狸と与太郎
夢野久作



 与太郎は毎日隣村へ遊びに行って、まだ日の暮れぬうちに森を通って帰って来ました。

「あの森は狸がいていろいろのものに化けるから、日の暮れぬうちに帰らぬと怖ろしいぞ」

 とお母さんが言いきかせているからです。

 ある日、太郎はうっかり遊び過ごして真暗になって帰って来ました。森の中に入ると、忽ち一丈もある位の一つ目入道が出ました。

「ヤア。大きな伯父さんが出て来た。眼玉が一つしかないんだね。面白いなあ。僕と一緒にうちへ遊びに来ないかい」

 と与太郎は言いました。一つ目入道は見ているうちにロクロ首になりました。

「ヤア。綺麗な首の長い姉さんになった。変だなあ。どうしてそんなに長くなるの。もっともっと長くして御覧」

 と言いました。ロクロ首は今度は鬼の姿になりました。

「オヤ、鬼になった。お節句の人形によく似てる。可笑おかしいなあ。もっといろんなものになって御覧」

 化け物は与太郎がちっとも怖がらないのでつまらなくなって、狸になってしまいました。それを見ると与太郎は真青になって、

「ワア狸が出たあ。化けると大変だ。助けてくれ」

 と言いながら一所懸命逃げて行きました。

底本:「夢野久作全集7」三一書房

   1970(昭和45)年131日第1版第1刷発行

   1992(平成4)年229日第1版第12刷発行

初出:「九州日報」

   1923(大正12)年1121

※底本の解題によれば、初出時の署名は「香倶土三鳥」です。

入力:川山隆

校正:土屋隆

2007年721日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。