あちこちの渓谷
田山録弥



 私は渓谷がすきで、よくあちこちに出かけた。時にはまだ世間にその名を知られてゐない渓谷を探して、それを一つ一つ書いて見たいと思つたこともある。中年に脚気を病んで、心臓をわるくして、登山が出来なくなつた身には、さういふ形ででも山に親しみたいと思つたのである。此処には少しそのことを書いて見ようと思ふ。

 木曾谷などは今では汽車から覗いて行くことが出来るやうになつたが、私達の青年時代の眼に映つたその谷は、決して今のやうなものではなかつたやうである。水力電気といふものが発達してから、何処の渓谷も皆わるくなつたが、この谷などは中でもひどく壊されてしまつたやうに思ふ。第一水が乏しい。石ばかりごろごろしてゐる。棧橋かけはしあたりはことに惨めである。数年前に、冬そこを通つてつくづく情なかつたことを思ひ起す。日光の大谷だいやの渓谷などでも、神橋しんきやうの上流の下河原しもかはらあたりはことにその感が深い。含満がんまんふちなどはとても昔の趣がない。

 渓谷としては、塩原の箒川の谷はかなりに私の心を引く。それもあの回顧橋から福渡戸ふくわこあたりまでである。つまり渓谷が深く覗かれる中だけである。新緑のころがことに美しい。大谷の渓谷では深沢みさはあたりが一番すぐれてゐる。あそこですぐ山道につくのも、絵巻物の一景としては変化があつていゝけれども、もつと渓につゞいてあの方をたどつて行きたいやうに思ふ。華厳けごんの下あたりまでその路を開いたら、更に新らしいすぐれた渓谷が展開されて来はしないか。

 陸中の猊鼻渓げいびけいは今は一の関から軌道が出来たのでわけなく行ける。この渓谷は渓谷の美としてよりも岩石の美である。それに夢見るやうな静かな谷であるのが捨て難い。五串の巌美渓げんびけいと名を斉しうしてゐるが、それよりはいくらかよいやうである。須川岳の向う側にある子安川こやすがはの峡谷もちよつとよい。十和田に行く奥入瀬おいらせの渓流はよいが、今はやゝ俗化して了つてゐる。あそこなどももつと静かにして置きたかつた。弘前ひろさきから入つて行く岩木川の上流も行つて見たいと思ひながら今だに行つて見る機会がなくつて遺憾に思つてゐる。それからこれはついこの間行つて見たのだが、上州沼田の西にある赤谷あかや川の渓谷もちよつと見事である。湯島からかけて相生あひおひ橋、それから温泉のあるあたりまでは、扇頭の小景だといつてしまふことの出来ないあるものを持つてゐる。さるきやうの古城址からその渓谷の展開されて行く形を眺めるさまは、かなりすぐれてゐると私は思つてゐる。

 金剛山こんがうざんの山水美がたんと岩とにあることは私も度々説いた。実際あゝした美しい刺繍されたやうな潭は日本にはない。例を求めれば、あの美濃と尾張との間にある玉野川のあの碧い潭がやゝ似てるのであるが、その大小においてまたその深浅において非常に差があるので、とても比べものにはならない。比べてはをかしいくらゐである。しかし万瀑洞まんばくどうにしても玉流渓ぎよくりうけいにしても、平生水量はあまり少なすぎる。そのため、私達には渓谷といふ感じがあまりはつきりとやつて来ない。とても熊野川または北山川──ことに後者の一部を成してゐるとろ八丁のやうなあゝした幽深な感じはそこから受けることが出来ない。水があればこそ──美しくつてそして沢山な水があればこそ渓谷は十分にその美を発揮することが出来るのである。岩石だけでは、何んな奇峭な光景があつたにしても、何となく物足りないのは、妙義めうぎ耶馬渓やばけい羅漢寺らかんじを引いて来てもすぐわかるであらう。

 長門峡と耶馬渓を比較して話しをする人があるが、私の考へでは、両者は全く種類を異にしてゐるもので、比較していふべきものではないだらうと思ふ。耶馬渓は木曾谷を小さくしたやうなものである。長門峡は何方かといへば金剛山の万瀑洞を小さくしたやうなものである。耶馬渓が街道を歩く旅客の評判をした方の谷に属するものであるのに引かへて、長門峡はわざ〳〵探討しなければわからないといふ方の谷に属してゐる。長門峡は兎に角あの狭さと長さと屈曲した形を持続してゐるところにその妙味を存してゐる。あの狭さがよい。またその狭い渓谷の岸を草蛇のやうに路が縫つてゐる形がよい。岩石はさう大して誇るべきものとはいへない。

 耶馬渓よりは球磨渓くまけいの方がぐつとすぐれてゐる。九州では恐らく他に球磨渓に及ぶものはないといつてもよいであらう。この他、汽車で通つて見て美しい渓谷は、新潟から会津の若松に入つて行く途中にある阿賀川あがのかはであらう。あれは美しい。殆ど車窓から顔を離すことが出来ないくらゐに美しい。渋川しぶかはから沼田に行く間の利根川の峡谷はそれを小さく短くしたものである。

底本:「定本 花袋全集 第二十七巻」臨川書店

   1995(平成7)年710日発行

底本の親本:「海をこえて」博文館

   1927(昭和2)年1125

※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

入力:きゅうり

校正:岡村和彦

2019年927日作成

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