鱗雲
牧野信一



     一


 百足凧──これは私達の幼時には毎年見物させられた珍らしくもなかつた凧である。当時は、大なり小なり大概の家にはこの百足の姿に擬した凧が大切に保存されてゐた。私の生家にも前代から持ち伝へられたといふ三間ばかりの長さのある百足凧があつた。この大きさでは自慢にはならなかつた。小の部に属するものだつた。それだと云つても子供の慰み物ではない。子供などは手を触れることさへも許されなかつたのだ。端午の節句には三人の人手をかりて厳かな凧上げ式を挙行したものである。──因縁も伝説も迷信も、そして何として風習であつたのかといふことも私は、凧に就いては聞き洩したので今でも何らの知識はない。花々しい凧上げの日の記憶が、たゞ漠然と残つてゐるばかりである。それにしてもあれ程凄まじかつた伝来の流行が、今はもう全くの昔の夢になつたのかと思ふと若い私は可怪をかしな気がする。

「ほう! そんな凧が流行したことがあつたのかね、この辺で──」

 故郷の同じ町にゐる私と同年の青年ですら、私が一寸した興味から詳しいことを知りたくなつて凧のことを訊ねたら、かへつて私が法螺でも吹いてゐるんぢやないかといふ風に空々し気な眼を輝かせてゐた。「ほんの一部分の風習だつたのだらうね。それが子供の君の眼には世界中のお祭りのやうに映つたのさ。君の子供の頃まで、それ程にも未開な区域が残つてゐたのかねえ。」

「B村には僕の親類があつたのだが、あの村などは一層烈しかつたぜ。僕は祖母や母に伴れられて遥々と凧見物に出かけたものだ。」

「B村と云へば、あの村は中央電車鉄道に買収されて、電車道になつてしまつたな。」

「B村が!」と私は叫んだ。

「あれを知らないの? 今は家なんて一軒もあるまい。B村なんて名称も残つてゐるかどうか。」

「そんなことはない。吾家の知合ひの青野家はちやんとある。悴のFとは今でも僕は文通してゐるんだもの。」

「一軒位ゐはあるかも知れんな。」

「百足凧といふのは──」と私は、こゝで何やら感慨深さうに首を振つたが、煩瑣を忍んで、曖昧ながらにでも此方が凧の構造を説明しなければならなかつた。

 凧だから勿論竹の骨に紙を貼つたものである。巨大な百足なのだ。大団扇のやうに細竹を輪にして、さうだ、丁度ピヱロオが飛び出す紙貼りの輪だ。之を百足の節足の数と同じく四十二枚、それには両端に竹の脚がついてゐる、つまり団扇の柄が上下についてゐるやうなものである。その脚の尖端には夫々一束の棕梠の毛が爪の代りに結びつけてある。この四十二枚の胴片はその左右の脚を、夫々均等の間隔を保つて二条ふたすぢの糸でつなぎ合せるのだ。だから胴片は水平にひら〳〵とする。尾は、主に銀色で長く二つに岐れてゐる。頭には金色の眼球が風車の仕かけになつて取りつけてあるから、らん〳〵と陽に映えるのである。房々と風になびく巨大な鬚は、馬の尻尾を引きぬいて結びつけたものである。

 勿論凧師と称する職業家が造るのであるが私は、製作の実際は見たことがない。十日位ひ前に凧師が来て手入れをする光景ありさまより他には知らない。青野家などではその手入れだけでも三ヶ月も前から凧師が滞在して準備に忙殺されてゐたさうである。爪の代りの棕梠の毛からしてその年毎にいち〳〵分銅に懸けて重さを計つて置かなければならなかつたのだ。紙は毎年貼り代へるところもあるし、塗り代へで済すところもあつたさうだ。いざ当日となつて、吾家の凧などは到底この仲間には入らなかつたが、主だつた持主は夫々工夫を凝らした上句の新奇を競ふのであつた。B村の当日の騒ぎなどは恰も大川の川開きのやうな賑ひだつた。前日までは堅く秘密が守られてゐたから、何んな姿の百足が現れるかと、見物人は片唾をのんで待ち構へてゐる。競争者同志の間では深夜に間者を放つて敵手の工夫を窺ひにやつたなどといふ挿話も屡々伝へられた。或る持主は見物人に賄賂を贈つたり或ひは内意を含んだ数十名の味方を見物中に秘かに放つて、自家の凧が現れると同時に割れんばかりの賞讚の嘆声を放たしめて敵手の毒気を抜いてやる計画を立てた。A家の今年の凧の眼玉は本物の金だといふ噂が伝つて愕然としたB家では、にわかに胴片の鱗を悉く金箔で塗り潰した。C家では先代が採集の途中で倒れ、遺言状の個状書の一つに加へられてゐたといふ白馬の尻尾の毛を、漸く今年は新しい当主が完成して百足の鬚を雪のやうな白髪に変へたといふ噂も流布された。だが反対党(議員選挙のいきさつからであるか、或ひは凧の争ひがもとになつて選挙の方も分れてゐたのか? 大凧の持主程の者は常々から幾派にも分裂してゐた。)の説に依ると、C家の主人が襷がけになつて深夜こつそりと黒い馬の尻尾を胡粉で染めてゐるところを垣間見て来た者がある。雨が降れば化の皮が現れる、それが証拠にはあの主人はこの一両日毎晩天候の具合を窺つて星月夜が続いてゐることをたしかめた後に、自分から吾家の今年の凧はこれ〳〵だと吹聴し廻つたのであるなどとも云はれた。D家の主人は当日二人曳きの車を一里も先きの隣村の橋畔まで飛して、望遠鏡をもつて遥かに吾家の凧を望んで、E家のよりも二間あまり高く飛んでゐたと云つて溜飲を下げようとすると、E家の主人はそれは風の享け具合で糸の長い方は反つて下に見ゆるものだと主張した。この両家は毎年糸の長さを競ふてゐた。

