随筆評論集「文学以前」後記
豊島与志雄


 感想や随筆の類は、折にふれて書いてるようでいて、いざ一冊の書物にまとめるとなると、わりに分量が少いものである。殊に、書物に収録するに堪えられず、反古として捨てなければならないようなものが多いのは、筆者として悲しいことである。

 今、一冊の書物を編むに当り、分量が足りないので、旧著からも少しく再録せねばならなくなった。本書の最初の四篇がそれであって、今でもなお多くの人に読んで貰いたいと思ってるものばかり。その他は終戦後に書いたものである。

 終戦後、私は主として小説を書いた。そのため、感想や随筆の形態を取るものが少いという結果にもなったが、この変革期の約五ヶ年間の収獲がこれだけのものだということは、自分でも聊か淋しい。然し、これらのものは、私の小説作品の謂わば台地とも言うべきもので、じかに私の気息が通っている。

 本書の中に、三木清と武田麟太郎と太宰治と、思い出が三つ並んだことについて、殊に私は感慨が深い。終戦の年の九月末と翌年の三月末とその翌々年の四月半ばに、この三人の畏友を相次いで失ったことは、何としても痛恨に堪えない。三つとも短文ではあるが、それは或る他の文とを通じて、読者には恐らく分らないであろう私の執心が、本書には秘められている。

 これで、戦後から一九五〇年までの私の随筆感想の全部である。

底本:「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」未来社

   1967(昭和42)年1110日第1刷発行

初出:「文学以前」河出書房

   1951(昭和26)年3

※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

入力:門田裕志

校正:Juki

2013年511日作成

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