三枚続
泉鏡花
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表紙の画の撫子に取添えたる清書草紙、まだ手習児の作なりとて拙きをすてたまわずこのぬしとある処に、御名を記させたまえとこそ。 明治三十五年壬寅正月
鏡花
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「どうも相済みません、昨日もおいで下さいましたそうで毎度恐入ります。」
と慇懃にいいながら、ばりかんを持って椅子なる客の後へ廻ったのは、日本橋人形町通の、茂った葉柳の下に、おかめ煎餅と見事な看板を出した小さな角店を曲って、突当の煉瓦の私立学校と背合せになっている紋床の親方、名を紋三郎といって大の怠惰者、若い女房があり、嬰児も出来たし、母親もあるのに、東西南北、その日その日、風の吹く方にぶらぶらと遊びに出て、思い出すまでは家に帰らず、大切な客を断るのに母親は愚痴になり、女房は泣声になる始末。
またかい、と苦笑をして、客の方がかえって気の毒になる位、別段腹も立てなければ愛想も尽かさず、ただ前町の呉服屋の若旦那が、婚礼というので、いでやかねての男振、玉も洗ってますます麗かに、雫の垂る処で一番綿帽子と向合おうという註文で、三日前からの申込を心得ておきながら、その間際に人の悪い紋床、畜生め、か何かで新道へ引外したために、とうとう髭だらけで杯をしたとあって、恋の敵のように今も憤っているそればかり。町内の若い者、頭分、芸妓家待合、料理屋の亭主連、伊勢屋の隠居が法然頭に至るまで、この床の持分となると傍へは行かない。目下文明の世の中にも、特にその姿見において、その香水において、椅子において、ばりかんにおいて、最も文明の代表者たる床屋の中に、この床ッ附ばかりはその汚さといったらないから、振の客は一人も入らぬのであるが、昨日は一日仕事をしたから、御覧なさいこの界隈にちょっと気の利いた野郎達は残らず綺麗になりましたぜ、お庇様を持ちまして、女の子は撫切だと、呵々と笑う大気焔。
もっとも小僧の時から庄司が店で叩込んで、腕は利く、手は早し、それで仕事は丁寧なり、殊に剃刀は稀代の名人、撫でるようにそっと当ってしかも布を裂くような刃鳴がする、と誉め称えて、いずれも紋床々々と我儘を承知で贔屓にする親方、渾名を稲荷というが、これは化かすという意味ではない、油揚にも関係しない、芸妓が拝むというでもないが、つい近所の明治座最寄に、同一名の紋三郎というお稲荷様があるからである。
「お前どこかでまた酒かい。」と客は笑いながら、
「珍しくはないがよく怠惰けるなあ。」
「何、今度ばかしゃ仲間の寄でさ、少々その苦情事なんでして、」
「喧嘩か。」
「いいえ、組合の外に新床が出来たんで、どうのこうのって、何でも可いじゃあがあせんか、お客様は御勝手な処へいらっしゃるんだ。一軒殖えりゃそいつが食って行くだけ、皆が一杯ずつお飯の食分が減るように周章てやあがって、時々なんです、いさくさは絶えやせん。」
「それじゃあ口でも利かされたのかね。」
「ならび大名の方なんでさ。」
「それに何も二日かかることはないじゃないか。」
「すっかり御存じだ。」と莞爾する。
「だっておい四度素帰をしたぜ、串戯じゃあない。ほんとうに中洲からお運び遊ばすんじゃあ、間に橋一個、お大抵ではございませんよ。」
「おや、母親がいった通り。」
「貴客、全くそう申すんでございますよ。」と長火鉢の端が見えて、母親の声がする。
「ははははは、旨くやりましたね、(ほんとうに中洲からお運び遊ばすんじゃあ間に橋一個、お大抵ではございません。)ッさ、え、旦那、先刻親方が帰りました時に内のお婆さんがその通りいいました。ねえ、親方、どうですお婆さん、寸分違わねえ、同一こッたい、こいつあ面白えや。」と少しかすれた声、顔をしかめながら嬉しそうに笑ったのは、愛吉といって、頬に角のある、鼻の隆い、目の鋭い、眉の迫った、額の狭い、色の浅黒い、さながら悪党の面だけれども、口許ばかりはその仇気なさ、乳首を含ましたら今でもすやすやと寐そうに見えて、これがために不思議に愛々しい、年の頃二十三四の小造で瘠ぎすなのが、中形の浴衣の汗になった、垢染みた、左の腕あたりに大きな焼穴のあるのを一枚引掛けて、三尺の帯を尻下りに結び、前のめりの下駄の、板のようになったのに拇指で蝮を拵えたが、三下という風なり。実は渡り者の下職人、左の手を懐に、右を頤にあてて傾きながら、ばりかんを使う紋床の手をその鋭い眼で睨むようにして見ているのであった。
客は向うへ足を伸して、
「そうだろう、人情は誰も同一だから言うことも違わないんだよ。」
「じゃあ何だ、内の母親もやっぱり同一ようなことを言ってましょう、ふふん、」と頤を支えたまま、頷くがごとくに言って笑を洩らす。
紋床は顔を斜に、ばりかんに頬をつけて、ちょいと撓めて、
「馬鹿をいいねえ、お前と同一にされて耐るもんか、人情は異らないでも遣り方が違ってらあな、おい、こう見えても母親にゃまだ米の値を知らせねえんだが、どうだ。」
「あれ、あんなことをいうよ、のうお槙。」と母親は傍なる女房に言葉を渡したらしい。
「ほほほほほ。」と、気の無さそうに若い女が笑った、と思うと嬰児がおぎゃあと泣く。
紋床はばりかんの歯を透して、フッと吹き、
「おっとまず黙ってあとを聞くことさ。さよう米の値は知らせねえが、そのかわり〆高で言訳をさせますか。」
「違えねえね。」
「黙れ! 手前が何だ、まあお聞きなさいまし、先生。」
客はこの近辺の場所には余り似合わぬ学生風、何でも中洲に住んでるとより外悉しくは知らないが、久しい間の花主で紋床はただ背後の私立学校で一科目預っている人物と心得て、先生、先生と謂うが、さにあらず、府下銀座通なる某新聞の記者で、遠山金之助というのである。
「どうでございます、この私に意見をしてくれろッて、涙を流して頼みましたぜ、この愛的の母親が、およそ江戸市中広しといえども、私が口から小可愧くもなく意見が出来ようというなあ、その役介者ばかりでさ、昔だと賭場の上へ裸でひッくり返ろうという奴なんで、」
「何を、詰らねえ、」
「いいえ賭博は遣りません、賭博は感心に遣りませんが、それも何幾干かありゃきっとはじめるんでさ。それに女にかからずね、もっともまあ、かかり合をつけようたッて、先様が取合わねえんですからその方も心配はありませんが、飲むんです。この年紀で何と三升酒を被りますぜ、可恐しい。そうしちゃあ管を巻いて往来でひッくり返りまさ、病だね。愛、手前その病気だけは治さないと不可えぜと、私あこれでも偶にゃあ親身になっていうんです、すると何と、殺されても恨まないから五合買っとくんなさい、とこうでしょう、言種が癪に障るじゃありませんか。」
愛吉は何にもいわず、腕を拱いて目を外して、苦言一針するごとに、内々恐縮の頸を窘める。
紋床は構わず棚下、
「活きるか死ぬかというこれが情婦だったって、それじゃ愛想を尽しましょう、おまけにこれが行く先は、どこだって目上の親方ばかりでさ、大概神妙にしていたって、得て難癖が附こうてえ処でその身持じゃあ、三日と置く気遣はありやしません。もっとも三日なんて置こうものなら、はじめの日は朝寝をして、次の夜は内をあけて、三晩目には持遁をしようというもんだ。」
「まさか、」といって客の金之助は仰向けに目を瞑る。
愛は小指のさきで耳朶をちょいと掻いて、
「酷いなあ、親方。」
「まあそういった形よ、人情は同一だから、」
「何が人情、」
「そうじゃないか、だってお前真似をするにも好いことはしたがらねえだろう、この間もね、先生、お聞きなさいまし。そういう風だから山手も下町も、千住の床屋でまで追出されやあがって、王子へ行きますとね、一体さきさき渡がついてるだけにこちとらの稼業はつきあいが難かしゅうがす、それだのにしばらく仕事をさしてもらおうというその初対面の許で、宿の中ほどの硝子戸をあけると、突然、私あ忙しい身体でござえして……とこうさ。
どうです言種は、前かど博徒の人殺兇状持の挨拶というもんです。それでなくッてさいこの風体なんですもの、懐手でぬッと入りゃ、真昼中でもねえ先生、気の弱い田舎なんざ、一人勝手から抜出して総鎮守の角の交番へ届けに行こうというんでしょう。
この頃は閑だからと、早速がりを食って奴さん行処なし、飲んだ揚句なり、その晩はとうとうお宮の縁の下に寝ましたッさ。この真似もまた宜しくねえてね。
仕方がねえんで舞戻って例のごとく親方済みません、が呆れたもんです。そうして私が忙しい体でござえして、とこういう塩梅に遣ッつけました。目を円くして驚きゃあがって、可笑しゅうがしたぜ、飛んだ面白えやと、それを嬉しがっていやあがる、始末におえねえじゃアありませんか。それがまた似合うんです、ちょいとこんな風、」と紋床も好事なり、ばりかんを持ったままで仕事の最中。
「成程、」といって金之助も故とらしく振返った。
愛は極悪げに、
「親方沢山だ、何も身振までするこたアありません。」と愛くるしい件の口許で、べそを掻くような(へ)の字形。
「私にゃ素直だから可愛いんですがね。どうだこう改って言われちゃあ余り見ッとも好いこッちゃあるめえ、ちっと気をつけるが可いぜ、え、愛的。」
「可いやさ、罷違えばという覚があるから世の中を何とも思わんだろう、中々可い腕があるんだっていうじゃあないか。片腕ッていう処だが、紋床の役介者は親方の両腕だ、身に染みて遣りゃ余所行の天窓を頼まれるッて言っていたものがあるよ、どうだい。」
「へ、……どういたして、こうなると私あ極が悪い、」と面を背けて、たじたじになった罪の無さ。
「ここらで発起をするこッた、また三晩ばかしあけたというじゃあないか。あのここな、」というのがちと仮声になりかけたので、この場合吃驚し、紋床は声を呑んでくすりと笑う。
「ですがね親方、今度ばかりゃ、」と愛吉は屹と真面目。
「どうした。」
「ええ、何ね、少し面白くねえ、馬鹿に癪なことがあって、腹が立って、私あ腹が立ってならねえんで、」と愛はいう内にもその迫った眉を動かすのであった。
紋床は、しばしばあって、珍しからぬ、愛吉がかかる様子に馴れて、いうことを何とも思わず、
「妙だな、お前また腹が立って為様がないから、そこで身体を寝かしていたろう。」
「親方、茶かさずにさ、全くだね、私あ何だ、演劇でする敵ッてものはちょうどこんなものだろうと思いますぜ、ほんとうに親の敵。」
「可い気なことを言ってらあ、お前母親は死んでやしねえじゃないか、父爺の敵なら中気だろう、それとも母親なら、愛的、お前がその当の敵だい。」
「何だってね。」
「苦労をさせるからよ。」
「気が早いや親方、誰も権太左衛門に母親が斬られたとは言やしません、私あ親の敵と思う位、小癪に障る奴が出来たッていうんです。」
「はてな。」
「それでね、出来るものならふん捕えて畜生撲殺してやろうと思って、こう胸ッくそが悪くッて、じっとしていられねえんで、まったくでさ、ふらふらして歩行いたんで。」
「待ちねえ、おい、お前感心だな、ははあ解ったい、そうするとお前は大望のある身体だ、その敵討をしようという。」
「そうですよ。」と真顔でいった。
「そうですよもねえもんだ、何だな、それがために浮身を窶し、茶屋場の由良さんといった形で酔潰れて他愛々々よ。月が出て時鳥が啼くのを機掛に、蒲鉾小屋を刎上げて、その浴衣で出ようというもんだな、はははは。」
「ようがすよ、もう沢山だ、何もそんなに改って今日という今日、脂を取んなさるこたあねえ、食潰しの極道にゃあ生れついて来たんだもの、天道様だって数の知れねえ人形を拵えるんだ、削屑も出まさあね、」と正直なだけに怒りッぽい、これでもまだ若いんだから、愛吉は拗ね気味で横を向く。
「ほい、気に障ったら堪忍しねえ、言ったって治らねえ位のこたあ知ってるんだい、言葉の機よ、己だってまだ人に意見を言う親仁形は役不足だ、可いや、喧嘩なら加勢をしよう、対手は何だ。」
「そ、それがね親方、」とたちまち嬉しそうな顔色で、
「ちっと組合違いの人間でさ。」
「ふむ、船頭か。」
「いいえ。」
「馬士か。」
「詰らねえ。」
「まさか乳母どんじゃあるめえな。」
「親方、真面目に聞いておくんなさいというに。聞くだけで可いんだから、私あまた話すだけでもちったあ胸が透くだろうと思うんで。へい、ここの処へ込上げて来やあがって。」と手を懐にしたまま拡げた胸に斜にかかってる守の紐の下あたりを、はたはたと叩いて見せる。
「可し可し、私が聞こう、どうしたんだ。」
「先生、聞いておくんなさるかい、難有え、こりゃ先生だとなほわかりが早い、対手はね、先生なんざ御存じじゃありませんか、歌の師匠ですよ。」
紋床は口を挟んで、
「ああ、中洲の清元の。なるほどこいつあ大望だ、親の敵より大事に違えねえ、しかし飛んだ気になったぜ、愛、お前ありゃあ不可えや、まるで組合が違ってらあ。」
「何がえ、親方。」
「お津賀さんのことだろう。」
「ありゃ、師匠じゃありませんか。」
「唄の師匠よ。」
「何を、私なあ味噌一漉てえやつなんです。」
「味噌一漉? ああ三十一文字か。」
「その野郎だ。」と、愛吉は胸を張った。
「歌の先生、三十一文字の野郎で、それが敵、へい、」とばかりで紋床も変に思い、金之助もその意を得ない様子である。
愛吉は熱心面に顕れ、
「先生、貴客知っていらっしゃりやしませんか、その三十一文字の野郎てえのを、」
「何というね、そしてどこの、」
「居る処は根岸なんで、」
「根岸か、」
「へい、根岸の加茂川亘ッてんです。」
「加茂川亘。」と金之助は口の裡でその名を言った。
紋床は背後へ廻って、
「神主様みてえだな。」
金之助は更めて打頷き、
「有名な先生だ、歌の、そうそう。書も能くお書きになるぜ。」
「知ッてますよ、手習師匠兼業の奴なんで、媽々が西洋の音楽とやらを教えて、その婆がまた、小笠原礼法躾方、活花、茶の湯を商う、何でもごたごた娘子の好な者を商法にするッていいます。」
「ははあ何でも屋だな、場末の荒物屋にゃあ傘まで商ってら、行届いたものだ。虱でも買いに行って捻ってやれ、癖にならあ、どうせ碌な者は売るんじゃあねえ。」と紋床は話が実で、ものになりそうな卵だと見て取ると、面白しで大に煽る。
金之助は驚いて、
「馬鹿なことを言え、罰の当った、根岸の加茂川と来た日にゃあ、歌の先生でも皆が御前々々と言う位なもんだ。宴会のあった時、出ていた芸妓が加茂川さんちょいとと言ったら、売女風情が御前を捉えて加茂川さん、朋友でも呼ぶように失礼だ、と言って、そのまま座敷を構われた位な勢よ。高位高官の貴夫人令嬢方、解らなけりゃ、上ツ方の奥様姫様方、大勢お弟子があるッさ、場末の荒物屋と一所にされて耐るもんか、途方もない。」
「何でも、馬車だの腕車だのが門に込合ってるッて謂いますね。」
「そうだろうとも。」
「何だか知らねえが癪に障るッたらないんです。」
と愛吉はさも口惜しそうである。
「おい、その方が敵かい。」
「お前また妙な敵を持ったもんだな、金と女なら私だって殺してえほど怨があらあ、先の中洲の清元の師匠の口だと、私も片棒担ぐんだが、困ったな歌の先生じゃあ。お前どうした、狙ったか、」
「二晩ばかりつけました、上野の山ね、鶯谷ね、杖でも持ちゃあがって散歩とでも出掛けてみろ、手前活しちゃあ帰さねえつもりで、あすこいらを張りましたけれど、出ませんや。弱っちまいました、親方の前だけれども。髪結床の下職なんぞするもんじゃアありませんね、せめて字でも読めりゃ何とか言って近づくんですが、一の字は引張って、十文字は組違え、打交えは鷹の羽だと、呑込んでいるんじゃあ為方がありません、私あもう詰らねえ。」と力なさそうに投首をする。
「ああ、お互に不便なもんだ。」
「親方本当でございますね、酒の値は上りまさ、食る物は麺麭の附焼、鰻の天窓さ、串戯口でも利こうてえ奴あ子守児かお三どんだ、愛ちゃんなんてふざけやあがって、よかよかの飴屋が尻と間違えてやあがる、へ、お忝。」といって、愛吉はフンと棄鉢の鼻息。
「あいや、敵討のお武家、ちとお話が反れましたようですが、加茂川が何か君に恥辱でも与えたというのかい、」
「そうです、恥を掻かしやがったんで、対手は女ですよ。」
「何、女に恥辱を、待て、質の好くない奴だ。」
ちょうど洗いましょうという処、金之助は膝を叩き、四辺を払って、ついと立った。
「や、先生も味方らしい、こいつあ、難有えぞ難有えぞ。」
戴いたのは新しい夏帽子、着たのは中形の浴衣であるが、屹と改まった様子で、五ツ紋の黒絽の羽織、白足袋、表打の駒下駄、蝙蝠傘を持ったのが、根岸御院殿寄のとある横町を入って、五ツ目の冠木門の前に立った。
「そこです、」と、背後から声を懸けたのは、二度目を配る夕景の牛乳屋の若者で、言い棄てると共に一軒置いて隣邸へ入った。惟うにこの横町へ曲ろうという辺で、処を聞いたものらしい。加茂川の邸へはじめての客と見える、件の五ツ紋の青年は、立停って前後を眗して猶予っていたのであるが、今牛乳屋に教えられたので振向いて、
「は、」と、頷くと斉しく門を開けて透して見る、と取着が白木の新しい格子戸、引込んで奥深く門から敷石が敷いてある。右は黒板塀でこの内に井戸、湯殿などがあろうという、左は竹垣でここから押廻して庭、向うに折曲って縁側が見えた。
一体いつもこの邸の門前には、馬車か、俥か、当世の玉の輿の着いていないことはない。居廻の者は誰謂うとなく加茂川の横町を、根岸の馬車新道と称えて、それの狭められるために、豆腐屋油屋など、荷のある輩は通行をしない位であるが、今日は日曜故か、もう晩方であるためか、内も外も人少なげに森として、土塀の屋根、樹の蔭などには、二ツ三ツ蚊の声が聞えた。
されば敷石を鳴す穿物に音立てて、五ツ紋の青年はつかつかとその格子戸の前。
ちょうどここへ立った時分に、今開けた門の、からからと鳴る、ばねつきの鈴の音が止んで、あたかも可し、玄関へ書生が取次に顕れて、あえてものを言うまでもない。
黙って、坐って、手を支いて、顔を見て、澄して控える。
青年は格子戸を半ば引いたままで、慇懃に小腰を屈め、
「御免下さいまし。」
「はい。」
「ええ、お友達、御免下さいまし、御当家、」と極って切口上で言出した。調子もおかしく、その蝙蝠傘を脇挟んだ様子、朝夕立入る在来の男女とは、太く行方を異にする、案ずるに蓋し北海道あたりから先生の名を慕って来た者だろうと、取次は瞶めたのである。
青年はますます鄭重、
「いかがでございましょうか、お友達、御当家先生様にお目通が出来ますでございましょうか。」
「貴方はどちらから、」
「ええ、手前事は、ええ何でございまして、そのあれでございますよ。」
「はい、」
人の内の取次というものは、いかなる場合にも真面目なものなり。
「お友達御免を蒙ります、手前はその日本橋人形町通り、勝山と申しまして、」
「勝山さん、」取次は聞き馴れないという顔色。
「いえ、手前がその勝山と申すんじゃあございませんので、」
「ははあ、」
「御当家先生様の、ええ、お弟子でございまして、その勝山と申しますお嬢さんからちょいと頼まれました、手前使の者でございます、少々お目に懸りとうございますが、お宅でいらっしゃいましょうか、お友達、お取次を願いとう存じますんで、へい。」
「先生はお宅ですが、ちょいとお待ち下さい、」と妙な顔をして取次はくるりと入った、青年は我を忘れた風でひょいとその頸を縮めたが、立直って、えへん内証の咳一咳。
「さあ、こちらへ、私が加茂川で。はあ、」と仰向いて挨拶をする。これはあえて人を軽蔑するのでもなく、また自ら尊大にするのでもない。加茂川は鬼神の心をも和ぐるという歌人であるのみならず、その気立が優しく、その容貌も優しいので、鼻下、頤に髯は貯えているが、それさえ人柄に依って威厳的に可恐しゅうはなく、かえって百人一首中なる大宮人の生したそれのように、見る者をして古代優美の感を起さしむる、ただしちと四角な顔で、唇は厚く、鼻は扁い、とばかりでは甚だ野卑に、且つ下俗に聞えるけれども、静に聞召せ、色が白い。