 私は、このB村の凧上げ日の朝の光景などもはつきりと覚えてゐる。晩春のうら〳〵とする陽を浴びた芝生である小山の斜面に赤い毛氈を敷いて私達は競馬場のやうな凹地を見降してゐるのだ。競技に出場する程の凧になると一つの胴片の直径が五尺近くもあつたに相違ない、一つの胴片を一人の男が捧げるに充分だつた。それらは夫々両端を糸でつないであるのだが、彼等が意気揚々と繰り込んで来る光景を遠くから眺めると楯をかざした一列縦隊の兵士が調練をしてゐるやうに見えた。金色の楯をかざした一隊があつた。紅色の分隊があつた。銀色の楯をきらめかせて整然と駆けて来る小隊があつた。観衆は声をからして自党の隊伍に向つて、あらん限りの声援と賞讚をおくつた。──私には、あれが百足のかたちをした凧になるとは思へなかつた。つなぎ目なども見えない、バラバラの美しい団扇か楯により他見えなかつた。得体の知れない土人の踊りでも見てゐるやうな気もした位ゐだつた。……ところが、そのバラバラの楯や大団扇が一度び地を離れて空中高く舞ひあがつたのを眺めると、まさしく一個の巨大な百足に一変するのだ。百足は悠々と金色の胴体をうねらせて面白気に浮游してゐる。下で見た時にはハタキのやうだつた左右の棕梠の毛を結びつけた脚は、見事に百足の節足に変つて具合好く胴体の釣り合ひを保つてゐる。短か過ぎはしないかと思はれた馬の尻尾の鬚も、まことに百足のそれらしい。眼玉がクルクルと回つて滑稽な凄味を添てゐるし、数片の鱗はキラキラと陽に映えながら節足類のそれらしい細やかなうねりを見せてゐた。然し、百足らしく見ゆるまでには其処に余程の時がはさまれての後だつた。即ち、銀色の楯の一隊が先づ一町も先きまで進むと彼等は各自の楯を静かに芝生の上に立てかけた。そして、また一町を戻り彼等は一条の綱に三間置き位ひの割合ひで取りすがるのであつた。風見係りの者が、いざと号令を懸けると、彼等は慌しい井戸換への連中のやうに綱を引いて一勢に駆け出すのである。同時に、パラパラと向方の楯が舞ひあがる。それはつなぎ提灯のやうになつたり、弥次郎兵衛のやうに両脚をよち〳〵と打ち振つたり、それぞれあちらこちらに飛び散るやうに見えたり、してゐるかと見ると、やがて中空に浮んで大うねりを漂はせながら一列に並んでしまふ。駆け続けてゐるあげ手の方では、凧に最も近い者から順々に手を離して行くのである。この呼吸を見るのが余程の熟練を要するらしい。うつかり早過ぎて離すと凧があがり損ふ。また、まご〳〵して離し損ふと勢ひに釣られて綱と一処に五体が空に舞ひあげられてしまふ。先のあげ手がためらふてゐるうちに、次の一人が先に離したら、先の者はアワヤと云ふ間に何十尺もの高さに釣りあげられた、ゆつくりと綱を伝つて降りて来れば無事だつたらうに、泡を食つて思はず手を離したから忽ち鞠になつて落下し、気絶した惨事を私は目撃したが、そんなことは珍らしくはないさうだ。

 いつの間にか、凧は、小さく完全な百足の姿に化して遥かの空中にのたり〳〵と泳いでゐるのであつた。鱗がキラ〳〵と光つてゐる。二条の尾が胴に逆つてあちらこちらになびいてゐる。──まつたく、仮装行列の出たら目な道具のやうだつた片々が、忽ちのうちに活きた百足の模型に早変りして悠々と青空にのたうちまはつてゐるのだ。

 私は夢見心地になつて、飽かずに眺めた。私は、吾家の百足凧があまりに貧弱なことを顧みて、吾家に凧道楽の人が現れなかつたのを憾んだり、自分も大人になつたらあれよりも素晴しい凧の持主になりたいものだと沁々と願望した思ひを今だに記憶してゐる。

「何と云つても青野の凧が一番立派ですね、あそこではなまじな塗り換へなんぞはしないで、毎年同じ意匠のまゝであげてゐるんだが──」と母は、私の肩に手をかけながら祖母に話しかけてゐた。

「それでもあの方が反つて毎年の手入れは厄介なんだつて。その代り凧としては一年増に具合は好くなるばかりです。あそこでは張り合ひなんぞは一度だつてしたことはないが、釣合ひの好い、出来る限り上りの好い凧にするやうに究めるのが、おぢいさんの望みだつたんだよ。」

 私は、青野の悴のFと一処に見物してゐたのだが、他所のやうに花々しくはないが知り合ひの家がさういふ勝れた凧の持主であるといふだけでも何となく肩身の広い思ひがあつた。

「青野でも今ではFさんと妹と二人ぎりになつたので、二人とも主に東京に住んでゐるさうだがお前は会つたことがあるの、向方で?」

 つい、此間の晩母と私は、月を仰いで夕涼みをしながら斯んな会話をやりとりした。

「お前が居なくつても家には時々来るよ。」

「さう……」

「だけど何時でも云ふことが違つてゐるので何だか案ぜられてならない!」

「どんな風に?」

「田舎に引き籠つてもう暫らく研究をするんだと云つたかと思へば、突然その翌日来ると一ト月ばかりの予定で東北の旅行に行つて来るといふいとま乞ひ!」

「おや、ぢや今は留守かしら?」

「此方に? それあ、だつて普段は東京──。東京では務めに出てゐるとは云つてゐるが?」

「…………」

「大変なお酒飲みになつたといふ話だが?」

「…………」

「あの子は理科だつたね。」

「えゝ、僕よりも一年先きに大学のそれを出てゐる。」

「さうかと思ふと、斯うしては居られない、斯んな風に愚図々々と遊んでゐたひには……」

「…………」

「とう〳〵屋敷も取られちやつたよ、なんて笑つてはゐるが。」

「とう〳〵!」と私は、思はず眼を丸くして口真似した。そして、口のうちで意久地なく呟いだ。「チヨツ、何処まで俺に好く似てゐるんだらう!」

 ──質問した私が、あべこべに説明者の位置に立せられて答案した、凧の極く大ざつぱな構造をその儘私は此処で述べるつもりだつたのが、その時もさうだつた通りまた私は余計な感情に走つて無駄な努力を込め過ぎてしまつたらしい。青野に関する母と私の会話は永々と続いたのであるが緒口だけで絶つて置かう。

 別の晩であつた。ふとしたことから母と私はあの凧に関する思ひ出噺に新しく花を咲かせた。夜か十二時に近くなる頃から私は、突然凧の熱心な研究家に変つた。手製で小さな百足凧を製作して子供を悦ばせてやらうと気づいたのである。然し実際の構造に就いては母も私以上の知識は持つてゐなかつた。

「それは好いだらう。」

「僕、如何してもこさえたい、直ぐにでも。」と私は、一言毎に熱度を増した。子供のため、そんなことも何時の間にか忘れてしまつた。その晩私は珍らしいことだ、朗らかな夢を見たのは──。

 朝になつて勢ひ好く飛び起ると私は、一目散に別の知人を自転車で訪れた。Aは云つた。「そんな凧なんて俺は見たこともない。」Bも云つた。「へえ! 珍らしいね、そんなのなら俺も一つ欲しいから君先きに作つて呉れ。」Cは云つた。「あげる場所があるまい。今では。」

「いや俺のは小さいんだ、胴の太さは直径五寸位ひのもので好いんだ。」と私は、落胆がつかりしながら性急に答へた。私は、あれと同じ説明を何処ででも返つて求められたのだ。

「これはどうしても自分だけの怪し気な記憶をたどるより他は道がなさゝうだ。だが僕は一層拵らえずには居られなくなつた。あゝ。」

「私も少しは手伝つても好い。」と母は、私の沈み方や熱情が案外真剣なのに驚いた。

 私は物差、分廻し、定規、コンパス、その他の道具が散乱してゐる中で頭に氷を縛りつけて物思ひに沈んでゐた。

「あの竹を丸くするのは仲々六ヶ敷いだらう、あれは傘屋からかさやか提灯屋に頼まなければ無理だらう。」

「いゝや、それ位ひのものは一切自分で拵えてしまふんだが。此方に居る間にこつこつと夜なべをしながらでも拵へあげてしまひたいと思つて……」

「それは──。で、何が?」

「胴片のつなぎ方、脚のつけ方、絵の具の塗り具合、そして尻尾のつけ方までは大体見当がついたし、寸法も定つたんだが──」と云ひかけて私は、自分の頭の氷を忘れてがつくりと首垂れた。「頭の組立と顔つきのところが如何しても思ひ出せない。眼が風車仕掛けのことは解つてゐる、鬚のあることも知つてゐる。兎も角部分的には解つてゐるのだが、それが如何な形ちの顔に如何な風についてゐるんだか?」

