東の渚
伊藤野枝



東の磯の離れ岩、

その褐色の岩の背に、

今日もとまつたケエツブロウよ、

何故にお前はそのやうに

かなしい声してお泣きやる。


お前のつれは何処へ去た

お前の寝床はどこにある──

もう日が暮れるよ──御覧、

あの──あの沖のうすもやを、

何時までお前は其処にゐる。

岩と岩との間の瀬戸の、

あの渦をまく恐ろしい、

その海の面をケエツブロウよ、

いつまでお前はながめてる

あれ──あのたよりなげな泣き声──

海の声まであのやうに

はやくかへれとしかつてゐるに

何時まで其処にゐやる気か

何がかなしいケエツブロウよ、

もう日が暮れる──あれ波が──


私の可愛いゝケエツブロウよ、

お前が去らぬで私もゆかぬ

お前の心は私の心

私も矢張り泣いてゐる、

お前と一しよに此処にゐる。


ねえケエツブロウやいつその事に

死んでおしまひ!その岩の上で──

お前が死ねば私も死ぬよ

どうせ死ぬならケエツブロウよ

かなしお前とあの渦巻へ──

──東の磯の渚にて、一〇、三、──

*ケエツブロウ=海鳥の名。(方言ならん)


[『青鞜』第二巻第一一号・一九一二年一一月号]




底本:「定本 伊藤野枝全集 第一巻 創作」學藝書林

   2000(平成12)年315日初版発行

底本の親本:「青鞜 第二巻第一一号」

   1912(大正元)年111

初出:「青鞜 第二巻第一一号」

   1912(大正元)年111

入力:門田裕志

校正:Juki

2013年57日作成

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