これで七難を隠すというのに、嬰児も懐くべき目附と眉の形の物和かさ。人は皆鴨川(一に加茂川に造る、)君の詞藻は、その眉宇の間に溢れると謂うのである。
かかる優美な人物が、客に達するに(はあ、)の調子で仰向くとなっては、いささか性格において矛盾するようであるが、これをいう前に、その和のある優しい一双の慈眼を(はあ、)と同時に糸のように細うしてあたかも眠るがごとくに装うことを断っておかねばならぬ。
その上にいかなればしかするかの理由を説明したら、ますます鴨川の奥床しい用意のほどが知れるであろう。
紋床でも噂があった、なおこの横町を馬車新道と称えるのでも解る、弟子の数が極めて多い。殊に華族豪商、いずれも上流の人達で、歌と云えば自然十が九ツまで女流である。
それのみならず、令夫人が音楽を教えて、後室が茶の湯生花の指南をするのであるから。
若き時はこれを戒むる色にありで、師弟の間でもこの道はまた格別。花のごとく、玉のごとき顔に対して、初恋、忍恋、互思恋などという、安からぬ席題を課すような場合に、どんな手爾遠波の間違が出来ぬとも限らぬ。人木石にあらず己も男だ、と何も下司にタンカを切ったわけではない。歌人が自分で深く慮り、すべて婦人の弟子に対する節は、いつもその紅、白粉、簪、細い手、雪なす頸、帯、八口を溢れる紅、褄、帯揚の工合などに、うっかりとも目の留まらぬよう、仰向いて眼を塞ぐのが、因習の久しき、終に性質となったのである。もっとも有数の秀才で、およそ年紀二十ばかりの時から弟子を取立てた。十年一日のごとく、敬すべき尊むべき感謝すべき心懸けであるから、音楽に長けたる鴨川夫人が、かつて弟子の中の一人であったことをもって、毫も先生の品行を怪んではならぬ。
世には夫人が、おもて向き結婚してから八月目というのに、女児を流産したといって、云々する者もあるけれども、経典に言わずや、鶴は相見てすなわち孕む、それ歌人はこの濁世に処して、あたかも鳶烏の中における鶴のごときものであるから、結婚の以前、既に疾く児を宿さぬという数はあるまい、従って八月で流産しないとも限らぬのである。夫人は名を才子という、細川氏、父君は以前南方に知事たりしもの、当時さる会社の副頭取を勤めておらるる。この名望家の令嬢で、この先生の令閨で、その上音楽の名手と謂えば風采のほども推量られる、次の室の葭戸の彼方に薔薇の薫ほのかにして、時めく気勢はそれであろう。
五ツ紋の青年は、先刻門内から左に見えた、縁側づきの六畳に畏って、件の葭戸を見返るなどの不作法はせず、恭しく手を支いて、
「はじめましてお目に懸ります。」
「はあ、貴方がその勝山さんのお使?」と大人は紅革の夏蒲団の上に泰悠におわす。此方は五ツ紋の肩をすぼめるまで謹んで、
「さようでございます、へい。」
「御親類の方ですかね。」
「いえ、親類と申しますでもございませんが、ちと懇意に致しますもので、ついこの坂下まで手前用事で参りましたに就いて、彼家から頼まれまして、先生様の御邸へ伺いますように、かねてお世話に相成ります御礼を申上げますよう、またどうぞ何分お願い申上げまするようにと、ことづかりましたんで、へい、めっきりお暑うございますな、」といいながら、袂を探ると白地の手拭を取出して額を拭った。
「はあ、何、それはわざわざ。」
「実は母親が参ります筈なんでございますが、一体このとかく病身な上、貧乏暇なし、手もございません処から、相済みませんが失礼をいたしまして、」といいかけてまた額の汗を。見る処人形町居廻りから使に頼まれたというが堅気の商人とも見えず、米屋町辺の手代とも見えず、中小僧という柄にあらず、書生では無論ない。年若には似ない克明な口上振、時々ものいいの渋るといい、何でも口うつしに口上を習って路々暗誦でもして来たものらしい。
かかる肌違のものに対しては、鴨川大人口を開いて、あえて上五文字をも吐くに当らず、
「はあ、」とばかりである。
葭戸を下の方から密と開けて、大形の茶碗の底へ、ぽっちり入った結構らしいのを、畳の上へ辷らすようにして客の前に推して据えた、高島田の面長で色の白い、品の可い、高等な中形の浴衣、帯をお太鼓に結んだ十九ばかりの美人。
五ツ紋の青年は、斜にちょっと見たばかりで、はッと言って頭を下げ、
「恐入ります奥様、ええお控え下さいまし、手前から申上げます、日本橋区人形町通、」と俯向いたまま手をついて言った。
茶を持って出た美人は、敷居の外へ半分ばかり出した膝を揃えて支いたまま、呆気に取られたが、上目づかいで鴨川の面を窺うと、渠は目を瞑って俯向きながら、頤髯のむしゃとある中へ苦笑を包んで、
「可し、」と頷いて見せたので、葭戸を閉ててすっと消える。
「小間使でありますよ。」と教えたが、耐りかねたか、ふふと笑った。青年の茫然拍子抜のした顔を上げた時、奥の方で女の笑声。
此方は面を赤うして、手拭を持った手を額にあて、
「これはどうも、手前不束ものでございます、へい、実は奥様にはお目に懸ってよく御礼をと申しつけられましたものでございますから。ええ、何でございましょうか、奥様はお邸でいらっしゃいましょうか。」
「はあ、居りますが。」
「いかがでございましょう、ちょいとお目に、」と御身分柄、お家柄、総じては日本の国風を心得ないことを言うのである。
鴨川は眉を顰めたが、さあらぬ調子で、
「面会日は別にあるです。」
「へい?」
「あれが皆様に別に面会しますのは水曜の午後です。」
「水曜の午後でございますか。」
鴨川は至極冷淡に、
「はあ、」
五ツ紋の青年は何か仔細ありげに、不心服の色を露わした。
「ですが、何も別してお手間は取らせません、ちょいといかがでございましょう。」
「誰にも皆そういうことになっておるですから、」
「へい、ごもっとも様ですが、そこン処をそのお繰合せ下さいまして。」
「たってお逢いなさりたい⁉」と鴨川大人きっぱりとなる。
五ツ紋は慌てた形で、
「いえ、たってと申す訳ではございません。」
「そして何の用ですな。」と改まって尋ねられた。
「その勝山から託りましたので、奥様にもお目にかかって御挨拶を。」
「はあ、何、それなれば別にお会い下さるにも及びませんですよ、私から申聞けましょう。そして遠い処をわざわざおいで下さるにも及ばんでした、貴方御苦労でしたな、宜しくどうぞ、ちとこれから出懸けんければならんですから。」
歌人の住居も早や黄昏れるので、そろそろ蚊遣で逐出を懸けたまえば、図々しいような、世馴れないような、世事に疎いような、また馬鹿律義でもあるような、腰を据えた青年もさすがにそれと推した様子で、
「これはどうも飛んだお邪魔をいたしましてございます、勝山のあの娘も不束なものでございますから、どうぞまた先生様、何分、」と、ここでまたぴったりと平蜘蛛。
「はあ、それは宜しい、」ともう片膝を立てそうにする。
青年も座を開いてちょいと中腰になったが、懐に手を入れると、長方形の奉書包、真中へ紅白の水引を懸けてきりりとした貫目のあるのを引出して、掌に据え直し、載せるために差して来たか、今まで風も入れなんだ扇子を抜いて、ぱらぱらと開くと、恭しく要を向うざまに畳の上に押出して、
「軽少でございますが、どうぞお納を。」
と見ると金子五千疋、明治の相場で拾円若干を、故と古風に書いてある。
「ああ、こういうことをなすっては可けません、そのために、ちゃんと月謝をお入れになることにしてあります。」
「さようおっしゃりましてはお可愧しゅうございます、誠にお麁末で、どうぞ差置かれまし。」
「そうですか、皆様にもうかねてお断がしてあるんだのに、何かこういう御心配をなさるから困るよ、ああ、とかく御婦人方は、」と云いながら、その細い目でふと葭戸の内を見着けた。
「おお、お才、そこに……お前差支えがなくばちょっとお逢いなさい、こちらで、」と声を懸ける。
「はい、」と案外軽い返事、さやさやと衣の音がして葭戸越に立姿が近いたが、さらりと開けて、浴衣がけの涼しい服装、緋の菱田鹿の子の帯揚をし、夜会結びの毛筋の通った、色が白い上に雪に香のする粧をして、艶麗に座に着いたのは、令夫人才子である。
「いらっしゃい、誰方、」と可愛い目で連合の顔をちょいと見る、年紀は二十七だそうだが、小造で、それで緋の菱田鹿の子の帯揚という好であるから、二十そこそこに見える位、もっとも十九の時児髷に結った媛で、見る者は十四か五とよりは思わなかった。早朝上野の不忍の池の蓮見に歩行いて、草の露のいと繁きに片褄を取り上げた白脛を背後から見て、既に成女の肉附であるのに一驚を喫した書生がある、その時分から今も相変らず、美しい、若々しい。
不意の見参といい、ことに先刻小間使を見てさえ低頭平身した青年の、何とて本尊に対して恐入らざるべき。
黙って額着くと、鴨川大人は御自慢の細君、さもあらんという顔色、ぐッと澄して、
「勝山さんの使の方です。」
「そう、貴方よくいらっしゃいましたね、勝山さん、あのお夏さん、お変りはないの、ああ、ついこないだおいでなすったのね。」ともっての外御懇のお言葉。
「人形町からでは随分ある。」と鴨川は打頷く。
「貴方もあの辺なんですか。」
青年はやっと口が利けた。
「へい、近所でございまして、」
「遠いんですね、腕車でも随分暑かったでしょう、宅に居りましても今日あたりはまた格別なんです、」といいながら純白な麻を細く襲ねた、浴衣でも上品な襟を扱いて背後を振向き、
「定や、団扇を持っておいで。」
小造な若い令夫人は声を懸けて向直ったが返事をしなかったので、
「貴方憚り様ですが呼鈴を、」とお睦まじい。
すなわち傍なる一閑張の机、ここで書見をするとも見えず、帙入の歌の集、蒔絵の巻莨入、銀の吸殻落などを並べてある中の呼鈴をとんと強く、あと二ツを軽く、三ツ押すと、チン、リンリンリン──と鳴る、ばたばたと急いで来て、
「はい、」といって顔を出した以前の小間使、先刻意を了したと見えて二本ばかり団扇をそれへ差出す折から、縁側に跫音して、奥の方から近いたが、やがてこの座敷の前の縁、庭樹を籠めて何となく、隣家のでもあるか蚊遣の煙の薄りと夏の夕を染めたる中へ、紗であろう、被布を召した白髪を切下げの媼、見るから気高い御老体。
それともつかぬ状で座敷を見入ったが、
「御客様かい、貴方御免なさいよ。」といって座に着いた。
「灯をね、」と顔をさし寄せて、令夫人は低声でいう。
夕暮の徒然、老母も期せずしてこの処に会したので、あえて音楽に関して弟子に対する他は、面会日が水曜と触の出た令夫人が、次の室に居合せたり、奥深く世を避けておわす老母が縁側に来合せたりするのが、謝礼金五千疋を持参の者に対する鴨川家の家風ではない。青年は蓋し期せずして拝顔を得たのであった。
「お初に。どちらの、」とこれも鴨川をちょいと御覧ずる。
「勝山さんのお使ですって、」と令夫人傍から引取って引合せる。
「おお、あの何か江戸ッ子の、いつも前垂掛けでおいでなさる、活溌な、ふァふァふァ、」と笑って、鯉が麩を呑んだような口附をする。
ト一人でさえ太刀打のむずかしい段違の対手が、ここに鼎と座を組んで、三面六臂となったので、青年は身の置場に窮した形で、汗を拭き、押拭い、
「へい飛んだ御厄介様で、からもうお転婆でございまして、」
「可いさ。だがの、内なぞは傍のおつきあいがおつきあいじゃで、そこはまたな、御婦人じゃから直接にいっては赤い顔でもなさると悪いで申さんじゃったが、前掛は止して袴になさるなぞは、まず第一のお心懸じゃよ。いや、しかし貴方の前じゃけれどお夏さんは珍しい御容色よし、ほんのこと内なぞはおつきあいがおつきあいじゃから、御華族様から大商人方の弟子も沢山見えるけれど、品といい様子といいあのお娘が一番じゃ。よくしたもので、上つ方はまあ少々はおでこでもそこは事が済みますが、下々の娘が出世をしようというには、さらりと打明けた処で容色じゃ。面じゃの、ふァふァふァ、お夏さんなぞは心懸次第またどんな出世でも出来るのじゃ、こっちへ出入ってござればおつきあいがおつきあいじゃから、ふァふァふァ。」と鯉呑麩の口、蕪村がいわゆる巨口玉を吐く鱸と相似て非なるものなり。
青年はこれに答うる術も知らぬ状に、ただじろじろと後室の顔を瞻ったが、口よりはまず身を開いて逡巡して、
「ええ、からもう、」というばかり、逡巡の上に、なおもじもじ。
「一体何じゃ、内へござる他の方とはちと気風が違っていなさるから、その辺が何となく御身分のある方とはお交際がなさりにくいのじゃ、それも心懸一ツで、の、ああどうともなります。」と念を入れて喋舌れば顔も動くし、白い切髪も動いたのである。
「さようでございましょうか、へい、」といってこの泥に酔ったような、哀な、腑効ない青年は、また額を拭った。汗は流るるばかり、ほとんど取乱した形に見えたので、夫人才子は、さすがに笑止とや思しけん、
「貴方まあお羽織をお脱ぎなさいましよ。」と深切におっしゃりながら、団扇使の片手煽に、風を操るがごとくそよそよと右左。
勿体ない、この風にさえ腰も据らないほど場打のしている者の、かかる待遇に会して何と処すべき。
青年はそわそわしたが、いつの間にか胸紐を外して、その五ツ紋を背後にはらりと、肩を辷らして脱いだのである。
「じゃあ御免を被って遣つけますぜ。」と素頂天にぞんざいな口を切って、袂の下を潜らすと、脱いだ羽織を前へ廻して、臆面もなく、あなた方の鼎に坐った真中で、裏返しにしてふわりと拡げた。言語道断、腕まくりで膝を立て、
「借もんだからね、皺にしちゃあ動きが取れませんや、」と、切上った眦に筋を集めてニヤリと笑った。
余りの思懸けなさに、鴨川の一家、座にある三人、呆気に取られる隙もなく、とばかりに目を見合せた。中にも才子はその衝に当ったから、風が止んだようにじっとする。
青年は身を斜めに、肩を揺って才子に突懸け、
「煽ぎねえ、へ、奇代な風だ、心持の可い日和だい。遠慮をするこたあねえぜ。こう聞きねえ、実はその団扇使を待ってたんだ。様あ見やがれ、」というと、嶮のある目を屹と見据え、今なお座中に横わって、墨色も鮮に、五千疋とある奉書包に集めた瞳を、人指指の尖で三方へ突き廻し、
「誰を煽いだつもりだよ、五千疋のお使者が御紋服の旦那だと思うと、憚んながら違います。目先の見えねえ奴等じゃあねえか、何だと思ってやあがるんだ。手前ことはね、おい、御当所日本橋は人形町通よ、赤煉瓦の学校裏、紋床に役介になっている下剃の愛吉てえ、しがねえものよ。串戯じゃあねえ、紙包の上書ばかり下目遣いで見てないで、ちッたあ御人体を見て物を謂いねえ。」
「これ!」と向直って膝に手を置いた、後室は育柄、長刀の一手も心得ているかして気が強い。
「何を。」
「何じゃな、汝は一体、」と大人は正面に腕を組む。令夫人はものもいわず衝と後向きになりたまう。後室は声鋭く、
「無法者め!」
「いよ。お婆々、聞えます聞えます、」
羽織を脱いで本性をあらわした、紋床の愛吉は薄笑をして、
「歌の先生、どうだ歌先、ちょっと奥さん、はははは、今日ア。」と、けろりと天井を仰いだが、陶然として酔える顔色、フフンといって中音になり、
「──九は病五七の雨に四ツひでりサ──」
襖も畳も天井も黄昏の色が籠ったのに、座はただ白け返った処へ、一道の火光颯と葭戸を透いて、やがて台附の洋燈をそれへ、小間使の光は、団扇を手にしたまま背向になっている才子の傍へ、そッと差置いて退ろうとする。
「待ちねえ。」
というが疾いか、愛吉は手を伸してむずとその袂を捉えた。
「あれ、」
「遁げるない、どうだ、謂うことを肯かねえか、応といやあ夫婦になるぜ。」
「御串戯を遊ばしまし、」と女中は何事も知らないのであるから、つい通りの客とばかり、酒も飲まないのにと、驚いて変に思う。
「何、串戯なものか真剣だ、ずっと寄んねえ、内証話は近い方が可い、」と、ぐいと引くと、身体が斜に靡く処を、足を挙げて小間使の膝の上に乗せた、傍若無人の振舞。
「何をするか、」
「光!」と堪りかねて大人と後室、一は無法者を、一は小間使を、ほとんど同時に同音に叱咤した。
小間使こそ、膝は犯される、主人には叱られる、ばたばたと身を悶え、命の瀬戸際と振放してフイと遁げた。
愛吉は腕を反し、脚を投出したまま哄然として、
「ははははおもしろい、汝! 嫌われて何がおもしろい。畜生、」と自ら嘲って、嚔を仕損ったように眉を顰め、口をゆがめて頬桁をびっしゃり平手でくらわし、
「様あねえ、こんなお大名の内にも感心に話せそうなのが居ると思ったがやっぱりいけねえ、ぐうたらのおたんちんだ。我が顔つきが気に喰わねえそうだ、分らねえ阿魔じゃあねえか。やい、」と才子が踵をかさねた腰に近き、その脚で畳を蹴たが、頤を突出した反身の顔を、鴨川と後室の方へ捻向けて、
「汝等一体節穴を盗んで来て鼻の両方へ御丁寧に並べてやあがるな。きょろきょろするない、こう睨むない、蛙になるぜえ、黙って目を瞑って、耳の穴を開けて聞け。私等が畠のよ、勝山さんのお夏さんを何だと思ってるんだ、何と見損いやあがったい、いけ巫山戯た真似をしやあがって、何だ小股がしまってりゃ附合がむずかしい? べらぼうめ、憚んながら大橋からこっちの床屋はな、山の手の新店だっても田舎の渡職人と附合はしねえんだ、おともだち、お気の毒だが附合はこっちでお断だ。
それもよ、行儀なら行儀をしつけようてえ真実からした事なら、どうせお前達はお夏さんにゃあお師匠様だ、先生だ、私が紋床の拭掃除をするのと異りはねえ、体操でも何でもすら。そうじゃあねえか、これがな、お前か、婆か、またこの御新造様なら仔細はねえ、よしんば仔細があった処で泣く子と地頭だ、かれこれいって来る筋じゃあねえ。へん、何曜日とやらの午後でなくっちゃあ面あ出さねえとおっしゃる方が、少しばかり実のある紙包が出ると、たちまちおひきつけへ出てござって、どうだい、下剃のこの愛的を団扇で煽ぐだろうじゃねえか。第一、婆の空お世辞が気にくわねえや、何ていう口つきだ、もう一度あの、ふァふァを遣らねえか。いや、譬えようのない異変な声だぜ、その饒舌る時の歯ぐきの工合な、先生様の嫌な目つきよ、奥方のこの足のうらまでちゃんと探鑿が届いて、五千疋で退治に来たんだ、さあ、尋常に覚悟をしやがれ、此奴等!」
愛吉は痩せたのを高胡坐に組んで開き直る。
「震えるない震えるない、何もそう、鮭の天窓を刻むようにぶりぶりするこたあねえ、なぐり込に来たのなら、襷がけで顱巻よ、剃刀でも用意をしていらあ。生命に別条はねえんだから騒ぐにゃあ当らねえ、おう、奥様ちょいと、おい、先刻のようにお暑うございますとか何とか謂って、その団扇で私をば煽いでくんねえ、煽ぎねえよ、さあ煽げ、煽げ、煽がねえかい。」と、愛吉は目の色の変るまで対手の三人を屹と睨めて、手も足も突張返った。
「母様、」と才子は衝と身を起しざまに、愛吉を除けて起った。
「貴郎もお立ちなさいまし、狂人ですわ。」と、さも侮り軽んじたごとき調子で落しめて言うのに和して、
「狂人だ。」
「うむ狂人じゃ、巡査に引渡すが可いじゃろ。」
「さあ、引渡せ、そうでなきゃあ団扇で煽げ、」と愛吉は仰向けに寝て大の字形、挺でも動きそうな様子はない。謂う処に依れば才子に思うさま煽がせさえすれば、畳に生した根も葉も無く、愛吉は退散しそうに見える。
按ずるに煽ぐという字は火偏に扇である、しかればますます奴の燄が盛になっても、消えて鎮まるべき道理はないが、そのかかることをいい、さることを為すは、深き仔細があったので。
愛吉は紋床で謂った、鴨川はその敵で親の仇とも思う怨がある、それは渠がかねて愛顧を蒙る勝山の女お夏というのに就いたことである。
