Me Voila
── a Cobayashi
中原中也



 人がいかにもてなしてくれようとも、それがたゞ暖い色をした影に見え、自分が自分で疑はれるほど、淋しさの中に這入つた時、人よ憶ひ出さないか? かの、君が幼な時汽車で通りかゝつた小山の裾の、春雨に打たれてゐたどす黒い草の葉などを、また窓の下で打返してゐた海の波などを……


       ※


 実生活は論理的にやるべきだ! 実生活にあつて、意味のほか見ない人があつたら、その人は実生活以外にも世界を知つてゐる人だ。則ち科学でも芸術でもない、大事な一事を!

 げにわれら死ぬ時に心の杖となるものがあるなら、ありし日がわれらの何かを慄はすかの何か! ──生を愛したといふことではないか?

 小学の放課の鐘の、あの黄ばんだ時刻を憶ひ出すとして、タダ物だと思ひきれるか?


(社交家達といふものは理智で笑つて感情で判断する。即ち意味に忠実でないからだ。───)


       ※


 さうしてよき心の人よ、あれら手際よい技能家や学者等を恐れたまふな。あれら魂が稀薄なために、夢が浅いので歯切れが好いばかりだ。───彼等が歯切れの好いことは彼等の人格と無関係だ。


       ※


 地上を愛さんために、人は先づ神を愛す必要がある!

(一九二八・四)

底本:「新編中原中也全集 第四巻 評論・小説」角川書店

   2003(平成15)年1125日初版発行

※底本のテキストは、著者自筆稿によります。

※表題は底本では、「Me Voilà」となっています。

※副題は底本では、「── à Cobayashi」となっています。

※()内の編者によるルビは省略しました。

※底本巻末の編者による語注は省略しました。

入力:村松洋一

校正:noriko saito

2015年91日作成

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