黄金餅
三遊亭円朝
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ずツと昔時芝の金杉橋の際へ黄金餅と云ふ餅屋が出来まして、一時大層流行たものださうでござります。何ういふ訳で黄金餅と名けたかと申すに、芝将監殿橋の際に極貧の者ばかりが住で居る裏家がござりまして金山寺屋の金兵衛と申す者の隣家に居るのが托鉢に出る坊さんで源八と申す者、近頃何う致したのか煩つて寝て居るから見舞てやらうと金兵衛が出て参り、金「御免なさいよ。源「アヽ御入来なさい。見ると煎餅のやうな薄つぺらの蒲団で爪で引掻くとポロ〳〵垢が落る冷たさうな蒲団の上に転がつて居るが、独身者だから薬一服煎じて飲む事も出来ない始末、金「私はね今日はアノ通り朝から降りましたので一日楽を仕ようと思つて休んだが、何うも困つたもんですね、何ですい病気は。源「ハツ〳〵いえもう貴方、年が年ですから死病なんでせう。金「お前さん其様な気の弱い事を云つちやアいけませぬ、石へ獅噛附ても癒らうと云ふ了簡で居なくツちやアいけませぬよ。源「いえ私はそら六十四ですもの。金「ナニ八十になつても九十になつても生きてる人は生きて居ます、死にたいからつて死なれるものぢやないから確かりして居なくツちやア。源「有難う存じます、毎度御親切にお見舞下すつて。金「お前さん医者に掛つたら何うです。源「いえ掛りませぬ。金「其様な事を云はないでさ、此奥の幸斎先生は大層上手だてえから呼んで来て上げませうか。源「いえいけませぬ、いけませぬ、ハツ〳〵医者に掛るのも宜うがすが、直と薬礼を取られるのが残念ですから。金「医者に掛れば是非薬礼を取られますよ併し夫が厭なら買薬でもしなすつたら。源「買薬だツて薬違でもすると大事になりますからまア止しませう、夫より私は喫べて見たいと思ふ物がありますがね。金「何です、遠慮なく然うお云ひなさい、私が買つて来て上げませう、何様な物が喫べたいんです、何うも何だツて沢山は喫べられやしますまい。源「アノ私は大福餅か今坂のやうなものを喫べて見たいのです。金「餅気のものを沢山喰ちやア悪くはありませぬか。源「いえ悪くつても構ひませぬ。金「ぢやア買つて来ませう、二つか三つあれば宜いんでせう。源「いえ、何卒三十ばかり。金「其様なに喰へやアしませぬよ。源「ナニ喰へますから、願ひたいもので。金「ぢやア買つて来ませう。直に出かけたが間もなく竹の皮包を二包持て帰つて参り、金「サ買つて来たよ。源「アヽ、有難う。金「サ、お湯を汲んで上げるからお喫べ、夫だけはお見舞かた〴〵私が御馳走して上げるから。源「ハツ〳〵何うも御親切に有難う存じます、何卒貴方お宅へ帰つて下さいまし。金「帰らんでも宜いからお喫りな、私の見て居る前で。源「夫がいけないので、私は子供の時分から、人の見て居る前では物は喰はれない性分ですから、何卒帰つて下さい、お願ひでございますから。金「あい、ぢやア帰るよ、用があつたらお呼びよ、直に来るから。と金兵衛は宅へ帰つたが考へた。金「はてな、彼の坊主は妙な事を云ふて、人の見て居る前では物が喰はれないなんて、全体アノ坊主は大変に吝で金を溜る奴だと云ふ事を聞いて居るが、アヽ云ふ奴は屹度物を喰はうとするとボーと火か何か燃上るに違えねえ、一番見たいもんだな、食物から火の燃る処を、ウム、幸ひ壁が少し破れてる、斯うやつて火箸で突ツついて、ブツ、ヤー這出して竹の皮を広げやアがつた、アレ丈悉皆喰つちまうのか知ら。見て居るとも知らず源八は餅を取上げ二ツに割て中の餡を繰出し、餡は餡餅は餅と両方へ積上げまして、突然懐中へ手を突込み暫くムグ〳〵やつて居たが、ズル〳〵ツと扱出したは御納戸だか紫だか色気も分らぬ様になつた古い胴巻やうな物を取出しクツ〳〵と扱くと中から反古紙に包んだ塊が出ました。之を執てウームと力任せに破るとザラ〳〵〳〵と出たのが古金で彼此五六十両もあらうかと思はれる程、金「おゝ金子だ、大層持つて居やアがるナ、もう死ぬと云ふので己が見舞に行つてやつたから、金兵衛さんに是だけ残余はお長家の衆へツて、施与でもするのか知ら、今茲で己が行くと尚沢山貰へる訳だが。