独逸の範とすべき点
国枝史郎
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第一次世界戦争での戦敗国といえば、いうまでもなく独逸であるが、その独逸から表現主義文学という、破天荒の形式の文学が産れて、世界の芸術界を驚倒させた。
ゲオルク、カイゼルなどがその代表的作家であり「朝から夜中まで」などがその代表的作品である。
表現主義は、一口にいえば、印象主義に反抗して成立した主義であり、心内の思想なり感情なりを、外界と交渉無しに、端的に放出させて芸術を形成するのを特色としている。
敗戦して心身ともに困苦の極にあった独逸人にとっては、従来の、自由主義的、自然主義的、印象主義的文学の、なまぬるい描写や記述や説明が物足らず、卒直に心内の苦悶や憂鬱や希望や怒りやらを叩き付けたような文学を要求した結果、自然発生的に、表現主義文学は産れたものであると云ってもよかろう。
だからこの主義の文学は、従来の、何んとなく出来ていた文学上のいろいろの約束のようなものを、実に大胆に叩きこわしている。
スピードが速い、連絡を超越した飛躍がある。曲線的でなく直線的であり、非人情的であると思われるほど機械的である。介在物を混えずに一本の思想をひたむきに押通している。古い形式とされていた独白を平気で使って却って効果を持来たしている。万事意志的である。
この表現主義文学があらわれるや、世界中の文学者は大なり小なり夫れに感化され、その後に出た文学で、この影響を受けないものは無かったといっても過言で無いほどであった。戦敗国独逸の文学が、戦勝国の文学を然うまで支配したとは何んということだろう?
いや少しも不思議は無い。
戦敗国独逸の新武器が──火焔放射器や、高熱砲や、磁気水雷や、落下傘部隊等が、かつての戦勝国、英仏その他を現に支配しているのだから。まことにこの森林の子、ゲルマン族の偉らさは、敗けて敗けず、むしろ焦土から倍旧の美しい、化学や芸術の花を咲かせて、敵国に復讐し、己れ甦生する所にある。
この民族の不死鳥的態度は、取って以って我等の範としてよかろう。
底本:「国枝史郎歴史小説傑作選」作品社
2006(平成18)年3月30日第1刷発行
底本の親本:「外交」
1940(昭和15)年7月29日
初出:「外交」
1940(昭和15)年7月29日
入力:門田裕志
校正:阿和泉拓
2010年11月15日作成
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