ブロンズまで
牧野信一
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Dと村長がR子のことで月夜の晩に川べりの茶屋で格闘を演じた。Dは四十歳の洋画家である。R子は川べりの小さな町で踊りと歌を売つてゐる町一番美しいスターで、Dの愛人である。
格闘の原因は何か? 僕は聞きもらしたが、次のやうな会話が僕の耳に入つて来る。(僕は、空々庵の主が、目の前に迫つた展覧会に出品する為の制作のモデルになつて、黙々と椅子によつてゐるのだ。──そのアトリヱに種々な客が集まつて雑談に耽つてゐるのだ。)
「村長が、口惜しい〳〵といつて、オイオイと声をあげて泣き出したよ。」
「DはDで、大声を張りあげて──さあ出て来い、村長! 水の中へ投り込んでしまふぞ──と連呼してゐるのだ。」
「そしてDが村長を目がけて振りあげた拳固が、ねらひが狂つたのかR子の額にあたつて、R子が卒倒してしまつたんだ。だがDは、それで後をも振り向かずに停車場を目がけて川のへりを駆けて行つてしまふんだ。」
「Dさんをつかまへて下さい〳〵! とR子がウワ言のやうに叫んで、ヒヨロ〳〵と立ち上らうとするんだが、動けないんだ。──だのに、どうしてもDをつかまへて呉れ! といつて諾かないんだ。」
「そこで俺達一同が寄んどころなくR子の手を執り脚を執りして担ぎあげたわけなんだよ。」
「それツ! といふので、俺達はR子を担いで、あの長い川の堤をワツシヨイ〳〵と、Dの追跡さ。これが若し逆に回転してゐれば、俺達が差詰めまあ悪漢の手下か何かで、美人をさらつて逃げるところをDが追ひかけるといふ活動写真のわけなんだが、此方が追ツかけるんだから妙なものさ。」
「あれが君、幸ひ月夜だつたから好かつたものゝ──」
「遥かの行手に停車場の灯が見えて、そつちの方へ駆けて行くDの後ろ姿がはつきり見えたからな、影絵の人物のやうに──」
「月夜でなけれあ此方だつて、あゝ速くは駆けられやしない。何しろ足もとは、さん〳〵と流れてゐる水のほとりだからね。」
「そんなことは何うでもいゝよ。そして首尾よくDに追ひついたのか?」
と誰やらが先を急いだ。
「それはともかく──」
と話手の一人は反対にさへぎつた。「今晩の会合に俺達の仲間が大半欠席しなければならなくなつたといふ理由は、あの晩、あの長い丁場をそんなに夢中で駆けさせられたので大方の者が足を痛めて、いまだに寝てゐるといふ始末なんだよ。」
「村長!」
と、また誰やらがやゝ開き直つた調子で呼びかけた。「さういふわけで僕らの仲間は、今日の和睦会に出席できない者が多いんですが、何うか悪く思はないで下さい。」
「俺あ厭だ!」
と唸つたのは窓の外にゐるらしい村長の声だつた。「Dも来られず、君達の仲間も来ず──ぢや、今日の会合は全く無意味になつてしまふわけぢやないか、俺あ厭だ!」
「Dは、あの時、俺達が追ひついて、アワヤR子が取り縋らうとした刹那に、汽車が出てしまつて、それぎりなんだが、今日はやつて来るだらうか知ら?」
「R子! 何してゐるんだ。」
更に村長の声が聞えてゐた。
「此方へ来て酌をしないか。」
村長は木蔭の卓子で休んでゐると見える。
「殻から出ようとしてゐる蝉がゐるのよ。こんなところに! あたし、蝉がこんな殻から出るツてこと始めて知つたわ。」
「こゝへ持つて来て見ろよ。」
「可愛想だわ──」
「見てゐるうちに羽根が黒くなつて、忽ち飛び出して行くぜ。」
「村長さんもそんなのを気をつけて見たりすることがあつて?」
秋めいた午さがりの空々庵である。
椅子に腰かけたまゝ眼ばたきもあまりしない僕である。主は、僕を見、土をつまんで、僕の顔をつくつてゐる。モデルの僕が転々生活ばかりして滅多に現れないので正月にとりかゝつていまだに完成しない制作に、主は余念ない。
九季面壁非遇然
苦行即意志玄旨
信道無天然達磨
天下文人飯袋子
酔客が腕をふるつたといふこんな七言絶句が壁に誌されてある空々庵といふ彫刻家のアトリヱである。
