蛇つかひ
鈴木三重吉



 インドだのエジプトだのといふやうな熱帯地方へいきますと、蛇使へびつかひと言つて蛇にいろ〳〵のことをさせて見せる、わたり歩きの見世物師がゐます。たいてい五六人で組をつくつて、ありとあらゆるさま〴〵の蛇のはいつた、かごや袋や箱をかついで、町から町へとめぐつて歩き、人どほりのおほい広場や空地で、人をあつめて見せるのです。人がいゝかげんにあつまりますと、蛇つかひはいづれも地びたにすわつたまゝで、中の二三人が、タンブーリンといふ、鈴のついた手太鼓をポン〳〵ヂャリン〳〵とならし出します。それと一しよに、ほかの二人は、へんな薬の草を口へ一ぱい入れこんで、ふう〳〵と、あたり一面へ、薄荷はくかのやうなきついにほひのするけむりをはき出します。

 そのうちに蛇つかひたちは、袋やかごをあけて蛇をとり出します。すると蛇は、たちまちしつぽの方でからだをさゝへて立ち上り、によろ〳〵と上体をゆすぶりながら、タンブーリンのに合はせて、にじり歩いてをどります。見物人は、それを見ると、はつはとよろこんで、お金をなげていくのです。

 しかし、それらの蛇使は、そんなをどりを見せるばかりでなく、ときによると人のうちへ出かけて戸口や窓をくん〳〵鼻でかぎまはしたあげく、このおうちには蛇がゐるなどと言ひふらします。すると、うちの人は気味がわるくなつて、では、どうぞつかまへていつてくれろと言ひます。そこで蛇つかひは、またタンブーリンをたゝき、れいの薄荷のやうなにほひのする烟をもう〳〵と立てゝ、シッ〳〵シッ〳〵と言つて、おびき出しますと、ふしぎにも、うちの中にかくれてゐた蛇が、すぐにによろ〳〵とはひ出して来ます。蛇つかひはそれをつかまへてお金をもらひ、とつた蛇も袋に入れてもつていくといふやうなこともします。

 あるときアフリカのカイローといふ町に、さういふ蛇使で顔の売れた、アブト・エル・ケリムといふ男がゐました。そのケリムが、或日その町のフランスの領事館のそばをとほりかゝりました。そしてふと立ちどまつて、その建物の入口をじろ〳〵のぞいたり、窓を見上げたりして、しきりにくびをひねつてゐました。領事館の小使がそれを見て、どうしたのだと聞きますと、ケリムは、いやたいへんだ、このうちの中には大きな毒蛇がどつさり住んでゐると言ひました。小使はびつくりしてそのことを領事のデラポールトに話しました。

 デラポールトは、もうそこにかなり永く住んでゐるのですが、これまでそこいらでむかでや、さそりといふ毒虫を見つけたことはありましたが、まだ毒蛇は、小さいのをすら、一ぴきも見たことがありません。ですから、その話をきいても、じようだんだらうと言つて、とり上げませんでした。しかし、そばにゐあはせた人たちは、だつて、もしほんとうに蛇がゐたらどうします、だれかゞひつかれでもしたら、あとで悔んでも追ッつかないでせう、ともかく、その男に一おう見ておもらひなさいと、しきりにさう言ひました。

 それでデラポールトもその人たちにたいして、仕方なしに、ケリムをよび入れました。

 はいつて来たのは、ぶく〳〵した黒服に青いづきんをかぶつた、五十ぐらゐの年ぱいの、どことなく威げんのある、しごくまじめさうな男でした。ケリムはデラポールトのまへに出て来ると、胸の上に手の平をくみあはせて、ていねいにおじぎをしました。デラポールトは土地の人とかはらないくらゐ上手にアラビヤ語を話しました。

「いらつしやい。何だかこのうちの中に毒蛇がゐるといふことだがほんとうですかね。」と聞きますとケリムはくびをかしげて、しばらくくん〳〵鼻をならした後、

「はい、をりますです。」と、しづんだ調子で言ひました。

「へえ? 毒蛇が?」

「はい。」とケリムは、ふたゝび鼻をくん〳〵言はせて、

「だいぶゐるやうです。少くとも六ぴきはをりますでせう。」

「ほゝう? ではつかまへてくれますか。」

「はい。私がよびますと、わけなく出てまゐります。」

「ふゝん? では、さつそくよび出して見て下さい。」

「はい〳〵。」とケリムはおじぎをして、ちよつとその部屋を出ていつたと思ひますと、間もなく仲間のものを三人つれてはいつて来て、四人で床の上にあぐらをかきました。そのうちに、ケリムのほかの三人はタンブーリンをひざの上におき、れいの薄荷のやうなにほひの出る薬の草を口にふくんで、

「アラー、〳〵、〳〵。」と、さけびながら、ふう〳〵煙をふきはじめました。ケリムはその間、シッ〳〵シッと口笛をならすやうな音を立てゝ、蛇をよびつゞけました。四人は四五分間もそれをつづけてゐましたが、蛇はてんで出て来さうにもありません。

 デラポールトは、何をするんだいと、半分はばかにしながら、なほすこしの間がまんして見てゐますと、間もなく、いくつものさそりがぞろ〳〵と部屋の壁の上や、いすの下からはひ出して来ました。デラポールトはそれを見ると、

「あッ。」と言つて立ちすくみました。と、まだ〳〵出ます。こんどは窓の日よけや、デラポールトのベッドの上の蚊帳なぞをつたはつて下りて来ます。すべてゞ二十ぴき以上もゐるでせう。それがみんな、のそ〳〵走つて、ケリムのひざのところへあつまりました。ケリムはそれを両手ですくひ上げては、羊の皮の袋の中へおし入れ〳〵しました。そして、