「さう云はれて見ると私にも?」と母もハタと行き詰つて凝つと外を眺めた。

「あゝ、焦れつたい!」

「やつぱし胴と同じマルに、眼をつけたり……」

「そんな馬鹿なことはない……?」

「何でも口からは長い舌が垂れてゐた。」

「それも僕は忘れてゐた。あゝさうだ。舌があつた、たしかだ。」

「釣りの懸け方は?」

 私はドキリとした。「さうだ、それも解らない。」とうなつたが、わけもなく向ツ腹が立つて来て「そんなことは後で考へればどうにかなる、大事な頭のことや眼口の配置が解らないうちに、さう傍から先のことを口出しされては一層此方の頭が混乱してしまふばかりだ。もう、好いです、一人で順々にゆつくりと考へれば屹度思ひつく……」と迷惑さうに口を尖らせて横を向いた。

 私は、この章の冒頭に設計書の写しだけをその儘書き誌すつもりだつたが、今もつて如何程思案しても頭部の構造と眼口の配置が出来ない、代りに思ひ出の凧に就いてのみあの様に散漫に書き誌すより他はなくなつてゐるのだ。だから私は、あの熱病から稍醒めて斯様な筆を持つ余裕位ひは生じてゐる現在でも、私の思ひの大半は、洞ろのまゝに執念深く、彼処にのみ走つてゐるのだ。今も私は空殻のやうになつて呆然とあの愚かな夢を追ひながら、せめてもあの間の始末書を書かうと思ひ立つたのである。さうでもして救はれることを祈らないと私は、更に更にあの続きを演じ兼ねない状態である。あの間、といふのは、私が、永い前から没頭し続けてゐる或る自伝風の創作を続けることゝ、不健康な飲酒生活を改革する目的で佳き暑中休暇をする学生の心にかへつて、海辺の郷里に帰省してゐた、つひ此間の夏の話である。


     二


 日が経つに伴れて私は、可怪しな憂鬱病患者になつてしまつた。日頃は市井的の小感情のみに動かされて夢に似たものさへもあまり抱いたことのない私が、たゞ変にぐつたりとしてしまつた。私は、単に煙草を喫すばかりの人形になつてゐた。眼に映る凡ての実在の物の輪廓が滲み、感情が消え、性格が滅び、五慾を失ひ、その癖奇妙に心が慌しく、ゼンマイ仕掛けの如くに疲労を知らずに──と、左様な形容を与へても何らの誇張も覚えない私は、可笑しな憂鬱病患者になつてしまつた。意味は浅く、理由は簡明なのだ。私は、どうしても完成出来さうもない百足凧が思ひ切れないのだ。日夜々々、私の脳裏を間断なく去来するものは、あの美しく奇怪な凧が天空を悠々とおよぎ廻つてゐる姿のみだつた。そして彼は、私に限りない憧憬を強ひ、空々しい同情を与へた。「来年の春まで考へて御覧よ、あにちつとも六ヶ敷いものぢやないさ、アメリカ製のビツクリ箱から飛び出す怪物に似た顔で好いんだよ、でなかつたらポンチ絵の虎が笑つたやうな顔だ。」

「さうだ。──俺は、実物の虫であるお前は蛇の次に嫌ひなんだが、紙製のお前にはこのやうに親しめるんだ。だがどうしても頭部の竹の組立と眼口の配置と釣りの懸け具合が思ひ出せないんだ、見えない、此処からは!」

「しつかりして、思ひ出してくれ、来年の春遊ばうぜ──面白いぞう!」

「俺はもうそんな呑気な余裕はない、一日も早くお前を拵えたいばかりで俺は、斯んなに窶れてぼんやりしてゐるんだよ。」と私は、掻きくどきながら、遥かの空を羨望した。

 また彼は、沁々と私の愚鈍さを軽蔑して執拗な嘲笑を浴せるのであつた。「お前などはどんなに首をひねつたつて俺は、これよりお前に近づきはしないよ。手のとゞきもしない望みなんぞを起さずに、センチメンタルの涙でも滾しながら口でもあいて眺めてゐるが好いんだ、追憶だけは許してやるから!」

「お母さん、あなたが余外なことを教へて呉れたので私は、あいつに軽蔑されまいといふ反抗心を持つたり、疑つたり……つまらない感情の浪費を強いられます。私は、あいつに舌があつたことはあの時まで忘れてゐたのです、幸ひだつたんだ。一つ余外な思案が増した、あの舌は如何いふ風につけるのか? 何といふ憎態な舌だらう、ぺら〳〵と風に翻つてゐやがる。──おい〳〵、然し俺だつて拵へる段には、小さいながらもせめて青野の凧に似るほどの安全なものにする、無論舌だつて取りつけるんだ、だからもう少し低くなつて顔つきの構造を見せてくれ、眼玉と鬚と口の格構と舌の動き具合と、……」

「不器用なくせに!」

「いゝや、これ程俺は一生懸命なんだ、ほんの一寸とで好いから眼近く現れて呉れ、命を縮めても見とゞけずには居ない。」

「馬鹿の一念か! 俺はかくれもしない。この通り悠々とお前の眼の上で泳いでゐるぢやないか。」

「だ、だ、だからよう。」

「出来上つたらお目にかゝらう。話はいづれその時にしようよ。」

「ツンボ! 空とぼけるないツ!」

「フン、泣き出しさうな顔をしてやあがる、此方からは好く見えらあ!」

「意地悪るの鬼!」

「お前は体の具合でも悪いんぢやないの、何だかこの四五日急に元気がなくなつたやうだ。凧の話は如何したの、もうあきらめたと見えるね、お前は子供の時から物に飽き性だつた。」

「この頃お酒だつてそんなに飲まないのに! 好いあんばいにゲー〳〵が治つたと思つたら、──お酒がもうそれ程身にしみたのかしら、好く飲まないから反つて気分が悪いといふほど?」

 あまり私が打ち沈んで物をも言はず、稀に盃をなめては天井にばかり陰気な凝視を放つてゐるので母や妻は、私の帰りたての頃の元気好さに引き比べて、夫々案じてゐた。私は決して他の前では凧のことは口にしなくなつてゐた。思ひが内にたかぶるばかりだつたのだ。

「いつもは少々気のふさいでゐる時などは傍から口など出すと酷い疳癪を起すのに、今度は違ふ、口を利くのも退儀さうです、この頃何と云はれても怒つたこともありません。」と妻は、私の眼の前で物品の批評でもするやうにそんなことを母に告げたり、手をかけて私をゆすつたりした。「何時もならこんな真似でもしたら大変だ! ねえ、どうなさつたんですか? 頭の具合でも悪いの?」

