カンナとオンナ
北大路魯山人



 ひぐらしの鳴き声が涼しい。

 わたしは、わたしのテーブルの前にすわって料理をし、客はわたしのテーブルの前に坐っていた。

 わたしは、料理をいつも自分で作りつつ食べ、客にもすすめる。

 客は詩人であった。

 どんな詩をつくるのかわたしは知らぬ。その詩人も、見せたことはないし、わたしも、見せてくれといったことはない。詩人だか、死人だか、わたしは知らぬ。ともかくも、詩人であるということだ。

 わたしはビールを飲む。ビールだけ飲む。風呂から上がって、まだ、体に湯気が上がっているうちにビールを飲むのはうまいものだ。

 わたしの坐っているうしろには、紙を細く切って、それに、全国から集まった材料や、名産の名前が書いてある。新しく送られた品は、すぐ、この細い紙に書き入れられて張られる。だから、それを見ると、いま、どんなものがあるか、なにが品切れかということが、すぐに分るようにしてある。

 詩人は、それを念入りに読んでいる。

 詩をよむつもりでよんでいるのかもしれない。この男の詩はしらないが、詩人だって、食事はするだろう。いや、非常によく分るはずだ。鳥や、花の心が詩人には分るはずだから……。

 わたしはビールを飲む。詩人はウイスキーを飲んでいる。

 わたしは、出来上がった料理にかけるため、かつおぶしをけずる。カンナを使ってけずる。

 詩人は、目を見張っていう。

「先生、ずい分、立派なカンナですね。まるで、大工が使うような、カンナですね」

「これは、大工たちが使うカンナの中でのいちばん上等だよ」

「へえ、もったいないですね」

「どうしてもったいないのだ」

 わたしは、不思議そうに詩人を見た。

 詩人も、上等のカンナでかつおぶしをけずるわたしを不思議そうにみている。

「先生、そんな立派なカンナなら、なにも、かつおぶしをおけずりにならなくとも、立派に、大工道具につかえるではありませんか」

「大工道具に、立派に使えるほどの上等だから、かつおぶしがけずれるんだよ」

 しばらくわたしの手許てもとを見ていた詩人はつくづくといった。

「先生の、料理がおいしいのは、先生が、ぜいたくをしているからですよ。きっと、そうですよ、やっぱり、料理は、金をかけないとダメですね」

 わたしはだまって、かつおぶしをかきおわると、一杯ビールを飲みほして、しゃべり出していた。

「およそ反対だね、君のいうことは……詩人には、金のねうちは分らんと見える」

 わたしは、かきあげたかつおぶしを詩人に見せた。かつおぶしは、うすい、うすい雁皮のように、湯上がりの乙女の肌のように……。

「やあ、きれいだな。芸術品ですね、先生」

「そうだ、料理は芸術だよ」

 わたしは語をついだ。

「かつおぶしを買う時はどうだ、いやこっちの方が大きくて安いだとか、同じねだんなら、こっちがいいとか、それこそ、大騒動をして買うくせに、それを、さて、使う段になるとどうだ。まるで、金を捨てているようなものだ。かつおぶしは、けずればへってなくなる。だが、カンナは一度買えば一生は使えるものだ。うすく、うすく、このようにかいてごらん。だしを出すにも、ほんのちょっぴり、つまんで入れれば、おいしいだしが出る。ものにふりかけても、おいしいし、美しい。カンナは買う時は少々高くとも一生使えるし、便利だ。こんなカンナで、かつおぶしをけずって使ってごらん。変なかつおかきでかいて使う何倍も、おいしくて、美しくて経済的だ。せっかくの高いかつおぶしを買う時は、大騒動して、さてそれを、ほんとうに粗末に、もったいないような使い方をしているひとがある。ぜいたくに、しかもかつおぶしの本当の味を出さずに、使ううちに、いいカンナでかいて使えば、五本使うところが一本ですむ。その方がどれだけ経済的だか分らん」

 詩人は感心してきいていた。

「でも、先生、カンナを、上手に使うのはむずかしいでしょうね」

「変な、安もののかつおかきで、汗をかいて、かつおぶしをごしごしけずって、木屑きくずや、砂のようなけずり方をするより、上等のカンナでかく方が、どれだけ楽だかしれやしないよ」

「そうですかね。先生、オンナも、カンナと、同じですね」

「どうして」

「いい女房をもらっておけば、一生味がよくて経済的ですね」

「ハハ……なるほど落語の落ちだな。オンナとカンナと似ているね」

 わたしはビールを飲んだ。詩人はウイスキーをなめつつ、

「オンナとカンナ」と、うたうようにいった。

 さぞこの詩人は、こんど、オンナとカンナという詩をつくるつもりだろう。

底本:「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所

   2008(平成20)年418日第1刷発行

底本の親本:「魯山人著作集」五月書房

   1993(平成5)年発行

初出:「独歩」

   1953(昭和28)年

入力:門田裕志

校正:noriko saito

2009年124日作成

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