空々庵にずつと滞在してゐる客のYが、同じくモデル椅子によつて仕事中の僕に話すエピソードである。
「海の帰りに停車場の裏の石垣の上を見ると、これがちやんと止つてゐるんだよ。」
とYは箱の中の木兎を指差した。木兎は真ン丸な眼を見開いて、キヨトンとこつちを眺めてゐる。
「よしツ、つかまへてやらう! と思つて俺は静かに石垣を登つたんだ。ところが見えるんだね、大将! 俺が腕をのばしていざつかまへようとするとフワ〳〵ツと飛び出したさ。」
それからがYの大活躍である、Yは空々庵の主と同様達磨のやうに肥つた男である。
木兎は丘の上に飛んで蜜柑の枝に止つた。Yが腕をのばすと五寸ばかりで届かないので、軽く飛びあがつてつかまへようとすると、思はずYは枝をつかんでしまつて、相当太い枝がポキンと折れてしまつて、Yは畑に尻もちをついて、木兎は逃げて、タバコ畑に飛んだ。タバコ畑ならこつちのものだ! とYはほくそ笑んで、若しや食ひつかれたら痛からう! と気づいたから、浴衣をぬいで、これで伏せてやらうと思つて、裸体になり、着物を蚊帳のやうに拡げて、息を殺して忍び寄つたのである。──ところが不運だつたことには、その日にYはあまり長く海に浸り過ぎて風邪を引いたと見えて、やゝともするとクシヤミが出てならなかつたのである。木兎に近寄つたかと思ふと、アワヤといふところでクシヤミが出て、取り逃がしてしまふのであつた。
「また僕のクシヤミといふのが──」
とYは説明しかけると慌てゝ横を向いたかと思ふと、家鳴り振動するほど素晴らしいクシヤミを放つた。箱の中の木兎が、止り木から滑り落ちて気たゝましい羽ばたきを立てた。
「それ〳〵、こんな風なんだからかなやしない、それが、その時は風邪の引きたてゞ、試みに腕時計を見ると三分おきに時をとつて出るんだから、往生したよ。」
「持つて帰つたらオヤヂが悦んで、そのうちにまたこれをモデルにするだらうと思つたから僕も一生懸命になつたんだよ。」
オヤヂといふのは彫刻家のことである。
Yはタバコ畑の中を縦横に駆け廻つて、木兎を追ひまくつたが、益々クシヤミにたゝられて、ハナは出る、涙は出る、顔も何も滅茶苦茶に泥によごれて、眼も見えず、しまひには鳥と間違へてナスやマクハウリをつかんでしまふほどの悪闘を演じてしまつたといふことだつた。
漸く向ひ側の丘の下に追ひつめて、西瓜畑の中で首尾よく木兎をつかまへた時には、もう日は西の山に沈まうとして、空はきれいな夕映に色彩られてゐた時だつた。不図気づいて見ると十人あまり見物人がYの周囲をとりかこんでゐたといふことだつた。
「俺が彼方へ飛び此方へ飛びしてゐる後を見物人が、更に追ひかけてゐたわけだつたがその時まで俺は一向に気がつかなかつたんだよ。日暮れに迫られたらお終ひだと思つてゐたので全く加速度的に俺は夢中になつてゐたので──」
僕は、Yの目醒しい活躍談を聞きながら、ずつと〳〵以前にKといふ男が彫刻家の制作である木兎の銅像を携へて売約の使ひに出たまゝ遁走をしてしまつた時のことを思ひ出してゐた。その時アトリエに集まつた連中が腕を組んだまゝ困つた顔をして徒らにKの行方を想像などしてゐると、滅多に感想といふものを吐いたことのない彫刻家が、ブロンズにしてある制作ならどこに持ち運ばれて何んな目に逢はうとも決して亡びないから──とつぶやいてゐたのを僕は何といふことなしに羨ましく聞いたことがあつたことなどを思ひ出したりしてゐた。
「これが済んだら今度は何をやるんだらう!」と僕は、Yの方を向いて彫刻家の次の制作についてたづねた。僕の像をつくりながら、夏以来Yの胸像も同時につくられつゝあつたのだ。この暑さに、ぢつとかうしてゐるのは実際「九季面壁」の思ひだね──とYはよく壁の文字を指差して笑つたものだ。
「多分これかも知れない。」
とYは箱の中の木兎に餌を与へながらいつた。
彫刻家は黙々として仕事に熱中してゐる。開期に間に合へば、Yと僕とそして木兎の銅像が、晴れの美術展覧会にならぶ筈だ。