「吾家には代々頭の病気の血統があるから気をつけないと……」と母は努めて嗤つた。

「頭の話は止してお呉れ。」私は、こわれものでも扱ふやうに静かに首を振つた。

「つまんないなあ、あたし折角泳ぎが出来るやうになつたのにまた海へも行かれなくなつてしまつた。危い海なんだからあなたが一処に行つて呉れないと……」

「一度思ひ立つたことなんだから、ぼつ〳〵と手工に取りかゝつたら如何なの、凧の? 頭だけは後まはしにして置いても好いぢやないか、そのうちに私が昔の知つた人を訊ねて見ようぢやないか。」

「そんなに珍らしい凧なら、好い加減でも関はないから早く拵えて見せて下さいよ、あしも好きよ、凧あげは。」

 妻も無造作に調子づいて傍からせきたてるのであつたが、寧ろ私はそれらの呑気さ加減が悲しい程羨ましかつた。

「いゝや、俺はもうそんなことを考へてゐるんぢやないよ。別段気分が悪いといふわけでもないんだ……他のことを……」と私は、故意に打ち消さうとしたが、声の調子はひとりでに可細く芝居沁みて消え込み、にわかに胸が一杯になる切なさに襲はれた。

「おや〳〵、もう泣き出すのかね。何といふ意久地のない男なんだらう、あの面を見ろ、泣くんならせめて顔を覆へよ。涙なんて見せられては此方は、笑ひたくなる位ひのものだ。」

「馬鹿野郎!」と私は、口惜し紛れに叫んで、ポンチ絵の虎が笑つた顔と仮りに定めた凧を睨みあげた。「泣いてゐるんぢやないや、これが俺のあたり前の顔なんだい。」

「頃合ひの風が吹いて来た、馬鹿にからかつてゐないで、もう少しのしてやらう。釣りの懸け具合が至極うまいので、この分ではうつら〳〵と居眠りでも出来さうだ。春とはいひながら、とても快いお天気だなあ!」

「あゝ、あんなに小さくなつてしまつた! ボーフラのやうに小さくなつてしまつた。あいつが、たつた今あんな憎いことを云つて俺をからかつた奴かと思ふと、何だかおかしな気がする。おーい、おーい。」

 だが、もう何の応へもなかつた。私は、飽くまでも未練深く眼をかすめてボーフラの姿を仰いでゐた。

「駄目かなあ!」と私は嘆息を洩した。

「気分だつて紛れるよ、お拵えよ。」

「そんなに六ヶ敷いの? 頭と顔が?」と妻は、其処で私の気分をそれにぎ込まうと思つたらしく膝を乗り出して私の顔をのぞき込んだ。

「うむ。」と私は、やつと凧のことに心を移したやうにして点頭いた。

「おばあさんが居たら解るんだけれどもね。いゝえ、私にも朧ろ気には解つてゐるんだけれど?」と母も一層の乗気を示して仔細らしく首をひねつた。

「駄目かなあ!」と私は、更に心底からの嘆息を洩した。私の脳裏にはボーフラの影だけがはつきりと印されてゐた。

「記憶! それに数学的の才能がない者には、記憶の見当が違ふので一切役に立たない。」

 母は自身が批難でもされたかのやうに思つて、顔をあかくした。「思ふと、私も上つてゐる小さい凧の姿しか思ひ出せない。」

「だん〳〵小さくなる。」と私は呟いた。……毛氈の上の私達が、重箱を開いて弁当をつかつてゐると、突然盆地の一隅からワーツといふおだやかならぬ波のやうな鬨の声が捲き起つた。見ると、あげ手の一団がまさしく蜘蛛の子を散らしたやうにパツと飛び散つた。

「喧嘩かな?」

「毎年一度は屹度だ!」

「早く仲裁が入れば好いが?」

 私と祖母と母は、同時に斯う云つて箸を置いた。口々に彼等は何事かを叫んでゐるのだが、遠いので意味は解らなかつた。それにしても喧嘩にしては何だか妙だな? と私は思つた。と、見ると彼等は一勢にスタートを切つて此方に駈け出した。

 空には、何の変りもないボーフラがうつら〳〵と居眠りをしてゐる。

「お母さん、どうしたのでせう?」と母は祖母を振り返つて訊ねた。

「喧嘩かも知れない、立ちのこうかな?」

 間もなく一団の駈け手は、砂を巻いて、滑走する巨大な磁石になつて次々にあたりの群勢を吸ひ込み、最初の何倍にも人数を増して、私達がおろ〳〵と立ちあがつた丘の下に差しかゝつた。

「追つかけろウ──」

「糸が切れたア──」

 私達は、はつきりとさういふ叫声を聞きわけた。意味のない悲鳴が、爆竹の音のやうに耳をつんざき、渦になつて眼を眩まし、激流に化して私達の眼の下を流れた。人々の怖ろしく凄まじい形相が、柘榴のつぶてのやうに私達の眼前を寄切よぎつて行つた。私は、思はずよろめいて母の袂に縋つた。人々の眼は、極度に視張られて血走つてゐた。人々の百の眼は一つになつて空の一点のみを凝視したまゝ、一勢に双手を高く差し伸して、烈風の如くおし寄せた。私達は、顔の大半を口にして悲愴な応援を求めながら、韋駄天となつて真ツ先きに駈けて来る青野の主人を見た。はしよりもしない裾が、ひとりでに肌脱ぎになつた袖と一所に尾となつて跳ねあがり、胸板に西陽を浴び、太腿を露出した彼は、差し伸べた両手の先きを次の瞬間には凧をひつかけてしまはうとする熊手にして、白足袋の跣足で駈けて来た。私達は、紋付きの夏羽織を昆布のやうに翻がへして猪の勢ひで突喚して来る山高帽子の村長の浅猿あさましい姿を見た。続く多数の勢子達も、口々にあらゆる驚嘆詞を絶叫しながら、身を忘れて、一様に天空を指差して──誰も彼も足許などに気を配る余裕はない、空の一点以外に視線を放す者はない、亢奮の絶頂に置かれた彼等は、夢中になつて駈けつては、ピヨンと跳ねあがつて無駄に虚空を握む、今にもつかまへて見せるといふ必死の意気が露骨に彼等の五体にみなぎつてゐるのだ、彼等一同は一片の食物の影を見誤つて満腔の憧憬を寄せた動物のやうに、理性を没却し常識に追放され、ひたすらに無知なる性急に逆上して、思はず跳ねあがつては空を握んだ、駈けては又飛びあがつて空しく拳固を拵える、全くの無駄事を繰り返しながら息の切れも知らずに駈けて来た。三間駈けたかと思ふと三尺飛びあがる、果物をもぎとらうとでもするやうに素早く身構えては、軽やかに跳躍する……さういふ動作を間断なく続けながら、不思議とすみやかな速力で駈けてゐる。彼等は見ずにハードルを巧みに飛び越え、──一途に天を凝視した阿修羅になつて駈けてゐる。

 稍おくれて続く者共は、手に手に竹の長竿を打ち振りながら、同じく身を忘れ、奇妙な眺躍をし続けて一散に駈けて来た。

 私達だつて息をつく間もなかつた。どんな言葉を放つ間もなかつた。唖然として立ち竦んだ儘だつた。忽ち、この驚くべき Cross country racer 達の目眩しい流れを、地をゆるがせて一陣の風と共に私達の眼前を通過すると、奇体に猛烈なあの Fox Trot を踏みながら、まつしぐらに野を越え、丘を蹴り、畑をよこぎつて見る間に指呼の彼方に影を没した。

