寄生木と縄梯子
牧野信一



「ヤドリ木──知つてゐますか?」

「……知らんのう、実物を見たら、あゝ、これか──と思ふかも知んないが……ヤドリ木? 聞いたこともない。」

 誰に訊ねても同じ返答ばかりであつた。私は、小屋を出てから同じ質問を若い木挽にも訊いた。山頭やまがしらの炭焼の老人にも訊いた。鈴を鳴して橇道を滑走して来る橇の一隊をさへぎつて、皆なに訊いたが、一様に首をかしげて顔を見合せてゐるだけだつた。

「有りがたう──兎も角僕はそれを是非とも探して来なければならないので、暫くの間休ませて貰ひますよ。タイピストと二人──」

「現場のあたりへ行つて見なされよ。」

 行列は気の毒さうに斯う云つて、鈴を鳴して降つて行つた。

「屹度見つけるであらう、僕は──」

 私は、アメリカ語で、フロラを顧みて橇道から森の中へ入つて行つた。

 麓の村から三哩、馬の背で踏み入る山奥の材木工場で、フロラと私はその年のクリスマスを迎へようとしてゐた。山に働く他の凡ての人々は、この宗教に全く関心を持たぬ村人達であつたから、フロラと私がたつた二人で、事務所である丸木小屋で花やかな祭りを催すことにした。二人の者は、凡ゆる力を惜まずに此工場で働くことに依つて、希望に充ちた新生活を展く決心だつたから、この時も町へ帰らうともせず、寧ろ此上もない祝福を抱いて、たくましい原始生活と闘ふてゐた時のことである。

 仕事の合間を見て部屋の飾りつけを施すのであつたから、三日前から支度をして、この日の午前ひるまへには凡て整頓されてゐた。関心は持たなくても祭りの悦びだけは迷惑にならぬであらう、楽しい夕べが訪れたならば、サンタクロースには山頭の老人を頼まう、子供達や若者を集めてテープを投げ合はう、村祭りの踊りを所望しよう、此方は私が手風琴を弾くから、フロラは一つお得意のロココ風の踊りを批露すべしだ──プログラムまでがきまつてゐた。

 飾りつけが出来た時に不図フロラが、

「ミスルトウは?」

 と気附いた。

「何処にでもあるに違ひない、こんな森の中だもの──だが、愉快な形式を尊重して、一枝のミスルトウを、二人がゝりで探しに行くといふ古風な夢を実現して見ようではないか……」

 私は、そんなことを云つてフロラを伴れ出して来たのであつたが、梢ばかり見あげて歩き廻つたので、首筋のあたりが変になつてしまつた程なのだが、何処にもミスルトウの小枝も見あたらなかつた。

「あれは、寄生する親木の類ひが、特別にあるのではなかつたか知ら──植物学の書物を見ておくべきであつた。」

 私がついそんな嘆息を洩すと、フロラも眉を顰めて「こんなに歩き廻らなければならぬのであつたなら、あたしは橇小屋から馬を借り出して来たものを──」と不満を述べた。

 私達は樅の大木の森を、熱心にさ迷ひまはつてゐた。私は、無論、手をのばせばとゞくであらうほどの高さの小さな幹ばかりを見てゐたのだ。

「ほんの手のとゞく位のところに、幾らでもあると思つたが──」

「お前は樹の幹をよぢ登ることは出来るのかしら?」とフロラは訊ねた。

「垂直な幹でさへなければ、そして余り太い幹でなければ……」

 と云ひかけたが、私は幾分の不安を覚えた。私は少年の頃、果物をとる目的で高い枝から枝を伝ふてゐると、突然枝が折れて地上に転落し左腕を折つた経験がある。それ以来迷信的に木登りを怖れる質が生じてゐた。さうだ俺は、それ以来一度も木登りといふことを試みたことは無かつたのぢやないかしら──不図私は、そんなことを思ひ廻らせてゐる矢先に、ずつと先の方に踏み入つてゐたフロラが、

「ハロー、ハロー!」

 と鋭く歓喜の声を挙げた。そして、恰で逃げてしまふ生物を見出したかのやうに慌て、

「早くお出で〳〵! 見事な一株のミスルトウを、直ぐ其処に見出した!」

 と、叫んだ。森閑とした森に、気たゝましい女の声が不気味に反響した。私が駆け寄るとフロラは、

「私は、とう〳〵幸ひを発見した!」

 と仰山な声をあげて悦びのあまり私の胸に抱きついた。

 で私が、フロラの指差すところを見あげると、二抱へもある程の樅の木で、寄生木のある枝までは凡そ二丈も昇らなければならなかつた。

 私の両脚は感覚を失つた。

「樵夫のところから縄梯子を借りて来たら好からう、そしてあたしはお前の手がミスルトウの枝に触れるところを注意深く見守るであらう、お前が切りとつて来るミスルトウにあたしは、二人の永久の幸ひを祈る最初の接吻を寄せるであらう。あたしの、勇敢な、より好き半身よ。縄梯子を……。

 タイム、イズ、マネー。」

 二人がゝりで縄梯子を運んだ。つぎ竿の先で梯子の一端を「幸福を宿す木」が私達のために緑の葉を拡げてゐる──樅の枝に辛うじて懸けることが出来た。その枝から梯子は、ブランコのやうに宙を、地上に垂れた。

「二人で昇つて行つても安全だらう、あたしもお前に続いて行かうかしら。そして、あの枝に並んで腰を掛けて(祝福された星)の歌をうたはうか。」

「ミスルトウの枝を抱へたお前の肩に凭つて吾々が橇道を降つて行く帰り途に、それは歌はう。未だ、あのヤドリ木は完全に吾々のものに帰したとも云へぬのであるから……」

 私は、一振りの山刀をバンドの腰にさしはさむと、とても注意深い脚どりで、一段一段と、縄梯子を昇つて行つた。帰りの橇道のことを想ふと、目眩めくらみさうな恍惚の渦巻きに襲はれた。「祝福された星」の歌の唱歌者うたひては、歌の初めと終りで、未来を約す熱い接吻をとりかはすのが慣ひであるさうだ、──といふことを私は、その二三日前にフロラから聴いた。

底本:「牧野信一全集第四巻」筑摩書房

   2002(平成14)年620日初版第1刷発行

底本の親本:「婦人サロン 第二巻第十二号」文藝春秋社

   1930(昭和5)年121日発行

初出:「婦人サロン 第二巻第十二号」文藝春秋社

   1930(昭和5)年121日発行

入力:宮元淳一

校正:門田裕志

2010年117日作成

2016年59日修正

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