と見て居ると金を七八づゝ大福餅の中へ入れ上から餡を詰め餅で蓋をいたしてギユツと握固めては口へ頬張り目を白ツ黒にして呑込んで居る。金「ア、彼を喰やアがる、何うも酷い奴だナあれ〳〵。と見て居る中に忽ち五六十両の金子を鵜呑にしたから堪らない、悶掻𢌞つて苦しみ出し。源「ウーンウーン金兵衛さん、金兵衛さん。金「あい〳〵今行くよ、今行くよ。源「ウーン〳〵。金「何うしたい。源「ハツ〳〵。金「おゝ〳〵お湯も何も飜れて大変だ。源「ド何卒お湯をもう一杯下さい。金「サお喫り。源「へい有難う。微温湯だから其儘ゴツクリ飲むと、空ツ腹へ五六十両の金子と餅が這入たのでげすからゴロ〳〵〳〵と込上げて来た。源「ムツ、ムツ。金「オヽ吐くのか吐くなら少しお待ち、サ此飯櫃の蓋ン中へ悉皆吐いてお了ひ。源「ハツ〳〵ド何うぞモウ一杯お湯を…。金「サお上り。源「へい有難う。グート息をも継かずに飲むと、ゴロ〳〵〳〵と喉へ詰まつたからウーム、バターリと仰向さまに顛倒つて了ふ。金「アヽおい源八さん、源八さん、アヽ死んだ、何うも此金があるんで今迄死切れずに居たんだナ、金を腹ん中い入れちまつてモウ誰にも取られる気遣がないから安心して死んだのだが何うも強慾な奴もあつたもんだな、是が所謂有財餓鬼てえんだらう、何しろ此儘葬むつて了ふのは惜いや、腹ン中に五六十両の金子が這入てる、加之に古金だ、何うして呉よう、知つてるのは己ばかりだが、ウム、宜い事がある。直に宅へ帰つて羽織を引かけ差配人の宅へやつて来ました。金「エヽ今日は。「おや是は能うお出なすつた、金兵衛さん今日はお休みかい。金「へい、今日は休みましてござります、就きまして差配さん少々お願があつて出ました。「アヽ何だイ。金「私共の隣家の源八と云ふ修業に出ます坊さんナ。「イヤあの坊さんに困つて居るのだよ、店請があつたんだけれど其店請が何所へ逃亡をして了つたので、今にもアノ坊さんに目を瞑られると係合だと思つて誠に案じて居るのサ。金「夫が貴方、段々詮索つて見ますると私と少し内縁の様に思はれます、仮令身寄でないにもせよ功徳の為に葬式だけは私が引受けて出してやりたいと存じますが、夫に当人の遺言で是非火葬にして呉ろと申すことで。「成程、夫は何うも御奇特な事で、お前が葬式を出して呉れゝば誠に有難いね、ぢやア何分お頼ウ申ますよ、今に私も行きますが、早桶や何かの手当は。金「ナニ宜しうございます、湯灌や何かもザツと致しまして、早桶と云つては高いものですし何うせ焼いて了ふもんですから沢庵樽か菜漬樽にでも入れませう。「夫が宜からう、ソコでお前さんは施主の事だから袴でも着けるかい。金「ナニ夜分の事でげすから襦袢をひつくり返して穿きます。「デモ編笠は被らなければなるまい。金「ナニ三俵ポツチでも被つて摺小木でも差して往きませう。「可笑しいな、狐にでも化されたやうで。金「ナニ構やアしませぬ。「ぢやア何分頼むよ。金「へい宜しうがす。「お寺は何所だい。金「エヽ麻布の三軒家なんで。「何うも大変に遠いね、まア宜い、ぢやア其積で。金「へい畏りました。是から宅へ帰つて支度をして居る中に長家の者も追々悔みに来る、差配人は葬式の施主が出来たので大きに喜び提灯を点けてやつて参り「金兵衛さん色々お骨折、誠に御苦労様。金「何ういたしまして、何うも遠方の処を恐入ます、何れも稼業人ばかりですから成たけ早く致して了ひたいと存じます。「其方が宜い、机や何か立派に出来たね。金「ナニ板の古いのがありましたからチヨイと足を打附けて置いたので。「成程、早桶は大分宜いのがあつたね。金「ナニ是は沢庵樽で。「おや、山に十の字の焼印があるね、是は己ン所の沢庵樽ぢやアないか。金「何だか知れませぬが井戸端に水が盛つてあつたのを覆して持て来ましたが、ナニ直に明けてお返し申ます。「明けて返したつて仕やうがない、冗談云つちやアいけない、ぢやアそろ〳〵出かけよう。是から長家の者が五六人付いて出かけましたが、お寺は貧窮山難渋寺と云ふので、本堂には鴻雁寺が二挺点つて居る。金「皆さん嘸お疲労でございませう、大きに有難う存じました。甲「何うも可哀さうな事をしましたな、私も長らく一緒に居つたが喰ふ物も喰はずに修業して歩き、金子を蓄た人ですから少しは貯金がありましたらう。