清潔な文章を買ふ
──芥川賞(第二十一回)選評──
岸田國士


 最後に残つた候補作家七人のうちから一人を撰ぶことは困難であつた。若し二人なら私は由起しげ子と峯雪栄を推す。

 由起しげ子の「本の話」は、技術的な苦しみを経てゐない、小説としては非常に脆いところのあるものだが、女性として豊かに成長した精神の一記録とみれば、なによりも清潔な文章である。

 峯雪栄の「妄執」その他は、やや型にはまりかけた趣味が難点とはいへるが、才能と生活とを賭けた作家修業の道程が素朴に作品の心を貫いてゐる点、私はその努力の成果に敬意を表する。

 その次ぎに、真鍋呉夫の「極北」その他を注目すべき作品だと思つた。才気にまだどこか上滑りをしたところがあつて、未知数の部分は多いが、その将来には最も大きな期待がもてる。傑作を見せてほしい。

 小谷剛は「確証」によつて入選者の一人と決定したが、私は、ただ祝意を表するだけで讃辞は保留する。思想的根柢のない安易な露出趣味の文学は、大成を望むものにとつて才能の浪費である。自重を望む。

 その他「イペリット眼」は興味ある題材だが人物の捉へ方が浅く、「雪明り」は確かな眼は感じられるけれども、感覚の旧さが気になり、「北農地」は克明といふだけで飛躍がなさすぎる。

底本:「岸田國士全集27」岩波書店

   1991(平成3)年129日発行

底本の親本:「文芸春秋 第二十七巻第九号」

   1949(昭和24)年91

初出:「文芸春秋 第二十七巻第九号」

   1949(昭和24)年91

入力:tatsuki

校正:門田裕志

2010年71日作成

2011年530日修正

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