美味い豆腐の話
北大路魯山人



 美味い湯豆腐を食べようとするには、なんといっても豆腐のいいのを選ぶことが一番大切である。いかに薬味、醤油を吟味してかかっても、豆腐が不味まずければ問題にならない。

 そんなら、美味い豆腐はどこで求めたらいいか? ズバリ、京都である。

 京都は古来水明で名高いところだけに、良水が豊富なため、いい豆腐ができる。また、京都人は精進料理など、金のかからぬ美食を求めることにおいて第一流である。そういうせいで、京都の豆腐は美味い。

 一方、東京では、昔、笹乃雪などという名物の豆腐があった。これもよい井戸水のために、いい豆腐ができたのだが、今は場所も変わって、わずかに盛時の面影をしのぶばかりだ。

 東京は水の悪いことが原因してか、古来、豆腐の優れた製法が研究されていない。そんなわけで、昔も今も東京で美味い豆腐を食べることはまず不可能だ。それに、よい豆腐を美味く食うための第一条件であるいい昆布が、東京では素人の手に入りにくいから、なおさらむずかしい。

 それなら、京都の豆腐は今なおどこでも美味いかというと、どっこい、そうはいかない。今日では水明の都でも、水道の水と変わり、豆をすることは電動化して、製品はすべて機械的になってしまったのみならず、経済的に粗悪な豆(満州大豆)を使うようになったりなどして、京都だからとて、美味い豆腐は食べられなくなってしまった。

 ところが、わずかに一軒、京都の花街、縄手四条上ルところに、昔ながらの方法を遵奉して、よい豆腐をつくっている家があった。その家の豆腐のつくり方は秘法になっていて、うかがわんとしても、うかがえないことになっていた。ところが、私は運よくその家の主人の了解を得て、家伝の秘法を授けられることになった。おかげで、本家本元の豆腐に優るとも劣らぬ豆腐ができるようになった。それもいつに、私の家に豆腐に適するすばらしい良水が湧出ゆうしゅつしたためであった。

 いかに京都で秘法を授かって来ても、良水を欠いたら、いい豆腐はできなかったであろう。残念ながら、縄手のこの店も、今はなくなってしまった。

 良水に恵まれ、原料としての大豆を選択して、製法は飽くまでも機械にたよらず、人力で努力することによって、私もすばらしい豆腐をつくれるようになった。豆腐そのものがよいから、生の豆腐にいきなり生じょうゆをかけて食べても、実に美味い。あえて煮るまでもない。焼き豆腐はいうに及ばず、揚げ豆腐にこしらえても、飛竜頭ひりょうずに拵えても、これが豆腐かと疑われるばかりに美味かった。湯豆腐に舌鼓を打って楽しまんとする人は、こんな豆腐を選ばなくてはならない。

 嵯峨さが釈迦しゃか堂付近、知恩院古門前、南禅寺あたりの豆腐も有名だが、いずれも要は良水と豆に恵まれたせいだろう。


 湯豆腐をつくるには、次のような用意がいる。

一、土鍋 土鍋があれば一番よいが、なければ銀鍋、鉄鍋のたぐいでもいい。その用意もなければ瀬戸引き、ニュームなどで我慢するほかはない。が、これらは感じも悪いし、煮え方がいらいらしておもしろくない。こんろか火鉢にかけてやる。

一、杉箸 湯豆腐を食べる箸は、塗箸や象牙ぞうげ箸のようなものでは豆腐をつまみ上げることができないから、杉箸にかぎる。すべらないので、豆腐が引き上げやすい。銀の網匙あみさじなどがあれば充分である。

一、だし昆布 水の豊かに入った鍋の底に一、二枚敷いて、その上に豆腐を入れて煮る。昆布の長さ五、六寸。昆布は鍋に入れた場合、煮立ってくると湯玉で豆腐ののった昆布が持ち上げられる恐れがあるので、切れ目を入れておくようにする。

一、薬味 ねぎのみじん切り、ふきのとう、うど、ひねしょうがのおろしたもの、七味とうがらし、みょうがの花、ゆずの皮、山椒さんしょうの粉など、こんな薬味がいろいろあるほうが風情があっていい。この中で欠くことのできないのはねぎだ。他のものは、そのときの都合と好みに任せていい。それからよく切れるかんなで、薄く削ったかつおぶし適量。食事する前に削るのが味もよく、香りもよい。

一、しょうゆ 上等品に越したことはない。しょうゆに豆腐をつける前に、先に述べたかつおぶしだの薬味を入れていい。豆腐には、敷いた昆布の味がついているから、おのずから味の調節がつく。なるべく化学調味料は加えないほうがいい。

一、豆腐(前記の通り)

 なお、もともと東京人は美食知らずであるから、仔細しさいに食を楽しむという人は極めて少ない。地方にだって、美食に恵まれた都市もあれば、町、村もある。志のある人は、諸地方の美食を参考にして、仔細に楽しまれるとよい。

底本:「魯山人の美食手帖」グルメ文庫、角川春樹事務所

   2008(平成20)年418日第1刷発行

底本の親本:「魯山人著作集」五月書房

   1993(平成5)年発行

初出:「星岡」

   1933(昭和8)年

入力:門田裕志

校正:noriko saito

2009年123日作成

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