がさつとなびく。
私はぎよつとした。
「はゝゝ、欅の大叉を見せて、船の梶に成る事、檜の大割を見せて、蒲鉾屋のまな板はこれで出來ますなど、御傳授を申しても一向感心をなさらなかつたが、如何です、この旗に對して説明がなかつた日には、海邊橋まで逃げ出すでせう。」
案内者は大得意で、
「さ、さ、私について、構はず、ずつとお進み下さい。赤い旗には、白拔きで荷役中としてあります──何と御見物、河岸から材木の上下ろしをする長ものを運ぶんですから往來のものに注意をします。──出ました、それ、彼處へ、それ、向うへ──」
うしろへも。……五流六流、ひら〳〵と飜ると、河岸に、ひし〳〵とつけた船から、印袢纏の威勢の好いのが、割板丸角なんぞ引かついで、づし〳〵段々を渡つて通る。……時間だと見え、揃つて揚荷で、それが歩板を踏み越すにつれ、おもみを刎ね返して──川筋を横にずつと見通しの船ばたは、汐の寄るが如く、ゆら〳〵と皆ゆれた。……深川の水は、はじめて動いた。……人が波を立てたやうに。──
「は、成程、は。」
案内者は惜し氣もなく頭のはげを見せて、交番でおじぎをしてゐる。叱られたのではない。──橋を向うへ渡らずに、冬木の道を聞いたのであつた。
「おなじやうでも、冬木だから尋ねようございますよ。これが、洲崎の辨天樣だとちよつと聞き惡い……てつた勘定で。……お職掌がら、至極眞面目ですからな。」
振返ると、交番の前から、肩を張つて、まつ直ぐに指さしをして下すつた。細い曲り角に迷つたのである。橋から後戻りをした私たちは、それから二度まで道を聞いた。
この横を──まつすぐにと、教はつて入つた徑は、露地とも、廂合ともつかず、横縱畝り込みになつて、二人並んでは幅つたい。しかも搜り足をするほど、草が伸びて、小さな夏野の趣がある。──棄り放しの空地かと思へば、竹の木戸があつたり、江一格子が見えたり、半開きの明窓が葉末をのぞいて、小さな姿見に荵が映る。──彼處に朝顏の簪さした結綿の緋鹿子が、などと贅澤をいつては不可ない。居れば、誰が通さう?……妙に、一つ家の構へうちを拔き足で行く氣がした。しをらしいのは、あちこちに、月見草のはら〳〵と、露が風を待つ姿であつた。
こゝを通拔けつゝ見た一軒の低い屋根は、一叢高く茂つた月見草に蔽はれたが、やゝ遠ざかつて振返ると、その一叢の葉の雲で、薄黄色な圓い月を抱くやうに見えた。
靄が、ぼつとして、折から何となく雲低く、徑も一段窪んで──四五十坪、──はじめて見た──蘆が青々と亂れて生えて、徑はその端を縫つてゐる。雨のなごりか、棄て水か、蘆の根はびしよびしよと濡れて動いて、野茨の花が白く亂れたやうである。
時しも、一通り、大粒なのが降つて來た。蘆を打つて、ぱら〳〵と音立てて。
「ありがたい、かきつばたも、あやめもこゝには咲きます。何、根も葉もなくつても一輪ぐらゐきつと咲きます。案内者みやうがに、私が咲かせないでは置きません。露草の青いのも露つぽくこゝに咲きます。嫁菜の秋日和も見られますよ。──それに、何ですね……意氣だか、結構だか、何しろ別莊、寮のあとで、これは庭の池らしうございますね。あの、蘆の根の處に、古笠のつぶれたやうな青苔の生えた……あれは石燈籠なんですよ。」
よく見ると、菜屑も亂れた。成程燈籠の笠らしいのが、忽ち、三ツ四ツに裂けて蝦蟇に成つたか、と動き出したのは、蘆を分けて、ばさ〳〵と、二三羽、鷄の潛りながら啄むのである。鮒や、泥鰌の生殘つたのではない、蚯蚓……と思ふにも、何となく棄て難い風情であつた。
しばらく視めたが、牡鷄がパツと翼を拂いて、雨脚がやゝ繁く成つたから、歩行き出すと、蘆の根を次第高に、葉がくれに、平屋のすぐ小座敷らしい丸窓がある。路が畝つて、すぐの其縁外をちか〴〵と通ると、青簾が二枚……捲いたのではなかつた、軒から半垂れた其の細いぬれ縁に、なよ〳〵として、きりゝとしまつた浴衣のすそが見えた。白地に、藍の琴柱霞がちら〳〵とする間もなく、不意に衝と出た私たちから隱れるやうに、朱鷺の伊達卷ですつと立つ時、はらりと捌いた褄淺く、柘榴の花か、と思ふのが散つて、素足が夕顏のやうに消えた。同時に、黒い淡い影が、すだれ越にさつと映した、黒髮が長く流れたのである。
洗髮を干かしてなどゐたらしい。……そのすだれを漏れたのは、縁に坐つたのか、腰を掛けたのか、心づく暇もなかつた。
「……ざくろの花、そ、そんな。あの、ちら〳〵と褄に紅かつたのは螢の首です。又ぽつと青く光るやうに肌に透き通つたではありませんか。……螢を染めた友染ですよ。もうあのくらゐ色が白いと、影ばかり、螢の羽の黒いのなんざ、目が眩んで見えやしません。すごい、何うもすごい。……特選、精選、別改、改良、稀──です。木場中を背負つて立て。極選、極樂、有難い。いや魔界です、すごい。」
といふ、案内者の横面へ、出崎の巖をきざんだやうな、徑へ出張つた石段から、馬の顏がヌツと出た、大きな洋犬だ。長啄能獵──パン〳〵と厚皮な鼻が、鼻へぶつかつたから、
「ワツ。」
といつた。──石垣から蟒が出たと思つたさうである。
犬嫌ひな事に掛けては、殆ど病的で、一つはそれがために連立つてもらつた、浪人の劍客がその狼狽へかただから、膽を冷やしてにげた。
またゐた──再び吃驚したのは三角をさかさな顏が、正面に蟠踞したのである。こま狗の燒けたのらしい。が、角の折れた牛、鼻の碎けた猪、はたスフインクスの如き異形な石が、他に壘々としてうづたかい。
早く本堂わきの裏門で、つくろつた石の段々の上の白い丘は、堀を三方に取𢌞した冬木の辨財天の境内であつた。
「お顏を、ご覽に成りますか。」
「いや何ういたして。……」
「こゝで拜をして參ります。」
と、同伴もいつた。
