近作鉢の会に一言
北大路魯山人



 料理は食器なしでは存在しないようです。

 料理に対する食器の存在は人間にける着物の存在でしょう。着物なしでは人間が生活出来ないように、料理も食器なしでは独立することは出来ません。そう言えば食器は料理の着物だと言えましょう。

 しからば料理に関心を持つ者は、料理の着物である食器に関心を持つ者は、料理の着物である食器に関心を持たぬ訳にはゆきますまい。古来人間が着物のこと衣裳のことに多大な関心をもってデザインが研究され、素地である織物、染色に驚くばかりの進歩が成し遂げられています。料理に於ける着物の食器も中国においてはく明代、四、五百年前に既に完成を見ています。朝鮮では挙げて食器と言うほどのものはありませんが、御本手ごほんて樫手かして、やわらか手などいう鉢、高麗雲鶴手うんかくて鉢、その他日本で抹茶碗に利用しているものに相当のものがあります。日本で四、五百年前すでに古瀬戸、古萩、古唐津、朝鮮唐津など当初から食器に出来たものが沢山あって、わずかに残されているものは今日大いに珍重され、千金万金と評価されて誇りがましき料理の着物として存在しています。なお個人作家としては仁清にんせい乾山けんざん木米もくべい等もっとも崇敬の的となり、好事家こうずか識者の間に重きをなしております。

 しかしながら現今はと見渡しますと、実は私からは口はばったくて言いかねる所ですが、真になさけない有様です。個人作家という者には著しい天才家が生まれ出ないこと、今一つは我々が頭を下げて敬服するほどの熱誠家が皆無であること、こう申しますと、専門の陶家はもとより、陶家を贔屓にしておられる方々などから憎悪のむちを以て打たれるのでありますが、私はその犠牲を払って憎悪をものともせず、その答を多年に渉ってくぐり抜けして、微力ではありますが、古陶作家の心構えを第一に窺いそれらを賞翫しょうがんする古人今日の動向を察し自己の信念と器学に於て相合する点を作陶の心として、十年一日の如く作陶してまいりました。そして分りましたことは、陶器の美も書画の美も彫刻、建築、庭園等美術の美に於てなんらかわるものでないということでした。ですから陶器作家は仁清のように純日本的創意のデザインが生まれ、轆轤ろくろも、絵も、書も、釉薬ゆうやくの研究も人一倍優れた素質を持つものでなければ名を成さないということです。乾山のように光琳にも優る絵画が描け、能筆であり、仁清とは又別風の日本趣味的デザインを創作し、胸のすくような作品を種々遺しております。そしてその絵画だけを取り挙げてみても実に大した力です。

 木米は申すまでもなく、その絵画が十万金などいう相場をしております。

 以上三人が三人共、単にその人々の絵の力の一面を見ただけでも実に立派なものです。そんな立派な絵を描く人が陶器を作るのですから、その陶器も立派なものが出来るのは当然であります。それを絵も碌に描けない、字も書けない、古書画の賞翫も出来ない、これで陶器を作ってみたところが、児戯以上の何物が生まれましょう。

 現代の陶器が情けない状態の下に作られているというのはこのことです。

 私は別に陶器作家を以て世に名を成すのが目的ではありませんから、現代作家を凌駕りょうがし排撃して、その栄冠を自己一人にかち得ようとするようなケチな了見をっているものではありません。

 私は今のところごらんの程度にしか絵も書も出来ませず、なにほどの者でもありませんが、幸い絵が好き、書が好き、篆刻てんこくは固より古書画、骨董等、洋の東西を問わず古今に偏せず良いものを良しとなす貧弱ではありますが、好事家趣味家の一人だと思っているものです。

 こういう立場から遠慮なく申せば、現代陶工の所作にあきたらないものがありまして、かいより始めよという訳で研究を進めている訳であります。況や私は食道楽、すなわち美食研究という一事業がありますために、尚更食物の着物を攻究する責任がありますので、一層作陶に努力している次第です。

 どうか世間の多くの作陶家各位も商売敵のように思わないで、また邪魔な存在であるように考えられないで、胸襟をひらかれて同好同職の一人としてご交遊を願いたいと思うのです。

 丁度今回大阪でも近作陶鉢の会を催し、展観することになりましたから、つぶさにご覧を願いましてお心付きの点を披瀝ひれきして頂きたいと思うのであります。絵でも、陶器でも、その他いかなる芸術でもその作品が死んでいては全く問題にならんと思うのです。

 そこで今回私の出しました作陶がもし死作であり、一夜漬け的なものであると眼識ある各位から評されるとしましたら、私は即日即時作陶を断念しますかも分りません。それと反対に未熟ではあるが気韻生動して作陶に生命あるものとなされるならば、私は欣然きんぜんとして層一層研究を進め後進青年達各位のためになにか遺さなければならんと思っているものであります。

底本:「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所

   2008(平成20)年418日第1刷発行

底本の親本:「魯山人著作集」五月書房

   1993(平成5)年発行

入力:門田裕志

校正:noriko saito

2009年124日作成

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