一本足の兵隊
鈴木三重吉



    一


 ある小さなお坊ちやんが、お誕生日のお祝ひに、箱入りのおもちやをもらひました。坊ちやんは、さつそくあけて見て、

「やあ、兵たいだ〳〵。」と、手をたゝいてよろこびました。そしてすぐに一つ〴〵とり出して、テイブルの上にならべました。それは青と赤の服を着た、小さな鉄砲をかついだ、小さなすずの兵たいでした。すつかりで、ちようど二十五人ゐました。

 これだけの兵たいは、もと、おもちや屋が或一本の錫のさじをつぶしてこしらへたので、言はゞ同じ血を分けた兄弟でした。それがみんなちやんと気をつけをして、まつ正面をにらんで立つてゐます。

 ちよつと見ると、二十五人が、寸分ちがはない同じ兵隊のやうに見えますが、しかし、よく見ると、中にたつた一人、足が一本しかない兵たいがゐます。これはこしらへるときに、一番しまひで錫が足りなかつたのでした。

 でもその兵たいは、一本足のまゝ、ほかの兵たいと同じやうに、まつすぐに立つてゐました。

 テイブルの上には、そのほかに、まだいろんなおもちやがどつさりならんでゐました。その中で人の目をひく、一ばんきれいなおもちやは、ボール紙で出来た立派な西洋館でした。その部屋〴〵の窓は、ちやんと切りぬいてあつて、のぞくと部屋の中がすつかり見えました。それから正面の入口のまん前には、ひくい青い立ち木にかこまれた円い池があります。その他は鏡で出来てゐるのでした。その中には、いくつかのらふ細工の小さな白鳥が、水に影をうつしておよいでゐます。それはまつたくきれいでした。

 しかしその他よりもまだもつときれいなのは、入口の石段の上に立つてゐる女の人でした。それはボール紙を切りぬいてこしらへたのですけれど、それでも着物は上等のいゝきれで出来てゐて、くびから肩へかけて、細い青いリボンのえりかざりがつけてあります。その襟かざりは、きら〳〵した金紙でこしらへた、その女の人の頭ほどもあるやうな、大きなばらの花で胸のまん中に止めてあります。

 その女の人が、両腕をひろげ、片足を思ひきりたかく蹴上けあげて、お得意のをどりををどつてゐるのです。その上げた片足は、顔よりももつと上まではね上つてゐるので、ちよつと見ると、片足がどこにあるのか分らないくらゐでした。一本足の兵たいは、この女の足を見ると、

「おや、あの人も一本しか足がないや。なるほど、世の中にはおれ見たいな人もゐるんだね。よしよし、おれはこれから、あの人と仲好なかよしにならう。しかし、向うはあんな立派な西洋館に住んでゐる女だ。おれのやうなこんなうちぢや、いらつしやいと言つても中々来ないだらうね。おれは二十五人も一しよに、こんな、いやな箱の中にゐるんだもの。」

 一本足の兵たいは、じぶんのおうちになつてゐる、もと巻煙草まきたばこのはいつてゐた箱のうしろに立つて、背のびをして、その女の踊を見てゐました。女の人は一本足のくせに、ころびもしないで、上手につりあひを取つて立つてゐました。そのうちに夜になりました。ほかの二十四人の兵たいは、みんな箱の中へはいりました。うち中の人もみんな寝床にはいつて寝てしまひました。

 すると、テイブルの上のおもちやたちは、そろ〳〵動き出しました。中にはのこ〳〵人のところへ話しにいつたり、おほぜいで踊ををどつたり、さうかと思ふと、けんかをし合つたりして、おほさわぎをしはじめました。

 錫の兵たいたちは、箱から出ようと思つて、どたばたあばれました。しかし箱のふたが中々持ちあがりません。

 こちらでは小さな紙切かみきりナイフが、ばねじかけのかへるにふざけてゐます。石盤の上では、石筆がころ〳〵走りまはつてゐます。その物音で、かごのなかのかなりやも目をさまして、ちい〳〵とうたをうたひ出しました。

 そんなさわぎの中で、れいの踊の女の人と、一本足の兵たいだけは、だまつて身動きもしないでゐました。女の人は両腕をひろげ、片足をはね上げたまゝ、石段の上にぢいつと立つてゐます。一本足の兵たいは、その踊手をどりての顔をぢつと見つめたなり、まつすぐに一本足でつゝたつてゐました。そのうちにお部屋の時計が十二時をうちました。