「あの凧の糸が切れたのだらうか、さつきと同じところに止つてゐるやうに見えるけれど──」と私は、漸く言葉を得て嘆声を交へながら母に訊ねた。

「ほんとうにね……?」と母も蒼ざめた顔に不思議な眼を視開いて、私と同じく呆然と空の小さな凧を見あげた。「あれ位ゐの高さになると、一寸とは遠ざかつて行くのが解らないのだね!」

 祖母は、丘に腰を降すと声を挙げて神に念じた。そして、青野の凧が村としての自慢の凧であることや、二度と拵えるわけに行かない昔からの丹精がこもつてゐることや、あれは他所のと違つて張り合ひなどはしないでも済まされてゐる特別な凧である。だから誰も彼もが自分の凧を棄てゝあのやうに血相を変へて追ひかけて行つたのだ等のことを、涙を拭きながら述懐した。

 母の眼にも涙が宿つてゐた。母は震え声を忍ばせて、

「あれあれ! 解るよ、御覧な、もうあんなに小さくなつた。」と私に告げた。

 凧は、ほんとうのボーフラのやうに小さくなつて静かに浮いてゐた。凧のことはそれほどでもなかつたが私は、祖母や母の涙に気がつき、そして小さな凧を仰いでゐると、だん〳〵に涙がうすら甘く込みあげて来るのに気づいた。睫毛がぬれて凧の姿が眺めにくゝなつて私は、まだしきりに上ばかりを仰いでゐる母の蔭にかくれて、そつと首垂れた。凹地の広い芝生は、もう祭りの翌日のやうにひつそり閑として、竹の皮や紙屑と一処に鮮やかな陽炎がゆら〳〵としてゐた。

「あれツきりなんだ、だから如何しても思ひ出せないんだ、小さ過ぎる……」

「小さいのを拵えるんだと云つてゐたぢやありませんか、あなたは?」と妻が云つた。

「凧のことぢやないんだよ。他の……」と私は、言葉を濁したが、あくまでもはつきりと浮遊してゐる小さい凧の印象以外のことでは、何の紛す言葉も知らなかつた。凧を話材にされると私の気分は滅入り込むばかりであつたにもかゝはらず──。

 解つてゐる部分だけを眼近く取りあげて幾度となく私は、夢を払つて細工に取りかゝらうと振ひ立つたが、いつの間にか私の心身は共に疲れたと見えて、実務に対する凡ての働きが臆劫になり、数理的の観念が消えて、反動の如く強く徒らに妄想病が募るばかりであつた。妄想の範囲は、あの凧のあれだけの姿に限られてゐた。

 頭や顔ばかりではない、尾の附け方だつて、胴片のつなぎ具合だつて、脚の釣合ひのとり方だつて、釣の掛け方は云ふまでもなく、塗料のあんばいだつて──一途に心が狂奔するばかりで、今はもう部分的に手を取つて見ようとすれば何も彼も滅茶滅茶で凡てが手の施しようもなかつた。そして、たゞボーフラのやうに小さい凧が空の一点からしきりにまねいては嘲笑ひ、私の悲惨な憧憬をいやが上にもたかぶらせながら、絶え間なく白日の夢に髣髴としてゐるのであつた。


     三


「ゆうべもまたあなたは宿をあけたでせう、毎晩毎晩何処へ行くの?」

 妻は、迂論な眼差しで私を屹と睨めた。あたりが薄暗くなつたのを待ち構えて私は、四五日前から引き移つてゐる海辺の旅舎を毎晩空にするのであつた。今も私は、出かけようとして玄関に立ち現れたところを彼女につかまつたのである。

「昼間だつてあたしは、さつきも来て見たのよ。」

「昼間も!」

「毎日のぞきに来てゐるわよ。」

「…………」

 私は、わけもなく酷くたぢろいだ。別段妻に見つけられて後ろ目たい思ひをしなければならないといふやうな種類の行動を為してゐるわけではなかつたのに私は、愕然とした。

「変だ!」と妻は、私の態度から自分の相像が当つたと思ひ違へて、眼を据えた。「ゆうべは、あなたはとう〳〵帰つて来なかつたんぢやないの、ちやんと解つてゐる。」

「お前は──」と私は静かに諭さうとしたが、妻の想像に弁護すると思はれるのも嫌だつたし、また思ひ返して見れば前夜の自分の行動も酷く曖昧でとらへ処もなかつた。「そんな疑ひを持つものぢやない、自分の気持を汚すばかりでなく此方の気分を……」

「へんツ!」と妻は、鼻先きで卑しくセヽラわらつた。「何が気持さ!」

 私は、私自身を妻の立場から眺めて残酷に感じた。私は、相手からさう見られることに怯えを感じた。だが、説明の仕様しかたがなかつた。此方が、たぢろげばたぢろぐ程妻の嫉妬を掻きたてるやうなものだつた。

「吾家ではお母さんやあたしの手前が具合が悪いもので、それで勉強だとか何とかと吹聴して斯んな処に移つたに相違ない。」

「それは、さうだ。」と私は、思はず実際の気持を表白した。私は、窓に腰を降して海の上を見晴した。寸暇もなかつた激務の間に、ふと休息を持つたやうな静けさを感じた。

「それは、さうだつて?」と彼女は、苛立つて唇を震はせた。「まア、何といふ図々づう〳〵しいことを平気で云ふ人だらう!」

「…………」

 こんな海の傍に居ながら、この静かな夕暮の海辺の景色を眺める閑もなかつたのか! 俺は! ……私は、帽子をかむつた儘何時になく落着いて、暮れて行く海原を眺めてゐた。

「机の上にはペン一本載つてゐない。部屋中には本一冊見当らない。約束のハガキは書いたの、東京のお友達に?」

「さうだ、忘れてゐた、エハガキとペンとインキを買つて来て呉れ、大急ぎで──あゝ、悪いことをしてしまつた、此方で会ふ約束がしてあつたのだ。遊びに来て呉れるんだ。俺が此方に居る間に──」

「だから吾家に引き上げたら如何? どうせ斯んな風にしてゐる位ひなら……」

「云ふのは、たゞ面倒だから止めてゐるが俺は何もお前が相像してゐるやうな悪い生活を此処に来てしてゐるわけではないよ。」

「だからさ、吾家で凧でも拵えてゐれば好いぢやないの。折角思ひたつた仕事なのに?」

 彼女は、私の想ひなどには夢にも気づかずに強ひて気嫌を直して、そんなことをすゝめた。

余外よけいなことを云はないで呉れ。」と私は、弱々しく歎願すると、にわかに悲し気に頭をかゝえて其処に打ち倒れてしまつた。まつたく私は、吾家にゐると母や妻が空しく凧の製作を私にすゝめ、内心の私の火よりも強い凧の製作慾に惨めな幻滅を覚えさせられることの苦痛から逃れるだけの目的で此方に引き移つたのである。尤も私は、斯んな風にでもしたら凧のことなどは他易く思ひ切れて、創作にも取りかゝれるかも知れないといふ望みも抱いて来たのであつた。

