茶の本
訳者のことば
村岡博



 この『茶の本』はかつて『亡羊ぼうよう』に載せた訳に多少筆を加えまとめてこの文庫に収めたものである。『特殊の風格を備えたる先生の英文は翻訳をもってしては到底その真味を伝うるあたわざるとともにその本旨にももとるものあるべきをおそれ……』その抄訳しょうやくさえも天心全集に収められなかったものを、私ごとき者が全訳を企てたのは全く叛逆はんぎゃくである。しかし、日本人でありながらことに英文に親しまない人々の中にはこの名著を知らない人も多かろう、そういう人々にほんの『縦横の糸目』だけでも伝えたいと思ってこの叛逆をあえてしたのである。翻訳はよくいったところでただ『にしきの裏』を見せるに過ぎないもの、色彩意匠の精妙は到底伝えられないものである。それにこのような生硬不熟な、邦文の体をなさない訳文をもってしてはせっかくの名著の名をけがさんことをおそれている。

 これを岩波文庫に収めるに当たり、原著者の令弟岡倉由三郎先生より『はしがき』をいただき、天心先生の御面影をしのぶとともに『茶の本』の申しぶんなき解説を得たことを喜び深く感謝する次第である。

昭和四年一月五日


村岡博


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 注、引用句、用語等は主として次の諸書を参考した。

茶経付茶経外集、茶
譜、茶譜外集
  陸羽

茶経詳説     大典講説

禅茶録      寂菴宗沢じゃくあんそうたく

茶史       豊田甚とよだじん

茶説集成     加藤景孝かとうかげたか

茶人系譜     鈴木政通すずきまさみち

小堀遠州こぼりえんしゅう     横井時冬よこいときふゆ

茶話指月集    庸軒説話ようけんせつわ

和漢茶誌     三谷良朴みたにりょうぼく

禅学要鑑     相沢恵海あいざわえかい

無門関

へき がん ろく

老子、荘子そうじ、列子

底本:「茶の本」岩波文庫、岩波書店

   1929(昭和4)年310日第1刷発行

   1961(昭和36)年65日第38刷改版発行

   2005(平成17)年115日第103刷発行

入力:kompass

校正:鈴木厚司

2008年66日作成

2014年423日修正

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