手はよく淨めたけれども、刎を上げて、よぢれた裾は、これしかしながら天女に面すべき風體ではない。それに、蝋燭を取次いだのが、堂を守る人だと、ほかに言があつたらう。居合はせたのは、近所から一寸留守番に頼まれたといつた前垂れ掛の年配者で、「お顏を。」──これには遠慮すべきが當然の事と今も思ふ。況して、バラツクの假住居の縁に、端近だつた婦人さへ、山の手から蘆を分けた不意の侵入者に、顏を見せなかつた即時であつた。
潮時と思はれる。池の水はやゝ増したやうだが、まだ材木を波立たせるほどではない。場所によると、町が野になつた處もあるのに、覺えて一面に蘆が茂つた池の縁は、右手にその蘆の丈ばかりの小家が十ウばかり數を並べて、蘆で組んだ簾も疎に、揃つて野草も生えぬ露出の背戸である。しかし、どの家も、どの家も、裏手、水口、勝手元、皆草花のたしなみがある、好みの盆栽も置き交ぜて。……失禮ながら、缺摺鉢の松葉牡丹、蜜柑箱のコスモスもありさうだが、やがて夏も半ば、秋をかけて、手桶、盥、俎、柄杓の柄にも朝顏の蔓など掛けて、家々の後姿は、花野の帶を白露に織るであらう。
色なき家にも、草花の姿は、ひとつ〳〵女である。軒ごとに、妍き娘がありさうで、皆優しい。
横のこの家ならびを正面に、鍵の手になつた、工場らしい一棟がある。──その細い切れめに、小さな木の橋を渡したやうに見て取つたのは、折から小雨して、四邊に靄の掛つたためで、同伴の注意を待つまでもない。ずつと見通しの、油堀から入堀の水に、横に渡した小橋で、それと丁字形に、眞向うへ、雨を柳の絲状に受けて、縱に弓形に反つたのは、即ち、もとの渡船場に替へた、八幡宮、不動堂へ參る橋であつた。
「あなたが、泥龜に遁げたのは──然うすると、あの邊ですね。」
「さあ、あの渡船場に迷つたのだから、よくは分らないが、彼の邊だらうね。何しろ、もつと家藏が立込んで居たんだよ。」
「從つても變ですが、……友だちが、女郎の幽靈に手を曳かれたのは、工場の向裏あたりに成るかも知れません。──然う言へば、いま見た、……特選、稀も、ふつと消えたやうで、何んだか怪しうございますよ。」
「御堂前で、何をいふんだ。」
「こりや何うも……景色に見惚れて、また鳥居際に立つてゐました。──あゝ八幡樣の大銀杏が、遠見の橋のむかうに、對に青々として手に取るやうです。涼しさうにしと〳〵と濡れてゐます。……震災に燒けたんですが、神田の明神樣のでも、何所のでも、銀杏は偉うございますな。しかし苦勞をしましたね、彼所へ行つたら、敬意を表して挨拶をしませうよ。石碑がないと、くツつけて夫婦にして見たいんですが、あの眞中の横綱が邪魔ですな。」
「馬鹿な事を──相撲贔屓が聞くと撲るからおよし。おや、馬が通る。……」
橋の上を、ぬほりとして大きな馬が、大八車を曳きながら。──遠くで且音がしないから、橋を行くのが一本の角木に乘つて、宛如、空を乘るやうである。
ハツと思ふほど、馬の腹とすれ〳〵に、鞍から辷つた娘が一人。……白地の浴衣に、友禪の帶で、島田らしいのが、傘もさゝず、ひらりと顯はれると、馬は隱れた、──何、池のへりの何の家か、その裏口から出たのが、丁度、遠くで馬が橋を踏むトタンに、その姿を重ねたのである。
雨を面白さうに、中の暗い工場の裏手の廂下を、池について、白地をひら〳〵と蝶の袖で傳つて行く。……その風情に和らげられて、工場の隅に、眞赤に燃ゆる火が、凌霄花の影を水に投げた。
娘がうしろ向きになつて、やがて、工場について曲る岸から──その奧にも堀が續いた──高瀬船の古いのが、斜に正面を切つて、舳を蝦蟆の如く、ゆら〳〵と漕ぎ來り、半ば池の隅へ顯はれると、後姿のまゝで、ポンと飛んで、娘は蓮葉に、輕く船の上へ。
そして、艪を押す船頭を見て振向いた。父さんに甘えたか、小父さんを迎へたか、兄哥にからかつたか、それは知らない。振向いて、うつくしく水の上で莞爾した唇は、雲に薄暗い池の中に、常夏が一輪咲いたのである。
永喜橋──町内持ちの、いましがたの小橋と、渡船場に架けた橋と、丁字形になる處に、しばらくして私たちは又たゝずんで、冬木の池の方を振返つたが、こちらからは、よくは見通せない。高瀬の蝦蟆の背に娘の飛び乘つたあたりは、蘆のない、たゞ稗蒔の盤である。
いふまでもなく、辨財天の境内から、こゝへ來るには、一町、てか〳〵とした床屋にまじつて、八百屋、荒物の店が賑ひ、二階造りに長唄の三味線の聞える中を通つた。が急に一面の燒野原が左に開けて、永代あたりまで打通しかと思はれた處がある。電柱とラヂオの竹が、矢來の如く、きらりと野末を仕切るのみ。「茫漠たるものですな。」案内者にもどこだか舊の見當がつかぬ。いづれか大工場の跡だらうで通つて來たが、何、不思議はない、嘗て滿々と鱗浪を湛へた養魚場で、業火は水を燒き、魚を煙にしたのである。原の波間を出つ入りつ。渚に飛々苫屋の状、磯家淺間な垣廂の、新しい佛壇の覗かれるものあり、古蚊帳を釣放したのに毛脛が透けば、水口を蔽ひ果てぬ管簾の下に、柄杓取る手の白さも露呈だつたが、まばら垣あれば、小窓あれば、縁が見えれば……また然なければ、板切に棚を組み、葭簀を立てて、いひ合はせたやうに朝顏の蔓を這はせ、あづま菊、おしろいの花、おいらん草、薄刈萱はありのまゝに、桔梗も萩も植ゑてゐて、中には、大きな燒木杭の空虚を苔蒸す丸木船の如く、また貝殼なりに水を汲んで、水草の花白く、ちよろちよろと噴水を仕掛けて、思はず行人の足を留めるのがあつた。
御堂の裏、また鳥居前から、ずつと、恁うまで、草花に氣の揃つた處は、他に一寸見當らない。天女の袖の影が日にも月にも映つて、優しい露がしたゝるのであらう。
──いま、改めて遙拜した。──家毎に親しみの意を表しつゝ、更に思へば、むかしの泥龜の化異よりも、船に飛んだ娘の姿が、もう夢のやうに思はれる。……池のかくれたのにつけても。
なんど、もの〳〵しく言ふほどの事はない。私は、水畔の左褄が、屋根船へ這込むのが見苦しいの、頭から潛るのが無意氣だのと──落ちさへしなければ可い──そんな事を論ずる江戸がりでは斷じてない。が、おはぐろ蜻蛉が澪へ止つたと同じ樣に、冬木の娘の早術を輕々に見過されるのが聊かもの足りない。
