漬物の味〔扉の言葉〕
種田山頭火



 私は長いあいだ漬物の味を知らなかった。ようやく近頃になって漬物はうまいなあとしみじみ味うている。

 清新そのものともいいたい白菜の塩漬もうれしいが、鼈甲のような大根の味噌漬もわるくない。辛子菜の香味、茄子の色彩、胡瓜の快活、糸菜の優美、──しかし私はどちらかといえば、粕漬の濃厚よりも浅漬の淡白を好いている。

 よい女房は亭主の膳にうまい漬物を絶やさない。私は断言しよう、まずい漬物を食べさせる彼女は必らずよくない妻君だ!

 山のもの海のもの、どんな御馳走があっても、最後の点睛はおいしい漬物の一皿でなければならない。

 漬物の味が解らないかぎり、彼は全き日本人ではあり得ないと思う。そしてまた私は考える、──漬物と俳句との間には一味相通ずるところの或る物があることを。──

(「三八九」第弐集 昭和六年三月五日発行)

底本:「山頭火随筆集」講談社文芸文庫、講談社

   2002(平成14)年710日第1刷発行

   2007(平成19)年25日第9刷発行

初出:「「三八九」第弐集」

   1931(昭和6)年35日発行

入力:門田裕志

校正:仙酔ゑびす

2008年519日作成

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