「どうです。」と、いふやうに、デラポールトの顔を見上げました。

「なるほど。しかしそれはみんなさそりばかりで蛇は一ぴきもゐないぢやないか。」とデラポールトは言ひました。

「いえ、蛇もをります。」

 ケリムはかう言ひながら、こんどは、せんとはちがつた音色でシッ〳〵〳〵とよびたてました。同時に、三人のものは、アラー〳〵〳〵と烟をはきながら、タンブーリンをヂャリン〳〵ポン〳〵ならしました。

 すると、間もなく、デラポールトの寝床のあたりから、ケリムのあいづと同じやうに、シッ〳〵といふ声がし出しました。と思ふと長さ四尺以上もある蛇が、によこりと寝床の下から出て来て、するすると、ケリムの方へ走りよつて来ました。よく見るとその蛇は、アラビヤ人がタボリックと言つてゐる、コブラ・カベラといふ毒蛇です。ケリムは、そのおそろしい蛇をむぞうさにつかまへて、袋の中へおしこまうとしました。

「おい、ちよつと待つた。」とデラポールトはさへぎりとめました。

「何でございます。」

「はッは、その蛇はほんとにこのうちにゐたのかい。」

「ごらんのとほりです。」

「よろしい。ほんとにわたしのうちにゐたものならば私のものだ。その蛇はおまいの袋なぞへ入れないで、こつちへおくれ。」と、デラポールトは、そばのたなの上から、口の大きな、びんをとりおろしました。中にはアルコールがはいつてゐます。言ふまでもなく、動物の標本用のびんで、とき〴〵漁師たちが、ナイル河からきたいな魚をとつてもつて来るのを入れるために用意してあつたのです。

「さ、この中へ入れてくれ。」

「それは、しかし……」

「何がそれはしかしだ。わたしうちの中にゐたものなら、どこまでも私のものぢやないか。おまいにはとにかく三十ピアスターのお金を上げるから、蛇だけはだまつてこの中へお入れなさい。それをぐづ〳〵お言ひだと、へんなことになつてしまふよ。そのわけを話さうかね。」

 ケリムは、かう言はれて、しぶ〳〵とその蛇をびんの中へ入れこみました。デラポールトは、手早くそれへキルクの口をして、その上をくる〳〵とかたくしばりつけてしまひました。

「もうゐませんか。」

「まだをります。」

 ケリムは、最初六ぴきはたしかにゐると言つた手まへ上、そのまゝ引つこんでしまふわけにはいきません。それでまたすぐに、ポン〳〵ヂャリン〳〵、シッ〳〵と、よび声やタンブーリンの音を立てゝ、つぎの蛇をよびました。

 するとこんどは前のよりは少し小さな蛇が、ひきだし台の下からのそ〳〵はひ出して、ケリムのそばへ走つて来ました。

 デラポールトは、またすぐにそれをほかのびんに入れさせて口をしました。

「さあ、これで二ひきになつた。もうゐないかい?」と聞くきますと、ケリムは、しぶりきつた顔をしながら、

「この部屋にはもうをりません。」

「では、どこにゐる?」

 ケリムは、つぎの応接間の方を向いて、

「あすこに一ぴきゐるやうなにほひがします。」

「ぢや、いつて見よう。」

 デラポールトは、つぎの大きなびんを二つ両わきにかゝへ、小使にも二つもたせて、どん〳〵応接間へはいつていきました。ケリムはこまり切つたやうな顔をしながら、その部屋からも一ぴきよび出しました。その蛇は音楽ずきの蛇だと見えて、ピアノの下から出て来ました。デラポールトはようし、と言ひながら、ケリムがいやさうな顔をするのもかまはず、さつさとびんの中へ入れさせました。

「これで三びきだね。あともう三びきはどこにゐる? え、おい。」

「あとはおだいどころにをります。」と、ケリムは泣き出しさうな顔をして言ひました。

「さあ、いかう。」とデラポールトは先に立つていきました。ケリムは、またそこでしぶ〳〵と、れいのあひづをしました。すると、大きな水をけの下から一ぴきはひ出しました。

「ようし、よし。さ、この中へ入れてくれ。これで四ひきだ。さあ、あと二ひきを早くお出し。これ〳〵小使、つぎのびんの口をあけておけ。」

 ケリムはとう〳〵こまつて、思はず、

「エンタ、タフェッスド、セナー。」とさけびました。それはアラビヤ語で、「ほんとに、ひどい、人いぢめだ。」といふ意味でした。ケリムは、この上、ていさいを作りとほさうとすれば、あとの二ひきの蛇も、みんなデラポールトにとられてしまふので、

「どうぞ、もう、あとはお許し下さいまし。」と、とう〳〵本音をはきました。デラポールトは、くすくす笑ひました。でも、あまりかはいさうなので、あとの二ひきはかへしてやり、その上、三十枚の銀貨をくれておひ出しました。ケリムは、そのお金を、引つたくるやうにしてポケットへ入れて、

「ちよッ。あのよくなれた蛇四ひきを三十ピアスターでとられちや合はないや。」と、うらめしさうにぶつ〳〵言ひ〳〵出ていきました。

底本:「日本児童文学大系 第一〇巻」ほるぷ出版

   1978(昭和53)年1130日初刷発行

底本の親本:「鈴木三重吉童話全集 第六巻」文泉堂書店

   1975(昭和50)年9

初出:「赤い鳥」赤い鳥社

   1923(大正12)年7

入力:tatsuki

校正:林 幸雄

2007年219日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。