漕ぎつゝある船には、岸から手を掛けるのさへ、實は一種の冒險である。
いま、兵庫岡本の谷崎潤一郎さんが、横濱から通つて、某活動寫眞の世話をされた事がある。場所を深川に選んだのに誘はれて、其の女優……否、撮影を見に出掛けた。年の暮で、北風の寒い日だつた。八幡樣の門前の一寸したカフエーで落合つて……いまでも覺えてゐる、谷崎さんは、かきのフライを、おかはりつき、俗にこみで誂へた。私は腹を痛めて居た。何、名物の馬鹿貝、蛤なら、鍋で退治て、相拮抗する勇氣はあつたが、西洋料理の獻立に、そんなものは見當らない。……壜ごと熱燗で引掛けて、時間が來たから、のこり約一合半を外套の衣兜に忍ばせた。洋杖を小脇に、外套の襟をきりりと立てたのと、連立つて、門前通りを裏へ──越中島を畝つて流るゝ大島川筋の蓬莱橋にかゝると、汐時を見計らつたのだから、水は七分來た。渡つた橋詰に、寫眞の一行の船が三艘、石垣についてゐる。久しぶりだつたから、私は川筋を兩方にながめて、──あゝ、おもひ起す、さばけた風葉、おとなしい春葉などが、血氣さかんに、霜を浴び、こがらしを衝いて、夜ふけては蘆の小窓にもの思ふ女に、月影すごく見送られ、朝歸り遲うしては、苫で蟹を食ふ阿媽になぶられながら、川口までを幾かへり、小船で漕がしたものだつけ。彼處に、平清の裏の松が見える。……一畝りした處が橋詰の加賀家だらう。……やがて渺々たる蘆原の土手になる。……
船で手を擧げたのに心著いた。──谷崎さんはもう乘つてゐた。なぞへに下りて石垣へ立つと、私の丈ぐらゐな下に、船の小べりが横づけになつて、中流の方に二艘、谷崎さんはその眞中に寒風に吹かれながら颯爽として立つてゐた。申し譯をするのではない、私は敢て友だちを差置いて女優の乘つたのを選びはしないが、判官飛なぞ思ひも寄らぬ事、その近いのに乘らうとすると、些と足がとゞき兼ねる。……「おつかまんなせえ。」赤ら顏の船頭が逞ましい肩をむずと突出してくれたから、ほども樣子も心得ずに、いきなり抱着いた。が船が搖れたから、肩を辷つた手が、頸筋を抱いて、もろに、どさりと乘しかゝつた。何と何うも、柱へ枕を打ちつけて、男同士噛りついた形だから、私だつて馴れない事だし、先方も驚いた、その上に不意の重量で船頭どのが胴の間へどんと尻餅をついて一汐浴びて「此の野郎!」尤もだ、此の野郎は更めていふに及ばず、大島川へざんぶ、といふと運命にかゝはる、土手をひた〳〵となめる淺瀬の泥へ、二人でばしやりと寢た。
「それから思ふと……いまの娘さんの飛乘は、人間業ぢやあないんだよ。」
「些と大袈裟ですなあ、何、あれ式の事を。……これから先、その蓬莱町、平野町の河岸へ行つて、船の棟割といつた處をご覽なさい。阿媽が小舷から蟹ぢやあありませんが、釜を出して、斜かひに米を磨いでるわきを、あの位な娘が、袖なしの肌襦袢から、むつちりとした乳をのぞかせて、……それでも女氣でござんせうな、紅入模樣のめりんすを長めに腰へ卷いたなりで、その泥船、埃船を棹で突ツ張つてゐますから。──氣の毒な事は、汗ぐつしよりですがね、勞働で肌がしまつて、手足のすらりとしてゐる處は、女郎花に一雨かゝつた形ですよ。」
「雨は、お誂にしと〳〵と降つてゐるし、眞個にそれが、凡夫の目に見えるのかね。」
「ご串談ばかり、凡夫だから見えるんでさあね。──いえまだ、もつと凡夫なのは、近頃島が湧いた樣に開けました、疝氣稻荷樣近くの或工場へ用があつて、私の知り合が三人連れ圓タクで乘込んだのが、歸りがけに、洲崎橋の正面見當へ打突ると、……凡夫ですな。まだ、あなた、四時だといふのに、一寸見物だけで、道普請や、小屋掛でごつた返して、こんがらかつてゐる中を、ブン〳〵獨樂のやうにぐる〳〵𢌞りで、その癖乘込む……疾いんです。引手茶屋か、見番か、左は?……右は、といふうちに、──豫め御案内申しましたつけ、仲の町正面の波除へ突き當つたと思召せ。──忽ち蒼海漫々たり。あれが房州鋸山だ、と指さすのが、府下品川だつたり何かして、地理には全く暗い連中ですが、蒸風呂から飛上つた同然に、それは涼しいには涼しいんですとさ。……偏に風を賞めるばかり、凡夫ですな。卷煙草をふかす外に所在がないから、やゝあつて下に待たした圓タクへ下りて來ると、素裸の女郎が三人──この友だち意地が惡くつて、西だか東だか方角は教へませんがね、虚空へ魔が現れた樣に、簾を拂つた裏二階の窓際へ立並ぶと、腕も肩も、胸も腹も、くな〳〵と緋の切を卷いた、乳房の眉間尺といつた形で揉み合つて、まだそれだけなら、何、女郎だつて涼みます、不思議はありませんがね。招いたり、頬邊をたゝいて見せたり、肱でまいたり、これがまさしく、府下と房州を見違へた凡夫の目にもあり〳〵と見えたんですつて。再び説く、天の一方に當つて、遙にですな。惜しいかな、方角が分りません。」
「宙に迷つてる形だね、きみが手をひかれた幽靈なぞも、或はその連中ではないのかね。」
「わあ、泥龜が、泥龜が。」
「あ、凡夫を驚かしては不可い。……何だか、陰々として來た。──丁ど此處だ、此處だが、しかし、油倉だと思ふ處は、機械びきの工場となつた。冬木で見た、あの工場も、これと同じものらしい。」
つい、叱られたらあやまる氣で、伸上つて窓から覗いた。中で竹刀を使つてゐるのだと、立處に引込まれて、同伴が犬に怯えたかはりに、眞庭念流の腕前を顯はさうといふ處である。
久しぶりで參詣をするのに、裏門からでは、何故か不躾な氣がする。木場を一𢌞りするとして、話しながら歩行き出した。
「……蠱といふ形を、そのまゝ女の肉身で顯はしたやうな、いまの話で思出すが、きみの方が友だちだから此方も友だちさ。以前──場所も同じ樣だが、何とかいふ女郎がね。一寸、その服裝を聞いて覺えてゐる。……黒の絽縮緬の裾に、不知火のちら〳〵と燃えるのに……水淺葱の麻の葉の襟の掛つた裲襠だとさ。肉色縮緬の長襦袢で、其の白襦子の伊達卷を──そんなに傍へ寄つちや不可ない。橋の眞中を通るのに、邪魔になるぢやあないか。」