 それと一しよに、煙草の箱のふたが、ひとりでぴよんととびあいたと思ひますと、中から、まつ黒な鬼のおもちやがぬつと顔を出しました。

「おい〳〵一本足の兵たい、おまへは何をじろ〳〵見てるんだい。柄でもない。よせ〳〵。だれがお前なぞと仲よしになるものか。」

 黒い鬼はかう言つて鼻で笑ひました。一本足の兵たいは、鬼のいふことなんかちつとも聞えないやうに、平気で踊を見てゐました。

「ふゝん、勝手にしろ。だが明日あしたの朝になつておどろくな。」

 黒鬼はそれを見て、ぷん〳〵怒つてかう言ひました。



    二


 そのあくる朝が来ました。

 坊ちやんはのこ〳〵出て来て、れいの一本足の兵たいをお部屋の窓のところへ立たせました。すると、それは黒鬼のしたことか、それとも風のせいか、その窓のがらす戸がふいにがたんとはねあきました。そのはずみに一本足の兵たいは、いきなりぽんとはねとばされて、その三階の窓から、下の往来の石だたみの上へ、まつさかさまに落ちました。くる〳〵〳〵、すとん。

「おゝ、いたゝ。」

 兵たいのかついでゐた鉄砲の先は、しき石の間へぐいとつきさゝりました。坊ちやんは、

「あッ。」と言つて、ねえやと二人で、往来へ下りていきました。

 二人は一本足の兵たいを一生けんめいにさがしました。兵たいは二人のぢき足もとに落ちてゐるのでした。二人はもうすこしでそれをふみつけるところでした。それでもとう〳〵その兵たいが見つけ出せませんでした。一本足の兵たいは、

「もし〳〵、こゝにゐます。こゝに」と泣き声を出しかけました。しかし軍服を着た兵たいが往来で泣いたりしては見つともないので、むりにがまんして、口をくひしばつてゐました。そのうちにふと雨がばら〳〵落ち出しました。間もなく雨はざあ〳〵と、どしやぶりになつて来ました。

 その雨がやつと上ると、小さな男の子が二人とほりかゝりました。

「あゝ、あすこにあんな兵たいが落ちてら。あれをボウトに乗せて走らしてやらうね。」と、二人はかう言つて、さつそく新聞紙ををりたゝんで、小さなボウトをこしらへました。

 往来のわきのどぶには、どろの雨水がどん〳〵流れてゐました。二人の子どもは、紙のボウトへ一本足の兵たいを乗せて、それをどぶへ流しました。そして二人で手をたゝきながら、わい〳〵言つて、ついて走りました。水はすばらしいいきほひで流れました。とき〴〵大きななみがづしんとゆれました。そのたびにボウトはくる〳〵まはつて、今にもひつくりかへりさうになりました。一本足の兵たいはびつくりして、ぶる〳〵ふるへてゐました。しかし兵たいですから、がまんして、こはいなぞといふことは顔色にも出さないで、ちやんと鉄砲をかついで、一つところをにらみつけてゐました。

 そのうちに、ボウトは、急に地面の下のトンネルの中へかけこみました。そこはまるで箱の中にはいつたやうにまつ暗でした。ボウトはその暗がりの中を、浪にもまれてどん〳〵走つていきました。

「おや〳〵、一たいどこへもつていかれるんだらう」と、一本足の兵たいはびく〳〵しながら乗つてゐました。

「これもみんなあの黒鬼がさせたことだ。ほんとにあいつはひどいやつだ。あのをどりの女の人と二人で乗つてゐるのなら、この暗がりがこの二倍暗くても平気なんだけれど。おつと、あぶない。おゝ、もう少しで引つくりかへるところだつた。」

 一本足の兵たいは青くなつてちゞこまつてゐました。すると、ふいにその地の底のどぶの中に住んでゐるどぶねずみが、

「おい、兵たいまて。」と、どなりました。

「こら〳〵通行券を見せろ。おいこら、通行券を見せろつてば。」

 しかし一本足の兵たいは、だまつて鉄砲の台をにぎつてゐました。ボウトは、かまはずどん〳〵走つていきます。ねずみは怒つて追つかけて来ました。

「おゝい、あいつをつかまへてくれ。つかまへてくれ。通行税をはらはないでにげたんだ。通行券なしでとほつたんだ。」

 鼠はかう言つて、ボウトのそばを流れてゐる、木のきれやわらくづにかせいをたのみました。

 さうかうしてる間に、流れはいよ〳〵急になつて来ました。ボウトは目がまはるほど早く走りました。と、やがて向うに外の明るみが見え出しました。一本足の兵たいは、

「おや、うまいぞ。もうあかるいところへ出たぞ。」と思ふとたんに、ごう〳〵〳〵と、耳がつぶれるほどの大きなひゞきがつたはつて来ました。それは、どぶがもうぢきおしまひになつて、下の大きなほりわりの中へ、泥水どろみづがどうと落ちこむ音でした。

 そこへ来ると、水は大きなたきになつて、まつさかさまに落ちこんでゐました。兵たいのボウトは、あつといふ間にその滝のま上へ来て、泥水のしぶきと一しよに、どぶんとほりわりへさかおとしに落ちこみました。兵たいは、びしやりと水をかぶつたと思ひますと、うづにまかれて、くるくる〳〵と、まはり花火のやうにまはりました。