今より五日ばかりの前、振袖立矢の字、児髷、高島田、夜会結などいう此家に出入の弟子達とは太く趣の異なった、銀杏返の飾らないのが、中形の浴衣に繻子の帯、二枚裏の雪駄穿、紫の風呂敷包、清書を入れたのを小さく結んで、これをまくり手にした透通るように色の白い二の腕にかけて、その手に日傘をさした下町の女風、服装より容色の目立つのが一人、馬車新道へ入って来たことがあろう、それがお夏であった。
お夏は人形町通の裏町から出て、その日、日本橋で鉄道馬車に乗って上野で下りたが、山下、坂本通は人足繁く、日蔭はなし、停車場居廻の車夫の目も煩いので、根岸へ行くのに道を黒門に取って、公園を横切った。
あとさき路は歩いたり、中の馬車も人の出入、半月ばかりの旱続きで熱けた砂を装ったような東京の市街の一面に、一条足跡を印して過ったから、砂は浴びる、埃はかかる、汗にはなる、分けて足のうらのざらざらするのが堪難い、生来の潔癖、茂の動く涼しい風にも眉を顰めて歩を移すと、博物館の此方、時事新報の大看板のある樹立の下に、吹上げの井戸があって、樋の口から溢れる水があたかも水晶を手繰るよう。
お夏は翳していた日傘の柄を横に倒して熟と見たが、右手に商品陳列所の外囲が白ずんで、窓々の硝子がぼやけて見えるばかりか、蝉の声さえ地の下に沈んで、人気はなく、近づいて来る跫音もしない。もっともここに来る道で谷中から朝顔の鉢を配る荷車二三台に行逢ったばかりであるから、そのまま日傘を地の上へ投げるように置いて、お夏は吻といきをついた。
腕にかけていた紫の風呂敷包は、輪を外して日傘の上。お夏は袂から手巾を出して、件の水に浸しながら、手を拭い、襟を拭い、胸を拭い、足を冷して埃を洗って、颯とあとを絞出したが、懐にせんも袂にせんも、びっしょり濡れているから、手巾をそのまま日傘の柄に持ち添えて、気軽に雪踏ちゃらちゃらと、鴨川が根岸の家へ急いだのであった。
鶯谷を下りて御院殿を傍に見て、かの横町へ入ると中ほどの鴨川の門の前に、二頭立の馬車が一台、幅一杯になって着いていた。
月に三度あるいは二度、十四から通うて二十の今まで、いわゆる玉の輿がこの門に在ることは、あえて珍しくはないのであったが、かくまで道を塞いで、縦に横附けになっていたのは、はじめて。
もとより豆腐売、油屋など、荷のある類はあらかじめこの一条の横町は使わぬことになってるけれども、人一人、別けて肩幅の細りした女、車の歯を抜けても入られそうに見えるけれども、逞しい鼠色の馬の面が、小鼻を動かし、呼吸を吹いて正面に門の処に並んでいるので、お夏は日傘を楯にしてあなたこなた隙間を差覗くがごとくにしたが進みかねた。
(どなたか、ちょいと、私、用があるんですから。)
声を懸けると三人が三人、三体の羅漢のように、御者台の上と下に仏頂面を並べたのが、じろりと見て、中にも薄髯のある一体が、
(用があるなら勝手口へ廻れ、)とつッけんどんに陀羅尼音でいったのである。
対手は馬二匹と男が三人、はじめから気を呑まれてお夏は、
(はい、)といって、小戻をして、黒塀の板戸の角、鴨川勝手口とある処へ引返したが、何となくその首を垂れた。
されば誰憚るというではないが、戸を開けるのも極めて内端じゃあったけれども、これがまた台所の板の間に足を踏伸ばし、口を開けて眦を垂れていた、八ツさがりの飯炊の耳には恐しく響いたので、(騒々しいじゃあないか、誰だよ。)と頓興に、驚かされた腹立紛れ。勝手口から入るものには、この位なことをいって差支えないのであろう。
(お休みの処を、済みません、)と丁寧に小腰を屈めて挨拶をしたが、うっかり禁句とは心着かなかった。飯炊は面を膨らして、
(へん、ちゃぶ屋の姉さんじゃあるまいし、夜更にお客は取りませんからね、昼間寝たりなんかしませんよ、はい、憚様でございますよ、空いたのはそこに出してあら、)といいずてに伸をして、ふてくされてふいと立った。小間使はともあれ半季がわりの下働きは、上の弟子なる勝山さえを知らずして、その浴衣、その帯、その雪踏、殊に寝惚目なり、おひるに何か取ったらしい、近い辺の鳥屋の女中と間違えたのである。お夏は思わず、芙蓉の顔に紅を灌いだ。
飯炊が居なくなっては袴を穿いた例の書生が取次に出る場所ではない、勝手は分らず、啣えて振りつけられたような山出しのむく犬を、また呼び出そうという声は持たず、お夏は人いきれに悩んだごとくうっかりして彳んだが、我知らずうるんだ目の眦の切れたので左手を見ると、見透さるる庭の模様、百合の花にも、松の木の振にも、何となく見覚えがある、確に座敷から眺めの処、師の君は彼処にこそ。
お夏は身を忍ぶがごとく思いなしつつ。
鳳仙花の、草に雑って二並ばかり紅白の咲きこぼるる土塀際を斜に切って、小さな築山の裾を繞ると池がある。この汀を蔽うて棚の上に蔓り重る葡萄の葉蔭に、まだ薄々と開いたまま、花壇の鉢に朝顔の淡きが種々。
あたかもその大輪を被いだよう、絽の羅に紅の襦袢を透して、濃いお納戸地に銀泥をもって水に撫子を描いた繻珍の帯を、背に高々と、紫菱田鹿の子の帯上を派手に結んだ、高島田で品の可い、縁側を横にして風采四辺を払うのが、飛石にかかると眩くお夏の瞳に映じた。
机を置いてこれに対し、浴衣に縮緬の扱帯を〆めて、肱をつき、仰けざまの目を瞑るがごとくなるは、謂うまでもなく鴨川であった。
二人の中に、やや座を開いて控えたのは、すなわちこれ才子の御方。
お夏は蝶々髷の頃から来馴れているし、殊にその時三人が座を構えたる一室のごとき、いつも入込に教を授かる、居心の知れた座敷ではあったけれども、不断とは勝手が違った庭口から案内なしの推参である上に、門でも裏でも取ってつけない挨拶をされた先刻の今なり、来客の目覚しさ、それにもこれにも、気臆れがして、思わず花壇の前に立留まると、頸から爪さきまで、木の葉も遮らず赫として日光が射した。
才子は正面に、鴨川は横目に、貴なる令嬢を振返って、一斉に此方を見向いた時、お夏は会釈も仕後れて、畳んだ手巾を掻撮んで前髪の処に翳したのである。
応とでも言葉がかかれば、取縋る法もあるけれども、対手方はそれなり口も利かなかった咄嗟の間、お夏は船納涼の転寝にもついぞ覚えぬ、冷たさを身に感じて、人心地もなく小刻につかつかと踵を返した。
鳳仙花の咲いた処でぬっと出て来たのは玄関番、洗晒した筒袖の浴衣に、白地棒縞の袴を穿いた、見知越の書生で、
(やあ、貴女でありますか、勝手に居た女中が女の明巣覗が入ったっていうですからな。はははは、何を寝惚けおって。さあ、お通りなさいまし、馬鹿な、)と気抜けのした様子。
(はい、御門の処に馬車が居て恐うございましたから間違えてこっちへ参りました、どうも失礼。)
(いや、飛んだ不都合でありました、ずっとおいでなさい。ちょうど御来客で先生はそこのお座敷にいらっしゃいます。)とこの者だけは調子が可い。
(憚様ですがちょいとそうおっしゃって下さいましな、またお客様で御邪魔だと悪うございます。)
(何、山河内様のお姫様で、同じお弟子なんでありますから構いません、いらっしゃい。)といい棄てて、この暑いに袴を穿かせるほどな家風、一体婦人を対手の業体、歌所はしつけのいいもので、ニヤリともせず真面目くさり、髭のない男の手持なげに、見事な面皰を爪探りながら、勝手の方に引込んでしまった。
お夏は帰るにも帰られず、折角の取次にも向うから遠慮されて、太く便を失ったが、暑さは暑し弱い身の、日向に立っていられる数ではないから、止むことを得ず、思い切って気の進まないのを元の処へ引返すと、我にもあらずおずおずして、差俯向いて、姫と、師と、その夫人とおわす縁側へ行って、両手をついたが、天窓から叱りつけでもされるように、お夏は消入る思がした。
お夏はようよう座に着いたが、鴨川が澄して見もせぬ目よりも、才子がつんとしている胸よりも、山河内の姫様というのが、膝に置いた手の宝玉入の指輪よりも、真先に気が着いたのは、大人が机の傍に差置かれたる、水引のかかった進物の包であった。
今こそ人形町の裏通に母親と自分と二人ぐらし、柳屋という小さな絵草紙屋をしているけれども、父が存生の頃は、隅田川を前に控え、洲崎の海を後に抱き、富士筑波を右左に眺め、池に土塀を繞らして、石垣高く積累ねた、五ツの屋の棟、三ツの蔵、いろは四十七の納屋を構え、番頭小僧、召使、三十有余人を一家に籠めて、信州、飛騨、越後路、甲州筋、諸国の深山幽谷の鬼を驚かし、魔を劫かして、谷川へ伐出す杉檜松柏を八方より積込ませ、漕入れさせ、納屋にも池にも貯うること乱杭逆茂木を打ったるごとく、要害堅固に礎を立てた一城の主人といっても可い、深川木場の材木問屋、勝山重助の一粒種。汗のある手は当てない秘蔵で、芽の出づる頃より、ふた葉の頃より、枝を撓めず、振は直さず、我儘をさして甘やかした、千代田の巽に生抜きの気象もの。
随分派手を尽したのであるから、以前に較べてこの頃の不如意に、したくても出来ない師家への義理、紫の風呂敷包の中には、ただ清書と詠草の綴じたのが入っているばかりの仕誼、わけを知ってるだけに、ひがみもあれば気が怯けるのに、目の前に異彩を放つ山河内の姫が馬車に積んで来た一件物、お夏はまた一倍肩身が狭くなるのであった。
されば気の挫けた声も弱く、
(お暑うございます、)と手をついて挨拶して、ものもいってくれぬ師匠夫婦が気色のほどを伺うと、蛍の祟りがあるのでもないから、因縁事でもあるまいけれども、才子はその時も手にしていた深草形の団扇を膝の真中あたりで、じっと凝視めて黙っていたが、顔を上げると、何と思ったか、半白という上目づかいに、お夏の面をじろりと見て、
(ああ、暑うございますこと、勝山さんあなたお客様を煽いで下さい、私はちょいとあちらへ参りますから、)と畳へ団扇を辷らして、お夏の身近う突いて寄越し、(失礼を、)と姫にいって、そのままふいと座を立った。
お夏は聞正すまでもなく、疑うまでもない、明かに、ちょうど自分が居る背後から煽ぎ参らせよ、といわれたのである。
それ、頼まるれば越後から米搗にさえ出て来る位、分けて師の内室が仰せであるのに、お夏は顔の色を変えてためらった。
(そうだ、勝山さん煽いでお上げ、)とお夏が直に命を奉ぜぬのを、歌詠の大人は寛仁大度、柔かに教えるがごとく仰せられる。
それでも黙って俯向いていた。
鴨川はまた優しい声して、
(分りませんか、あのね、今才がそういったのはね、あちらに用があって行くから、あなた、そこにありますその団扇で、お客様を煽いで下さいと言ったんです。)
(はい。)
(分りませんか、あのね、今才がそういったのはね、あちらに用があって行くから、あなた、そこにありますその団扇で、)
お夏は堪らず団扇を持って、姫が羅の袂を煽いだのであった。
「先生、惜いことをしました、同一杯回生剤を頂かして下さるのなら、先方へ参りません前に、こうやって、」
と麦酒の硝子杯を一呼吸に引いて、威勢よく卓子の上に置いた、愛吉は汚れた浴衣の腕まくりで、遠山金之助と、広小路の麦酒ホールの一方を領している。
「五六杯引掛けておきゃ、半分は酒が手伝って暴れてくれます、何しろしらふなんで、」といいかけて、迫った眉根を寄せたのである。
金之助は腰をかけたまま、両手で椅子を圧えて卓子に胸を附着けて、
「大向うが喝采でない迄も謹んで演劇をする分にゃあ仕損ないが少ないさ、酔っぱらって出懸けてみなさい、他の酔っぱらいと酔っぱらいが違うんだよ。愛吉さん、お前が酒と連立ったんじゃ、向上から鴨川で対手になってくれやしない、序幕に出した強談場だし、若干金かこっちから持込というのだから、役不足だったろう、まあ飲むが可い、」と笑っている。
「どういたしまして相済みません、私あね、先生、書生や車夫なんぞが居るてますから、掴出す位なことはするだろうと思ってね、そうしたら一番撲倒しておいて、そいつを機に消えようと思ったんだが、まるで足腰が立たねえんです。まだね先生、そりゃ可うございますが、彼奴等人を狂人にしやあがってさ、寄付きゃしませんでした、男ごかしだの、立ごかしだのは幾らもあるんだけれど、狂人ごかしは私あはじめてなんで、躍るような手つきで引上げて参りましたがね、ええ、お羽織はお返し申します。」
愛吉は胸紐を巻込んで、懐に小さく畳んで持って来た、来歴のあるかの五ツ紋を取出して、卓子の上なる蘇鉄の鉢物の蔭に載せた、電燈の光はその葉を透して、涼しげに麦酒の硝子杯に映るのである。
「ですが先生、下司は下司で、この羽織を着た窮屈さッたらありませんでしたぜ、私あ思いますが、この上に袴でも穿いた日にゃ、たって獄舎の苦みでさ。」
「それでもよくお前ごまかしたな。」
「先方じゃあ思もつかなかったからでしょう、あのお夏さんに、こんな友達があると思った日にゃ、狒々に人間の情婦が出来るとあきらめなけりゃなりません、へい、希代なもんです。」とまた煽る。
「沢山おあがり、どうだね。」
「済みません、どうも五千疋御散財をかけました上に御羽織を拝借、その上御馳走でございます。ほんとうに先生は、金主と作者と、衣裳方と、振つけと、御見物とかねて下さるんだ、本雨の立廻りか、せめてのことに疵でもつけるんでなくっちゃあ御贔屓効がねえんですが、山が小せえんだね、愛宕の石段を上るほどもないんですからね、」
「だって、ちょいとでも煽がせて来たら可いだろう、仕返しはそれだけで十分さ、私も勝山というその婦の様子を聞いてさぞ心外だったろうと思ったから。一体風のよくない御公家でな、しみったれに取りたがる評判の対手だから、ついお前の話に乗ってお茶番を仕組んで上げたようなものの、これが道理から言って見なさい、師匠と親は無理な者と思えと、世間じゃあいうんだよ。弟子にお客を煽がした位、手近な物を取ってくれも同然さ。癪に障ったの、口惜いのと、怪しからん心得違いだと、かえってお前さん達の方を言い落さなけりゃならない訳だよ。」
「へい、大きにさようでございます。」と愛吉の神妙さ。
「はははは、真面目になるな、真面目になるな、ぐッとまた一杯景気をつけて、さあ、此方方楽屋内となって考えると面白い、馬鹿に気に入った、痛快ということだ。」
金之助は色気のない噯をし、垢抜けのした目のふちに色を染め、呼吸をフッと向うへ吹いて、両手で額を支えたが、
「可い、可い、ああ溜飲の下る話だ、五千疋の顔を見りゃ、知事公の令嬢で歌所の奥方が、床屋の役介者──まあそうしておけよ──役介者を煽ごうという当世に、お世辞をいって紅白の縮緬でも拝領しようという気はなしに、師匠が華族様を煽がせたといって、やけに腹を立てた柳屋のも難有い。人事とは思わないで、それをまた親の敵ほどに癪に障らしたお前も私あ嬉しい。理窟はなしにとぼけていて飛んだ可いが、いや、大人気もなくその尻馬に乗って、利のつく金を若干と痛んだ、この遠山先生も悪くはあるまい、」と金之助は独りで莞爾々々。
「話せらあ、話せらあ、こいつあ話せらあ。無暗に飲めます。」と愛吉はがぶりがぶり、狼と熊とが親類になったような有様で。
「理窟はないとおっしゃいますがね、先生、時と場合と代物に因るんですよ。何も口の端を抓られるばかりが口惜いというんじゃアありません、時に因りますとね、蚊が一疋留まったのが蝮に食われたより辛うございます。私あね、親孝行な奴が感心だというんじゃあねえんで、へい、不孝な奴でも豪いといいます。へい、盗人だって気に入るのがあるし、施をする奴に撲倒してやりたいのがありますね。不動様は贔屓ですが、念仏は大嫌。水ごりを取ってそれが主人のためなんだと聞いたって、びくともしやあしねえんで、お三どんが皸を切らしたってそれが不便というんじゃありません、そんなのははじめッからその気でつき合っているんですからね、甘いことをいうと附上りまさ、癖になりますからね、煑酢をぶッかけときゃあ可いんです、べらぼうめ、ヘッ、」といって、顔を顰め、
「無法なことをいうと吃逆を出させるぞ。ヘッ、不可え、ヘッ、いやどうしやがった、ヘッ、何のこッたい、ヘッ驚きましたな。先生、そ、それですがお夏さんの団扇じゃあ恐しく胆が煑えました、理窟はねえんです、いえ、理窟がねえんじゃあございませんや、けれどもその理窟は分りません。ヘッ、おい後生だ、ヘッ、何のこッた。」
愛吉はぐッたりと首を低れて、ふらりとしていたが、
「お待ち下さい、待っておくんなさいまし。ええと、先生、こうです。何だってその、あの毛唐人奴等、勝山のお嬢さん、今じゃあ柳屋の姉さんだ、それでも柳橋葭町あたりで、今の田圃の源之助だの、前の田之助に肖ているのさえ、何の不足があるか、お夏さんが通るのを見ると、大騒動をやりますぜ。柳屋のお夏さんとはいわないで、お夏さんの柳屋、お夏さんの柳屋ッて、花がるたを買いに来まさ。何だ畜生、上野の下あたりに潜ってやあがって、歌読も凄まじい、糸瓜とも思うんじゃあねえ。茄子を食ってる蟋蟀野郎の癖に、百文なみに扱いやあがって、お姫様を煽げ、べらぼうめ。あの、先生、ここなんですがね、理窟は私あ分ってます、お夏さんは、うまれつき団扇ッてものは人を煽ぐものだッてことはかいきし知っちゃあいないんです。」
「うむ、まず。」
愛吉は思わずまた吃逆をして、
「ヘッ、いや怨敵退散。真面目な所へ吃逆は情ない。そうじゃあございませんか、深川の家に居なすった時なんざ、団扇を持って、自分を煽いだ事だって滅多には無かったでしょう。私あ上りまして見ましたがね、お夏さんが行水を使って、立膝でこう浴衣の袖で襟を拭いてると、女中がね、背後で団扇車ってやつをくるくるとやってました、洗髪だし、色は白し、」
と酔眼を睜って苦い顔で、
「庭の植木からは雫が溢れます、袂だの、裾だの、その風でそよそよして、ぞッとするような美しさ、ほんとうに深川中の涼しいのを一人で引受けていなさるようで、見る者も悪汗が引込んだんです。
幾ら相場が狂ったって、日本橋から馬車に乗って、上野を歩で、道端の井戸で身体を洗って、蟋蟀の巣へ入ってさ、山出しにけんつくを喰って、不景気な。この温気に何と、薄いものにしろ襦袢と合して三枚も襲ねている、茄った阿魔女を煽がせられようとは思やしません、私はじめ夢の様でさ、胸気じゃアありませんか。」
「可いや、まあそんなに怒るな、傍に居る者が怯気々々する。」
「御免なさいまし。つい、」といって愛吉は苦笑した。
金之助はやや更り、
「何しろ以前は大した栄耀をしたものらしい。」と自ら語り頷いて且つ愛吉の面を見た。
「じゃあお前は先からの知己か、紋床に居て近所だから絵草紙屋と懇意になったというんじゃあないのかね。」
関係のいかんを怪んでそれとはなく尋ねたのが、愛吉に直ぐ読めて、
「おかしゅうございましょう、先生、檜舞台の立女形と私等みたような涼み芝居の三下が知己ッてのも凄じいんですが、失礼御免で、まあ横ずわりにでもなって、口を利くのには仔細がなくッちゃあなりませんとも。」
「成程、ありそうな仔細だよ。まず飲んで、ふむ。」
「過年、水天宮様の縁日の晩でしたっけ、大通のごッた返す処をちっとばかり横町へ遠のいて明治座へ行こうという麺麭屋の物置の前に、常店で今でも出ていまさ、盲目の女の三味線を弾くのがあります。投銭にはちゃちゃらかちゃんなんて古風な流行唄をやってますが、可い声で、ぞッとするような明烏をやりますんでね。私あ例のへべれけで、素見数の子か何か、鼻唄で、銭のねえふてくされ。おう、勤する身のままならぬテッテチチンテッテチチンリンリン==いつぞや主の居続に寝衣のままに引寄せて==を聞かしねえ、後生だ。こうお客にすりゃ御損が行く、情人にして不足のねえからっけつ曾我の十郎てえお兄いさんだ、頼むぜ、と取巻いた人立を割って怒鳴り込んだんでさ。ひょろひょろしながら先生、」といって、愛吉は椅子に懸りながら身悶をして見せた、金之助はやけに頤を撫でて、
「悪くない、うむ、そうすると、」
「いつも交返すんだから盲目め、声を知ってまさ、かねてお気にゃあ入らなかったと見えて、
(ああ、弾くがね、お鳥目をおくれ。)
(何を!)