下を二流し筏が辷る。
「何だつけ、その裲襠を屏風へ掛けて、白い切の潰島田なのが……いや、大丈夫──惜しいかな、これが心中をしたのでも、殺されたのでも、斬られたのでもない。のり血更になしだよ。(まだ學生さんでせう、當樓の内證は穩かだから、臺のかはりに、お辨當を持つて入らつしやい。……私に客人があつて、退屈だつたら、晝間、その間裏の土手へ出て釣をしておいでなさいまし。……海津がかゝります。私だつて釣つたから。……)時候は暑いが、春風が吹いてゐる。人ごとだけれども、眉間尺と較べると嘘のやうだ。」
「風葉さん、春葉さん、い、いづれですか、言はれた、その御當人は?」
「それは、想像にまかせよう。」
案内者にも分らない。
水の町の不思議な大深林は、皆薄赤く切開かれた、木場は林を疊んで堀に積み、空地に立掛けた板に過ぎぬ。蘆間に鷺の眠り、軒に蛙の鳴いたやうな景色は、また夢のやうである。
──鶴歩橋を見た。その橋を長く渡つた。名の由來を知りたい方々は、案内記の類を讀まるゝがよい。私はそれだからといつて、鶴歩といふ字にかゝづらふわけではないが、以前知つた時、この橋は鶴の首に似て、淡々たる水の上に、薄雲の月更けて、頸を皓く眠つてゐた。──九月の末、十月か、あれは幾日頃であつたらう。折から此の水邊の惠比壽の宮の町祭りの夜と思ふ。もう晩かつたから、材木の森に谺する鰐口の響きもなく、露地の奧から笛の音も聞えず、社頭にたゞ一つ紅の大提灯の霧に沈んで消殘つたのが、……強ひて擬へるのではない、さながら一抹の丹頂に似て、四邊皆水。且行き、且、彳む人影は、斑に黒い羽の影を落して、橋をめぐつた堀は、大なる兩の翼だつたのを覺えてゐる。その時、颯と吹いた夜嵐に、提灯は暗くなり、小波は白い毛を立てて、空なる鱗形の雲とともに亂れた。
鶴の姿の消えたあとは、遣手の欠伸よりも殺風景である。
しかし思へ。鹿島へ詣でた鳳凰も、夜があければ風説である。──鶴歩橋の面影も、別に再び月の夜に眺めたい。
こゝに軒あれば、松があり、庭あれば燈籠が差のぞかれ、一寸欞子のすき間さへ、山の手の雀の如く鳥影のさすと見るのが、皆ひら〳〵と船であつた。奧深い戸毎の帳場格子も、早く事務所の椅子になつた。
けれども、麥稈が通りがかりに、
「あゝ、燒け殘つた……」
私は凡夫だから、横目にたゞ「おなじ束髮でも涼しやかだな。」ぐらゐなもの、氣にした處で、ひとへに御婦人ばかりだが、同伴は少々骨董氣があるから、怪しからん。たゝき寄せた椅子の下に突つ込んだ、鐵の大火鉢をのぞき込んで、
「十萬坪の坩堝の中で、西瓜のわれたやうに燒けても、溶けなかつたんですな。寶物ですぜ。」
この不作法に……叱言もいはぬは、さすがに取り鎭めた商人の大氣であらう。
それにしても、荒れてゐる。野にさらしたものの如く、杭が穴、桁が骨に成つた橋が多い。わづかに左右を殘して、眞中の渡りの深く崩れ込んだのもある。通るのに危なつかしいから、また踏み迷つた體になつて、一處は泥龜の如く穴を傳ひ、或處では、
「手を曳いてたべ……幽靈どの。」
「あら、怨めしや。」
どろ〳〵どろと、二人で渡つた。
人通りさへ、稀であるのに、貨物車は、衝いて通り、驅け拔ける。澁苦い顏して乘るのは、以前は小意氣な小揚たちだつたと聞く。
たゞひとり、この間に、角乘の競勢を見た。岸に柳はないけれども、一人すつと乘つた大角材の六間餘は、引緊つた眉の下に、その行くや葉の如し。水面を操ること、草履を突つ掛けたよりも輕うして、横にめぐり、縱に通つて、漂々として浮いて行く。
月夜に鶴歩橋を渡るなぞ、いひ出たのも極りが惡い。かの宋の康王の舍人にして、狷彭の術を行ひ、冀州、涿郡の間に浮遊すること二百年。しかして其の涿水を鯉に乘つた琴高を羨むには當らない。わが深川の兄哥の角乘は、仙人を凌駕すること、竹の柄の鳶口約十尺と、加ふるに、さらし六尺である。
道幅もやゝ傾くばかり、山の手の二人が、さいはひ長棹によらずして、たゞ突き出された川筋は、むかしにくらべると、(大)といひたい、鐵橋と註し、電車が複線といひたしたい。大汐見橋を、八幡宮から向つて左へ、だら〳〵と下りた一廓であつた。
また貨物車を曳出すでもないが、車輪、跫音の響き渡る汐見橋から、ものの半町、此處に入ると、今は壞れた工場のあとを、石、葉鐵を跨いで通る状ながら、以前は、芭蕉で圍つたやうな、しつとりした水の色に包まれつゝ、印袢纏で木を挽く仙人が、彼方に一人、此方に二人、大なる材木に、恰も啄木鳥の如くにとまつて、鋸の嘴を閑に敲いてゐたもので、ごしごし、ごしごし、時に鎹を入れて、カンと行る。湖心に櫓の音を聞くばかり、心耳自から清んだ、と思ふ。が、同伴の説は然うでない。この汐見橋を、廓へ出入るために架けた水郷の大門口ぐらゐな心得だから、一段低く、此處へ下りるのは、妓屋の裏階子を下りて、間夫の忍ぶ隱れ場所のやうな氣がしたさうである。
夜更けて、引け過ぎに歸る時も、醉つて、乘込む時も。
大川此方の町の、場所により、築地、日本橋の方からも永代を渡るが、兩國橋、もう新大橋となると、富岡門前の大通りによらず、裏道、横町を拾つて、入堀の河岸を縫ふ。……晝も靜かだ。夜の寂しさ。汀の蘆は夏も冷い。葉うらに透る月影の銀色は、やがて、その蘆の細莖の霜となり、根は白骨と成つて折れる。……結んで角組める髷は、解けて洗髮となり、亂れて拔け毛となり、既にして穗とともに塵に消えるのである。
それが枯れ立ち、倒れ伏す、河岸、入江に、わけて寒月の光り冴えて、剃刀の刃の如くこぼるゝ時、大空は遙に蘆葦雜草の八萬坪を透通つて、洲崎の海、永代浦から、蒼波品川に連つて、皎々として凍る時よ。霜に鳴く蟲の黒い影が、世を怨む女の瞳の如く、蘆の折葉の節々は、卒堵婆に、浮ばない戒名を刺青したか、と明るく映る。……そのおもひ、骨髓に徹つて、齒の根震ひ、肉戰いて、醉覺の頬を悚然と氷で割らるゝが如く感じた……と言ふのである。