金「いえ何もありませぬよ、何卒皆さん此方へお出なすつてナニ本堂で莨を喫んだつて構やアしませぬ。其中に和尚が出て来る。和「ハイ何うも御愁傷な事で。金「何卒一ツ何とでも戒名をお附なすつて。此仏は是々で餅と金を一緒に食つて死んだのでげすから、とも申されませんが、戒名を見ると「安妄養空信士」と致して置かれたのには金兵衛が驚きました。金「成程、是は面白うがすな。和「夫では引導を渡して上げよう。グワン〳〵と鉦を打鳴し、和「南無喝囉怛那、哆羅夜耶、南無阿唎耶、婆慮羯諦爍鉢羅耶、菩提薩跢婆耶。と神咒を唱へ往生集を朗読して後に引導を渡し、焼香も済んで了ふと。金「何うも皆さん遠方の処誠に有難う存じました、本来ならば強飯かお酢でも上げなければならないんですが、御承知の通りの貧乏葬式でげすから、恐入ましたが何も差上げませぬ、尤も外へ出ますと夜鷹蕎麦でも何でもありますから貴所方のお銭で御勝手に召上りまして。甲「何だ人面白くもねえ、先へ出よう〳〵。「金兵衛どんお前是から焼場へ持つて行くのに独ぢやア困るだらうから己が片棒担いでやらうか。金「ナニ宜しうがす、私が独で脊負て行きます、成たけ入費の係らぬ方が宜しうがすから。「宜いかえ。金「エヽ宜うがすとも。と早桶を脊負ひ焼場鑑札を貰つてドン〳〵焼場へ来まして。金「お頼う申します。坊「ドーレ。金「何卒これを。坊「ア、成程、難渋寺かへ、宜しい、此方へ。金「それで此並焼はお幾らでげす。坊「並焼は一歩と二百だね。金「ヘヽー何うでげせう、三朱位には負りますまいか。坊「焼場へ来て値切るものもないもんだ、極つて居るよ。金「ナニ本当に焼けないでも宜しいんで。坊「然うはいかない、一体に火が掛るんだから。金「頭と足の方はホンガリ焼いて腹は生焼にはなりますまいか。坊「然うはいきませぬよ、元膩だから一体に火が掛るでな。金「ぢやア明朝早く骨揚に来ますから、死骸を間違ひないやうに願ひます。坊「其様な事はありやせぬ。金「何分お頼み申します。と宅へ帰つたがまだ暗い中にやつて来ました。金「お早う。坊「えらう早く来たな、まだ薄暗いのに。金「エヘヽヽ昨晩は大にお喧ましうございます。坊「ウム値切た人か、サ此方へ這入んなさい。金「へい、有難う。坊「穏坊〳〵、見て上げろ。穏「はい此方へお出なさい、骨を入れる物を持てお出なすつたか。金「イエ、何か買はうと思つたが大分高えやうですから、彼所に二升壜の口の欠たのがあつたから彼を持て来ました。穏「彼は私が水を入れて置いたのだ、無闇に口なんぞを打欠いちやアいけませぬよ。金「エヘ、御免なさい、兎に角頂戴しませう、一体に黒くなりやしたな、何うも、南無阿弥陀仏々々々々々々、成程此木の箸と竹の箸で斯うするんですな、お前さん彼方へ行つてゝお呉んなさい。穏「私が見て居ねえでは歯骨や何か分るまい。金「ナニ知つてるよ、ちやんと心得てるんだ、彼方へ行け、行かねえと撲り附けるぞ、行かねえか畜生。箸で段々灰を掻いて行くと腹の辺に塊があつたから木と竹の箸でヅンと突割ると中から色も変らず山吹色の古金が出るから、慌てゝ両方の袂へ入れながら。金「穏坊の畜生、此方へ這入て来やアがると肯ねえぞ、無闇に這入やアがるとオンボウ焼いて押付けるぞ。と悪体をつきながら穏坊の袖の下を掻潜つてスーツと駈出して行きました。穏「アレ、乱暴狼藉な奴もあればあるものだ、アレ逃げてツちまつた。金兵衛さんは此金子を以て、芝金杉橋の本へ、黄金餅と云ふ餅屋を出したのが、大層繁昌いたした。と云ふ一席話でござります。
底本:「明治の文学 第3巻 三遊亭円朝」筑摩書房
2001(平成13)年8月25日初版第1刷発行
底本の親本:「定本 円朝全集 巻の13」世界文庫
1964(昭和39)年6月発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年8月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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