(私の新内はばら銭じゃあ聞かせないんだよ。)ッて言いましたぜ、先生、御存じじゃありませんか、年増で縁日を稼ぐ癖に、好い女でさ。」
ここに愛吉が金之助に話したことは、ちょうど二年前、一昨年の晩春の事で。
愛吉は今に到ってもおとなしくない、その時分もおとなしくなかったが、恐らくいつまでもおとなしくないのであろう。
いうがごとく、縁日稼の門附も利かない気で、へべれけの愛吉が意にさからい、価を払わなければ術は見せぬ、お銭がなくっていて、それでたって凄い処を聞きたいなら、前に立って提灯は持たずとも、月夜に背後からついて来て、お花主の門でやる処を、こぼれ聞きに聞いたら可いと、愛嬌の無いことを謂ったそうな。
二振の斧と、一挺の剃刀、得物こそ違え、気象は同一、黒旋風紋床の愛吉。酒は過している、懐にはふてている。殊に人立の中のこと、凹まされた面は握拳へ凸になって顕われ、支うる者を三方へ振飛ばして、正面から門附の胸を掴んだ。紋床の若いのが酔ったといえば、交番でも棄てて置くは、店の邪魔はせず、往来には突懸らず、ひょろついた揚句が大道へ筋違に寝て、捨鐘を打てば起きて行くまで、当障りはないからであったに、その夜は何と間違ったか、門附の天窓は束髪のまま砕けて取れよう、啊呀と傍の者。
(あれ!)
(畜生さあ、鳴かねえ鶯なら絞殺して附焼だ。)と愛吉はちらつく眼、二三度撲りはずして、独で蹌踉けざまにまた揮上げた。
握拳をしっかり掴んで、力任せに後へ引放した者がある。
(顔を見ろ、)
(や、)
(蒼くなれ蒼くなれ、奴、居酒屋のしたみを舐めやあがって何だその赤い顔は贅沢だい、我が注連縄を張った町内、汝のような孑孑は湧かない筈だ、どこの流尻から紛れ込みやあがった。)と頭ごかし、前後に同一ような、袷三尺帯の若衆は大勢居たが、大将軍のような顔色で叱ったのは、鯰の伝六といって、ぬらくらの親方株、月々の三十一日には昼間から寄席を仕切って総温習を催す、素人義太夫の切前を語ろうという漢であった。
過日その温習の時、諸事周旋顔に伝六木戸へ大胡坐を掻込んでいて、通りかかった紋床を、おう、と呼留め、つい忙しくって身が抜けねえ、切前にゃあ高座へ上るのだから、ちょいと道具を持って来て髯だけあたってくんなよ、と言種が横柄な上、かねて売れた構の顔色を癪に障らしていた、稲荷さんの紋三、人を馬鹿にすンな、内に昼寝をしてる処へ、意休が髯を持込んだって気に向かなけりゃお断り申すんだぜ、憚んながらこの稲荷はな、寄席へ出開帳はしねえんだ、あばよ、一昨日来い、とフイと通過ぎたことがあるから、坊主が憎けりゃ袈裟までの筆法で、同一内の愛吉にも含んだ意味があるらしかった。
(放せ、やい、愛の手ッ首は細いッてよ、女の子が加減をして握るぜえ、この鯰め。)といきなり取られた手を振切って、愛吉は下駄を脱いで飛蒐った、勢に恐れて伝六はたじたじと退ったが、附いていた若い衆がむらむらと押取り包んで、胴上げにして放り出した。
愛吉は足も立たず、腰も立たず、のめッているのを、いや、踏むやら、蹴るやら。これを笑いずてに尻をまくった鯰の伝六を真先に、若者の立去ったあとで、口惜い! とばかりぶるぶると顫えて突立ったが、愛吉は血だらけになっていたのである。
築地明石町に山の井光起といって、府下第一流の国手がある、年紀はまだ壮いけれども、医科大学の業を卒えると、直ぐ一年志願兵に出て軍隊附になった、その経験のある上に、第二病院の外科の医員で、且つ自宅でも診察に応じている。
口寡で、深切で、さらりと物に拘らず、それで柔和で、品が打上り、と見ると貴公子の風采あり、疾病に心細い患者はそれだけでも懐しいのに、謂うがごとき人品。それに信州、能登、越後などから修業に出て来て、訛沢山で、お舌をなどという風ではない。光起の亡き父も、義庵と称して聞えた典薬頭、今も残っている門内左手の方の柳の下なる、この辺に珍しい掘井戸の水は自然の神薬、大概の病はこれを汲めばと謂い伝えて、折々は竹筒、瓶、徳利を持参で集るほどで。
先代の信用に当若先生の評判、午後からは病院に通勤する朝の内だけは、内科と外科としかるべき助手を両名使って、なお詰めかける患者を引受け切れず、外神田に地を選んで、住所の町名をそのまま、明石病院というのを私立で当時建築中、ここで山の手の病家を喰留めようという勢。
山の井の家には薬局、受附など真白な筒袖の上衣を絡って、粛々と神の使であるがごとく立働くのが七人居て、車夫が一人、女中が三人。但しまだ独身であるから、女は居ても何となく書生が寄合ったという遣放しな処があって、悪く片附かない構の、秘さず明らさまなのが一際奥床しい。
記者遠山金之助は、愛吉からこの山の井の名を聞くと、一層、聞く話に身が入った、蓋しかねて自分は医学士と別懇であったせいである。
さるほどに愛吉は鯰の伝六一輩に突転ばされて、身体五六ヶ所に擦疵、打たれ疵など、殊に斬られも破られもしないが、背中の疼痛が容易でない。
もっとも怪我をした当夜は、足を引摺るようにして密と紋床へ這戻り、お懶惰さんの親方が、内を明けて居ないのを勿怪の幸、お婆さんは就寝てなり、姐さんは優しいから、いたわってくれた焼酎を塗って、上口の火鉢の傍へ突臥して寝たが、さあ、難儀。
あくる日帰って来た紋三郎には口惜くっても喧嘩のことは話されず、もとより条理の立った事ではない、酒の上の悪戯を懲らした方は、男が可いけれども、親方は身内のこと、邪が非でもきかない気なり、かねて快からぬ対手が伝六と明してはただ済むまい。引被って達引でも、もしした日には、荒いことに身顫いをする姐さんに申訳のない仕誼だと、向後謹みます、相替らず酔ったための怪我にして、ひたすら恐入るばかり。
転んだ身体を引摺って歩行いても、これほど疵がつく砂利は界隈にない筈と、紋三内々は睨んだが、愛的可いほどにしておけ、お前には母親があるぜ、と言って深くは咎めず、大目に見てくれたのが附目な位。可哀そうに染むだろうねと、あねさんがまた塗ってくれる焼酎を、どうぞ口の方へとも何ともいわない弱りさ加減、黒旋風の愛吉疼むこと一方ならず。
素人療治では覚束なくなると、あたかも可紋床は、かねて山の井に縁故があった。
先の義庵先生は、市に大隠を極めて浜町に住ったので、若い奴等などと言って紋床へ割込んで、夕方から集る職人仕事師輩を凹ますのを面白がって、至極の鉄拐、殊の外稲荷が贔屓であったので、若先生の髪も紋床が承る。
(どうです豪傑、蝦蟇の膏じゃあ不可ませんか。)と薬局に痛めつけられて、いつも蝦蟇の膏と酒さえありゃ外科も内科も訳なしだ、お前さん方は弱い者苛めで儲けるんだ、などと大言を発する愛吉、中指のさきで耳の上を掻きながら大悄げになってその日もまた。
明石町へ通うこと五日六日、もう佳かろうという日のことであった。
打傾いたり、首垂れたり、溜息をしたり、咳いたり、堅炭を埋けた大火鉢に崩折れて凭れたり、そうかと思うと欠伸をする、老若の患者、薬取がひしと詰懸けている玄関を、へい、御免ねえ、で愛吉はつかつかと。
かかる馴染でお出入といったような怪我人であるから、番号も遠慮もない、愛吉は四辺構わず、
(おう、柴田さん、この、診察所、と黒塗の板に胡粉で書いてある、この札をどうかしておくんなさいな。横ッちょに曲って懸ってるんですが、私あ過日中から気になってならないんで、直すか直すかと思ってるとやっぱり横ッちょだ。私の内は貧乏だけれど姉さんが居るから暖簾が汚れませんや、御新造が居なさらねえとそれだもの困っちまう、)と高慢なことをいいながら、背伸をして、西洋造の扉の上に、鶏卵色の壁にかかった塗板を真直に懸直し、そのまま閉ってる扉を開けて、小腰を屈めて診察所へ入った。
密閉した暗室の前に椅子が五脚ばかり並んで、それへ掛けたのが一人、男が一人、向うの寝台の上に胸を開けて仰向けになっている。若先生光起は、結城の袷に博多の帯、黒八丈の襟を襲ねて少し裄短に着た、上には糸織藍微塵の羽織平打の胸紐、上靴は引掛け、これに靴足袋を穿いているのは、蓋し宅診が済むと直ちに洋服に変って、手車で病院へ駆けつけようという早手廻。
卓子を傍に椅子に倚って、一個の貴夫人と対向いで居た。卓子に相対して、薬局の硝子窓を背後に、かの白の上服を着たのと、いま一人洋服を着けた少年と、処方帳をずばと左右に繰広げ、筆に墨汁を含ませつつ控えたり。
薬の薫は床に染み、窓を圧して、謂うべからざる冷静の趣。神社仏閣の堂と名医の室は、いかなる者にも神聖に感じられて、さすがの愛吉、ここへ入ると天窓が上らず、青菜に塩。愛吉、薬の匂に悄れ返って医学士に目礼したが、一体八字髯のある近眼鏡を懸けた外科の助手に毎日世話になるのであったから、愛吉は猶予わず、ひょこひょこと進むと、戸が半開になっていたので、突然外科室へ首を突込こんだが、驚いて退った。
咄嗟の間、世にも媚かしい雪のような女の顔を見たのであった、そうして愛吉がお夏を見たのは、それが最初だというのである。
見るから心も冷ゆるばかり、冷たそうな、艶のある護謨布を蔽いかけた、小高い、およそ人の脊丈ばかりな手術台の上に、腰に絡った紅の溢るるばかり両の膚を脱いだ後姿は、レエスの窓掛を透す日光に、くッきりと、しかも霞の中に描かれたもののよう目に留まった。
愛吉の間の悪さ、思わず顔を赧らめながら、もじもじ後退になり、腰をかけて待合している、患者か、はた供のものか、円髷の婦人の次なる椅子に堅くなったが、心こそ着かざりけれ、外科室に寄った椅子の上に、これもまた媚かしく差置いてあるのは、羽織と、帯と、解棄てた下〆と懐紙。取乱した藤お納戸、緋、桃色、水色、白、紅。
愛吉はきょとんとして、ぼんやりあらぬ方を眺めながら、目玉をくるくると遣っていると、やがて外科室のその半開の扉をおした、洋服の手が引込む、と入違いに、長襦袢の胴がちらちら、薄紫の半襟、胸白く、袷の衣紋の乱れたまま、前褄を取ったがしどけなく裾を引いて、白足袋の爪先、はらりと溢るる留南木の薫。
診察室を出て来たが、深川の勝山、まだ世盛の頃で、お夏その時は高島田の、年紀十七であった。
(何某。)とかの筆を持った一人が声を懸けると寝台の上に仰向けになっていたのは、辷り落ちるように下りて蹌踉と外科室へ入交る。
同時に医学士に診察を受けていた貴夫人は胸を掻合せたが、金縁の眼鏡をかけた顔で、背後へ芍薬が咲いたような微妙い気勢に振返った。
その時、打合せの帯を両手に取って、床に膝をつきついてお夏の前に廻ったのは、先刻から控えていたかの円髷の婦人であった。
お夏は衽を取って揃えると、腰から乳の下に下〆を無造作にぐるぐる巻、あてがってくれる帯をして、袖を上へ投げて肩にかけた。附添の婦人は衝と立って背後へ廻る。
愛吉は心なく垣間見た人に顔を見らるるよう、思いなしか、附添の婦人の胸にも物ありげに取られるので、うつむいては天窓を掻いた。
その帯をまだ結び果てなかったほどのことで、光起は今貴夫人を診察し了して、立身になり、片手を卓子につきながら、低声で何か命じて、学生にその筆を運ばしめていたが、ちょっと筆を留めて伺った顔に頷いて見せて、光起は衝と立直った時、ふと、帯をしているお夏を見て、
(済みましたか。)
(ええ、)と頷く。
(痛かったでしょう。)
(はあ、)と事もなげに、淡泊に答えたのである。
光起は微笑んで、
(貴女、母様のいうことを肯かないとまたできますよ。)
お夏は襟を啣えるようにして、差俯向いて、颯と顔を赧らめたが、何にもいわないで莞爾した。
愛吉は額を撫でた。
医学士の言葉とお夏の素振を、附添は嬉しそうに、
(お夏様、あれ御挨拶をなさいましな。)
(知らない、)と素気ないことをいって再び莞爾。
(先生、癬の治ります薬はありませんでしょうか。)と不意に言い出したのは件の貴夫人であった。
(打棄っておおきなさい、)と光起は言下に応ずる。
(でもあのこんなですから、)とさも世馴れた、人懐こいといったような調子で、光起に背を捻向けると、頸を伸して黒縮緬の羽織の裏、紅なるを片落しに背筋の斜に見ゆるまで、抜衣紋に辷らかした、肌の色の蒼白いのが、殊に干からびて、眉を造った、白粉の濃い、金縁の眼鏡に瞼の皺をかくした顔こそ若けれ、あらわに見ゆる筋骨は数四十であるのに、彼を抱くものあらば正にその者の手の下なるべき、左の背を肩へかけて、亜弗利加の地図のごとき一面の癬、あな笑止や。
「汚えな! って私あ本当にうっかり。それが何です、山河内という華族の奥方だったんですって、華族だって汚えんですもの。」と愛吉はビイヤホールで語りながら、今も思出すほどか眉を顰めたのである。
名は知らず、西洋種の見事な草花を真白な大鉢に植えて飾った蔭から遠くその半ばが見える、円形の卓子を囲んで、同一黒扮装で洋刀の輝く年少な士官の一群が飲んでいた。
此方に、千筋の単衣小倉の帯、紺足袋を穿いた禿頭の異様な小男がただ一人、大硝子杯五ツ六ツ前に並べて落着払った姿。
時々髯のない顔が集り合っては、哄という笑語の声がかの士官の群から起るごとに、件の小男はちょいちょい額を上げて其方を見返るのであるが、ちょうど背合せになってるから、金之助にこれは見えなかった。
ビイヤホールの客は、今わずかに三組の外には無かったので、生麦酒の出入をする一段高い台の上には、器械を胸の辺にして受持のボオイがあたかも議長席に着いたもののように正面を切って身動もせず悠然と控えている、その下に椅子に凭って一人のボオイは新聞を読む、これと並んで肩から脇の下へ金袋をぶらさげた一人、白の洋服の足を膝の処で組違えて、斜に肱で身体の中心を支えて立身で居る、しばしば跫音を立ててしっくい叩の土間を、靴で士官の群の処へ通うのはこのボオイで、天井は高く四辺はひっそり、電燈ばかり煌々と真昼間のごとく卓子を照して、椅子には人影もなかったのである。
戸外は立迷う人の足、往来も何となく騒がしく、そよとの風も渡らぬのに、街頭に満ちた露店の灯は、おりおり下さまに靡いて、すわや消えんとしては燃え出づる、その都度夜商人は愁わしげなる眉を仰向けに打見遣る、大空は雲低く、あたかも漆で固めたよう。
蒼と赤と二色の鉄道馬車の灯は、流るる蛍かとばかり、暗夜を貫いて東西より、衝と寄っては颯と分れ、且つ消え、且つ顕れ、轣轆として近き来り、殷々として遠ざかる、響の中に車夫の懸声、蒸気の笛、ほとんど名状すべからざる、都門一場の光景は一重の硝子に隔てられてビイヤホールの内は物色沈々、さすがに何となく穏かならぬ宇宙の気勢の、屋を圧して刻々に迫るを覚ゆる、これが、風になるか、雨になるか、日和癖で星になるか、いずれとも極ったら、瀬を造って客は一斉に籠むのであろう。
とばかりにしてものの静けさよ。ここかしこの鉢植なる熱帯地方の植物は、奇花を着け、異香を放ち、且つ緑翠を滴らせて、個々電燈の光を受け、一目眇として、人少なに、三組の客も、三人のボオイも、正にこれ沙漠の中なる月の樹蔭に憩える風情。
この間に、愛吉がお夏の来歴を説く一場の物語は、人交もせず進んで、築地明石町の医学士の診察所における出来事にまで至ったのである。
「声を出して言ったのか、汚えなんて、癬を嘗めさせられはしまいし、肌を脱いで医者に見せた処を背後から、汚え、なんていう奴がありますかい、しかも華族だってな、山河内……伯爵だ。
もっともその奥様は赤十字だの、教育会、慈善事業、音楽会などいうものに取合って、運動をするのに辻車で押廻すという名代のかわりものなんだけれども、怒ったろう、皆驚いたろう、乱暴狼藉だ、どうした、それから、」
「私もついうっかり遣っちゃったんで、はっと思うと、」
「うむ、」
「ちょうど代診さんの方へ呼ばれたから遁げ込みました。」
「しかし癬が汚えといったのが、柳屋の気に入ったというでもなかろう。」
愛は真面目に、
「へい、そういう訳でもないんですがね。」
「それじゃあ手術台に肌脱の、俗にそれあられもないという処を見られたのが御縁になったか、但しちっとどうもおかしいな。」
「何、そういうわけでもないんですがね。」
「何しろ、汝の方からゆすり込んだものと私は思うな。」
「先生御串戯を、勿論あれです、お夏さんは華族てえと大嫌です。私が心も同一だ、癬は汚えに違いません、ですが、それがどうということはありませんよ。それからね、素肌を気にして腋の下をすぼめるような筋のゆるんでる娘さんじゃアありませんや。けれども私が出入をするようになったのは、こちらから泣附いたんです、へい。」
「手を合せて、拝みます、と口説いたか。」
「どういたし、……手前御慮外は申しません、泣ついたのは母親でさ。」
「ははあ、紋三郎がいったように、いつも酒の方の意見の義だろう。」
「いいえ、その時は生命にかかわります一件。」
「おや、お前それでも酒の他にかかわることがあるだろうか。」
「大有り、」といって愛吉は硝子杯の縁を圧えながら、金之助をじっと見て、
「串戯じゃアありませんでしたよ、まったく。
それがね、やっぱりその日なんです、事というと妙なもんで、何でもない時は東京中押廻したって、蜻蜓一疋ぶつかりこはねえんですが、幕があくと一斉でさ。」
「大層感じたな。」
「まったくですから。」
「じゃあ何か、華族様へ御無礼を申したとあって、お差紙でも着いたのかい。」
「いえ、先刻も申しました通り、外科室の方へ呼ばれたんで、まずお座は濁りましたね。
それからお手当が済みました、もう通って来ないでも大丈夫だ、あとはただ大人しくなさいよ、さ、大人しくしろが可うございましょう。
無暗とお礼を謂って匆々に山の井さんの前を抜けて、玄関へ参りますとね、入る時にゃあ気がつきませんでしたが、ここにそのまた珍事出来の卵が居たんです。女の子で、」
「いずれそうだろう。」と金之助は故とらしく深く頷く。
「まあ、お聞きなさいまし。上口の突尖の処、隅の方に、ばさばさした銀杏返、前髪が膝に押つくように俯向いて、畳に手をついてこう、横ずわりになって、折曲げている小さな足の踵から甲へかけて、ぎりぎり繃帯をしていました、綿銘仙の垢じみた袷に、緋勝な唐縮緬と黒の打合せの帯、こいつを後生大事に〆めて、」
「大分悉しいじゃないか。」
「私だって先生、唐縮緬と繻子ぐらいは知ってますぜ。」
「幾干か出せ、こりゃ恐ろしい。」
「真平御免なさい、先方は小児なんです。ごく内気そうな、半襟の新しいが目立つほど、しみッたれた哀な服装、高慢に櫛をさしてるのがみじめでね、どう見ても女中なんですが。
恐ろしく疼むかして、小さく堅くなって、しくしく泣いてるんです。
姉さんどうしたんだッてね、余り可哀相だから声を懸けてやりましたが、返事をしません。疵処にばかり気を取られて、もう現なんだろうと思いました、少いのに疼々しい。」
「じれったいから突然肩に手を懸けると、その女中は苦しくッてか、袷も透すような汗びっしょり、ぶるぶる震えているんでしょう。
どうしたんだって聞きますとね、足の裏から突通るほどの踏抜をしたんだそうで、その前の日の事だっていうんです。
