人形物語
竹久夢二
|
1
あるちいさな女の児と、大きな人形とが、ある日お花さんのおうちをたずねました。
ところが その女の児は、それはもうほんとに、ちいさな女の児で、その人形はまた、それはそれはすばらしい大きな人形だったのです。
それゆえ、お取次に出た女中には、人形だけしか眼に入らなかったのです。女中はおどろいてお花さんに、
「まあお嬢さま! 大きなお人形さんがお嬢さまに逢いにいらっしゃいましたよ」と言いました。
2
「玉ちゃん」茶の間で、お母様の声がする。
「はあ」と愛想よく玉ちゃんは答えました。
「後生ですから、そこから鋏をもってきて頂戴な、ね」こんどはだまっていましたが、いそいでそこにあった人形を抱きあげて、
「あたし、いま、人形におっぱいあげていますの……」と言いました。暫くすると可愛い子守唄がきこえて来ました。
ねんねしなされまだ日はたかい。
暮れりゃお寺の鐘がなある。
3
お冬さんの人形は病気でした。
ちいさなお医者様は、大きな時計を出して、人形の脈をとりながら「ははあ」と小首をかたげました。
お冬さんは、心もとなさに、
「先生、いかがでございましょう」
とたずねました。先生は手を拭きながら、
「なあに、ちょっとした風邪ですから御心配には及びません。お子様方は夜おやすみの時、おなかを出さないように気をつけて下さい」
と言いました。
底本:「童話集 春」小学館文庫、小学館
2004(平成16)年8月1日初版第1刷発行
底本の親本:「童話 春」研究社
1926(大正15)年12月
入力:noir
校正:noriko saito
2006年7月2日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。