 独りになつて見ると私の凧に対する憧憬は、何のはゞかる者もなくなつた為か、吾家に居る時の状態とは全く変つて、露はに身を焦し始めてゐた。私は、部屋に居ても寸分の間も凝つとしてはゐられなかつた。腕を組み首をかしげて、檻の中の動物のやうに苛々と歩き廻つた。暫く遠ざかつてゐた洋酒に私は再び慣れて、一回りしては一杯づつ傾けた。壜を片手にして私は回り灯籠の影絵のやうにグル〳〵と堂々回りをした。床に打ち倒れて、ボーフラのやうに身を悶えた。毒薬を嚥んだ者のやうに髪の毛を掻き挘つて、空壜に等しい頭を殴つた。その挙句の果、泥酔してゐるものゝそれだけ一途に凧を追つてまつしぐらに夜の街に飛び出すのが常だつた。

 故郷の町であるのに其処は全く私にとつては見知らぬ街だつた。といふのは、あの大地震の後に上京した私は、時々此処に帰るのであつたが、いつも何故か無性に人目をはゞかつて、逃げるやうに眼を覆つて母の家に行き着く以外には何処にも出なかつた。だから私には、一朝の間に消え失せて曾ての薄暗い古びた街の印象より他はなかつた。

 私には見当もつかない。道幅の広い瓦斯灯が昼のやうに煌いてゐる樹木の一本もない不思議な街を私は見た。私は此処こそ暗い横丁だらうと思つて逃げ込むと、其処にはペンキ塗りのバーやカフエーが軒をそろえて客を招んでゐる。たしかに知合の茶屋のあたりだと思つて、一散に駈け込むと活動写真館だつた。知つた人の影にも遇はないのは私にとつては幸ひだつたが、せめて知合ひの茶屋の行衛ゆくゑを往来の人を捉へて訊ねて見ると空しく言下に首を振られる。カフエーなどは停車場の前より他には無かつた筈だ。私が母家を離れて住んだことのある竹藪を背つた家の趾らしいあたりには、支那そば屋と氷屋と居酒屋が並んでゐる。母家の趾には銘酒屋が立ち並んで景気の好い三味線の音が鳴つてゐる。私は隣りのバーによろけ込んだ。

「あんた東京の学生さん?」

「うむ……」

「おゝ、嬉しい、妾も東京よ。」

 また隣りの洋食屋に私は移つた。「いけ好かないアンちやんだよう、誰がおなじみなのよ。ふんとに人が悪い、しらばつくれて!」

 ……往来に転げ出ると、思ひも寄らぬタクシーが通つてゐる。「青野に会ひたい、あいつが凧のことを忘れてゐるにしても、あいつの顔を見るだけでも俺はいくらか救はれるだらう。」──屹度私は斯う呟くのである。夢中で私は、一里あまりあるB村に自動車を飛ばせるのが常だつた。私は、大声を挙げて腕を振り地団駄を踏んだ。私は、青野の父や村長の後に続いた決死の勢子達の一員に花々しく吾身を投じた陶酔をはつきりと味つた。

 青野の家は、以前の姿をあたりの景色と同様に全く滅ぼして、丘の一隅に粗末な洋館に変つてゐる。闇の中に一点の灯が浮んでゐる。畑を超えた一軒家である。

「もう来る時分だと思つてゐた。妾、今日あんたの家へ行つてたつた今帰つて来たところなのよ。アラ、歩けないの!」

「青野が留守のことは解つてゐる筈なのに……あゝ、俺はまた来てしまつた。」

 私は、救けられて長椅子に腰を降すと共に直ぐに跳ね上るのであつた。「青野に会ひに来たんだ。……ぢや、さよなら。」

「毎日繰り反してゐる。失敬ね、突然来て、突然さよなら!」

「あの頃は、まだ冬ちやんは赤ン坊の時分だつた、だから冬ちやんは知るまい……」

「昔の話は御免よ。今日もあんたのお母さんから昔の吾家の話を聞されて、退屈してしまつた。何んなことを聞いても妾は何とも思はない、だつて今の生活が気に入つてゐるんだもの。あんたも東京なんて止めにして此処の隣りに斯んな家でも建てないこと、千円位ゐで出来るつてさ、土地はタヾでやるわ。」

「兄さんは何時帰るだらう?」

「解らないんだと云ふのに!……」

「うむ、これで好い。さうだ、冬ちやんも飲むんだつたね。」

 冬子が棚から取り降した洋酒を私は、勢ひ好くあをつた。「おや、此処にお父さんの油絵が懸つてゐた筈だが、あれはどうしたの?」

 さう云つて私は、壁を指差した。確かに其処には兄妹の両親の肖像画が一対並んでゐたのだ。私は、兄妹の父親の肖像が見たかつた。──今見ると其処には冬子の写真が、大きな金縁の額に入つて懸けてあつた。

「それは去年のことぢやないの?」

「さうかなあ! あのお父さんの肖像も僕にははつきり残つてゐる。」

「肖像も?」

「いや、肖像画があり〳〵と残つてゐる。」

「何をそんな処ばかり眺めてゐるのさ。妾は古い吾家のもので何にも欲しいと思ふものはないけれど、あの馬だけには未練がある。」冬子はさう云つて馬上姿の自分の写真を見上げた。私は、其処にあつた筈の父親の肖像画に未練を繋いでゐたのだ。

「さうだらう、冬ちやんはあの馬と一処に育つたやうなものだからね。」

「まさか──」と冬子は、つまらなさうな苦笑を浮べた。彼女の眼は、此方の顔を眺めてはゐるのだが、例へれば、その網膜には実在の物は映つてゐない、何か形のない物を視詰めてゐる、明るく悩みなく一途に何かを見透してゐる──そんな風に円らに光つてゐるのだ。彼女の眼蓋は、殆んど眼ばたきを見せない。彼女の唇から洩れる言葉は、彼女にとつては徒然に吹く口笛に過ぎない──そんな感じを私に与へるのであつた。私は、悪酒に酔ひ痴れて、一途に凧の影を追つてゐるのみなのだ。そして彼女の呟く言葉も私にとつては遠い囁きに過ぎなかつた。二人は勝手に辻妻の合はぬ言葉を交してゐるに過ぎない。それが何処かの点で稀に対照されたに過ぎない。……彼女は私の顔を眺めてゐる。私も亦彼女の顔を眺めてゐる。だが私の網膜にも彼女の顔は在りの儘には映つてゐない。卑俗な私の眼は、せめて兄弟の父親の眼に触れて心細い凧の憧れを活気づけずには居られなかつたのである。