見りゃ込合っていましたけれど、どれも病人、人の世話を焼こうという元気の好い奴は居りませんや、こいつかかり合だ、身体を抜くわけにゃいかねえような気になりました。
一体どこの者だ、家は遠いかって聞きますとね、つい五町ばかり先でございます、あの、親分の処に、と弱った声でいいました。親方というのは鯰の伝──どうです騒の卵じゃありませんか、尋常事じゃアありますまい。
何でも伝が内の奉公人に違えねえ。野郎め、親方々々と間違でも人に謂われる奴が、汝が使ってる者がこんな怪我をしてるのに、医者に寄越すッて、ないら病の猫を押放したような工合は何たる処置だい、姉さんをつけて寄越さないまでも、腕車というものがないのじゃあなかろう、可哀相に丸ぽちゃの色の白いのが、今の間にげっそり痩せて、目のふちを真蒼にしていらあ、震えてるぜ。
そう思って堪らなかったんですが、気が着きますとね、待てよ、私が思った通を口へ出して謂やあ、突然伝を向うへまわして、ずらりと並べる台辞になる、さあ、おもしろい、素敵妙だ。
一番、この女をかつぎ込んで、奴が平生侠客ぶるのを附目にして、ぎゅうと謂わそう。
蝦蟇の膏で凹まされるのも何のためだ、忘れやしねえ。」
と話をするにも凄まじい意気込だった、愛吉はちょいと気をかえ、
「へへへへ、先の縁日の晩のは、全くこっちが悪かったんでさ。落度はあったって口惜いにゃ口惜いでしょう、先生、子曰はよして聞いて下さい、可うございますか。」
「可いさ、可いさ。」
「オイ、姉や、私が肩へつかまりねえ、わけなしだ。お前ン処まで送ってやろうと、穿物を突懸けておいて、蹲んで背中を向けますとね、そんな中でも極のわるそうに淋しい顔をして、うじうじ。
じれってえ女じゃあねえか、尻なんざあ抱きやしねえや、帯を持って脊負ってやら、さあ来い、と喧嘩づらの深切ずくめ、言ぐさが荒っぽうございますから、おどおどして、何と肩へ喰いつくように顔をかくして、白昼、それでもこの野郎の背中へ負をしましたぜ。あとで考えると気の毒でさ、女の気じゃあ疵が痛む方がどんなにお恰好だか知れませんよ。
全く叱りつけるように勧めたんですからね、すすめ人が私でしょう。阿魔はてっきり、ぶんなぐられると思って負さったもんです、名はお米ッていいます、可愛い女なんですがね、十七でしたよ。
さあ、歩行き出すと、こう耳朶の処へ縺れた髪の毛が障るでしょう、あいつあ一筋でもうるそうがさ、首を振るとなお乱れて絡いますから、呼吸をかけてふッふッ鬢の尖を向うへ吹いちゃあ、三角の処まで参りますとね、背後から腕車が来ました。
町幅が狭いんですから、すれ違って前へ駆け抜けたと思うと、振返った若衆と一所に、腕車の上から見なすったのは先刻のお嬢様、ええ、お夏さん。」
「藤お納戸の、あの脱いであった羽織を被ておいでなすった。襦袢の袖口に搦んだ白い手で、母衣の軸に掴まって、背中を浮かすようにして乗ってましたっけ、振向いて私がお米を負ってた形を見て莞爾笑いなすった。
顔を見合せますとね、こっちでも何だか知己のような気がしたもんですから、遠慮しねえで、
(今日は、)と肚の中で言ってお辞儀したんです。
腕車は何、休んだんじゃあございません、駆けてる中、ちょいとの間なんで、そのまま飛ぶように行っちまいましたが、縁でございましょう、先生。
世の中というものは、どこにどんな引かかりがあるか知れませんぜ。なぜッてますと、あとで分りましたが、そのお夏さんの勝山という家は、私の亡くなりました父爺が、船頭で、奉公人同様に久しい間御恩になったのでございました。
さあ、それから米坊をかつぎ込んで、ちょうど縁端に大胡坐をかいて毛抜をいじくってやあがった、鯰の伝をふんづかまえて、思う状毒づいたとお思いなさいよ。
くだらないことをお耳に入れるでもありませんから、始末は申上げませんが、何しろ侠客だとか何とかいわれる分では、お米に届かねえ点が十分にあったんですから、こりゃ力ずく、腕ずくじゃあ不可ませんや、伝の親仁大凹み。
こっちあぐッと溜飲が下って、おさらばを極めてフイとなって、ざっぷり朝湯を浴びた気さ、我ながら男振を上げて、や、どんなもんだい。
人形町居廻から築地辺、居酒屋、煮染屋の出入、往復、風を払って伸しましたわ、すると大変。
暗がりを啣え楊枝、月夜には懐手で、呑気に歩行いてると、思いがけねえ狂犬めが噛附くような塩梅に、突然、突当る奴がある、引摺倒す奴がある、拳固でくらわす奴がある、一度々々呼吸を引かないばッかりで、はッはッと思うことが、毎晩じゃアありませんか。」
「成程、」
「その度に微傷です、一年三百六十五日、この工合じゃあ三百六十五日目に、三百六十五だけ傷がついて、この世を宜しく申させられそうで、私も、うんざり。
様子を聞くと、伝がこの事を意趣にして、子分子方の奴等がしょっちゅう附け廻すんだそうですから、私あ堪らなくなって、舟賃を一銭出して、川尻を渡って佃島へ遁げました。
佃島には先生、不孝者を持って多いこと苦労をする婆さんが一人ね、弁天様の傍に吝な掛茶屋を出して細々と暮しています、子に肖ない恐しい堅気なんで。」
「何だい、それは、」
「私の母親でございます。」
「それだもの。」
「へへへへ、今更いたし方がありません、そこへ転がり込んで、居縮まって震えてたもんですから、愛吉どうしたんだって、母親が尋ねます。
これこれだといいますとね、それだから常日頃いって聞かさないことではない、蟻じゃあなし、毛虫じゃあなし、水があったって対手は渡って来ます。しかし……鯰の伝……それならば死んだ父爺が御恩になった深川の勝山さんへ出入をするから、彼家へ行って、旦那様にお頼み申して、伝にいい聞かしておもらい申して、お前の身体を無事なよう計らいましょうと、父爺が亡くなってからも暑さ寒さにゃあお見舞を欠かしたことがないという、律儀はこんな時用に立ちます、で母親が取りあえず。」
「深川へ参りましてね、母親が訳を謂って話をしますと、堅気の商人だ、遊人なんぞ対手にして口を利けるんじゃあないけれども、伝か、可し、鯰ならば仔細はないと、さらりと埒は明いたんです。
私はこんなやくざものの事ですから、母親も別に話さないでいたのがその時知れまして、そうか、そんな倅があるのか、床屋が家業と聞きゃちょうど可い、奉公人も大勢居るこッた、遊びながら働きに寄越すが可いと、深切におっしゃって下すったので、二度目にはお礼かたがた、母親について伺いますと、先生、吃驚しましたぜ。
中庭でもってきゃっきゃっという騒ぎ、女中衆が三四人、池の周囲を駆けてるんで、鬼ごッこがはじまってるか、深川だって呑気なもんだと、ひょいと見るとどうです、縁側に腰をかけてたのは山の井の診察所で見た、別嬪だろうじゃありませんか。
そうして女中が遁げるのを追懸けますのは、恐しい、犬でも蹴そうな軍鶏なんで。
今でも柳屋に飼ってあります。強いことッたら御用の小僧なんか背後からはたかれて、ぎゃっといって、打っ坐りまさ。
心持が可うございますぜ、とさかを立ってずっと伸して、眼をくるりと遣りますとね、私とでも取組みそうでさ。一体気の勝った、お夏さんは癇癪持なんだけれど、婦人だけにどうすることも出来ないんですから、癪なことは軍鶏と私とで引受けてるんで、ええ、可うごす、軍鶏と愛吉とで請合いましたと謂うと、蒼くなって怒ってる時でも莞爾しまさあ。
お夏さんは飛んだその鶏を可愛がってます。それから母上はいうまでもありませんが、生命がけで大事にしているお雛様がありますよ。
十軒店で近頃出来合の品物じゃあないんだそうで、由緒のあるのを、お夏さんのに金に飽かして買ったって申しますがね、内裏様が一対、官女が七人お囃子が五人です、それについた、箪笥、長持、挟箱。御所車一ツでも五十両したッていいますが、皆金蒔絵で大したもんです。
このお雛様の節句と来た日にゃ、演劇も花見も一所にして、お夏さんにかかる雑用、残らず持出すという評判な祭をしたもんですッさ。
私が勝山に伺うようになりました翌年、一昨年ですな。
三月三日の晩、全焼にあいなすった。」といいかけて、愛吉は四辺を眗したが、浮かぬ色をした。
声も低く、
「しかも私が行合せていたんです。十時頃でございましたね、お雛様を見せておくんなさいって、勝手の方から。不断、皆様で可愛がってくれますし、お夏さんも贔屓にして下すったもんだから、すぐにその何でさ、二階の座敷へ上りました。
目の覚めるような六畳は、一面に桜の造花。活花の桃と柳はいうまでもありませんや、燃立つような緋の毛氈を五壇にかけて、炫いばかりに飾ってあります、お雛様の様子なんざ、私にゃ分りません、言ったって、聞いたって、ただもう綺麗で沢山。
お夏さんは直ぐその壇の下の処に雪洞を控えて、立派に着換えていなすったっけ。
あの内裏様のだって、別に二個蒔絵の蝶足のそうですな!……」
愛吉は卓子の上に四角な線を指の先で引いた。
「この位なお膳がありましょう、男雛のと女雛のと一対、そら、あの、」
金之助は熱心に耳を傾けながら頷いた。
「可うございますか、その一対の小さなお膳を、お夏さんが自分の前に置いて、もう一個の方を向うへならべて、差向いという形で居なすったが、前には誰も見えなかったんです。
指を丸げた様な蒔絵の椀、それから茶碗、小皿なんぞ、皆そのお膳に相当したのに、種々な御馳走が装ってありましたっけ。
その後病気で亡くなりましたが、あの診察所に附いていた年増ね、乳母というんじゃあなかったんですが、お夏さんのお気に入で傍の処へ。もう二人、小間使が坐って、これが白酒の瓶を持ってお酌をしてる、二ツ三ツ飲んなすったか、目の縁をほんのりさせて、嬉しそうに、お雛様の飾りものを食べてる処で。
や、素敵なものだと、のほうずな大声で、何か立派なのとそこいらの艶麗さに押魂消ながら、男気のない座敷だから、私だって遠慮をしました。
いつものようにお台所へ下ってお末の出尻と一所に頂くべいとね、後退りに出ようとすると、愛吉さん一ツあげましょうかと、お夏さんが言ったんです。
まるで夢中、私あ腰が抜けたように突然そこへ坐りましたぜ。
さあ、一面の桜と、咲乱れた桃の中、雪洞の灯で見たその時の美しさ。
しかも微酔と来ていましょう。もう雛壇を退けようという三日の晩、この間飾ってから起きると寝るまで附添って、階下へも滅多にゃあ下りたことのないばかり、楽み疲れに気草臥という形で、片手を畳について右の方に持ってなすった小杯を、気前よくつつと差してくんなすったい。
震えながら……まったくですよ、震えながらそのお杯を受けようとすると、愛吉さんもうちっとそちらへと、傍から年増のが気をつけたんです。
坐ったのは、お膳の前でしょう、これは先生。毎年々々そうやって差向いに並べても、向うへ坐った奴はまだ一人も無かったんだそうで。
お夏さんは朋友が嫌だっていうんです、また番頭や小僧が罷出ようという場じゃアありませんや。
しかもその年、一昨年ですな、その晩にゃ私より一足前に、雛の間で一人お客があったんです。
何でも天下に聞えた立派な豪傑な爺だそうですが、旦那とは謡の方で、築地の宝生の師匠の宅ね、あの能楽堂などで懇意になってるんだって謂いましたよ。大層な雛だというが、どれどれと押上がって、やあ一人でやっていなさるの、私が相手をしようッて、そのお膳の前に坐りましたっさ。
お爺ちゃん、厭なこった! とお夏さんが屹となったので、傍の者はあッふあッふ、旦那も御新造様も顔色を変えなすったけ。ははあ、これは遣られたと、肥った腹から大笑を揺り出して、爺さんは訳もなく座敷をかえ、階下で今、旦那、御新造様なぞと一座で飲んでいるという、その後でしょう。
だから年増は遠慮しろと気を着けたんでさ。
するとお夏さんがね、可いよッて、言いながら、白酒の瓶を取って、お酌して酔わしてやろうや。莞爾してお前様、いえさ、先生!」
金之助は唖然として、
「口の端を拭け、泡だらけだ。」
愛吉は仇気なく平手で唇を横に扱いたが、すがめて掌を打眺め、
「嘘、泡なんぞ附着いてやしねえ。」
と例の愛くるしい口を結んで眉根を寄せ、吐息をついて歎息した。
「ほんとうに考えて見りゃ夢の様ですよ。
お夏さんは酌をしておくんなさる気で瓶を持ちながら、ふと雛の壇を見ましたがね、どうなすったんだか、おや! といってこう、瞳を据えて、瞬もしないでしばらく。
枕についても目をぱっちり、お雛様の番をして、すやすやと寐息に簪の花は動いても、飾った雛は鼠一疋がたりともさせないんでございますってね、過年もお雛様が皆で話をするッて、真面目に言いなすったことがある位、凝ってるんだから魂が入ってましょう。
トその凝視めていなすったッけ、ちょいとお囃子の人形が笛を落した、まあ、鼓を打棄った、まあ、まあ、まあ、太鼓の撥を、あれ緋の袴が動くんだよ。あれ、皆! とお夏さんがすっくり立った。
顔を見合せて皆呼吸を呑みましたわ。
その様子ッたら、まるで雛がどっと惣立ちになったように、私等が胸に響いたんです。」
語る時、十有数日の間を蒸しに蒸した、人類の汗を絞り抜いた、一昨日来の気圧は、正にその極所に達したと見えて、陰々たる中にものの響、柱がきしむようである。
愛吉は肩をすぼめて、
「その途端に私等は雛壇が滅茶に崩れるんだと思いましたね、火事だ、火事だと、天井の辺で喚いたと思うと、」
愛吉は穏かならぬ猿眼で、きょろきょろと四辺を見たが、たちまち衝と立上った。
「先生、雨です。」という間もなく、硝子窓に一千の礫ばらばらと響き渡って、この建物の揺ぐかと、万斛の雨は一注して、轟とばかりに降って来た。
金之助も、話の変と、急な雨に、思わず顔の色を変えて唾を呑んだが、押出すように、
「おお、雨だ。」
台の上のボオイは真先に飛び下りた、新聞を見ていたのは真中を掴み棄てて立つ。立っていたのは金袋の口を圧えて、この三人しばらくの間というものはただ縦横に土間の上を駆け歩行いた。白い姿の慌しく行交うのを、見る者の目には極めて無意味であるが、彼等は各々に大雨を意識して四壁の窓を閉めようとあせるのである。大粒な雫は、また実際、斜とも謂わず、直ともいわず、矢玉のように飛び込むので、かの兀頭の小男は先刻から人知れず愛吉の話に聞惚れて、ひたすら俯向いて額をおさえているのであったが、その手を放して天井を仰ぐと、怪訝な顔をして椅子を放れて、窓の下へ行って、これはまた故々閉めてあった窓の戸を一枚上へ押し上げて腰を捻って、戸外へ衝とその兀頭を突出すや否や、ぱッたり閉めて引込ました、何条堪るべき、雫はその額から、耳から、頤の辺から、まるで氷柱を植えたよう。
かかる中にも自若として冷静の態度を保ち、ことさらには耳を傾けて雨を聞こうともしないのは彼等士官の一群である。
ややあって人々はあたかも軍人のごとく静まった。
「障子をあけると、突然火の粉でしょう。」いう声も沈むばかり、雨はいよいよ盛である。
「お夏さんが一番しっかりして、そのまま、内裏様に手をお懸けなすったが、愛吉、鶏をって一声。聞棄てにして私あ二階から飛び下りて、二ツ三ツ人の体に打附かったとばかし覚えています。ええ夢中でね、駆けつけたのは裏口にあるその軍鶏の塒なんですよ。
何を悟ったのか、ケケッケケッ、羽ばたきをしてる奴を引掴んで両手で袖の下へ抱え込むと、雨戸が一枚ばったり内へ煽ったんですが、赫として顔が熱かったのも道理、見る間に裏返しに倒れ込むとめらめらと燃えてましょう。戸外は限もない狐火のようにちらちらちらちら炎だらけ。はッと後退りに飛ぶ拍子に慌ててつんのめって、仰向けに倒れたやつでさ。もう天井から紅い舌を吐いてるじゃアありませんか。目が眩んだ足の処へ、箱だか、鉄瓶だか重いものが斜違に来て乗っかるという騒。百年目だと思った私あ、板戸も壁も突破る勢で横ッ飛びに表の方へ刎ね出したんで、どしばたというのが地の底へ刻み込むように聞えるばかり。あッとも、きゃッとも声なんぞはしませんでした。門口へ出ると道も空も土器色にばッとなって、処々段々にこうその隈取って血が流れたように見えましたっけ。
その中をね、あっちこっち三四人、大きな蟻の影法師が映ったようにまるで酔ッぱらいの足つきで、ひょろひょろしながら歩行いてましたが、奇代なもんでございますね、道なら三町ばかり伸したと思うと、洪と火の粉が浴びせて来ました。鶏は脇の処で恐しい羽ばたきをしますね、私あその煽で宙へ上りそうで足も地につきませんや。背後の方でも、前途の方でも、その時分にようようワッという人声が陰に籠って聞えました。やがて私の身は何の事はない渦いて来る人間の浪の中に巻込まれてしまいました。
右左透間のねえ混雑なんで、そいつあ皆火事場の方へ寄せるんでしょう、私あ向うへ抜けようとするんでしょう。
突当るやら、蹌踉けるやら、目も口も開かねえんで、何でえ! 田舎ものが神田の祭にはぐれやしめえし、人ごみにまごまごする事あねえ、火事に逃げるたあ何の事だと、おされて剣突を食う癇癪まぎれに、立直して引返そうとする、と気が着きました。鶏を抱えてます、そいつはただ一言お夏さんに頼まれたから起った事。
ホイ何のこッた、行くにも帰るにもこの騒ぎに揉まれちゃあ、羽も翼も坊主にならあ、と吃驚して、背後は見ないで、抜けたり、潜ったり、呼吸ぐるしいほどの中をもぐって出て、まず水のある処へ行きましたがね。
水ッてのは何、深川名物の溜池で、片一方は海軍省の材木の置場なんで、広ッ場。
一体堀割の土手続で、これから八幡前へ出る蛇の蜿った形の一条道ですがね、洲崎へ無理情死でもしに行こうッて奴より外、夜分は人通のない処で、場所柄とはいいながら、その火事にさえ、ちっとも人間が歩行きません。気のせいか、かッかッと燃える中に、木竹の折れる音もするほど近間で居て、それで何と私の跫音にばらばら蛙が遁げ込みます。水の音を聞くと一杯のんだ気になって、一呼吸吐いたんですが、──はてな。」
「そこでお夏さんだ、どうなすったろう。私がこの慌て方じゃあ二階に残った女連は気絶たかも分らない。お夏さんはお夏さんで、雛を大切に取出しそうな権幕だったが、火急にも何にも内裏様一個抱く時分にゃあ、火の粉を被んなすったに違いがないと、さあ、心配になって堪りません。
矢でも鉄砲でも火事場へ飛んで帰って、お夏さんの様子を見ようと、引返そうとすると、抱えている鶏なんです。
先刻のあの場合にも、愛吉鶏をッてお謂いなすった、どうしよう、これをまあ。
葛籠長持と違って、人の家へ投ッ放しに預けて来られるんじゃあなし、庇って持っていた日にゃあ、人混の中だってうっかり歩行かれるんじゃあねえ。火の中から助け出したばかりで、跡をお去らばにして可い位なら、お夏さんがお頼みはなさるまいし、私だって頼まれる程の事じゃあなし、困りましたね、どうも、何しろ活物だから始末が悪かったろうじゃアありませんか。
人通のない土手だって、軍鶏ばかり置いて行きゃ、どこへ去っちまうも知れたもんじゃアありませずね。見りゃ溜池の中に舟もあったし、材木もありましたが、水死人を捜すように鶏を浮しとく数じゃありませず、持扱いましたね、全く気が気じゃあなかったんで、一羽抱え込んで跣足で池の縁をまごまごしてる風ッてのはありません、我ながら薄ぼんやり、どうしてるのかと思いました。