 兵たいは息もつけないで、一生けんめいにボウトにかぢりついてゐました。と、たちまちボウトの中へは水が一ぱいはいりました。兵たいはびつくりして、からだをのし上げてゐますと、ボウトはそれなりぶく〳〵としづみかけました。水はもう兵たいの頭の上まで来ました。兵たいの目にはもう二度と見られない、あの踊の女の人の顔が浮びました。と思ふと、どこからか、

「ぶく〳〵ぶく〳〵、

どん〳〵しづめよ。

死ぬんだ〳〵、

ぶく〳〵ぶく〳〵。」

と、だれかゞ、うれしさうにうたつてゐる声が聞えました。

 そのはずみに、もうどろ〳〵になりかけた紙のボウトは、ふいに二つにとけ割れました。

 兵たいは、それと一しよに、ぶく〳〵と泥水の下へしづみました。するとそこへ大きな魚がひよいと出て来て、兵たいをがぶりと一のみにのみこんでしまひました。一本足の兵たいは、

「おや、へんなところへ来たぞ。」と思ひました。

 そこは、さつきのトンネルの中よりももつと〳〵暗いところでした。そして足や鉄砲がそこいらへつかへて、きゆうくつでした。しかし兵たいは、どうなりと勝手になれと、もう度胸をすゑて、鉄砲の台をかたくにぎつたなり、からだをつきのばして、ふんぞりかへつて寝ころんでゐました。

 魚は兵たいを飲みこんだまゝ、そつちこつちと、いきほひよくはねまはりました。



    三


 兵たいはどれだけの間さうして寝ころんでゐたでせう。しまひに、上からばたんとなぐりつけるやうなひゞきがつたはりました。間もなく、いなびかりのやうに、目の前がぱつと明るくなりました。それと一しよに、だれか女の人の声で、

「あら、こんな兵たいがはいつてゐた。」と、さもめづらしさうにさわぎたてました。それは或家あるうちの女の料理人でした。

 魚はいつのまにか漁師のあみにかゝり、市場へ売られて、しまひにこのうちの台所へ来たのです。女の料理人は、笑ひながら、その一本足の兵たいを、おや指と人さし指でつまんで、ほかのお部屋へもつていきました。みんなは、わい〳〵言ひながら、そのめづらしいほり出しものを見に来ました。一本足の兵たいは、きまりの悪い顔をして、されるまゝになつてゐました。

 そのうちに、だれかゞその兵隊をテイブルの上へおきました。兵隊はそつとあたりを見まはしました。

 すると、ふしぎなこともあればあるものです。そのテイブルはこの一本足の兵たいが先にのつかつてゐた、あの同じテイブルではありませんか。

 むろん、部屋も同じ部屋でした。それから同じ坊ちやんがそばにゐました。そしてテイブルの上には、せんと同じ仲間が、ちやんとそのまゝそろつてゐました。をどりの女の人はやつぱり同じやうに入口の石段の上に立つて、両手をたかくさしあげて、一本足で踊つてゐました。

 一本足の兵たいは、うれしくて〳〵、思はずすずの涙がこぼれさうになりました。でも兵たいですから、涙なんぞを見せるわけにはいきません。一本足の兵たいは、だまつて、ぢいつと踊子をどりこの顔を見てゐました。踊の女は何にも言はないで、だまつてこちらを見てゐました。

 そのうちに坊ちやんが、ふいにその兵たいをつかんで、いきなりストーヴの中へなげこんでしまひました。兵たいは、

「あつ。」とびつくりしました。これもやはりあの黒い鬼のさせたことにちがひありません。兵たいはだまつてぢつとしてゐました。

 でも赤焼けになつた石炭の中へなげこまれたのですから、たちまちじり〳〵と、からだ中が焼けたゞれて来ました。兵たいの顔色はまつさをになつてしまひました。

「あゝ、とう〳〵これなり焼け死ぬのか。」と思ひながら、向うのテイブルの上の踊の女の人を見つめてゐました。踊の女の人も、ぢつと兵たいを見てゐました。

 と、坊ちやんはふいに踊の女の人を石段の上からひつぺがして、いきなり、また、ぽんとストーヴの中へなげこみました。女の人はづしんと一本足の兵たいのそばまで来たと思ひますと、たちまち頭から足の先まで、ぼう〳〵ともえ上つてしまひました。

 あくる朝、女中がストーヴの灰をかきに来ました。するとその灰の中から、ハートのやうな形をしたすずのかたまりが出て来ました。それからまつ黒こげになつた、ばらの飾りのボール紙も出て来ました。その黒こげのボール紙は、あの踊の女が、きのふまでこの世にゐたといふ、たつた一つのしるしでした。

底本:「日本児童文学大系 第一〇巻」ほるぷ出版

   1978(昭和53)年1130日初刷発行

底本の親本:「鈴木三重吉童話全集 第三巻」文泉堂書店

   1975(昭和50)年9

初出:「赤い鳥」赤い鳥社

   1919(大正8)年5

入力:tatsuki

校正:伊藤時也

2006年719日作成

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