当選作所感
平林初之輔
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はじめの方は、私にはそうとう読みづらかったが三分の一くらいまでくるとだんだん面白くなって、ついひきずられて読んでしまった。なかなか手にいった書きかたで、作者の並々ならぬ手腕を偲ばせるところもあるが、私は、主として不満に感じた点だけをならべる。
まず全体の筋が「あやかしの皷」につきまとう、因果ばなしめいた一連のお噺であるのが、私にはもの足りない。皷の「崇り」などは迷信だと極論するわけでもないが、迷信なら迷信で、もっと凄味と神秘の色とを濃くしてほしい。「崇り」を科学的に分析するなら、もっと徹底的に俎上にのせてメスをふるってほしかった。全体に中途半端の感じがする。現代と徳川時代とがまざりあっていて、よく融合していないといった感じだ。ちょうど、洋館の中で、椅子に腰をかけて、講釈師の浮世話をきいているようだ。最後のたたりは、ある未亡人の変態性欲で説明されているが──これとても現代式吉田御殿といった感じで、私にはぴったりこなかったが──それ以前にどんな崇りがあったのかは、田舎のおばあさんからたわいもない土地の昔話をきくようで一向たよりがなかった。
最後にばたばたと事件が整理されて、刑事や監獄などが出てくるのも、前の方の落ちついた空気をぶちこわしている。そうして、こういう話の大団円としては少しくどすぎるように思った。
要するに、作者が、皷につきまとう奇縁を全くの「偶然と一致」としてとりあつかうでもなければ、全く神秘そのものとしてとりあつかうでもないところに内容の分裂があって、そこからすべての欠点がきているように思う。
この作者の筆は、「あやかしの皷」の作者のそれに比べると、いくぶん慣れないところがあるようだが、事件の構成ががっしりとできている。
調書や証言の類を排列していって、それによって次々に事件を解決してゆく手法にも、新機軸がうかがわれる。まるで事実の記録みたいだという非難もあるかもしれぬが、その非難はかえってこの作の強味を語っているように私は思う。事件の中へ泥棒を点綴したのは、はじめのうちは、わざと事件を複雑に見せるだけのためのように思えたが、最後になって泥棒にも重大な役割を演じさせて、ただの端役でおわらせていないところもよい。
ただし唖の女中を、もう少し何とか工夫できなかったものだろうか。せっかく妙な人物を出しておきながら、ただ消極的な役割だけしか演じさせていないのは物足りない。
冒頭の数頁は、何だか謎々の課題を出して、それをあとから説明してゆくようで、少し陳腐のきらいがある。むしろなくもがなと思う。
とにかく、極めてありそうな事件を、極めてありそうな手続きでしらべてゆきながら、しまいまで探偵的興味をつながせているので、読みかけたら一いきにしまいまで読まずにはおかせないのがこの作の強味である。
甲乙をつけるとなると、まるで変わった性質の作品だからちょっと困るが、私の好みからいうと「窓」の方がすきだ。
底本:「平林初之輔探偵小説選2〔論創ミステリ叢書2〕」論創社
2003(平成15)年11月10日初版第1刷発行
初出:「新青年 第七巻第七号」
1926(大正15)年6月号
入力:川山隆
校正:門田裕志
2010年12月8日作成
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