火事はまだ盛です。
すると灰のように薄赤い向うの路へ影がさして、四五人一列になって来るのがあります。土手を横に切って、あれから埋地にかかった橋の、欄干が真中で切れて水へ折れ込んでいようという、ぺんぺん草の生えてる袂へ寄って、渡ろうとする時分にゃあ私が居る間近になったから見えました。
真先が女で、二番目がまた女、あとの二人がやっぱり女、みんな顔の色が変ってまさ、島田か銀杏返か、がッくり根が抜けて、帯を引摺ってるのがありますね、八口の切れてるのがありますね、どれもどれも小刻みに、歩行くと絡むのは燃立つでしょう。
一人々々に人形だの、雛の道県だのを持ってる、三人目の、内裏様を一対、両手に持って、袖で掻合して胸に押着けていたのがお夏さん、夜目にも確か、深川中探したって、およそその位なのはないのですからね、……助かった。
つかつかと駈け寄って、背後から、ちょうど橋の真中へその一組のかかったのを、やあ、と私あ嬉し紛れに頓興な声を懸けました。
屹と立留って、黙って私を見なすった、その時のようにお夏さんの、あんな気高い凄い顔を見たことはありませんでしたよ。鬢の毛も乱れています、それに、場所がそんなでしょう、天を焦す明でしょう。つい目の前にあの、愛吉、鶏をッて謂いなすった二階の景色が見えるのに、急に変ってそれなんでしょう、こりゃ死んだ魂が直とここへ映るのか、そうでなけりゃお夏さんの守護をして、緋の袴の連中が火の中から化けて来たのだ。」
「ちょうどその時分下火になったと見えまして、雲が颯とかかったように、一面赤かった中へ黒味がさしましたわ、女連の姿は消えたよう、お夏さんばかりが判然と、ぱっちりとした目の色も見えて、私が手の鶏を御覧なすったが、何、あとのは張詰めた気が弛んだか、足取が乱れて、あっちへふらり、こっちへひょろり、一人は危険な欄干に凭れかかりましたし、もう一人は何の事はない、そこへ打坐ってしまったんです。手を取って起して見りゃ、松ッていう女中なんで、怪しいも怪しくないも、場所だって不思議はありません。
全体この橋も、池を渡った向うも、旧はやっぱりその時分の勝山さんぐらいな御大家の庭だったんで、橋がまた庭の景色の一ツだったそうですが、馬、車なんざ思いも寄らず、人ッ子だって通りやしません。ただね、材木を組んで筏を拵えて流して来るのが、この下を抜ける時、どこでも勝手次第に長鍵を打込んで、突張って、潜るくらいなもので、旦那が買置なすった。その中綺麗にして、藤棚の池へ倒れ込んでるのなんぞ直したら、お夏さんの祈祷所みたようのもの、勝山さんだけの弁天様の堂を建立しようなんてね、いっていなすった、その埋地へ遁げて来たんでさ。考えて見るとそれなんですが、不意に打つかった時はこの世のことじゃあないように思いましたよ。」
「大分涼しくなって来た。」と金之助は袖を合せて、想い出したように言いつつも、頷き頷き聞くのである。
「へい、凄いような雨でございましたね、私あどうなるんだ知らんと、お話をいたします内に気が変になりましたっけ、可い塩梅でございます。
いいえ、私ばかりじゃあなかったんで、火事場では、官女が前後を取巻いて、お夏さんが東の方に、通ったと謂う評判で、また勝山が焼けるちっとばかり前、緋の袴を穿いた素白な姿の者が、ちょうどその屋根の上あたりを走るのを、汐見橋の上で見た者がある、前兆だなんて種々なことを謂ったもんです。
ようよう夜が夜の色になって、湿っぽい風が吹いて来ると、御新造様、それから旦那が、あとさきになって、女中が三人、私とお夏さんと、お雛様と軍鶏の居るそこの埋地へお見えなさいましたが、どなたも箸一本持っちゃあいらっしゃらないんで、追々集った、番頭小僧、どれも不残着のみ着のまま。
もっとも私が二階を飛下りると、入違いに旦那と御新造様がお夏さんの処へ駆け上んなすったッけ、傍に居た女中は助けてくれというんでしょう。手を合せてただ拝む程とちってるのに、袂のさきを口に啣えてお夏さんは悠々とお雛様を片附けていらしったってね、皆来い、お夏が死ぬ、お雛様だけ出しておくれと、お二人が一生懸命。
それですもの。
こういいますと、お夏さんが我儘三昧、親御は甘いばっかりに聞えましょう、けれども因縁事なんですよ、だって勝山のものといったら、池に浮してあった材木まで焼けッちまいましたから。業の火とかいうんですな、恐しいじゃアありませんか。
それでね、一度その埋地で家中が寄ったが最後で、あとはもうちりちりばらばら。」
「雛は皆助かりましたし、飾の道具といったような物も、目立ったのは大抵出たんだそうですが、珠だの、珊瑚だので飾った、天人が胸に掛けてるようなびらびらの下った女雛の冠ですが、無くなって、それから房のついた御簾のかかってる結構な、一品で五十両、先刻も申しましたね、格別私なんぞも覚えている御所車がそれッきりになったんですって、いつまで経っても、お夏さんが太く気にしていますがね、もとより金目にかかわったことじゃありません、あの姉さんのことですから、へい。
大方何でしょう、人並はずれて雛を大事がんなさるんでも分ります、そこらの様子でも知れますが、こう謂っちゃあ何ですけれども、お雛様をまず恋しい方のようにでも思ってるんじゃアありますまいか。
そうすると、対手の女雛を自分ごッこにでも極めているんで、その冠が失せたのも、許嫁の印の簪でも落したように思ってることでしょう、婦人は天窓の物と謂いますから。
実に砕けていて、ちっともみずからがらない女だけれど、どこか恐しく品があって、私なんざ時々我ながら頭の下がることがありますもの。
ねえ先生、御所車と冠がなくなったのを、気にして鬱ぐ位なのが、今更じゃアありませんけれども、上野を歩行いて、路傍で身体を洗って、ちゃぶ屋の姉やと間違えられて、癬の女を、ちょいと先生、お夏さんもそういって話しなすったが、山河内の姫様というと一件ものの女ですっさ。其奴を煽がされるなんて可哀相じゃアありませんか。
いいえね、竜宮の乙姫てえ素ばらしいのだって、蜈蚣にゃあ敵いませんや、瀬多の橋へあらわれりゃ、尋常の女でしょう、山の主が梅干になって、木樵に嘗められたという昔話がありますッてね、争われねえもんです。
全体ちゃきちゃきの深川ッ女が、根岸くんだりへ行って、ももんじいに歌を習うなんて、そんな間違ったことはないんです。郷に入ったら郷に従えだと、講釈で聞いたんですが、いかな立女形でもあの舞台じゃあ睨が利かねえ、それだから飛んだ目に逢うんでさ。
それが先生、一体がお夏さんは、歌だの手習だのは大嫌で、鴨川なんて師匠取をするんじゃあないんですが、ただいま申しましたその焼け出されが只事じゃアありません。前世の業のようなんだから致し方はありません、柱一本立直らないで、それだけの身上がまるで0。気ばかりあせっていなさる中に旦那が大病、その御遺言でさ、夏に我儘をさせ過ぎた。行末が案じられる、盆画なんぞ止にして手習をしてくれと、そこで発心をなすったんだが、なあにもう叩き止めッちまうが可うごす。その足で藤間へいらっしゃりゃ、御自分の方が活きた手本になろうてんで、ええ私の仕返しゃ動かねえ縁切だ。お夏さんがこれから行こうたって行かれやしません、さっぱりして可うございます。へい、いちいちどうも難有うございました先生。
あなたのような紋着を着た方が、私等を可愛がって下さろうとは思わなかったんで、柳屋のも便にするものはなし、この頃は御新造様が煩っていらっしゃるなり、あの勝気なのが、めっきり痩せなすった。
力になろうというのが私と軍鶏だから困っちまう。」と、つくづく腕を組んであどけない、罪のないことを真心から言って崩折れた。真面目な話に酔もさめたか、愛吉は肩肱を内端にして、見ると寂しそうで哀である。雨は霽れた、人は湯さめがしたように暑を忘れた、敷居を越して溢れ込んだ前の大溝の雨溜で、しっくい叩の土間は一面に水を打ったよう。
愛吉がいう処も、大雨の後をそよ吹く風も、太く身に染みた様子であった、金之助は改めて硝子杯を挙げ、「もう一杯景気をつけよう、大分引込まれて私まで妙になった、お前にも似合わない何も鬱ぐにも当るまい、」と、激ます人も何となく理に落ちて来たのである。
「ええ、この位にしておきましょう、何年ぶりかで不思議にこうやって折角真面目になったものを、また酔っちゃあ詰りません、ねえ先生、どうぞ可愛がって下さいまし、私はくらい酔ってそれなりけりでも構いませんが、お夏さんはほんとうに誰も便にするものがないんですから、後生でございます。旦那方のような紋着を着た方は大嫌なんだけれど、何、実の処は私等を軽蔑して取合って下さらないと相場が極ってるとおもいますから、じゃじゃ馬ですねてるんでさ、心細うございます。ほんとうにお夏さんは便りのない身でおいでなさるんですからね、御不便がありゃ、直ぐにでも柳屋へ引張って行って見せてえや、そしてこの先生がお前さんのことを身に染みて聞いて下すったって話したら、どんなにか喜ぶでしょう。」とさも懐しげにいうのである。
金之助も他所事とは取らない気色で、
「いや、私はこれでなかなか当世じゃあないんだから、女の児とお附合はちっと困る、しかしお前とは改めて朋達になろう。なあ、朋達──そうだ親類とでも何とでも思いなさい。用に立つことがあったら出来るだけ智慧も貸そうよ、身体も貸そうよ。込入った話でそのお夏さんのことについちゃ、こりゃ懸直無し私も一ツもの思いだ、帰ってからも路々も条を辿って考えよう、いやしかしお庇でおもしろい……といっちゃあ済まないような気もするね。」
「はい、」といったッきり、愛吉はしばらく差俯向いていたが、思出したように天窓を上げて、
「飛んだ頂きまして、もう御免を蒙ります。」
「一所に出ようか、そこいらまで同じ向だ。」
金之助は愛吉が返した、根岸の鴨川の討入の武器なる黒糸縅の五ツ紋を、畳んであるまま懐へ捻込んで、ボオイを呼んで勘定をすると、件の金袋を提げたのがその金袋は蓋し代金を受納めるために持っているのではなく、剰金を出す用意をしているもののよう、規則正しく返したのに、銀一ツ添えて金之助はここに長座を償ったが、断るまでもなく、ボオイはこれを別の衣兜に納れたのである。
「御機嫌よろしゅう、」
それと二人は卓子を挟んで斉しく立上ったのが、一所になり前後になって出ようとする、横合の椅子から、
「やあ、」と声を懸けたのは、件の兀頭の小男であった。
金之助ははじめて心着いて、はたと立留って顔を見て、不意だという面色で更に見直したが、
「おお、どうして、」と驚いて言った。
ここに先刻からおみこしを据えて、愛吉の物語に耳を傾けたり、士官の方をじろじろ見たり、あるいは空合を伺ってびっしょりの奇観を呈するなど、慌てたような、落着いたような、人の悪いような、呑気なような、ほとんど端倪すべからざる、たとえば竜のごとき否、むしろ大雨に就いて竜を黙想しつつありしがごとき、奇体なる人物は、渾名を外道と称えて、名誉の順風耳、金之助と同一新聞社の探訪員で、竹永丹平というのであった。
軒の柳、出窓の瞿麦、お夏の柳屋は路地の角で、人形町通のとある裏町。端から端へ吹通す風は、目に見えぬ秋の音信である。
まだ宵の口だけれども、何となく人足稀に、一葉二葉ともすれば早や散りそうな、柳屋の軒の一本柳に、ほっかりと懸っている、一尺角くらいな看板の賽ころは、斜に店の灯に照されて、こっちへは一が出て、裏の六がまともに見られる。四五軒筋違の向う側に、真赤な毛氈をかけた床几の端が見えて、氷屋が一軒、それには団扇が乗ってるばかり、涼しさは涼し、風はあり、月夜なり。
氷屋の並びに表通から裏へ突抜けた薬屋の蔵の背があって、壁を塗かえるので足代が組んである、この前に五六人、女まじり、月を向うの仕舞屋の屋根に眺めて、いずれも、蹲って雨上りに出た蟇という身で居る。
「え、もし。」
「さようでございますね、」
「どうでしょう、」
と口々にどれが何をいうのか知らず、低声でひそひそ。
「ねえ、おい、」
「どうだろう、」
「そうさな。」
時々吸殻が呼吸をして、団扇が動くわ。
「構わず談じようじゃあねえか、十五番地の差配さんだと、昔気質だから可いんだけれども、町内の御差配はいけねえや。羽織袴で杖を持とうという柄だもの、かわって謂ってくれねえから困るよな。」
「むむ、だが何しろ打棄っちゃあ置かれめえ。」
「もし、確に不可ますまいね。」
ちと老けた声で、
「されば宜しくござりません、昔から申すことで、何しろ湯屋で鐘の音を聞くのさえ忌むとしてござります。」
「そして詰る処、何に障るんですね。」
「いえはじまりは地震かと思うてびくびくしていたんで、暑さが酷かったもんだからね。それという時の要心だ、私どもじゃ、媽々にいいつけて、毎晩水瓶の蓋を取って置きました。」
「へい、火事ならまあ、蓋を取る内も早いが可いというんでしょうが、地震に水瓶の蓋を取って置くはおかしいね。」
「理詰じゃあねえんでさ、まずいわばお禁厭さ。安政の時に家中やられたのが、たった一人、面くらって水瓶の中へ飛込んだ奴が、不思議に助かったと謂いますからね、よくよく運だ、あやかるだけでも可うございましょう。」
「お待ちなさい、して見ると鉄さん。」
「ええ。」
「お前さんがこの頃また毎晩色ものの寄席へ行くのはやっぱりそこらの地震除から割出したもんだね。」
「何故、何故、ええ御隠居。」
「麹町の人だがね、同一その安政年度に、十五人の家内でたった一人寄席へ行っていて助かったものがありますわい。」
「ざまあ見やがれ、俺が寄席へ行くのを愚図々々吐しやがって、鉄さんだってお所帯持だ、心なくッて欠厘でも贅な銭を使うものかい、地震除だあ、おたふくめ、」
「おや、それじゃあ地震よけに、いつも寄席に行って、お前一人助かる気かい。」
「何だと。」
「いいえさ、お前一人助かれば女房は可いのかよ。」とそのかみさんか、女の声。
「べらぼうめ、何を、何をいってやあがる、」と、何か言っていやあがる。
「鉄さんぐうの音も出ずさ、こりゃお時さんが道理だ、はははは、」
歯の抜けた笑いに威勢の可い呵々が交って哄となると、件の仕舞屋の月影の格子戸の処に立っていた、浴衣の上へちょいと袷羽織を引掛けた艶なのも吻々と遣る。実はこれなる御隠居の持物で。
鉄と謂われたのはやっきとなり、
「やい、じゃあ汝あどうだ、この間鉄砲汁をやッつけた時一箸も食やしめえ。命取だ。恐しいといって身震をしやあがって、コン畜生、その癖俺にゃあ三杯と啜らせやがって、鍋底をまた装りつけたろう、どうだ、やい、もう不可ねえだろう。勿体ない打棄った処で犬だって困るだろうと謂ったじゃあねえか、犬だって困るよ、命取をよ、亭主が食ってるのを見て汝一人助かりゃ可いのかい、やい、七面鳥。」
「東西!」
「さあお家の乱れだ。」
「さてはこの前兆かッ。」
傍より、
「もし何でございます。」
「牝鶏のあしたすると言うて、牝鶏が差し出るからよ。」
「ええ、牝鶏があしたなら構いませんが、こうやって頭を集めているのは、柳屋の雄鶏が宵啼をするからでございますぜ。」
「うう成程、雄鶏だっけの。」
「御串戯、」
「これはやられた。」
「皆様笑いごとじゃアありませんぜ、火に障るっていうのじゃアありませんか、ねえ御隠居。」
「されば……謂うて。」
「御隠居さんなんざ歯に障りましょうね、柳屋のは軍鶏だから。」
「誰だ、交ぜるない、嘉吉が処の母親さえ、水天宮様へ日参をするという騒だ。尋常事じゃあねえ、第一また万に一つ何事もないにした処が、心持が悪いじゃあねえか、宵啼なんて厭なものだ、ほんとうにどうにかしようじゃあねえか。」
「どうするッて、殺しっちまえば可いんでしょう。」
「そうだとよ。」
「それはもう禍の根を断つのだから、宵啼をする鶏は殺すものとしてあるわさ。」
「そこで、」
「謂ったってあの女が肯くものか、どうして可愛がることといったら、」
恐しく声を密めて、
「御隠居の前ですが、お内の猫ぐらいなものじゃアありませんぜ。」
「まずの、」とあやふや。
「だから差配さんに懸合ってもらってよ。」
「その差配さんが今謂う杖だ。」
一段声を張上げて高らかに策を献ずるものあり。
「交番々々。」
「馬鹿をいえ、杖でさえ不可ねえものが、洋刀で始末におえるかい。構うこたあない、皆で押懸けて行ってあの軍鶏を引奪くッてしまうとするだ。」
「大勢でか、ちと変だな。」
「何さ、対手がどうというんじゃあないが、一人や二人ではさすがに話しにくいて。」
「気の毒なり、可哀相でもあり、」
「まあ、何にしろ困ったものだ、今夜にも宵啼が留みさえすりゃ、ああもこうもないんだけれど、留まなきゃあ、事のねえ内よ、気の毒だが仕方がねえ。」
風はさらさらと軒を渡って、ああ、柳屋で鶏が鳴く。
「蔵人、蔵人。」
涼しい声で、たしなめるように呼懸けながら、店の左手に飾った硝子戸の本箱に附着けて、正面から見えるよう、雑誌、新版、絵草紙、花骨牌などを取交ぜてならべた壇の蔭に、ただ一人居たお夏は、小さな帳場格子の内から衝と浴衣の装で立つと斉しく、取着に箪笥のほのめく次の間の隔の葭簀を蓮葉にすらりと引開けて、ずっと入ると暗くて涼しそうな中へ、姿は消えたが、やがて向直ってつかつかと店へ出た、乳のあたりにその胸を置かせて、翼に手をかけ抱いたのは、お夏が撰んで名をつけた、蔵人という飼鶏である。
「何故今時分啼くんだね、」と人にものを謂うような、されば宵の一声にお夏が忙わしく立ったのは、あたかも寐かしつけた嬰児が、求めて泣出すのに、嫁がその乳房を齎らすがごとき趣であった。
「お前、寂しいのか。」
淋しいのかと謂って、少しく抱きあげて、牙のごとく鋭き嘴にお夏は頬の触らぬばかり、
「私だって店に独で居るんだもの、我儘でございますよ。」
くるくると動かす蔵人の目は光って、ものに動ずる風情あり。
「母様は塩梅が悪いし、寝ていらっしゃるじゃありませんか、人がね、宵啼をするッて忌がります。不可いよ、厭だよ、幾度言って聞かせるか知れないのに、何故言うことをお聞きでない。」
と品ある目で屹と見たが、傾けている片頬から顔の色が和らいで、
「灯を見せてあげようね、宵ッ張たらないのだもの。」
店の真中へ二足三足、あかり前へ、お夏は釣洋燈の下に立ち寄った。新版ものの表紙、錦絵の三枚続、二枚合せ、一枚もの、就中飼鶏がぱっと色彩を放って、金、銀、翠、紅、紫、あらゆる色のここに相応ずる中に、墨絵に肖たる立姿は、一際水が垂りそうである。
「お祭だわねえ、灯がついて賑かだろう。」
飼鶏は心あるごとく炫い洋燈をとみこう見た。楯をも砕くべきその蹴爪は、いたいたしげもなくお夏の襟にかかっている。
「あっちを御覧、綺麗じゃあないか、音羽屋だの、成田屋だの、片市……おやおや誰かの姫君様といったような方がいらっしゃる、いやに澄してさ、高慢な風じゃあないか、お前知ってるかい、何が合点さ、」と言いかけて打微笑み、
