人間再建
──ある病青年の告白──
北条民雄



 私は彼の告白記を紹介する前に、一応私と彼との関係や、間柄を記して置きたいと思ふ。別段深い理由はないのだが、なんとなくさうして置きたいのだ。ついでに言つておくが、私は時々彼を不快な男だと思つて嫌悪を覚えることもあるが、しかしほんとを言へば私は彼を好いてゐる。と言ふよりも、愛してゐるくらゐだ。

 彼は今年二十四で、身長は先づ五尺一寸くらゐであらうと思ふ。だから大きな男ではない、いや男としては随分ちびな方だ。病気はまあ軽症だと言つていいだらう。もつとも、時々神経痛にやられて臥つてゐることもあるが、それも大してひどいものではない。彼自身では相当重症だと思ひ込んでゐるらしいが、私に言はせれば彼なんかまだまだ癩の入口を覗いてゐるくらゐのものだ。しかし病気に対しては彼は驚くほど敏感で、ちよつとしたことにもすつかり意気銷沈して滅入り込んでしまふ。例へば陽気の工合でほんの少し神経が脹らんだり、読書で眼が充血したりしようものなら、忽ち頭から布団を被つて、われわれが訪ねて行つても口もろくに利かないといふ有様だ。そんな時私は持前の意地悪な気持から、からかつて見たりすると、彼は軽蔑したやうな眼つきで私を眺めながら、…………


思想では決して救はれない。

信じるか信じないか、これだけだ。

我々は凡ゆる権威や信念を疑つて来た。しかし僕は今は信念が欲しいのだ。人間を動かすものは思想でも知識でもない、ただ思想や知識が信念と化した時にのみ力を有つ。

底本:「定本 北條民雄全集 上巻」東京創元社

   1980(昭和55)年1020日初版

入力:Nana ohbe

校正:フクポー

2017年1124日作成

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