『おふくろ』
岸田國士


 本誌(「劇作」)三月号に発表された田中千禾夫君の処女作『おふくろ』について、僕として云ひたいことは、ただ一言で尽きる。それは、「この確かな劇的才能が、今後如何に伸び、如何に輝いて行くか、非常な期待をもつ」といふことだ。

 この一作は、実は、処女作と銘うつためにはあまりに非野心的であり、寧ろ、試作として筐底に蔵さるべきものであつたかもしれない。こんな批評は恐らく批評にはならぬであらうが、さういふ印象を与へる作品の味は、またなかなか捨て難いもので、いはば、前菜のフォア・グラだ。僕は田中君の慎ましいデビュウを悦ぶと同時に、君自身が、これによつて広々とした未来を作り得たとすれば、それも亦、賢明なる哉と、ひそかに考へてゐる。(一九三三・五)

底本:「岸田國士全集22」岩波書店

   1990(平成2)年108日発行

底本の親本:「現代演劇論」白水社

   1936(昭和11)年1120日発行

初出:「劇作 第二巻第五号」

   1933(昭和8)年51日発行

入力:tatsuki

校正:門田裕志

2009年95日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。