「何にも分らない癖に、おもしろいかい、そうかい。これは相撲の番附、こちらが名人鑑、向うが凌雲閣、あれが観音様、瓢箪池だって。喜蔵がいつか浅草へ供をして来た時のようだ。お前あの時分はおとなしかったっけ、この頃はまるで嬰児のようじゃあないか、夜啼をして、良い児だからもうちっと遊んだらあっちへおいで、可いかい。夜になって塒へ入るのは何もかわったことはないけれど、何だか淋しそうで可哀相だねえ、母様と二人ばかしになったって、お前、私が居れば可いじゃあないか。」と、いつか独言をいいながら段々軒に近づいた。
「まだ見たいのかい、さあ、何にしよう、これは軍の絵でございます、」と謂ってお夏は胸を反らし、黒目勝なのを仰向くと同時に、両手で上へ差上げたが、翼の尖が鬢にかかって、
「あら髪がこわれるよ。」と思わず手を放した、飼鶏はどんと身を落して、突立って土間へ下りた。
溝石で路を劃って、二間ばかりの間の軒下の土間に下りた、蔵人は踏留まるがごとくにして、勇ましく衝と立ったが、秋風は静々と町の一方から家毎の廂を渡って来て、ちょうどこの小さな散際の柳を的に、柳屋へ音信れたので、葉が一斉に靡くと思うと、やがて軍鶏の威毛を戦き揺いで、それから鶏を手から落した咄嗟の、お夏の水髪を二筋三筋はらはらと頬に乱して、颯と吹いてそのまま寂寞。
この名残であろう、枝に結えた賽ころは一ツくるりと廻って、三が出て、柳の葉がほろりと落ちた、途端に高く脚をあげて、軍鶏は店前をとッとッと歩行き出した。
お夏は片手をついて腰をかけて、土間なる駒下駄の上へ一片の雪かとばかり爪先をかけて、うっかりとなった。フトその飼鶏を念頭から奪い去られたのであろう、もの思をする人の常として、こうは思いがけずしばしば心を失うのである。
その間に軍鶏の健脚は、猫の額のごとき店頭を往復することをもって満足が出来なくなった。
かつて黒旋風愛吉をして、お夏の一諾を重ぜしめ、火事のあかりの水のほとりで、夢現の境に誘った希代の逸物は、制する者の無きに乗じて、何と思ったか細溝を一跨ぎに脊伸びをして高々と跨ぎ越して、小路の真中へずっと出て、あたかも西側を離れて、これから東側へ廻ろうとして、狭い町の屋根と屋根との中空へ来た、月の下にすっくとこそ。
土蔵の前に集った一団の人の驚きは推するに余りある次第であろう。
渠等が額を集め、鼻を合せ、呼吸をはずませて、あたかも魔界から最後の戦を宣告されたように呶々している、忌むべき宵啼の本体が、十間とは間を措かず忽然として顕れたのであったから。
あまつさえ這個の怪禽は、月ある町中へつッ立つと斉しく、一振りふって首を伸して、高く蒼空を望んでまた一声、けい引おう! と叫んだ。
これをしも忌み且つ恐れたる面々は、鳴声があとを引いて、前町裏町すべて界隈の路地の奥、土蔵の隅、井戸の底、屋根裏、階子の下、三階、額の裏、敷居、鴨居の中までも遠く響いて押拡がって行くに連れて、次第に霧が起り、月がかくれて、ほとんど名状すべからざるありさまに変ずるがごとく見て取った。
鶏鳴暁を報ずる時、夜のさまが東雲にうつり行く状は、いつもこれに変らぬのであるけれども、月さえやや照し初めたほどの宵の内に何事ぞ。
宵啼をもって、火の神の町を焼く前駆とする者の心には、その声の至る処、路地の奥、土蔵の隅、井戸の底、屋根裏、階子の下、三階、額の裏、敷居、鴨居の中までも、燃えんとして火気の蔓り伝わる心地がして、あわれ人形町は柳屋の店を中心として真黒な地図に変ずるのであろうと戦慄した。
「ワッ!」
古浴衣を蹴返して転がるように駆出したのは、町内無事の日参をするという、嘉吉が家の婆様じゃ。
と見れば白髪を振乱し、頤細って痩せさらぼい、年紀六十に余るのが、肉の落窪んだ胸に骨のあらわれたのを掻いはだけて、細帯ばかり、跣足でしかも眼が血走り、薪雑木を引掴んで、飛出したと思うと突然、
「火事だ、」と叫んで、軍鶏を打とうとしたが、打外した。
蔵人は咄嗟に躱して、横なぐれに退ったが、脚を揃えて、背中を持上げるとはたと婆に突かけた。
「火事だ、」
また喚いて件の薪雑棒を振廻す、形相あたかも狂者のごとく、いや、ごとくでない、正に本物である。蓋し小金も溜って、家だけは我物にしたというから、人一倍、むしろ十倍、宵啼に神経を悩まして、六日七日得も寝られず、取り詰めた果が逆上をしたに違いはないので。
白髪は飛んで、翼は乱れた。あれよと見る間に、婆と軍鶏と、とんと当り、颯と分れて、月下にただぐるりぐるりと廻った。
「汝、業畜生、」と激昂の余り三度目の声は皺嗄れて、滅多打に振被った、小手の下へ、恐気もなく玉の顔、夜風に乱るる洗髪の島田を衝と入れて、敵と身体の擦合うばかり、中を割って引懸けにぐいと結んだ帯の背後へ、軍鶏を庇ったのはお夏である。
「お婆さん何をなさるんです。」
ちょいと横顔で振返って、
「叱!」
軍鶏も窘むようであった。婆は恐しい目をしながら、胸に波を打たせて肩で呼吸だ、歯を喰緊めて口が利けず。
かかる処へ殺気を籠めて、どかどかと寄せて来た、お夏と蔵人とを中に、婆の右左へかけて取巻いたのは土蔵の前に居た連中。
「何だ、火事だ。」
「火事だ?」と口々に尋ねたが、これは事件の緒口を引出そうとするに過ぎない、皆々は云うまでもなく、その間の消息を解していた。
「こ、こ、こいつじゃ、火事はこいつじゃ。」
人数が襲い来ったので思わずおさえていた袂が弛んだ、お夏の手を振放して、婆は蔵人に躍りかかった。
「何をするんですよ。」
遮ろうとするお夏の帯を、ぐいと留めた者がある。同時に婆を突退けて、
「まあ、待ちなさい、」と一名。
発奮をくらい、婆は尻餅をついて、熟柿のごとくぐしゃりとなったが、むっくと起き、向をかえると人形町通の方へ一文字に駆け出した、且つ走り、且つ声を絞って、
「火事じゃ、火事じゃ。」
「あれ。」
嬰児を懐にしっかと圧え、片手を上げて追懸けたのは、嘉吉の家の女房である、亭主その晩は留守さ。
「さてお夏さん、思切っておくんなさい、二三日前から薄々様子は知っていなさろうがね、町内じゃあ大抵気にするッたらないんだから、一番ね、思切って私等に鶏をおくんなさい。何も宵啼をすりゃこうと、政府からお触が出たわけじゃないけれども、可うがすかい、心持だ。悪いことは謂いませんや、お前さんのお為にその方が可かろうと思うからね。」
お夏は黙って囲の中に居るのである。
「どうです、御承知だろうね、町内じゃあお前さんの家が第一新顔だから、何かその辺にものでもあるように思われては迷惑、可うごすかい、分りましたろう。」
「軍鶏を寄越せって謂うんですか。」
「さようさ。」
「連れてってどうなさるの。」
「占めるんでえ、殺っちまうんでえ。」
と鉄だろう、打まけた。
慌て騒ぐと思の外、お夏は莞爾して、
「不可ませんわ。」
「不可ねえと!」
「まあまあまあ、静かに言っても分ることだ。もし、不可ませんなんてそう平気でいられちゃあ困るじゃあごわせんか。一体、母様に懸合う筈なんだけれど、御病人だからお前さんだ、見なすったろう、嘉吉さん許のなんざ、あの騒。」
「御免なさいな。」となお笑いながら平気なもので、お夏は下に居て片袖の袂を添えて左手を膝に置いて、右手で蔵人の背を撫でた。
「仕ようがないねえ。」
顔を見合せたのが二三人、談判委員もちと案外という語気で、
「呑気にどうも軍鶏と談なんかしていられちゃ困りますよ、ちょこまかした事とは違いますぜ。」
お夏は振仰いで、
「ですから御免なさいまし。」
「あやまるの、あやまらないのというような岡ったるいこっちゃあないんだというに、困っちまうな。」
「私だって困っている、」とお夏も差俯向いた。
「月夜で門へ寄合ったという条、大きな野郎が五人三人、こうやって来たんだから、よくよくの事だと思いなさい、ね、ささ、これが一番分が早い、分りましたか。」
退引かせず詰寄るに従って、お夏はますます庇立、蔵人に押被さるばかりにしつつ、
「もうきっとですよ、きっと鳴きはしませんよ、大丈夫だよ。私がよく言って聞かせますから。」
「おやおや、この上軍鶏と話なんぞされて堪るものか、気味の悪い、何てッたってどうせ助けてはおかないんだ。へん、言って聞かせる、人間の言うことを肯いて鶏が鳴かないようなら、勝手の悪い時は夜が明けねえや。」と嘲笑った者がある。
お夏は屹と見て、
「何、」
「何、何たあ、何たあ何だい、経師屋の旦那に向って、何たあ何だい、そんな口は軍鶏に利け。」
「はい、軍鶏の方が、お前さん方より余程いうことが分りますよ。」
「皆様。」
一同の眼はお夏に注いだ。
「面倒だ、やッつけましょう、可いや、手籠が悪いという方がありゃ後でまた対手になる、留めなすったって合点しねえ、さあ、退け。」
腕まくりをして掴みかからんず権幕であるのに、お夏は更に意に介しないか、眼あるものならば面をも向けられないほど、品ある顔に笑を湛えて、
「それでもほんとに分らないんだもの、あやまったら可いじゃありませんか。」
自ら疑わないことまたかくのごときはあるまい。まさに突飛ばして軍鶏を奪わんとした男も、余りのことに手が出なかった。
それが猶予ったので、かえって傍からいきり出した。あっちこっち耳ッこすりをして、
「エ、」
「さようさ。」
衆議一決。
両人あり、その時、挟んでお夏の左右より、斉しく袖を引いて、
「さあ放した、退かないか。」
「余り強情を張りなさりゃ仕方がない、姉さん、お前さんの身体に手を懸けますよ。」と断って立懸る、いずれも門札を出した、妻子もあろうという連中であるから、事ここに及んでも無法に拳は握らぬので。
「何をするのよ。」
「いや、どうもしねえ、そン畜生を渡せてえんだい。」
「これ。」
「厭ですよ。」
「厭? 一人前の男に向って、そんな我儘な挨拶があるものか。」
「分らなけりゃ分らないで、可いから町内の交際というものを教えてやろう。」
「姉さん、虫の薬だ、我慢しな。」
「厭、」という時、黒髪は崩るるごとく蔵人の背に揺れかかって真白な腕は逆に、半身捻れたと思うと二人の者に引立てられて、風に柳の靡くよう、横ざまに身悶えした、お夏はさも口惜しげに唇を歪めたが、眦をきりりと上げて、
「私を、……私を、……私を、……」と怒を帯びた声強く、月に瞳を見据えたが、颯と耳朶に紅を染めた。胴を反して、雪なす足を折曲げて、
「あ痛々々々。」
たちまち血の気は頬に消えて、色は一際白ずむのである。
「虫殺しだ、ちったあ痛えや。」
「掴えッちまいなせえ、」とお夏を押えたのが早速の懸声、それもこれも瞬く間で。
「危え、わッ!」
といって、今、お夏を引立てたのを見るや否や、軍鶏の頸を捕えようとした鉄は、両の掌で目を蓋して背後へ反った。
軍鶏はその肩の辺りまで素直に宙へ飛んだのである。
その脚の地に着くともろともに身を飜えしてどんと突くと、
「おッ、」と喚いて、お夏の腕を捻っていたのが手を放して飛退ると、袖が断れたか、とぐいと払って、お夏はいま一人を振放して、つつと月影に姿を消したが、柳の下を潜るが疾いか、溝を超えて、店へ駆け上ると奥へ入った。
後を追って、奇異なる断々の声を叫びながら駆け出した蔵人を、ばらばらと追詰める連中の、ある者は右へ退き、ある者は左へ避け、三人五人前後に分れて、賽の目のように散らばった。
要こそあれ滅多当に拳を廻して、砂煙の渦くばかり、くるくる舞して働きながら、背後から割って出て、柳屋の店頭に突立った、蚰蜒眉の、猿眼の、豹の額の、熟柿の呼吸の、蛇の舌の、汚い若衆を誰とかする、紋床の奴愛吉だ。
「待ちゃあがれ此奴等、私が出入先をどうするんだ。」
奥から引返して出たのはお夏、五七人の男を対手に、いかに負けじとてどうする事ぞ、右手に長煙草を提げたり。かねて煙草は嗜まぬから、これは母親の枕辺にあったのだろう、お夏はこの得物を取りに駆込んだのであった。
「お嬢さん。」
「愛吉か。」
そのまま店から下りそうなるを、びったりと背でおさえて、愛吉は土間一杯に身構えながら、件の賽の目のごとき足並の人立に向って、かすれた声、
「やい! 何方様もよくおいで遊ばされやがったね、へへへへへへ、何御用でございますか、仰せ聞けられまし、へへへへへ。」
「……七銭三厘、二銭、五銭、十五銭、一銭、二十五銭、三十銭、可いかい。」
「へい、可うございます。」
愛吉は神妙に割膝で畏り、算盤を弾いている。間を隔てた帳場格子の内に、掛硯の上で帳面を読むのはお夏で、釣洋燈は持って来て台の上、店には半蔀を下してある。
「十銭、十八銭、四十銭、五十八銭。」
「旨えもんですぜ。」
「こんなに遅く読むのを置くのじゃあないか、ちっとも旨いことはありゃしない。」
「いいえさ、商もこうなりゃ、占めたものだというんでさ。」
お夏は何にも謂わないで微笑みながら、
「八銭、七銭、五銭、合せて十二銭、三十二銭、十六銭。」
愛吉慌しく急込んで、
「おっと! と。」
「またかい。」
「大概可うがすがね。」
「算用が大概じゃあ困るからね、また遣損なったんでしょう。」
「ええと、今何でさ、合せてなんて、余計なことを言いなすった時、拇で引懸けて、上が下りて一ツ飛んで入りましたっけ。はてな、」
お夏は帳場格子に肱をついて、顔を出して、愛吉が手なる算盤を差覗いた。間近に照らす洋燈の明に、と見れば喧嘩の名残である、前髪が汗ばんでいた。頬にかかるのは愛嬌毛で、
「幾ツ入違えたの、お直しな。」
愛吉は小指でちょいちょいと耳を掻き、
「珠を幾つ遣損なったか、それが分りますと可うがすがね。」
お夏は肱を掛硯の上へ支き直して、明の後へ胸を引いた。
「もうこっちへお寄越しなさい。」
愛吉は一議もなく、算盤と一所に額を突出し、お辞儀をして、
「どうぞ願います。」
入違いにぽんと投出す、帳面を受取って、愛吉は膝の上。
「読みますぜ。」
お夏は前髪の下へ、美しい指を一本、珠を狙って傍目も触らず、
「さあ、」
「しっかりおやんなさい。」
「ああ、」と真面目である。
「えゝと、こうだに寄って、はじまりから遣りますよ、拾銭也。」
「ああ、」と置く。
「八銭八厘也、可うがすかい。」
「ああ、」と置く。
「三十五銭也。」
「ああ、」と置く。
「それから二十八銭也。」
「ああ、」
愛吉は目を擦った。
「お嬢さん、貴女は手習はからっぺただっていうんですが、この字は細くって綺麗ですね。」
「ああ。」
「おっと、また二十四銭也。」
「ああ、」と置く。
「違った、二、二、二、二十二銭、そう、そう。」
と独りで狼狽えて独で落着く。
お夏は後生大事に、置いた処を爪紅の尖で圧えながら、
「ちらちらするね、きっと飲んでおいでだよ。」
「おっと、八銭也。」
早速珠を弾いて、
「ああ、」
「どうも一ツ一ツ、ああと返事をなさっちゃあ、その間にぽつぽつ、私なんざ及びッこなし、旨いものです。」
「旨いもんです。」とお夏は珠を凝視めたままで莞爾する。
愛吉はけろりとして、
「お次が二十八銭也。」
「お夏や。」
折から奥で衰えた声して呼んだのは、病の床に臥しているという母様。この声を聞くと、愛吉は胸を折って、肩の中へ頸を縮めて、口をむぐむぐと遣る。お夏はこれを見ぬようにしてちょいと見ながら、
「母様。」
「おお、いいえ、来るに及びません、勘定をしておいでか。」
「はい、」と軽く言う。
「御苦労だの。」
「母様、今夜は愛吉が来てくれまして、種々あの交ぜかえしたり、下手な算盤を置いたり、間違ったことをいったりしますから、おもしろくッて可うございますよ。」
「酷いことを、」と口の裡、愛吉は苦い顔をして、お夏を怨めしそうに見る目をぱちくり。
「愛吉、難有うよ。」
「これは、」と額を押えたが、隔てていれば見えもせず、聞えもせず、目のあたりのお夏にはどんなに可笑かったろう。
「母様、愛吉があんな風をいたします。」
愛吉はじたばたしたが、くるりと坐り直って奥の方に手をついた。
「どういたしまして、ええ、水をって申しますと、平時のとおり裏長屋の婆さんが汲込んで行ったと仰有るんで、へい、もう根っから役に立ちません。」と膝を擦ったり、天窓を掻いたり。
「へい、何でございまして、その、」
「何がどうおしなのさ、」とお嬢さん人の悪い。
愛吉はまた慌てて、
「その、何でございまして、へい。」
「佃島のは達者かい。」
「ええ阿母でございますか、ええ、ぴんぴんいたしております。ええ毎日のようにもお伺い申し上げませんければなりませんと、いつでもそう申しちゃあね、済まないッて言いますんでございますが、ああして一人で店を行っておりますし、それにこの頃じゃあ、度々上ると、お夏様が気を揉んでお構い遊ばして、却ってお邪魔だからと、こんなに申しまして、へい。」
「そうかい、お前がちょいちょい来てくれるんだもの。佃島からは大変だ、今度逢ったら宜しくと申してくんなよ。」
「難有うございます、私はどうもちっとも御用にゃ立ちませんで、ほんのもうお嬢様の癇癪、」
途端にお夏が帳場格子をコトコトと叩いて気を着けた。振向くと眉を顰めて、かぶりを振って見せたので、
「癇、」と行詰り、
「癇……癪なんぞお起しなすっちゃあ不可ません、紋床の親方なんぞも申しますが、気永に御養生なさいませんと、お焦れなさるのは一番毒ですって、」といいかけて、額の汗を拭いながら、愛吉は這身になり、暗い蘆戸を覗入れるようにして、
「もし御新造様え。」
ややあって、
「あいよ。」
「そして早くよくおなんなすって、またお襟でもあたらして下さいまし、そうまずくはありませんや、剃刀だけは御用に立ちます。」としんみりする。
「涼しくなったら可かろうと思うよ、今夜あたりは余程心持が可いようだよ。」
しばらく言が途絶えたが、
「お夏や。」
「母様。」
「先刻うとうとしていると、戸外が大分騒がしかったようだっけ、」
愛吉はぎょっとして、また頸を縮め、
「そうら。」
「何? あれは。」
「何でございますか、向うの嘉吉さんの所の婆さんが気が狂れて戸外へ飛び出したもんですから、皆で取押えるッて騒いだんですよ。」
とお夏は自若としていって真顔で居る、愛吉は苦笑、また苦笑。
「そうかい、飛んだこッたね、そしてどうなりました。」
「火事だ火事だといって表町の方へ駆出して行きましたっけ、しばらくすると角の交番のお巡査さんが連れて戻りましたよ。」
自分かかり合のことは丸抜にして言い紛らした。お夏は母親の前を繕ったのであるが、しかし事実で。
先刻ちょうど来合せた愛吉が、常に口にするよう、お夏の癇癪を引受けて、町内の人々と言い争い、すわや、掴合の始りそうになった時、あたかも可し、婆を捕えて、かの嬰児を抱いた女房を従えて、嘉吉の宅へ届けるため、角の交番から出張したのか、見ると騒動、コヤコヤと叱り留めて、所得税を納める者まで入交って、腕力沙汰は、おい、何事じゃい。
双方聞合せて、仔細が分ると、仕手方の先見明なり、杖の差配さえ取上げそうもないことを、いかんぞ洋刀が頷くべき。