御勝手になさい。
此の案内には弱つた。──(第一、こゝを記す時、七月二十二日の暑さと言つたら。夜へかけて九十六度、四十年來のレコードだといふ氣象臺の發表であるから、借家は百度を超えたらしい。)
早く汐見橋へ驅け上らう。
來るわ、來るわ。
船。
筏。
見渡す、平久橋。時雨橋。二筋、三筋、流れを合せて、濤々たる水面を、幾艘、幾流、左右から寄せ合うて、五十傳馬船、百傳馬船、達磨、高瀬、埃船、泥船、釣船も遠く浮く。就中、筏は馳る。水は瀬を造つて、水脚を千筋の綱に、さら〳〵と音するばかり、裝入るゝ如く川筋を上るのである。さし上る汐は潔い。
風はひよう〳〵と袂を吹いた。
私は學者でないから、此の汐は、堀割を、上へ、凡そ、どのあたりまで淨化するかを知らない。
けれども、驚破洪水と言へば、深川中、波立つ湖となること、傳へて一再に留まらない。高低と汐の勢ひで、あの油堀、仙臺堀、小名木川、──且辿り、且見た堀は、皆滿々と鮮しい水を流すであらう。冬木の池も湛へよう。
誘はれて、常夏も、夕月の雫に濡れるであらう。
「成程、汐見橋は汐見橋ですな。」
同伴が更めて感心した。廓へばかり氣を取られて、あげさげ汐のさしひきを、今はじめて知つたのかと思ふと、また然うでない。
大欄干(此にも大がつく)から、電車の透き間に、北し、東して、涼しくはあるし、汐の流れを眺めるうちに……一人來た、二人來た、見ぬ間に三人、……追羽子の唄に似て、氣の輕さうな女たち、銀杏返しのも、島田なのも、ずつと廂髮なのも、何處からともなく出て來て、おなじやうに欄干に立つて、しばらく川面を見おろしては、ふいと行く。──内證でお知らせ申さうが、海から颯々と吹通すので、朱鷺、淺葱、紅を、斜に絞つて、半身を飜すこと、特に風のために描いた女の蹴出の繪のやうであつた。が、いづれも、涼むために立ち停るのではない。凡そ汐時を見計つて、橋に近づく船乘、筏師に、目許であひづを通はせる。成程、汐見橋の所以だ、と案内者が言ふのである。眞僞は保證する限りでない。
たゞ、淙々として大汐の上る景色は、私……一個人としては、船頭の、下から蹴出を仰ぐ如き比ではなかつた。
順は違ふが、──こゝで一寸話したい。──これは、後に、洲崎の辨財天の鳥居前の、寛政の津浪之碑の前での事である。──打寄する浪に就いて、いま言はう。
汐見橋から、海に向つた──大島川の入江の角、もはや平久町何丁めに成つた──出洲の端に同じ津浪の碑が立つて居た。──前談、谷崎さんと活動寫眞の一行が、船で來て、其の岸を見た震災前には、蘆洲の中に、孤影煢然として、百年一人行く影の如く、あの、凄く、寂しく、あはれだつた碑が、恰も、のつぽの石臼の如く立つて、すぐ傍には、物干棹に洗濯ものが掛つて、象を撫づるのではないが、私たちの石を繞るのを、片側長屋の小窓から、場所らしい、侠な娘だの、洒落れた女房が、袖を引合つて覗いたものであつた。──いまは同じ所、おなじ河岸に、ポキリと犀の角の折れた如く、淵にも成らぬ痕を殘して、其の躯は影もない。
燒けた水を、目前、波の鱗形に積んだ、煉瓦を根にして、卒堵婆が一基。──神力大光普照無際土消險。三垢冥廣濟衆厄難。──しか〴〵と記したのが、水へ斜に立つて居る。
尤も、案内者といへども、汐見橋から水の上を飛んだのではない。一度、富岡門前へ。……それから仲通を越中島へ、蓬莱橋を渡ること──其の谷崎さんの時と殆ど同一に、嘗て川へ落ちた客が、津浪之碑を訪ねたので、古石場、牡丹町を川づたひに、途中、木の段五つを數へる、人のほか車は通じない牡丹橋を高く渡つた。──恁う大𢌞りをしないと、汐見橋から手に取るやうでも、碑のあとへは至り得ないのである。此のあたり、船の長屋、水の家、肌襦袢で乳のむつちりしたのなどは、品格ある讀者のお聞きなさりたくない事を信じて、先を急ぐ。從つて古石場の石瓦、石炭屑などは論じない。唯一つ牡丹町の御町内、もしあらば庄屋に建言したい事がある。場所のいづれを問はず、一株の牡丹を、庭なり鉢なりに植ゑて欲い。紅、白、緋、濃艷、淡彩、其の唯一輪の花開いて、薹に金色の町名を刻むとせよ、全町立處に樂園に化して、いまは見えぬ、團子坂、入谷の、菊、朝顏。萩寺の萩、を凌いで、大東京の名所と成らう。凡そ、その町の顯はるゝは、住む人の富でない。ダイヤモンドの指環でない、時に、一本の花である。
やがて、碑のあとに、供養の塔婆を、爲出す事もなく弔つた。
沈んだか、燒けたか、碑の行方を訪ねようと思ふにさへ、片側のバラツクに、數多く集つたのは、最早や、女房にも娘にも、深川の人どころでない。百里帶水、對馬を隔てた隣國から入稼ぎのお客である。煙草を賣つて、ラムネ、サイダーを酌するらしい、おなじ鮮女の衣の白きが二人、箒を使ひ、道路に水を打つを見た。塔を清むるは、僧の善行である。町を掃くのは、土を愛するのである。殊勝のおん事、おん事と、心ばかり默禮しつゝ、私たちは、むかし蘆間を渡せし船板──鐵の平久橋を渡る。
「震災の時ではありませぬで、ついこの間、大風に折れましてな。」
同伴よ、許せ、赤ら顏で、はげたのが──蘆の根に寄る波の、堤に並ぶ蘆簀の茶屋から、白雪の富士の見える、こゝの昔を描いた配りものらしい──團扇を使ひながら、洲崎の辨財天の鳥居外に、石の柵を緩くめぐらした、碑の前に立つた時、ぶらりと來合はせて、六十年配が然ういつた。
此處寛政三年波あれの時、家流れ人死するもの少からず、此の後高波の變はかり難く、溺死の難なしといふべからず、これによりて西入船町を限り、東吉祥寺前に至るまで、凡そ長さ二百八十間餘の處、家居取沸ひ、空地となし置くものなり。
寛政六甲寅十二月日
繰返すやうだけれども、文字は殆ど認め難い。地に三尺窪んだやうに碑の半は埋まつた。