「妾は馬に乗つて駈ける夢は、今でも見て、風になる程心が躍る……あれは妾にとつて一種の秘密な快楽だつたから……」

 私が極力止めるのも諾かずに冬子は、馬小屋に忍び込んで「お父さんに見つかると叱られるんだが、妾は夕方如何してもこれに乗つて遊んで来ないと夜眠れないのよ。」

 さう云つて私にも一処に乗れとすゝめた。もう私は、たしか中学の初年級に入つてゐた頃だつたらう、私は酷く小柄な少年だつたが、私が前に乗つて、手綱を持つた冬子が私の背後うしろに股がると彼女は首をすぼめて漸く私の胴脇からでないと前方を見ることは出来なかつた。彼女は、臆病な私に様々な警告を与へながら次第に馬の速度をはやめた。私は酷くテレ臭い格構で石のやうにギゴチなく凝然としてゐるばかりであつたが(私は正当な乗手になつて前方を視詰めてゐるわけにも行かなかつた、羞み笑ひを浮べる程の余裕もない、と云つて余り悸々びく〳〵するのも自尊心に関した。私は主に蹄の音に耳を傾けてゐた。)背後の冬子が如何に爽快に己れの五体を自由な鞭に変へて、毛程の邪魔もなく私の身を軽々とその翼に抱き、如何に見事な騎手の役目を果してゐるかといふことが、安んじて窺はれた。安心がなかつたら、あのやうに一散に駈る馬の背に一時たりとも私が乗つてゐられる筈はない。

 冬子は汽笛のやうに唇を鳴らした。

「こわくはないだらう!」

「あゝ。」と私は点頭いた。

「さうだ、もつと体を前にのめらせて! 帆になつては駄目よ。……馬場まで行くのよ。」

「大丈夫かい? 日が暮れやしないのか。」と私は、声色だけは威厳を含めて呟いた。

「普段はもつと遅く出掛けるのよ。夕御飯の仕度が出来た頃に、一寸と妾は紛らせて。」

 冬子が知らない頃に凧上げの場所だつた盆地が、その頃は競馬場に変つてゐた。馬場に来ると大概私は、自分から降りて見物者になるのが例だつた。

 冬子を乗せた彼女は、裸馬のやうに自らスタートを切つた。冬子は、小さな白い顔をぴつたりと馬の首側に吸ひつけて、振動に一微の抵抗も示さず、肢体をその背に沈めてゐるので、夕靄が低く垂れこめてゐる時刻の為もあつたらうが、眼前をよぎられても私は乗手の姿を認めることが出来なかつた。放たれた馬が気儘に狂奔してゐるとより他は見えなかつた。

 たゞ私は、真向きに馬に面した刹那々々に、鬣の蔭に異状な鋭さを放つて靄を突き射してゐる二つの眼球を視た。馬を見失つて、光る視線に射られた。

「馬乗りなんて頼まないで、冬ちやんが出たつて平気だね。」と私は、何よりもあの眼から圧迫を感じて、言葉を代へて感嘆した。

「それア。」

 彼女は当然のことのやうに聞き流した。──「だけどお父さん達は妾がこれの傍に寄つたこともないだらうと思つてゐるのよ。叱られたつて怖くもないんだが、妾何だかそれが面白くつてワザとかくれて、これと遊んでゐるのさ。競馬の前になると、いろんな奴が集つて大騒ぎで練習をするんだが、妾程うまくやれる奴は一人も居ないわ、それを妾は知らん振りをして遠くから眺めてゐるのが、何だか好きで──」

 私は一寸と反感も覚えたが、そんな事を云つてゐる冬子の様子に得意気らしいところも見えず、嘲笑の色もなく、寧ろ寂し気な気合さへ感じられたり、その上私は彼女に安らかな依頼心が起きて、変な夢心地に陥ちてしまふのであつた。──戛々かつ〳〵と鳴る蹄の音を、私は和やかな自分の鼓動のやうに感じながら、もう殆んど暮れかゝつてゐる野路を駈けてゐた。行きがけと違つて自分も一個の騎手になつてゐるかのやうな面白さに打たれ、背後に冬子が居ることも忘れて、有頂天で手綱を振つた。

「お父さんは何時々分いつじぶんから競馬に凝り出したんだらう。死ぬまで妾達は気が附かなかつたが、馬の為だけでもあらまし吾家の財産は借金に代つてゐたらしいのよ」

「…………」

 凧以来であることを私は伝へ聞いたことがある。今私の胸には、あの主人が凧を追ひかけて行つた時の二つのえた眼だけが烙印になつて残つてゐるのだ。私は、主人の肖像画の後を追ひかけてゐた。

「馬鹿々々しい熱情家さ。何かしら変な目的を拵えて、それに夢中になつて、慌てゝ死んだやうなものね。……癪に触つたから妾、肖像画も懸け換へてしまつたのよ。」

「あの肖像画を見せてお呉れ!」

「厭アよ、そんな大きな声を出して!」

「何処にしまつてあるの?」

「兄さんが売つてしまつたわよ、無理におしつけて、叔父さんに。」

「叔父さんに

「学生時分に妾が行つてゐたことがあるでせう、英語の勉強とかに……横浜の──。此頃、外交官になつて、変な国に行つてゐる。」

「俺、俺……僕は、知らない、そんな叔父さんなんか! あゝ、それは、ほんとに……」

「兄弟の肖像だから買つたといふわけぢやないんだわ、屹度! あの見得坊が、あんな変梃な姿の絵なんぞを若し人にでも訊かれて、ハイこれは私の兄であります、なんて吹聴出来る筈はない、吾々の故郷では当時斯様な姿をしてゐたものです、それ位ひの愛嬌で、ほんの標本にされてゐるだけなんだ。」

「…………」反抗心をそゝられて私は、屹つと唇を噛んだ。

「ハヽヽヽヽ、さう思ふと、一寸と気の毒な気もする。あの保守的な親父が変な国の応接間かなんかの曝し物になつてゐるかと思ふと──」

「……君の、ものゝ云ひ振りの方が寧ろ怪しからんよ。」

「チエツ!」と冬子は、鋭く舌を鳴した。私は、ギヨツとして彼女の顔を見直したが、其処には、私の存在の気合もなかつた。彼女が何に向つて舌を鳴したのか私には、計り知れなかつた。彼女は、終始変りのない眼ばたきの少い眼を、ゆつたりと視張つてゐるばかりだつた。

「僕こそ、あの肖像画が欲しかつたんだがな──」

 私達は、別々な想ひに煙つたまゝ対坐してゐるのだ。彼女が呟く言葉は自身に取つては末梢的なものに過ぎないやうだつた。──たゞ、顔を見合せてゐるばかりだつた。

「売る奴も馬鹿なんだけれど、もう半分自暴にもなつてゐるらしい、兄さんは──」

 彼女は、近頃の青野の愚かし気な動静を語つたり、また彼等兄妹が旧知の人々から如何な風に取り扱はれてゐるかといふことも告げた。気狂ひ兄妹だと云つて、誰もが相手にしなくなつてゐる……。

「考へるまでもなく、それも無理はないんだけれどね……。あんた知つてゐるわね、妾は子供の時分からの癇性で髪の毛を長くしてはゐられない、子供の時の儘で、ずつと斯う断つてゐるのを? こんなことまで今更、気狂ひの附け足しにして何とか云ふのよ。」

「この間うちそんな風な頭がはやつてゐたらしいが──」

「どうだか知らない。」……正当な交際を続けてゐるのは私の母より他になくなつたが、此頃では如何かすると何処か母の態度にも此方を病人扱ひにしてゐるやうなところも窺はれる、だから此方からはなるべく訪れないやうにしてゐる、今では他人と言葉を交へるやうな日は滅多にない、源爺やだけが昔ながらにたつた一人残つてゐる、そして妾達の世話をしてゐて呉れる、それは──と彼女が、続けやうとした時に、私は突然膝を打つて歓喜の声を挙げた。

