ハワイの食用蛙
北大路魯山人
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小島政二郎君
僕の作品展示会の模様は、後便で記事の出ている新聞といっしょに送りますから、それをご一覧ください。
ここではアメリカで食べたお料理のことをざっと書いてご覧に供しましょう。飛行機がハワイに着くと、与田さんが迎えに来てくれて、ホノルルの本町通りで自身経営しているシティ・グリルというのへ連れて行かれ、ここでアメリカにおける最初の食事をとったわけです。食用ガエルの脚をオリーブ油でフライにしたのを出されたが、これはなかなか美味でした。
食用ガエルは、日本でも盛んに使われていますが、なんのこともなく、別においしいとも思ったことはありませんでしたが、シティ・グリルで試食してからというもの、食用ガエルに対する認識を新たにしました。それで、アメリカ本土へ渡ってからも、興味を持って機会あるごとに食べてみましたが、サンフランシスコ、シカゴ、いずれもだめ、食用ガエルはシティ・グリルにとどめをさします。
ハワイは、意外に食べ物のうまいところで、アロハ飛行場で出されたアイスクリーム、コーヒーの素晴らしかったこと。コクがあって、ネバリが強くって、あんなにうまいアイスクリームはついぞ口にしたことがありません。いまだに忘れ兼ねています。ハワイのコーヒー、これも素晴らしくいい。風土のせい、気候のせい、コーヒーそのものがすこぶる上等なのでしょう。その上、ミルクの味のいいこと。まさに近来の掘り出し物です。
サンフランシスコでは、出迎えに来てくれたひとに連れて行かれたグロットというイタリア料理店。魚市場の近くにあったので、これはうまいだろうと思った通り、ここの伊勢えびは日本の伊勢えびよりもむしろ優れていはすまいかと思ったほどでした。わけてもここのサラダが優秀でした。殊に、サラダ菜の歯当たりがサクサクとしていて、しかも味があって、日本ではとても食べられないものの一つでしょう。
しかし、外国はどこの国の料理でも、食器と盛り付けの点で落第です。どんな一流の店でも、実につまらぬ食器を使って、盛り付けになんの注意も払っていません。鍋やフライパンから無造作に皿へザーッとあけて平気でいます。目に訴える美感について鈍感なのに驚くほかありません。この点、盛り付けを含めて日本料理の高さというものは、世界無比だと思います。食べ物は単に舌だけで味わうものではなく、全感覚を喜ばせるものでありたいとする日本人の美食学は、実に世界の最高を行くものだと思います。いうまでもなく、店構えも立派、すべてが清潔ということも第一条件でありますが、それだけで終わっているアメリカ料理の奥行きの浅さを僕は感ぜずにはいられませんでした。
サンフランシスコからシカゴへ飛ぶ飛行機の中でサーヴィスされたジュースのうまさ、日本で売っているジュースにあらず。サラダ菜もすこぶる美味、これはアメリカ菜ではなく、イタリア菜の由。
まだ牛肉、豚肉、魚のうまいのに行きあわず。シカゴの話は後ほど。取りあえず以上を飛行便に託します。四月三十日、草々。
底本:「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所
2008(平成20)年4月18日第1刷発行
底本の親本:「魯山人著作集」五月書房
1993(平成5)年発行
初出:「芸術新潮」
1954(昭和29)年
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年12月4日作成
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