──因にいふ、芭蕉に用のある人は、六間堀方面に行くがよい──江戸の水の製造元、式亭三馬の墓は、淨心寺中雲光院にある。
さて、時を、いへば、やがて五時半であつた。夏の日も、この梅雨空で、雨の小留んだ間も、蒸しながら陰が籠つて、家居は沈み、辻は黄昏れた。
團扇持つた六十年配が、一つ頸窪の蚊を敲いて立去るあとから、同伴は、兩切の煙草を買ふといつて、弓なりの辻を、洲崎の方へ小走りする。
ぽつねんとして、あとに、水を離れた人間の棒立と、埋れた碑と相對した時であつた。
皺枯れた聲をして、
「旦那さ──ん。」
「あ。」
思はず振向くと、ふと背後に立つて、暮方の色に紛るゝものは、あゝ何處かで見た……大びけ過ぎの遣手部屋か、否、四谷の閻魔堂か、否、前刻の閻王の膝の蔭か、否。今しがた白衣の鮮女が、道を掃いた小店の奧に、暗く目を光らして居た、鐵あみを絞つたやうに、皺の數を面に刻んで、白髮を逆に亂しつゝ、淺葱の筒袖に黒い袴はいた媼である。万ちやんの淺草には、石の枕の一つ家がある。安達ヶ原には黒塚がある。こゝのは僥倖に、檳榔の葉の樣な團扇を皺手に、出刃庖丁を持つてをらず、腹ごもりの嬰兒を胞衣のまゝ掴んでもゐない。讀者は、たゞ凄く、不氣味に、靈あり、驗あり、前世の約束ある古巫女を想像さるればよい。なほ同一川筋を、扇橋から本所の場末には、天井の裏、壁の中に、今も口寄せの巫女の影が殘ると聞く。
「水の音が聞こえまするなう。何處となくなう。」
「…………」
「旦那さ──ん、今のほどは汐見橋の上でや、水の上るのをば、嬉しげに見てござつた。……濁り濁つた、この、なう、溝川も、堀も、入江も、淨めるには、まだ〳〵汐が足りませぬよ、足りませぬによつて、なう、眞夜中に來て見なされまし。──月にも、星にも、美しい、氣高い、お姫樣が、なう、勿體ない、賤の業ぢや、今時の女子の通り、目に立たぬお姿でなう、船を浮べ、筏に乘つて、大海の水を、さら〳〵と、この上、この上に灌がつしやります事よ。……あゝ、有難うござります。おまゐりをなされまし、……おゝ、お連れがござりましたの。──おさきへ、ごゆるされや、はい、はい。」
と、鳥居も潛らず、片檐の暗い處を、蜘蛛の巣のやうに──衣ものの薄さに、身の皺を、次第に、板羽目へ掛けて、奧深く境内へ消えて行く。
「やあ、お待遠樣。──次手に囀新道とかいふのを、一寸……覗いて來たが……燕にしては頭が白い。あはははは、が、驚きました、露地口に、妓生のやうなのが三人ゐましたぜ、ふはり〳〵と白い服で。」
──忘れたのではない。私たちは、實はまだ汐見橋に、その汐を見つゝ立つてゐる。──
富岡八幡宮
成田山不動明王
境内は、土を織つて白く敷けるが如く、人まばらにして塵を置かず。神官は嚴肅に、僧達は靜寂に、御手洗の水は清かつた。
たゞ納手拭の黒く綟れたのが、吹添ふ風に飜つて、ぽたんと頬を打つた。遊廓の蠱を談じて、いまだ漱がざる腥き口だつたからであらう。威に恐れた事はいふまでもない。他にも、なほ二三の地、寺社に詣でたから、太く汚れ垢づいた奉納手拭は、その何處であつたかを今忘れた。和光同塵とは申せども、神境、佛地である。──近頃は衞生上使はぬことにはなつてゐるが、單に飾りとして、甚だしく汚れた手拭は、一體誰が預かり知るべきものであるかを伺ひたい。早い處は、奉納をしたものが心して。……清淨にすべきであらう。
謹んで參詣した。丁ど三時半であつた。まだ晝飯を濟ましてゐない。お小やすみかた〴〵立寄つたのが……門前の、宮川か、いゝえ、木場の、きん稻か、いゝえ、鳥の、初音か、いゝえ。何處だい! えゝ、然う大きな聲を出しては空腹にこたへる、何處といひ立てる程の事もない、その邊の、そ…ば…や……です。あ、あ。
「入らつしやい。」
しかし、蕎麥屋の方は威勢が好い。横土間で誂へを聞くのが、前鼻緒のゆるんだ、ぺたんこ下駄で、蹠の眞黒な小婢とは撰が違ふ。筋骨屈竟な壯佼が、向顱卷、筋彫ではあるが、二の腕へ掛けて、笛、太鼓、おかめ、ひよつとこの刺青。ごむ底の足袋で、トン〳〵と土間を切つて、「えゝお待遠う。」懇に註文した、熱燗を鷲掴みにしながら、框へ胸を斜つかけ、腰を落して、下睨みに、刺青の腕で、ぐいと突き出す──といつた調子だから、古疊の片隅へ、裾のよぢれたので畏まつた客の、幅の利かないこと一通りでない。
「饂飩を誂へても叱られまいかね。」
「何、あなた。品がきが貼出してある以上は、月見でも、とぢでも何でも。」
「成程。」
狹い店で。……つい鼻頭の框に、ぞろりとした黒の絽縮緬の羽織を、くるりと尻へ捲込むで、脹肥れさうな膏切つた股を、殆ど付根まで露出の片胡坐、どつしりと腰を掛けた、三十七八の血氣盛り。遊び人か、と思はれる角刈で、その癖パナマ帽を差置いた。でつぷりとして、然も頬骨の張つたのが、あたり芋を半分に流して、蒸籠を二枚積み、種ものを控へて、銚子を四本並べてゐる。私たちの、藪の暖簾を上げた時──その壯佼を對手に、聲高に辯じてゐたのが、對手が動いたため、つと申絶えがしたので。……しばらく手酌で舐めながら、ぎろ〳〵、的のないやうに、しかしおのづから私たちに瞳を向ける。私はその銚子の數をよんで、……羨んだのではない、醉ひの程度を計つたのである。成たけ背を帳場へ寄せて、窓越に、白く圓々と肥つた女房の襷がけの手が、帳面に働くのを力にした。怯えたから、猪口を溢すと、同伴が、そこは心得たもので、二つ折の半紙を懷中から取つて出す段取などあり。
「やあ、……聞きなよ。おい、それからだ。しかし忙しいな。」
私たちの誂へを一二度通すと、すぐ出前に──ポンと袢纏を肩に投げて、恰も、八幡祭の御神輿。(こゝのは擔ぐのではない、鳳凰の輝くばかり霄空から、舞降る處を、百人一齊に、飛び上つて受けるのだといふ)御神輿に駈け著ける勢ひで飛び出した。その壯佼の引返したのを、待兼ねた、と又辯じかけた。
「へい、おかげ樣で。……」
「蕎麥は手打ちで、まつたく感心に食はせるからな。」