Yと僕の像は出来上がつたが、木兎は間に合はぬことになつた。二三日のうちに、二つの胸像を石膏型にして、Yが東京のブロンズ屋に運ぶことになつてゐる。
Yは、そのまゝ帰京することになるのだらう。
「君は、木兎を欲しいといつてゐたね?」
とYが僕に訊ねた。
「いつたやうな気もするが──」
「君に置いて行くよ。」
「僕に! それは、しかし……」
「俺が居なくなると餌をやる者がなくなつてしまふから──。仕事の時には、また持つて来れば好からうから……」
「そんなら貰はう。僕だつて養へるか何うかの自信はないけれど──」
嘗て僕は生物を飼育した経験はないのであるが、何時もの夏の後の秋の──ガランとした生活の中に彼様な珍客が残されることを思ふと、微かな悦びが感ぜられないこともなかつた。
「逃がしては厭だぜ。」
「それは大丈夫だ。──逃がしたひにはとても僕には追ひかけることは出来なからうからな。」
「そのうちに、僕が作るから──」
と彫刻家がいつた。
「それまで──」とYがいつた。
凝つと、モデルの椅子に凭つて日を送つてゐた間に、その周囲に起つた、「追ひかけられること」「追ひかけること」の幾つかの事件を僕は、あの制作の思ひ出に記述して置きたかつたのであるが、「追ひかけられること」「追ひかけること」──は、次々に進展して行つて、何処までも止まない。
僕は、僕等の「九李面壁」を回想し得る、今年の彫刻家の制作をながめて、様々な「動」に想ひ走らせよう。
僕が、縦から横から、出来あがつた自分とYの像をながめてゐると、彫刻家がいつた。
「美術館の光線で見ると、一番はつきり好く解るよ。」
──「さあ、もう一日も愚図々々しては居られないんだ。一日も早くブロンズ屋に持つて行かないと、遅れるぞ。」
Yは村長の行方を探してゐた。村長がYと一処に東京へ行く約束なのであるといふことを僕は、はじめて聞き知つた。
「今日も朝から、終日探したんだが、何うしても行方が解らない。」とYは吐息をついた。
「…………」
彫刻を作るよりほかには何も知らない彫刻家は、たゞ、眼を丸くしてYの顔を見守つてゐるばかりだつた。
村長の館までは、三里の田圃道を走つて、二つの丘を越えなければならなかつた。
「もう一刻もかうしては居られないし、約束を破つておれだけで東京へ行くわけにも行かないしするから、これから三人で村長の家までおしかけることに仕様──」といふがいなやYは、もう自動車に飛び乗つた。彫刻家も僕も続いた。ステーシヨン前の自動車店が新規に買ひ入れた風のやうな色彩の新台である。そして、海のやうになびいてゐる稲の中を、直線に走つてゐる田圃道を、僕達は突風のやうに進んでゐた。R子がDを追跡した道である。
「R子事件でもが、また起つて村長は奔走し廻つてゐるんぢやないか知ら?」
「となると容易には見つかるまい。──」
「居なかつたら、仕方がない、村長の像に向つて言葉をかけてゞも来るんだね。」とYが生真面目な調子でいつた。
豊かなひげを貯へた村長の像は、何時行つても必ずそこの書斎に鎮座してゐる。これは、彫刻家の去年の制作である。
「おれ達の像も早くブロンズにしてしまはう、何時どんなことが起らぬとも限らないし……」とYは浮腰になつてつぶやいてゐた。
「木兎も早く銅像になればよいが──」と僕もつぶやいた。
附記。前記R子の愛人Dは村長と並んで同じく前年ブロンズになつて、展覧会に並び、その像は今僕のところに預かつてある。
底本:「牧野信一全集第三巻」筑摩書房
2002(平成14)年5月20日初版第1刷発行
底本の親本:「報知新聞 第一八九〇八~第一八九一一号」報知新聞社
1929(昭和4)年9月2日~5日
初出:「報知新聞 第一八九〇八~第一八九一一号」報知新聞社
1929(昭和4)年9月2日~5日
入力:宮元淳一
校正:門田裕志
2010年8月6日作成
2011年5月5日修正
青空文庫作成ファイル:
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