「源爺やが居る! そんなら僕は今直ぐに訊きたいことがあるんだ!」

 冬子は、私の様子には気附かないやうに言葉を続けてゐた。「妾達は、爺やに給料を払ふどころかあべこべに、世話になつてゐる、この家だつて……」

「起したつて好いだらう、何処に寝てゐるの? 僕は会ひたい!」

 この家だつて彼の出費で建築されたんだ、ひよつとすると彼は少しばかりの財産を妾達に譲らうとしてゐるらしいが……などといふことを冬子は続けてゐたが、今にも私が部屋から飛び出さうとした時に、彼女は静かに私をおしとゞめた。「会つたつて駄目よ。あれも頭が妙になつてゐて妾と兄さんの顔だけしか覚えてゐないのよ。そして、酷い聾者になつてゐるの。」

 さう云つて彼女は、私も時々それに眼をつけて何に用ひるものなんだらうか? と思つたが、訊ねる隙もなかつた手製らしいメガホンを取りあげると、扉をあけて、「オーーツ」と鳴らした。

「爺やと話すんなら、あんたもこれで云はなければならないのよ。だけど、これを使つたつて言葉は通じないのよ。たゞ合図だけのことよ。私達の間には、いつの間にか十通りばかりの合図の種類が出来てしまつて、それで一通りの用事は足りてゐる。あれは、字は何も知らない。」

 私は、頭をかゝえてドンと椅子に落ちた。

 オーツといふのが呼声の代りだと見えて、間もなく源爺は直ぐ隣室から現れて冬子の傍に来ると、昔のまゝな円満な微笑を湛えて、主人の足もとに坐つてゐた。

「お前は達者で好かつたね。何よりも先に、僕はお前に訊ねたいことがあるんだよ。お前ならば屹度知つてゐるんだ。」

 私は、懐しさの情に溢れて、冬子の云つたことなどは忘れて、思はずしつかりと彼の手を握ると、烈しく打ち振つた。

「駄目よ、何と云つたつて。」と冬子は、寂しく笑ひながら徒らにメガホンを私に渡した。源爺は、にこ〳〵と笑ひながら、自分で持つて来た盃をとり出して、有りがたさうにいち〳〵戴きながら傾けてゐた。向方で独りで今頃まで晩酌をしてゐたらしい私達のとは別な酒を其処に運んで楽しさうに飲んでゐた。

「もう一度若しそれを吹くと、今度は帰つて行くのよ。時々妾達は斯うして向き合つて夜の更けるのも忘れるんだが、爺やはこれが何よりも楽しみなのよ。」

 私は、空しく壁を眺めて、涙に似たものを湛へてゐた。(あゝ、あの絵もそんな遠い国に行つてしまつたのか、俺は何処まで独りであの凧を追はなければならないのだらう、あゝ、あの主人の眼が懐しい。)

「それでも兄さんは、仕事を探すと云つて出歩いてゐるんだが、おそらくA町あたりの obscene houseナンバー・ナイン あたりにもぐつてゐるに違ひない、と妾は思ふんだが……」

「さうだ、あの辺の小料理屋は悉くナンバー・ナインの類ひらしい、A町だ、昔の吾家のあたりだ。だが、青野はあの辺には居ない。」

 私は、漠然と青野の行衛を考へたり、握つてゐるメガホンを覗いて、どうしたならば自分の意図を源爺に通じることが出来るだらうかなどといふことに空しく思案を傾けてゐた。

「ぢや、東京かも知れないね。」

「何のために行くのかと訊かれても返答の仕様もないので僕は、吾家の者にこゝに来ることは云はないでゐるんだが、吾家では僕が悪い遊びにでも行くのかと疑つてゐる。」

「あんたと同じやうなことを兄さんも何処かで演じてゐるのかも知れないね。」

「えツ、何が? どうして!」と私は、何だか訳がわからぬ気がして問ひ返したが、彼女は、私の言葉は耳にも入らぬやうに、変らぬおだやかな調子で呟いてゐた。

「あゝいふ種類の熱情家が、財産を失ふといふことは悲惨ね。」

「あゝ、俺はあいつに遇ひたい!」と私も私で独り言のやうな嘆息を洩した。

「兄さんは、顔は、妾の知らないお母さんにそつくりなさうだけれど、心はお父さんそつくりなのよ。」

「さうかしら……」と私は、わけもなく声を震はせて叫んだ。

「そして妾はね、兄さんとは反対で顔はお父さん似──」と云つた冬子の声が、私の耳に奇妙な新しさを持つて響いた。彼女の言葉は、私の心持を洞察しきつてゐるかのやうに響いて、私に、安んじて依頼せしめるやうな朗らかさを感じさせた。「お父さんの顔を思ひ出したかつたら、好く私の顔を見ると好いんだ……」

「…………」

 何かに打たれたやうにぴりツとした私の眼の先に、

「ほうら!」

 さう云ひながら、戯れるやうに眼を視張つて彼女が顔を突き出した。凝つと私はその眼を視詰めて、

「さうだ! 俺は今迄気がつかなかつた。」と云ひ放つた。……(だが、主人の眼とは違ふ。主人の眼は俺にこのやうな静けさは与へて呉れない?)

 冬子は、私に示したことは忘れたかのやうに、いつまでも、無心気に、私の眼近かで視張つてゐた。私は、その視線に、鋭く、小気味好く、快く、突き刺された。──耳を澄すと、蹄の音がした。爽やかな鬣が私の頬をさら〳〵と打ち撫でた。風笛のやうに鳴る口笛を感じた。私は、巧妙な騎手になつて、風を切つて駿馬を飛ばしてゐた。夕靄の中に光つた、彼女の眼があつた。──私は、「ボーフラ」の姿が、次第に近づいて来るのを、凝つと鬣の蔭から打ち仰いで、微笑を感じた。

「さう思はない?」

「…………」

 私は、はつきりと展開されてゐる私のあの幻の中だけに生きた。私の心は、五体を鞭にして、唇を鳴し、馬を駆つて、まつしぐらに凧を追つてゐた。──私は、一寸眼近かに冬子の瞳に自分の視線を吸ひとられた刹那に、極度の痴酔に感極まり、其処に源爺のゐることも忘れて、奇声を放つと同時に彼女の頬を両手の平でぴつたりとはさんだ。……。


          *


 同じやうな夜ばかりが私に繰り返されてゐたのだ。だから幾部分かのこの章の動詞は寧ろ Present Naration に綴るべきが、現在の私の心域に照しても順当なのだが、今は青野兄弟も共々に面会の許されない或る脳病院に入院してゐるのでもある故、一先づ過去のかたちに統一して叙したのである。

(昭和二年一月)

底本:「牧野信一全集第三巻」筑摩書房

   2002(平成14)年520日初版第1刷発行

初出:「中央公論 第四十二巻第三号」中央公論社

   1927(昭和2)年31日発行

※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

入力:宮元淳一

校正:小林繁雄

2006年57日作成

青空文庫作成ファイル:

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