「お住居は兜町の方だとおつしやいますが、よく、此の邊が明るくつておいでなさいますね。」
「町内づきあひと同じ事さ、そりやお前、女が住んでる處だからよ。あはゝはゝ。」
「えゝ、何うもお樂みで。」
「對手が、素地で、初と來てるから、そこは却つて苦しみさな。情で苦勞を求めるんだ。洒落れた處はいくらもあるのに──だが、手打だから、つゆ加減がたまらねえや。」
天麩羅を、ちゆうと吸つて、
「何しろ、お前、俺が顏を見せると、白い頸首が、島田のおくれ毛で、うつむくと、もう忽ち耳朶までポツとならうツて女が、お人形さんに着せるのだ、といつて、小さな紋着を縫つてゐるんだからよ。ふびんが加はらうぢやねえか、えへツへツ。人形のきものだとよ。てめえが好い玩弄の癖にしやあがつて。」
「また、旦那、滅法界な掘出しものをなすつたもんだね。一町越せば、蛤も、蜆も、山と積んぢやあありますが、問屋にも、おろし屋にも。……おまけに素人に、そんな光つたのは見た事もありやしません。」
「光るつたつて硝子ぢやあねえぜ。……底に艷があつて、ほんのり霞んでゐる珠だよ。こいつを、掌でうつむけたり、仰向けたり、一といへば一が出る、五といへば五が出る。龍宮から授かつた賽ころのやうな珠だから、えへツえへツへツ。」
「あ、旦那、猪口から。」
「色香滴るゝ如し……分つてる。縁起がなくつちやあ眞個にはしめえな。何うだ? 此をみつけたのが、女衒でも、取揚婆でもねえ。盲目だ。──盲目なんだから、深川七不思議の中だらうぜ。こゝらも流す事があるだらう。仲町や、洲崎ぢや評判の、松賀町うらに住む大坊主よ。俺が洒落に鶴賀をかじつて、坊主、出來るから、時々慰みに稽古に行くと思ひねえ。
(親一人子一人で、旦那、大勢に手足は裂きたくない、と申しまするで、お情を遣はされ。)──かねて、熊井、平久、平野、新道と、俺が百人斬を知つてるから、(特別のお情を。)──よし來た、早い處を。で、どうせ、あく洗ひをするか、湯がかないぢや使へない代ものだと思つたのが、……まるでもつて、其處等の辨天……」
「あゝ、不可え、旦那、私がこんな柄でいつちや、をかしいやうですがね、うつかり風説はいけません。時々貴女のお姿が人目に見えて、然もお前さん。……髮をお洗ひなさる事さへあるツて言ひますから。……や、話をしても、裸體の脇の下が擽つてえ。」
「それだよ〳〵、その通り、却つて結構ぢやねえか。本所の一ツ目を見ねえな……盲目が見つけたのからして、もうすぐに辨天だ。俺の方でいはうと思つた。──いつか、連をごまかす都合でな、隙潰しに開帳さして、其處等の辨天の顏を見たと思ひねえ、俺の玩弄品に、その、肖如さツたら。一寸驚いた。……おまけに、俺が熟と見てゐるうちに、瞼がぽツと來たぜ。……ウ。」
柘榴の花が、パツと散る。
「あ、衄血だ。」
「ウーム。」
遊び人の旦那は仰向に呻つた。夥多しい衄血である。丁ど手にした丼に流れ込むのを、あわてて土間へ落したが、蕎麥も天麩羅も眞赤に成つた。鼻柱になほ迸つて、ぽた〳〵と蒸籠にしたゝり猪口に刎ねた血に、ぷんと、蕺草の臭がした。
「お冷し申して……」
女房は土間へ片膝を下ろした。同伴も深切に懷紙を取つて立ちかけたが、壯佼が屈竟だから、人手は要らない。肩に引掛けると、ぐな〳〵と成つて、臺所口へ、薄暗い土間を行く。四角な面は、のめつたやうで眞蒼である。
私たちは、無言で顏を見合はせた。
水道の水が、ざあ〳〵鳴るのを聞きながら、酒をあまして、蕎麥屋を出た。
順はまた前後した。洲崎の辨財天に詣でたのは、此處を出てからの事なのである。
怪しき媼の言が餘り身に沁みたから、襟も身も相ともに緊張つて、同伴が囀新道を覗いたといふにつけても、時と場所がらを思つて、何も話さず、暮かけて扉なほ深い、天女の階に禮拜した。
で、その新道を横に……小栗柳川の漕がした船は、むかしこの岸へ當つて土手へ上つた、河岸を拔けて、電車に乘つた。木場一圓、入船町を右に、舟木橋をすぎ、汐見橋を二度渡つて、町はまだ明いが、兩側は店毎軒毎に電燈の眩い門前町を通りながら──並んでは坐れず、向ひ合つた同伴と、更に顏を見合はせたが、本通りは銀座を狹くしたのとかはりのない、千百の電燈に紛れて、その蕎麥屋かと思ふ暖簾に、血の付いた燈は見えなかつた。
門前仲町で下りたのは──晩の御馳走……より前に、名の蛤町、大島町かけて、魚問屋の活船に泳ぐ活きた鯛を、案内者が見せようといふのであつた。
裏道は次第に暗し、雨は降る。……場所を何う取違へたか、浴衣の藻魚、帶の赤魚、中には出額の目張魚などに出逢ふのみ。鯛、鱸どころでない。鹽鰹のにほひもしない。弱つたのは、念入に五萬分一の地圖さへ袂に心得た案内者が、路は惡くなる、暮れかゝる、活船を聞くのにあせるから、言ふことが、しどろもどろで、「何は、魚市は?……いや、それは知つてゐますが、問屋なんで。いえ、買ひはしません。生きた魚を見るのでして、えゝ死んだ魚……もをかしいが、ぴち〳〵刎ねてる問屋ですがね。」──雜とこの通り。刎ねる問屋もまだ可かつた。「水をちよろ〳〵と吹上げて、しやあと落してゐる處ですがね。」「親方……」──はじめ黒船橋の袂で、窓から雨を見た、床屋の小僧に聞くと、怪げんな顏をして親方を呼んだ、が分らない。──「兄さん、兄さん、一寸聞くがね。」二度目は蛤町二丁目の河岸で、シヤベルで石炭を引掻いてる、職人に聞いた時は、慚愧した。「水をちよろ〳〵、しやあ?……」と眞黒な顏で問ひ返して、目を白くして、「分らねえなあ。」これは分るまい。……
「きみ、きみ。……ちよろ〳〵さへ氣恥かしいのに、しやあと落すだけは何とかなるまいかね。あれを聞くたびに、私はおのづから、あとじさりをするんだがね。」
「卑怯ですよ。……ちよろ〳〵だけぢやあ意をなしませんし、どぶりでもなし、滔たりでもなし、しやあ。」いふ下から……「もし〳〵失禮ですが、ちよろ〳〵、しやあ。……」
