原民喜


 彼の家は川端にはなかったが、彼の生れた街には川が流れてゐた。彼の記憶にも川が流れてゐた。

 雪が東京の下宿屋の庭を埋めた日、床のなかで彼は遠くの川を想った。


 春が来て彼は故郷へ帰って川上を歩いてみた。川にみとれながら、川にみとれた記憶にみとれながら。

 ある日、東京から友達が来たので彼は何気なくその男に川上の風景を案内した。友達は一向興もなさげに彼について歩いた。

底本:「普及版 原民喜全集第一巻」芳賀書店

   1966(昭和41)年215

入力:蒋龍

校正:小林繁雄

2009年84日作成

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