隣の花
岸田國士


「隣の花」といふ標題は、あんまり説明的で、ことによると、内容は読まなくつてもわかるといふ人があるかも知れません。なるほど、私は、此の脚本を書く時、平素と全く違つた行き方をしました。即ち、はじめから、「書かうとすること」が頭に浮び、その主題が、そのま、標題の形になつて、云はゞ私の空想を支配してゐたのです。

 さうかと云つて、私は、此の作品で、「人のものを欲しがる」人間性の諷刺を試み、それで満足するつもりはなかつたのです。それよりも、私は、第一に、性格のコントラストから生れる世の中の可笑味を、なるだけ手近な例のなかから引き出して来ようと努めたのです。

 人物も事件も、一切私の想像ですが、これは、そんなに珍らしい人物でも事件でもありますまい。目木、久慈の両夫婦は、私の隣人であると同時に、諸君の隣人です。

 此の悲しい喜劇を観て、笑ひたい人は笑つて下さい。しかし、私は、それ以上の責任をもつわけに行きません。

 序にお断りして置きますが、此の作は、此の四月某雑誌に発表したものを、更に上演に際して書き直したものです。

底本:「岸田國士全集28」岩波書店

   1992(平成4)年617日発行

底本の親本:「帝劇 第六十六号」

   1928(昭和3)年423日発行

初出:「帝劇 第六十六号」

   1928(昭和3)年423日発行

入力:門田裕志

校正:noriko saito

2011年219日作成

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