中村伸郎
──文学座のアルバム──
岸田國士


 近代俳優の特色が、いはゆる限られた役柄をもたぬところにあるとすれば、中村伸郎はまさに、さういふ俳優の一人である。繊細かと思ふと案外図太く、飄々乎としてゐる半面になかなか手堅いところもある。純然たる芸術家の苦悩と、無為徒食の部屋住みの応揚さと、十年勤続のオフイスマンの律義さとを同時に、その風貌のうちにひそませてゐる。彼の俳優としての持ち味は、時として「役」に殺される。しかし、多くの場合、彼の演技は、そのスタイルの陰翳によつて、人物を滋味豊かなものとする。彼の「当り芸」をひとつひとつ挙げてみればわかる。「おふくろ」の英一郎、「マリウス」のパニス、「歳月」の紳一、等々。

底本:「岸田國士全集28」岩波書店

   1992(平成4)年617日発行

底本の親本:「文学座三月公演・キティ颱風 パンフレット」

   1950(昭和25)年33日発行

初出:「文学座三月公演・キティ颱風 パンフレット」

   1950(昭和25)年33日発行

入力:門田裕志

校正:仙酔ゑびす

2010年105日作成

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