各々自分勝手な迷信から、他人の持物を侵そうとする、それも方角が悪いといって、掃溜の置場所を変えよとでも謂うことか、鶏を殺そうとは沙汰の限り。
なお人一人、それがためにと申立てるが、鶏の宵啼で気が違うほどの者は、犬が吠えると気絶をしよう、理非を論ずる次第でない。火事だ、火事だと駆け廻って、いや火の玉のような奴、かえってその方が物騒じゃ、家内の者注意怠るな、一同の者、きっと叱り置くぞ、早々引取りませい、とお捌きあり。
あっちでもこっちでもぶつぶつがらがら、口小言やら格子の音。靴の響が遠ざかって、この横町は静になったが、嘉吉が家ではなおばたばたするので、うるさいと謂って、お夏が半蔀を愛吉に下さした、その内に蔵人は旧の閨、煙管もそっと、母親の枕許へ、それで事済となったのであるが、寐つきなり殊に病の疲れ、知らぬと思っていた母親に尋ねられて、お夏は落着いても、胸は騒いだのであるけれども、これも案ずるより産むが安かった。
「愛吉、」
「ええ、」
無言で目を合せていて、やがてのこと。
「あの、母様。」
黙って返事がないから、
「寐なすったよ。」
眼を睜って呼吸を凝した、愛吉は吻とばかり、
「可い塩梅、確ですか。」とそッという。
「始終すやすやしていらっしゃる、先刻もよく寐ていなすった様だっけ。」
「それであの煙管などを持出して、ほんとうにあれを揮舞すつもりでございましたか。」
「むむ、」とお夏は打頷く。
愛吉驚いた風で、
「途方もねえ。」
「私にだって一人や二人は打てようじゃあないか。」
「飛んでもねえ。」
お夏は澄したもので、
「不可いかしら?」
「不可いたって、可いたって、そんな身体で、あの中へ揉込まれて、串戯じゃアありませんぜ。髪の毛でもつかまったらどうします。」
「まあ、」
「ええ?」
「そうね。」とわけもなく合点する。
愛吉は乗出して、
「呑気じゃあ困りますな。」
「だから私がいつでも言うんじゃございませんか、荒いことは軍鶏と私とで引受ますッて。ですから私におっしゃるまで、我慢をしていなさらなけりゃ不可ません、まったくですよ。御新造様がどんなに心配をなさるか知れません、可うがすかい。」
「それでも打棄って置くと殺されるじゃあないか、鶏を寄越せって謂うんだもの。」
「そりゃもう。いえ、済んだ事は仕方がありませんが、これからもあることです、これからの事ですよ。だって先刻も私が来合せましたから宜かったようなものの、どうして立至った場合なら、貴女一人で叶いっこがありますか。どうせ叶わねえので見りゃ、怪我なんぞなさらない方が割方でございましょう、威張ったって婦人だ、何をし得るもんですか。ねえ、」
「はい、さようでございますよ。」
「そら、御覧なさい。」と愛吉は説破し得たりという顔であった。
「愛吉、」
「へい。」
「私が来たから可いようなもののと、お言いだがね。」
「ええ、さようさ。」
「私はそうとは思いません、」と莞爾々々する。
怪訝な顔色で、
「はてね。」
「私は巡査さんが見えたからそれで助かったと思いますよ。」
「や、成程。」
「どうだい。」
「へへへへへへ、一言もござなく、……」
続けさまに天窓を掻き、
「ですがね、お嬢さん。」
「ああ。」
「私も深川のお宅へ泣込んで参りました時のように、いつも弱くばかしはございませんぜ。あの頃は何でもこう二三人とは謂いませんや、一人でも向うへ廻して、わッというと、」
愛吉はぎょッとする仕方をして、
「もう目がくらみました。何、どんな目に合おうかと危険だから塞ぐんで、卑怯に生命が惜いと思うんじゃありませんけれども、さぞ痛かろうと、あらづもりをするんでさ。」
「まあ、」
「もっとも、何ですか、一寸さきは分らないといった工合で、からだらしがありませんでしたが、段々馴れて来てお前さん、この頃じゃあ、立身になりましょうと、喧嘩の虫が声を懸ると、それから明るくなりますぜ。そら拳固だ、どッこい足蹴だ、おっとその手を食うものか、その内に一人つんのめるね、ざまあ見やがれと、一々合点が出来ますだろう。どうです、強くなった証拠ですぜ。親方も言いましたっけ、撲りあいに目を塞がないようになりゃ、喧嘩流の折紙だって、もうちっと年紀を取って功を積んで来ると、極意皆伝奥許と相成ります。へ、」
「おやおやそうすると。」
「喧嘩をしませんとさ。」
「何、」
「極意皆伝奥許というのは喧嘩をしない事ですとさ、何のこッた詰らない。」
と愛吉は何か詰らなそう。
「ほんとうに詰らない、」
「いえ、ところが私にゃあ不可ません、お嬢さんなんざ何でも分っていなさるんだから、はじめから幾らも皆伝になられます、荒っぽい気をお出しなすっちゃあ不可ませんぜ。」
「ああ、だからお前も喧嘩の話はおよし、お前の話というときっと喧嘩の事だよ。」
と淡泊したことを謂いながら、物足りなそうな、済まぬらしい、愛吉の様子を眺めて、もの優しく、
「おもしろい話をお聞かせな、私も淋いからゆっくりおし。そして、煙草がなくば上げようか。」
愛吉は店の箱火鉢を引張り寄せ、叩き曲げた真鍮の煙管を構え、膝頭で、油紙の破れた煙草入の中を掻廻しながら少し傾き、
「ト、おもしろい談? 鯰が許のかのお米が身の上……ありゃ確もう御存じでございましたね。」
「ああ、二三度聞いたよ、可哀相だわ、おもしろくはないよ。」
「さてと、困ったな、喧嘩が禁制となって酔払いがお気に入らずとあっては、前座種切れだ。」
と吸いつけ、
「お待ちなさい、お米が身の上は可哀相と極って、長崎から強飯が長い話と極った処で、これがおもしろいと形のついた話といってはありますまい。私が一度甲州街道の府中に行っていたことがあります。
よくはやりましたが、新店で、親方というのが少いので、女房もまだ出来たてだもんですから、職人は欲しい、世話はしたいが一所に居るのはちと工合が悪い、内には妹と厄介な叔母とが居て、ちょうど別に一軒借りようという処で、家は見つかっている、所帯道具なんぞ、一式調い次第あとから繰込むとするから、私に先へ行って夜だけ泊っていてくれろとこういう話です。
宜うございますとも。早速その晩から煎餅蒲団一枚ずつ抱えて寝に行きました。木戸があって玄関まであって室数が七ツばかり、十畳敷の座敷には袋戸棚、床の間づき、時代にてらてら艶が着いて戸棚の戸なんぞは、金箔を置いて白鷺が描いてあろうという大したもんです。
私は曰附の家へ瀬踏に使われたんだとは気が着きませんや。
床屋風情にゃあ過ぎたものを借りやあがった、襖の引手一個引剥しても、いっかど飲代が出来るなんと思って、薄ら寒い時分です、深川のお邸があんなになりました、同一年の秋なんで。
その十畳敷の真中で、昆布巻を極めて手足をのびのびと遣りましたっけ。」
愛吉は吸殻を払いて、
「可うごすかい、さあ寝られません。総鎮守の風の音が聞えますね、玉川の流は響きますね、遠くじゃあ、ばッたんばッたん機織の夜延でしょう、淋いッたらありません。
悪くするとこりゃ狐でも鳴きそうだ、弱りましたね、さよう、一時頃でございましたろうか。」
聞惚れていたお夏は急にあどけないことをいった。
「出たかい。」
余り唐突に聞かれたから、愛吉まごついて、
「へい、何でございます。」
「いずれ何か。」
「最初は、庭に手水鉢があります、その雨戸がカタリといいましたっけ、縁側を誰か歩行いて来ます、変だと思ってる内に、広間の前の処で跫音が留んだんです。へい、」といって一ツ自分で頷いた。
「それだけ。」
「どういたしまして、これからなんでさ。しばらくすると、すッと障子を開けましたが、私が枕を持上げる時には、もう畳を三畳ばかりすらすらと歩行いて来ました。
見ると婦人。
はてな、盗られる物はなし、戸締りはして置かないから、店から用があって来たのかしらと、ひょいと見ると、どう仕り……床屋の妹というのはちょいと娘柄は佳うございましたけれど、左の頬辺に痣があって第一円顔なんで。」
「よく演劇でしたり、画に描いたりするのは腰から下が霧のようになってましょう。
私がその時見ましたのは、どうして、大した結構なものですぜ。
目鼻立のはっきりとした、面長で、整然とした高島田、品は知りませんが、よろけた竪縞の薄いお納戸の着物で、しょんぼり枕許へ立ったんです。
時刻は時刻だし、場所は場所ですし、第一、その玉がまた、府中あたりに見ようたって見られるのじゃありません。何しろお嬢様、三階建の青楼の女郎が襟のかかった双子の半纏か何かで店を張ろうという処ですもの。
歌舞伎座のすっぽんから糶上りそうな美しいんだから、驚きましたの何のって、ワッともきゃっともまさかに声を上げはしませんが、一番生命がけで、むっくり起上ると、フイと背後向になって、風を切るようにすっと引返しました。その時は背筋のあたり、真白な襟を艶々した髷ね、毛筋もならべたほどに見えましたっけ、もう消えたんです。あくる朝はぼんやりでどうも考えて見ると夢のよう、早い処でまず、その消えたあとのことを思出すと、何しろ真暗なんでございましょう。夢でなくッて顔色がどうの、着ものの色がどうの、髷の形がこうのと、分るわけがなかろうじゃありませんか。
夢とすると話が出来ない、いかに田舎稼に出ていたって、野郎の癖に新造の夢でもありますまい。これが山賊に出逢って一貫投げ出したとでもいう事なら、意気地がねえたって茶話にゃなりまさ。
黙っていました。
その晩、また昨夜のように、燧火だけは枕頭へ置いて火の用心に灯は消して寝たんですが。
同一刻になりますと、雨戸がカタリ、ほんの、カタリと聞えますだけなんで、縁側に跫音がしましょう。枕を上げて見たばかりで、何故だか起返る事が出来ません。
その女もしばらく立っていましたっけ、別に何という事は無しに、縁側の障子の際で、肩の辺が消えますとね、桟が見えて高島田もなくなりました。」
お夏は半ば聞棄てて、気を入れるともなく返事ばかりして、帳面をあっちこっちばらばらと返していたが、この時一点も疑う色のない顔を上げた。
「奇代だわねえ。」
「ええ、まだまだそれが三晩四晩と続きましたね、段々気味が悪くなって来るせいですか、さあ、おいでなすったと思うと天窓から慄然として、圧を置かれるような塩梅で動くこともなりません。
五日経ってからお約束の、叔母と、妹というのが引移りました。けれども、そら私に瀬踏をさした位なんですから、そうやって日が経っても、何にもいわないについて大丈夫とは思ったでしょうが、まだ安心がなりますまい、そこで段取は抜、所帯道具は運ばないでまず泊りに来たもんです。
次の室の六畳に二人抱ッこをして寝ましたっけよ。お前さん昨夜は大層うなされてねと、夜が明けてから吐しまさ。さあいよいよだ、とぎょっとしたけれど、何時頃にと、惚けて尋ねますと、ちょうど刻限が合ってるんで。
ままよ、こうなりゃ百年目だ。新造に取着かれる覚はないから、別に殺そうというのじゃあなかろう、生命に別条がないと極りゃ、大威張りの江戸児、」
「吻々々々、」
「ほんとうに度胸を据えました、いえ、大したことじゃありません。何か化けて出る因縁があるに相違ないと思いましたからね、思い切って聞いて試ようと、さあ、事が極ると日の暮れるのが待遠いよう。」
「婦人二人は、また日が暮れると泊りに来ました、いい工合に青緡を少々握りましたもんですから、宵の内に二合半呷りつけて、寝床に潜り込んで待ってると、案の定、刻限も違えず、雨戸カタリ。
ちらりと姿が見えたが勝負で、私あ目を瞑って、江戸児だ、お前さん何の用だ、と言いました。
すると莞爾笑ったから凄うございまさ。少し俯向いてこう胸の処に袖を重ねていた、それをね、両方へ開いたでしょう。
突然、大蛇の天頭でも顕れるかと思うと、そうじゃアありません。これを預けたさに、と小さな声で謂いましたね。青い襦袢の中から、細い手を差延べたから、何か知らんが大変だ、幽霊の押着ものなんざ恐しい、突退けようと向うへ突出したこの手ッ首の細い処へ、」
愛吉は指の環で左の手首を握りながら、
「一本きらきらする銀の簪、脚を割って突さすように挟んだんです。確に、可うござんすか。確に、という口の下、ぐいぐいとその簪の脚が緊りましてね、ここが不思議ですよ、その痛いことと謂ったら。思わずキャッというと、愛吉さん愛吉さんと呼びますわ、次の室で二人の声がするから、気が着きますと、私は床の上へ坐り直って、現にもお嬢さん、こうやって左の手ッ首を圧えていたんです。
恐しいことには、夜があけても何だか脈処が冷たいようで、ずきずき痛みましたから堪りません。
打明けては言いませんでしたけれども、二晩続けて私が魘されたのを聞いたんで、婦人二人はもう厭だとかぶりを振ります。
有耶無耶の内は、夢だろうぐらいで私も我慢をしましたけれども、そうどうも手首へ極印を打たれちゃあ辛抱がなりません。とても次の晩からはその家へは寝られませんで、形なしになりましたが、私あはじめてです、いまだに不思議に思いますがね。」
「それッきり逢わなかったの。」
「ええ、もう木賃の方へ逃げました。」
「惜しいことをしたねえ、何かお前に頼みごとでもあったんじゃあないか、それでなくってもまた来た時を待っていて、分を聞けば可かったのにね。」
と身に染みて、お夏は残惜しそうな風情であった。
「今で見ますと、私も惜いことをしたと思います、ですがお嬢さん、その場に臨んで御覧なさい、その気味の悪いことといっちゃあ、口で謂うようなものではないんですから。」
お夏はこれを聞取らなかったほど、何か考えていたが、
「幾歳、」
「十八九で、」
「一昨年のことだって、」
「一昨年でございますよ。」
「一昨年十八九、私と同一年ぐらいだねえ?」
「飛んだことを、譬になすっちゃあ不可ません。」と驚いて言う。
お夏は自若として、
「そして簪を預けたいといったって、十八九で綺麗な女で、可愛らしいお化だこと。ほんとに可愛いじゃあないかねえ、」とものおもい、もの思う様子で謂いながら、つむりへ手を遣ると、さしていた銀脚の簪を抜いて取った。
「愛吉、ちょいとお見せな、手を。」
「へい、」
「こんな風に預けたの。」と、そのまま手首へはさんだが、よくは入らないから耳の処へ力を入れた、銀は柔かく二ツに分れて、愛吉の手は帳場格子の上に結いつけられたようになったが、双方無言で、やがて愛吉はぶるぶると震えた。
「取ってお置き、それをお前に上げましょう。」とお夏は事もなげに打微笑み、
「それであのお化の念が届くんだわ。」とあっけに取られた愛吉の顔をさも嬉しそうに眺めたが、不意に色をかえて、お夏はちょっと簪を抜いた髪に、手を触れて見て屹とした。この時の容貌は、過般深川の橋の上で、女中に取巻かれて火を避けたのを愛吉が見たそれのごとく、ほとんど侵すべからざる、威厳のあるものであった。しかもあきらかに一片の懸念の俤は、美しい眉宇の間にあらわれたのである。お夏は神に誓って、戯にもかかる挙動をすべき身ではないのであった。
しかるに愛吉が状もまた極めて案外。
その手も引かず渠は色を正して、やや開き直ったという体で、
「お嬢様、それじゃあこれをお記念に頂きましょう。」
「え。」
「お嬢さん、私は何とも申し上げようはございません。」と片手をそれへ、頭をさげたが、声の調子も変っている。
「私あお嬢さん、あなたに取っちゃあ敵でございます。へい、とんでもない、謂わばその獅子身中の虫と謂うんで、こんな分らずやで何にも存じませんもんですから、愛吉々々とおっしゃって下さるのを、可い事にして、癇癪は引請けましたなんぞと、汝が勝手な熱を吹いちゃあ、ちょいちょいお出入をするもんですから、こんな役雑ものと口をお利きなさりますばッかりで、お嬢様、あなたに人が後指を指すんです。知らない内はから呑気で、一向澄したものでおりましたが、人から気をつけられて身体を持って行き処のないほど、驚いたんでございますよ。
まあどの位、こちら様に害をなすか、こん畜生、数が知れねえんで、へい。実に相済みません、何てっておわびのいたしようもないのでございます。
今晩も実は一言申上げて、お暇乞をしましょうと、その事で上りましたが、いつに変らず愛吉々々とおっしゃるので、つい言い出しかねておりました。
唐突にこんな事を藪から棒、気が違ったかとお思いなさいましょうが、お嬢さん。
あなたも何にも御存じなし、私もちっとも知らないでおります内に、あなたの御縁談が一ツ打破れたんでございまして。
これが並一通のことじゃアありませんや。対手がまたその辺に対手欲しやでうろついてる出来星の吝な野郎じゃアありません、汝が身体さえ打棄ってる私ですもの、大臣だって、大将だって、大金持だって何だって、糸瓜とも思わねえのに、こればかりは大の贔屓で、心底から惚れています山の井の若先生。」
「愛吉!」
「お待ちなさい、それだ、分ってます。京橋から築地、この日本橋、神田、下谷、一度見た親はこういう人をと思わねえものはありますまい。今度あなたの代りに極りました縁の先方の、山河内の奥方てえ、あの癬の大年増なんざ、断食をしないばかりに、女を押つけようといって騒いだと申すんで。
その若先生が、お嬢さん、あなたを望みで、影日向心を入れていたというのに、何と私が着絡ってるばかりに、控えたというじゃアありませんか。」
「愛吉!」
「済みません、分ってます、分ってます。しかもこういう事をはじめて聞きましたのが、先達てお嬢さんが口惜がっておいでなすった、根岸の鴨川一件だ。鼻元思案のお前ばしりに私が暴れ込んで、ひッくりかえって可い心持で飲みました晩ですぜ。それと分ってからはお顔を見るにも御不便で、上りかねましたから、こんなに御不沙汰にもなりましたが、もう一度問直そうと、山の井先生がその時は、自分で鴨川の許へ行ったッていうんです。それが頼まれもせずいいつけもなさらない、お嬢さんの名を出して、私が暴れて帰ったあとだった、というじゃありませんか。
口惜いのは、お嬢さんに団扇で煽がせた時がと言うと、あの鴨川めが肝入で、山河内の娘に見合をさせるのに、先生を呼んだ日だと謂いますわ。敵だもの、おまけに、私が帰ったあとで、あなたの相談がどうなります。それに、まだ、そんな事じゃあない、といいますのはあの若先生は、お嬢さん、あなたが誰にもおっしゃらないで、心で思っていらっしゃる、……」
「愛吉!」
「いいえ、分ってます。誰も知りませんが、これを、いって聞かしたのは、竹永丹平という、新聞社の探訪員。」
底本:「泉鏡花集成9」ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年6月24日第1刷
底本の親本:「鏡花全集 第六卷」岩波書店
1941(昭和16)年11月10日第1刷発行
初出:「大阪毎日新聞」
1900(明治33)年8月9日~9月27日
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2012年3月5日作成
青空文庫作成ファイル:
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