空襲ドラマ
岸田國士



 先般放送局文芸課長久保田万太郎氏から、ラヂオ放送用の「空襲ドラマ」を書いてみないかと勧められ、少々面喰つたが、いろいろ考へた末、ひとつやつてみようといふ気になつた。

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 これは無論、今度の防空演習に因んで、半ば宣伝、半ば余興として考へだされた試みであらうが、僕は、第一に、あらゆる音響効果を使ひ得る何よりの機会だと思ひ、その方面でだんだん興味を感じだしてゐる。

 なにしろ、東京の空へ敵の飛行機がやつてくるといふ想像は、これはまあつくとして、いよいよさうなつた場合に、われわれ市民は、どの程度まで「しつかり」してゐられるだらうか。これは甚だ見当がつけにくい。阿鼻叫喚といふやうな「音響効果」は、空襲の惨状を写すに、是非ともなくてはならぬものかどうか。日本国民の名誉のために、果して手心を加ふべきかどうか? 僕は迷つた。

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 次に、敵の飛行機を迎へ撃つわが防空部隊の活躍はどんなものであらう。敵味方の空軍入乱れての戦闘は、音響的に、生彩ある幻象イメージを作ることがこれまた相当困難であらう。せめて、地上部隊、即ち、高射砲、高射機関銃の実弾射撃でも観て置いたらと思ひ、この方は、放送局を通じ、警備司令部石本参謀の斡旋で、千葉海岸飯岡における、砲兵学校高射砲隊の演習を観せてもらふことができた。普通、大砲の音といへば、「ドーン」にきまつてゐると誰でも思つてゐようが、なかなかそんな単純なもんぢやない。少くとも傍で聴いてゐると、なるほど、これでなけれやならんといふ感じの音である。重量と圧力と速度の混り合つた一種生々しい金属音である。しかも、この発射に伴ふ瞬間の爆音が、弾丸の空気を裂く凄壮な擦音につながり、更に一団の白煙を残して目標真近にさく裂する明朗快活な爆音に終る三段の経過は、砲戦描写に欠くべからざる手法だと気がついた。

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 殊に、当日僕が識りたいと思つたのは、照空隊と砲隊との連絡、その間に使用される命令、報告、号令の用語だつた。「目標、東方上空の爆音、航速四十、運転始め、照射用意。第一分隊聴音よし。統一照射、十秒照射始め。用意測レ零五二・四三。目標追随、聴音機は東方上空を警戒せよ。目標東方上空の射光内の重爆、高度千二百、始め、航速十秒、航路角五百、五発……」といふやうな文句が、僕のノートに書きつけられた。

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 九十九里浜を南に抱く絶壁の端に立つて、僕の空想は、太平洋の涼風に吹かれながら、戦争とラヂオ・ドラマの間を往復した。

底本:「岸田國士全集22」岩波書店

   1990(平成2)年108日発行

底本の親本:「帝国大学新聞」

   1933(昭和8)年87日発行

初出:「帝国大学新聞」

   1933(昭和8)年87日発行

入力:tatsuki

校正:門田裕志

2009年95日作成

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