通りがかりの湯歸りの船頭らしいのに叩頭をする。
櫛卷を引詰めて、肉づきはあるが、きりゝ帶腰の引しまつた、酒屋の女房が「問屋で小賣はしませんよ。」「何ういたして、それ處ぢやありません。密と拜見がいたしたいので。」「おや、ご見物。」と、金の絲切齒でにつこりして、道普請だの、建前だの、路地うらは、地震當時の屋根を跨ぐのと同一で、分り惡いからと、つつかけ下駄で出て來て──あの蕎麥屋の女房を思はせる、──圓々した二の腕をあからさまに、電燈に白く輝かしながら、指さしをして、掃溜をよけて、羽目を𢌞つて、溝板を跨いで、ぐら〳〵してゐるから氣をつけて、まだ店開きをしない、お湯屋の横を拔けた……その突き當りまで、丁寧に教へて、「お氣をつけなさいまし、おほゝゝ。」とあだに笑つた。どうも、辰巳はうれしい處である。
問屋は、大六、大京、小川久、佃勝、西辰、ちくせん──など幾軒もある、と後に聞いた。私たちは單に酒屋の女房にをそはつた通り、溝板も踏み返さず、塚にも似て空地のあちこち蠣蛤の殼堆く──(ばいすけ)の雫を刎ねて並んだのに、磯濱づたひの思ひしつゝ、指さゝれたなりに突き當りの問屋。……
店頭に何もない。幅廣な構内の土間を眞向うに、穴藏が暗く、水氣が立つて、突通しに川が透く。──あすこだ。あれだ。
のそ〳〵と入つた案内者が、横手の住居へ、屈み腰で挨拶する。
「水がちよろ〳〵。」
……をやつてゐるに違ひない。私は卑怯ながら、その町の眞中へ、あとじさりをしたのである。
「さ、おいでなさい、許可になりました。」
活船──瀧箱といふのであつたかも知れない。──が次第に、五段に並んで、十六七杯。水柱は高く六尺に昇つて、潺々と落ちて小波を立てて溢れる。──あゝ、水柱といつて聞けばよかつた。──活船に水柱の立つ處と。──
濡板敷のすべる足もとに近い一箱を透かすと、小魚が眞黒に瀬を造る。
「泳いでゐます、鰺ですよ。」
「鱚だぜ。」
と、十五六人、殆ど裸にして、立働く、若衆の中の、若いのがいつた。
同伴は器用で、なか〳〵庖丁も持てるのに。──これを思ふと、つい、この頃の事である。私の極懇意な細君で、もと柳橋で左褄を取つたのが、最近、番町のこの近所へ世帶を持つた。お料理を知つて、洗方に疎だから、──今日は──の盤臺を、臺所口からのぞいて、
「まあ、いゝ鮎ね。」が、鱚である。翌朝、「あら、活きた鯉ね。」と、いはうとして……昨日に懲りて口をつぐんで、一寸容儀を調へた、が黒鯛。これは優しい。……
信濃國蒲原郡産の床屋職人で、氣取つたのが、鮨は屋臺に限る、と穴子をつまんで、「む、この鰌はうめえや。」以て如何とすると、うつかり同伴に立話をすると、三十幾本の脚が、水柱に大搖れに搖れて──哄と笑つた。紛れ出た小鮹が、ちよろ〳〵と板敷を這つてゐる。
一同は働き出した。下屋の水窓へ、折から横づけの船から、穴子、ぎんばうの畚、鰈、あいなめの鮹盤臺を、掬ふ、上げる、それ抱き込む、大鯛の溌剌たるが、(大盤臺)から飛び上つた。
この勢ひに乘じて、今度は、……そ…ば…や…ではない。社の高信さんの籌略によつて、一陣の鋭兵が懷に伏せてある。……敵は選ばぬ、それ押出せ、といふと、兜を直す、同伴の頭は黒く見える。
雨をおよぎ出した町の角も、黒江町。火の見は、雫するばかり、水晶の塔かと濡れて光つて、夜店の盤臺には、蟹の脚が白く土手を築き、河豚かと驚く大鯒が反つて、蝦のぶつ〳〵切が血を洗つた。
加賀家、きん稻、伊勢平と、對手を探つて、同伴は、嘗て宮川で、優しい意氣な人と手合をした覺えがあると頻にはやつて、討死をしようとしたが。──御免下さい……お約束はしましたけれど、かう降つて來ては持ち出さないわけには行かない、蝙蝠傘にて候ゆゑ、近い處の境内の初音を襲つた。
「お任せ申す。」
「心得たり。」
こゝに至ると、──實は、二上りの音じめで賣つた洲崎の年増と洒落れた所帶を持つた同伴が、頭巾を睨いで、芥子玉の頬被した鵜に成つた。案ずるに、ちよろ〳〵水も、くたびれを紛らした串戲らしい。
「……姉さん、一寸相談があるが、まづ名のれ、聞きたいな。」
をかしかつたのは、大肥りに肥つた、氣の好い、深切な女中が、ふふふ、と笑つてばかり、何うしても名告らなかつた、然もありなん、あとで聞くと、……お糸さん。
で、その、肥つたお糸さんに呑込まして、何でも構はぬ、深川で育つた土地ツ子を。──
若い鮮麗なのがあらはれた。
先づは、めでたい。
うけて、杯をさしながら、いよ〳〵黒くなつた鵜が、いやが上におやぢぶつて、
「姉さんや、うまれは、何處だい。」
聲の下に、かすりの、明石の白絣で、十七だといふのに、紅氣なし、薄い紫陽花色の半襟くつきりと涼しいのが、瞳をぱつちりと、うけ口で、
「濱通り……」
「はま通り?……」
明亮簡潔に、
「蛤町。」
底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
初出:「東京日日新聞 第一八二七五号~第一八二九六号」東京日日新聞社
1927(昭和2)年7月17日~8月7日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「串戲」と「串談」、「燈」と「灯」の混在は、底本通りです。
※「女房」に対するルビの「にようぼう」と「かみさん」、「工場」に対するルビの「こうば」と「こうぢやう」、「兄哥」に対するルビの「あにき」と「あにい」、「旦那」に対するルビの「だんな」と「だな」の混在は、底本通りです。
※表題は底本では、「深川浅景」となっています。
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
入力:門田裕志
校正:岡村和彦
2018年1月27日作成
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